8. サイン




8月14日 夜



昼にあれだけ沢山のそうめんを食べたにも関わらずお腹が空いたと言う子供たちに促されいつもより早い夕食を済ませ私はコンビニで買って来たビールを飲んでいた。


あれだけ食べてどうしてこうも早く空腹になるのか子供たちの食欲を理解できず私は夕食を少ししか口にしなかった。つくづく若いとは羨ましい。


私はテレビの点いたリビングでビールを飲む。


第三ではなくガチのビールを♪


夕食は入らなくてもビールは入る。


既に子供たちは2階にある各自の部屋に上がり、テレビと私の間にあるソファではオブジェが居眠りをしている。


観ているわけでもなく点いているテレビの高校野球を眺めていると


「ピンポーン」と玄関のチャイムがなる。


“そう言えば宅配便が来る予定だった!“


私は実家から帰宅したとき玄関ポストに宅配便の不在届けを見つけ電話の音声案内から夜の配達を指定したことを思い出した。


荷物の送り主は妻の実家。


恐らく妻の実家の田や畑で採れたお米や野菜だろう。


これは食べ盛りの子供を抱える我が家では正直すごくありがたい贈り物だ。


私はリビングにあるインターホンの液晶画面を除いた。


案の定そこには配達員の格好をした男性がジッっとモニターを見ながら独り立っている。


私はインターホンの通話ボタンを押すと、


「今行きますから、少々お待ちください。」


と声をかけた。


特に返事は返って来なかったが、いざ玄関へと思った時に自分の格好を見た。


家に帰ってから汗を流そうと先ほどシャワーを浴び、髪も乾かさず、短パンTシャツ。


完全に家の中専用使用の衣装だ。


門外不出の格好悪さだ。


いくら、見ず知らずの配達員と言えども限度、いや礼儀がある。


と言いつつ内心では単に自分が恥ずかしいだけなのだが。


慌てて妻に出てくれと頼もうと思ったが妻はすっかり寝息をたててソファと同化している。


こんなことで起こすのも可哀想なんで、急ぎズボンに履きなおし洗面所に行き髪を整えた。


それでも相手はの配達員、適当な身なりと髪型になった所で玄関のサンダルを履いて扉を開けようとドアノブに手をかけた。


“・・・・・・ん?”


かない。


少し力を入れて押す・・・・・・開かない。


まさか!と思って扉を引くが、やはり開かない。


そりゃ、そうだ玄関の扉が内側に開く家なんて今まで出会ったことがない。


私としたことが混乱してしまったようだ。


“そっか、鍵だね!”


誰かが鍵をかけたのだろう。私は鍵に手をやる。


「あれっ?」


鍵のとっては縦になっている。


“はて?我が家の鍵は横が閉まる、縦は開いてるはずだが?”


すかさず、もう一つの下につく鍵を確認する。


近頃の玄関扉は鍵が二つあるのが標準装備だ。勿論、そのどちらかがロックされていても開かない。


下の鍵も縦、つまり開いている。


もう一度、扉を押す・・・・・・やはり開かない。


「今、開けますからちょっとお待ちください!」


私は少し大きめの声でドアの向こうにいる配達員に声をかけ、今度は鍵を横に回した。


私の認識ではこれではロックになるのだが、長い単身赴任生活のせいで勘違いしているのかもしれない。下の鍵も横に回す。


すぐさま、ドアを押す。


やっぱり、開かない。


知らぬ間に鍵が壊れて向きが変わったか?そんな故障、聞いたことない。


今度は上を縦で下を横に、下を縦で上を横に・・・・・・


もはや、何を言っているのか、いや、やっているのかわからない。


我が家の玄関扉は金庫か!これでは誰も出られないぞ!




「あー!くそっ、ひらけゴマ!」


もちろん、そんな古めかしい呪文を唱えても開かない。


「ちょっと、待っててよ!」


“お待ちください”と言っていたジェントルマンは何処へ行ってしまい、私は大きな声で扉に向かって叫びドアをガタガタと揺らした。


その時、ドアの脇の郵便受けから”不在届け”が投函されたのが見えた。昼にも見たから見覚えのある黄色いハガキ大の紙。


「マジか、冗談だろ!」


“扉を挟んで住人がいるのはわかっているはずなのに帰る奴があるか!どんだけせっかちな奴なんだ!”


