9. 真実


テレビ画面に映し出されたニュース映像を見た私は危うく手にしたビールを落とす所だった。


それほどまでに私にとってのその映像は驚きだった。


ひしゃげたガードレールの映像の後に映し出された物。それがあまりにも衝撃的だった。


画面に映し出された映像に私が事故を起こしたあの場所にあったお地蔵様が映っていた。


よく似た他の地蔵?いや違う。


実際、画面に映っていた時間はわずかなものだったろう。


しかし、私にははっきり見えた。


コケに覆われ緑色のお地蔵さまの足元にある銀色に光るもの。


私がお供えしたコイン。


小銭ではなく、間違いなくパチスロのコインだった。パチスロのコインがお供えされたお地蔵さまなんてそうそうある物じゃない。


“間違いない私が事故った場所だ。”


たまたま同じ場所でまた事故がおきたのか?


だとしたら、私の車も見つかっているはず?


”似た様なお地蔵さまが違う場所にもあって他にもコインをお供えした人がいたのかも!・・・・・・いやいや、お地蔵様なんてどれもよく似ているが、パチスロのコインをお供えするバチ当たりな奴はそういる者じゃない。それにあのひしゃげたガードレールも私が事故を起こした場所と同じであることを教えている。”


私はビールを手にしたまま考えを巡らせた。


“そっか、私の車は崖下のもっと深いところに落ちて見つかっていないのかも。”


やや無理矢理な想像だが、つじつまを合わようと考える。


何より私は焼死体ではなく、この通り無事だ。


これが決定的なあのニュースの事故と私の事故との違いだ。


そう、あれは私の事故ではなく別の事故だ。


同じところから落ちた事故でも人が亡くなっているからこの事故は大きくニュースに取り上げられているのだ。


私の場合は車が見つかっていないか、見つかっていたとしても単なる山中の車のポイ捨てだ。悪いことではあるが車内から遺体など出てきていないのだからニュースにするほどの事件ではない。


同じ所から落ちても随分違うものだ。


亡くなられた方も帰省の途中か何かだったのだろうか?家族もいたのでは?


家で子供たちが待っていたのでは?もしかしたら、今も心配しながら帰りを待っているのではないだろうか?


勝手に焼死体を男性にして、更に父親にして自分と重ね合わせ同情する。


もっとも、私の場合、家族は待っていないだが。


私は強引な推理で解決に導いて再びビールを口にしながら考えた。


”今はお盆だから事故を起こした人も案外、石田のじいさんみたいに霊となって帰省しているかもな。”


”・・・・・・でも、焼死体では帰れないな。”


たしか、石田のじいさんも事故で亡くなったと言っていた。


でも、今朝私が見た石田さんは綺麗な身なりとは言えなかったが、普段着でじいさんも犬も元気そうだった。何処からか血を流したり怪我をしているようには見えなかった。少なくとも、事故後の様には見えなかった。だから、おそらく亡くなった方々は生前の姿になってこっちに戻られるのだろう。


きっとそうだ、事故の怪我やキズも服の汚れもない綺麗な姿に戻って・・・・・・


私はその考えに行き着いた瞬間、背筋が寒くなった。


それが、そっくりそのままあてはまる人間がもう一人いる。


そう、ここに。


私も、傷一つなく帰宅している。大事故にもかかわらずかすり傷ひとつない。


“服は?”


着替えて洗濯までしてしまった今となってはわからない。それにあの時自分がどれだけ汚れていたのかあまり覚えていない。ただ、焼け焦げていなかったことは確かだ。


“俺も石田のじいさんと同じ?そんな馬鹿な。”


自分の馬鹿げた想像をゆっくりと首を振り私は否定した。


しかし同時に今日のコンビニ、いや昨日の峠のコンビニからの出来事が頭をよぎった。


開かない自動ドア、反応しないタッチパネル、私を無視して去った宅配屋そしてさっきの田辺さんの態度。


私が見えていないのでは?認識されていないのでは?