「あ、そうだ!」


そう呟いて私はサンダルを脱ぐと、今度は脱いだサンダルを手に持ちリビングに向かった。


リビングで窓を開けて庭にサンダルを放ると慌てるようにそれにつま先を入れて外に出た。


庭から玄関に回ったとき、家の前の道から宅配便の緑の軽トラックが出発するのが目に入った。


「あ、すみません!こっち、こっち!」


私は家の前の道路に出て走り出したトラックの後ろから大きく手を上げてアピールしたがトラックはそのまま行ってしまった。


「何だよ、待ってって言っただろ。せっかちな奴だな。」


私はいつまでも出て行かなかった、というより出ていけなかった自分より、過ぎ去る宅配屋に腹を立ててサンダルで地面を蹴った。


その時ふと向かいの家の玄関の前に一人の人影が見えた。


玄関の前でしゃがみ込んでいる人物は片方の手にはタバコ、もう一方の手にはスマホを握っている。


向かいの家のご主人、田辺さんだ。


昔はタバコを家で吸えないためにマンションなんかのベランダでタバコを吸う人達を“ホタル族”なんて呼んだものだが、最近では新たに立てた建ての家の前、特に玄関先にホタルは出没する。


昨日見た緑の光を放つホタルとは違いオレンジ色の光を放っている。


私も以前、単身赴任をする前は向かい合った家の玄関先でお互いにオレンジの光を放つ仲だったが単身赴任になってからは家でのタバコは我慢している。だから、こうして田辺さんの家のホタルを見かけるのは久々だ。


「こんばんは、すみませんお恥ずかしい所をお見せして。」


私は今のやり取りを見られていたと思い恥ずかしがりながら声をかけた。


しかし、私が挨拶しても田辺さんはスマホから目を話す様子もないし、返事もない。ひたすらスマホを触っている。


“よかった、どうやら見られてないな。”


今のやりとりを見られていないと思い、ホッとした。


しかし、私の声も聞こえないとはいい大人が何をそれ程スマホに夢中になっているのか。


それとも、夫婦喧嘩でもして機嫌が悪いのか。


いずれにしても、無視するとは失礼な人だ。


私はもう声をかけることをやめ振り返って自宅の玄関に向かった。


玄関につくとドアを開けて中に入った。


「・・・・・・あれ、開くじゃん!」


さっきまで押しても引いても開かなかったドアがノブを握って引くだけで簡単に開いた。


無論、普段も簡単に開くドアだ。これが普段通りだ。


私は再び外に出て外側からドアの周りを見渡した。


特に挟まる物も障害になるような物も見当たらない。何の異常もない。


“何で開かなかったのだろう?”


”まさか、宅配員が外から押さえていた?・・・・・・ないない、そんなことしてわざわざ再配達する宅配屋が何処にいるんだ。”


原因がわからず首をかしげながら玄関から家に入った。


「何なんだよ、ったく!」


呟きながらリビングに戻ると再びビールを口にした。


“何なんだよの”の内訳は開かないドアに4割、せっかちな宅配員に3割、そして田辺さんの態度に3割といったところか。


不快な気分をビールで浄化しながらテレビを眺めた。


いつの間にかテレビ番組は高校野球からニュースになっている。


「・・・・・・続いては各地のニュースです。」


お盆休みの渋滞情報でも確認するつもりでそのままニュースを眺めていた。


“それにしても、あのドアは問題だ。いざ何かあった時に再びあんなことがあっては困る。今度一度、業者に見てもらおうか。”


そんなことを考えながら私はキッチンの冷蔵庫からもう一本ビールをとった。


妻が起きていたら“飲み過ぎ”と注意もされただろうが今は幸いソファで熟睡中だ。


それに、全く酔った気がしない。さっきの出来事ですっかり酔いが冷めてしまったのだろうか。庭先から玄関までダッシュして逆に酔いがまわりそうなものなのに全く酔えない。


せっかくの生還祝い、せっかくの本物のビール。仕切りなおそう。


言い訳を見つけて新たなビールを手に再びリビングの食卓についたとき


「・・・・・・○△峠で事故があり、崖下から炎上した後とみられる車が発見されました。」


テレビから聞こえるニュースの言葉尻が耳に入り画面に見入る。


「・・・・・・車の中からは焼死体が一名発見されましたが遺体の損傷が激しく警察で身元の判明を急いで・・・・・・」


テレビ画面に映る真っ黒焦げの車。


“〇△峠?”


私が事故った場所だ。


片や焼死体、片や奇跡的にも無傷の生還。


何が分岐点になるのか、何が運命を分けるのか。


とにかく


“俺は運がいいな。”


しみじみとそう感じる。焼死体のかたには申し訳ないが。


「・・・・・・現場は見通しの悪いカーブで・・・・・・」


映像にひしゃげたガードレールが映し出される。


私はその時、テレビに映し出された映像を見て、思わず飲んでいるビールを落としそうになった。


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