開かなかった玄関のドアは説明がつかないが他はそうであったら説明がつく。


よく考えたら私は事故後から家族以外と会話していない。


道端で挨拶はしたがそれは幽霊が相手だ。


考えたくないがそう考えるとつじつまが合ってしまう。


認めたくないがさっきの事故の推理よりしっくり来てしまう。


自問自答を繰り返す。


一つの仮説が頭をよぎる。


が、あまりにも非現実的な。


しかし、昨日から多数の死者を目の当たりにしている自分が今更、現実的に物事を語れるものでもない。


“ 一つ試してみよう。”


私はぐっすりと眠っている妻をソファに残し二階に上がった。


たった今までビールを飲んでいたのに相変わらず全く酔った気がしない。


今の想像で一気に冷めたのか、それともこれも今の体のせいなのか?


心臓の鼓動だけが大きく感じる。


鼓動を感じることが何故か今は少し安心できる・・・・・・



二階に上がり寝室に入る。


エアコンのついていなかった部屋は息が詰まりそうな暑さだ。


私はエアコンのスイッチを入れた。


「こんなに暑さを感じるのだから、きっと思い過ごしだ。」


そう、自分に言い聞かせた。


”それよりも・・・・・・”


クローゼットを開け棚の上を見上げた。


“あった。”


背伸びして上の方から一つの箱をとる。


何年前に買ったのか今では全く使用してないデジカメの箱を手にする。


最近はスマホのカメラの機能が向上し、デジカメの需要が減ってしまったせいかCMすらテレビで見ない。


当時は奮発して最新機種を買ったのに殆ど使った覚えがない。


箱を開けるとまだ光沢のある赤いボディのカメラが入っている。


手にとって電源を入れる。


・・・・・・点かない。


「でしょうね。」


最後にいつ使ったのか覚えていないようなデジカメに電池が残っているはずがない。


箱の中を探るとACコードを見つけた。


カメラとコードを繋ぎコンセントに刺す。


再び電源を入れる。


赤いランプが点灯して電源が入った。


撮影モードにして自分にカメラを向ける。


私は一つの仮説をたてた。考えたくはないが私が石田のじいさんと同じ幽霊だとしたら?他人から認識されない存在だとしたら?そうだとしたらコンビニのドアが開かなかったこともタッチパネルが反応しなかったことも納得ができる。


“反応しないということは、つまり・・・・・・”


カメラのレンズを自分に向ける。


日本人の習性か、それとも私の習性か思わずピースをして我に返り手を下ろす。


自分にカメラを向けたままシャッターを切る。


予想していなかったフラッシュに一瞬目がくらんだ。


場所を変えて同じように2枚程撮るとカメラを手にしたままその場に座りこんだ。


そのまま天井を見つめる。


“もし、俺の考えが正しければ・・・・・・いや、ハズレていて欲しい。“


このカメラに答えがあるとは限らない。


しかし、そのまま答えになる可能性もある。


カメラを見つめて一つ大きく深呼吸をした。


「ふぅーーーーっ。」


カメラの液晶画面を見ながら”再生”を押す。


・・・・・・画面を見る。


着ているTシャツの生地を使って画面を拭き、もう一度見直す。


”・・・・・・いない。”


誰もいない寝室が写った画面を見て呟く。


念のためと撮った2枚の画像も見る。


その都度、Tシャツで画面を拭く。


“・・・・・・いない。”


3枚全てただの部屋の中の写真。


私の姿は無い。


予想していたことが現実になる。


たねでもあれば


“イリュージョン!!”


なんて、自慢したくなる手品だ。


でも、残念ながら手品でもイリュージョンでもない、これが予想通りなら自慢話にもならない。


信じたくない結果を自ら証明してしまった。


「そっか、俺は・・・・・・。」


自分の現状を知り昨日からの出来事、


しっくりこない出来事、違和感を感じた出来事、幽霊の見える自分、


全ての答えが出た。


しっくりきてしまった。


事故後のコンビニの自動ドアが開かなかった、


今日のコンビニの自動ドアが開かなかった、


年齢認証のタッチパネルが反応しなかった。


配達員が私に気がつかなかった。


田辺さんが私に気がつかなかった。


幽霊が見えるようになった。


玄関が開かなかったのは・・・・・・よく分からん。


「でも、俺も意外と鈍いな。」


沢山のヒントをスルーして全く気がつかなかったなんて。


クイズ番組は家族の誰より早く答えられていた、頭の回転も自分なりにはいい方だと思っていた。


しかし、今回は随分と時間がかかってしまった。


「そっか・・・・・・、死んでるじゃん、俺。」


涙が出るわけでもない。


認められず、卒倒するでもない。


何故だろう?素直に受け止められた。


「シックスセンスかよ・・・・・・」


一人で自分に突っ込んだ。


死んだ人間が自分が死んだことに気がつかず現世に残って生活している・・・・・・


みたいな話の映画だったかな?


でもあれは霊感の強い子が霊が見える話だったような。


私の場合は家族皆が私を見えている。


私を認識して、話をして、一緒に飯まで食っている。


何故だろう?


実は我が家はそんな霊感一家だったのか?


「ゴースト?」


今度はまた違う映画が頭に浮かぶ。


亡くなった彼氏が残された彼女を守る映画だ。


もちろん、私も残された家族は心配だがこんな状態で家族を守れるのか?

それに映画では彼女は霊となった彼氏が見えなかったが、私の場合家族から丸見えだ。


では、呪縛霊?


死んだことを知った今、ショックも感じているし当然、現世に未練もあるがそんな怨念はない、それに死んだ所から離れて家にまで帰って来てしまっているからこれも違うだろう。


そもそも、何故家族にだけ見えるのだ?・・・・・家族にだけ。


共通するのは“家族”。


つまり、


「そうか、家族だからか。」


正解かどうかは分からないが、妙に納得のできる答えに行き着いた。



思い返すと昨日、私が見た夢(?)の蛍は、おそらく蛍ではなくお盆に里帰りする魂達の光だったのでは?

お盆の季節の実家への帰省は生きた人間だけの専売特許ではないようだ・・・・・・案外、他の光たちから見たら私も緑色に光る蛍の一員だったのかもしれない。


死んだことよりそんなことを考えている自分がいる。


“死にたくない!!”


という思いではなく、既に死んでいるからか?諦めがついているのか?


今更あがいてもくつがえらないことだとわかっているからか?


もし、目の前に銃口でも突きつけられていたのなら


「死にたくない!助けてください!」


とでも命乞いをしたであろう。


しかし、


”私の死は過ぎたこと、起きてしまったことなのだ、もう。”


わめいても、あがいても時間は巻き戻せない、そんなことはわかりきってる。


「死にたくない!」ではなく死んでしまったのだ。


ここにあるのは私の体ではなく、本当の私の体は恐らく崖の下で・・・・・・考えたくもない。


こんなにあっさり死を受け入れて思い残すことはないのか?未練はないのか?


ワンピース、ルフィの海賊王みたかったな。


ウォーキングデッド最後まで見たかったな・・・


ハンター×ハンター最後まで見たかったな。てか、あれ終わるんかな。


ショウもない、心残りが溢れてくる。


未練の内容がショウもなくて自分で呆れる。


だから、素直に受け止められるのか?


私の心残りはそんなものか?


結局受け身な心残りばかり、生きていればあれがしたかったのに!これができたのに!・・・・・・ではなく、何かを待つ未練ばかり。


しかし、それらを見たくて幽霊になったわけではなかろう。


どう考えてもルフィが海賊王になるまで現世にいられるとは思えない。


何か意味があるはずだ。


私の姿が家族だけに見えるのには何か意味があるはずだ。


好きな相手と結婚して、子供も立派と言いきれないが外に出しても恥ずかしくないレベルに常識を身に付けさせたつもり。


食べ方のバランスは悪いがとりあえず箸はうまく持てる。


小遣い目当てではあるが、それなりに家の手伝いもするようになった。


私が指図しなくても勉強もする。


私が割って入るような兄弟喧嘩もしない。


私がいなくても大抵のことは・・・・・・


“あれ?じゃあ、俺居なくなっても大丈夫じゃない?”


<お金を稼いでくる>以外の自分の必要性が出てこない。


でも、それはそれなりの生命保険がもらえるはず。


死を知ってこんなに素直に、冷静に受け入れている自分に何故だろうと思う。


単身赴任を始めて5年になる。


初めて家を経つ日は家族皆で見送ってくれた。


妻の目に涙が見えた。


それが何時いつしか子供も部活で一人減り、二人減り誰も見送りのない家を経つことも珍しくなかった。


仕事で帰れない週末があると、アパートから出ず人間と会話しない週末も珍しくなかった。


単身赴任を始めて最初の頃は妻ともよくLINEしたものだ。


それが今では1週間もすると妻のアイコンは画面の下に潜って見えない。


週末、帰っても、汚れた家に唖然として、トイレ掃除や風呂の排水口を掃除する。


「俺は掃除しに帰ってきてんじゃねぇーっ!」


と切れた日もあったが、今では私の掃除は当たり前の光景となった。


つい一昨年前までは幸太の少年野球で一緒にグランドで練習して応援して、


勝ったら喜んで、負けたら一緒に涙したものだ。


今では兄弟二人共、私の手を離れそれぞれの指導者のもと野球に頑張っている。


私の入る余地はない。


妻は?


正直妻が一番分からない。


“亭主元気で留守がいい”


なんて言葉もあったが、果たしてそうなのか?


もしかしたら、私が帰って来ることで、ちゃんと食事を作っている姿を見せなくてはとプレッシャーをかけていたのではないか?


ゆっくり昼寝できるはずの週末を邪魔していたのか?


それとも、帰ってくるから、トイレや風呂の掃除をしてもらえるかな・・・・・・と思われていたか?


・・・・・・どれも、ダメな想像だ。


妄想は得意な自分だが、いい方向、ポジティブな発想が出てこない。


週末、体を運んでくるより給料日にお金だけ、


目に見えない所で口座に運ばれてくる数字だけあればいいだけだったのかも・・・・・・。


最近の自分は何のために帰って来ていたのだろうと思っていた。


片道4時間もかけて、帰っても部活だ塾だと一回の食事くらいしか家族が揃わない日は普通にあった。


掃除しに?煙たがれるために?


帰省の道中、運転しながらそう自問自答した日もあった。


だとしたら、我が家からトイレや排水溝の清掃員が一人減るぐらいか。


“卑屈だな”


自分の考えのネガティブを突き詰めたらこんな所だろう。


でも、何もフォローが浮かばない。


“そんなことないよ。“


と誰かに言って欲しかった。


もちろん、そんな声は聞こえない。


「バチが当たったのかな。」


こうなった自分に言い聞かせるように呟いた。


不思議と涙が出てこない。


「自業自得なのかな。」


水をかけたトラックを恨むでもなく


いつの間にか自分への罰なのかと考えていた。


しかし、変な話だが何だが妙な達成感もある。


“やれることはやってきたのかな。”


“やり尽くせたのかな。”


この先のことを考えると、それなりの貯蓄はしてきたつもりだし金銭的な問題と掃除以外、私の必要性を見いだせない。


死んでいるからか?妙にクールだ。


自分が消えても一時の悲しみだけで、


しっかりやっていってくれる家族が想像できる。


なんと言っても週5で私がいなかった5年におよぶ練習期間がある。


これが週7に・・・365日になるだけだ。


?だとしたら、何故私は今家族といる?


何故、死んだ身で家族の前に現れている?


いろいろ、想像を巡らせるが私が霊となってまでここに帰ってきた意味がわからない。


何の未練があってここまで帰って来たのだろう?


昨日見た沢山の魂の光が頭に浮かぶ。


「お盆だからか。」


自分の事故がたまたまお盆と重なっただけで特に意味なんてないのかもしれない。その他大勢の霊と変わらないのかもしれない。


幽霊としての自分の存在に何かしら使命を見出したかったが、そんな大したものではなさそうだ。


お盆だから帰省しただけ。


帰省という呼び方はどうかと思うが


もし、私もあの迎え火に呼ばれたのだとしたら?


そもそも、お盆というのは亡くなった人が家に帰るのが由来だ。夏休みに家族が帰省するためにあるのではない。


昨日の緑の光、魂達。あれがホントの帰省ラッシュだとしたら・・・・・・


この期に及んでまだ冗談が浮かぶ。


でも、もしそうだとしたら、私の、タイムリミットは?


幼い頃の記憶をたどる・・・・・・


親父がいつも玄関前で送り火を焚いていた。


あれは何日の何時くらいのことだったか・・・・・・


たしか、15日の夕方くらい?


でも、たしか、お盆はそこまでくらいだったような。


自分の仮説が正しければ、私がここにいるのはそれまで。


確証はないが、妙な自信があった。


”残り1日と少し・・・・・・。”


私が今ここに現れたことに意味があるのか、何故なのかもよくわからない。どうせ考えてもわからないなら、今の私に出来ることをしてみよう。例え意味などなかったとしても意味のあるものに変えよう。


怖いくらい冷静だ。


でも、その時の私は悲しむより残された時間の使い方ばかり考えていた。


おびえはなく、不思議と自分の死を素直に受け入れていた。

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