第四十六話~嘆きの亡霊7~

 夢から覚めた後、私は何も覚えていなかった。いや、何も見ようとしていなかっただけか。

 世界樹の声が聞こえた瞬間、私の中にいる化け物が出てきた。


 壊せ、殺せ、すべてを破滅させろ。


 そんな声が耳元でずっと囁きかけられる。

 気が狂いそうになり、すべてを見ないように、すべてを聞かないように、私は心の中に閉じこもる。


 叫び声が聞こえた。痛い、苦しい、どうして、なんで? もう……殺してくれ。


 やめてほしい、そんなこと私は望んでいない。私が望んでいるのはみんなが平和に暮らしていける世界だ。


 そのために、私は困った人に手を伸ばす。人は一人では生きていけない。だから助け合い、支えあい、そうやって生きている。


 私の力は些細なもので、できることなんてたかが知れている。

 でも、人には向き不向きがあるようにお互いの欠点をカバーすれば、人はなんだってできるって信じている。

 だから私は困っている人に手を差し伸べるのだ。しょせんその程度しかできないから。


 私の中にはその考えとは全く逆の考えを持つ化け物がいた。


 その化け物は破壊を望み、相手を殺し、それを救済と呼ぶ。

 トチ狂っている。いや、私も狂っているのかもしれない。

 何千、何万、何億と生きていた私の心は限界を超えている。


 ああ、あの屑どもの悲鳴が聞こえる。


 こんな私は私じゃない。こんな私は世界に必要とされないいらない子。だから、私を死なせてほしい。ずっと、ずっとそれを望んでいたはずだ。

 壊れかけの化け物はいらない子、ならもう死んでいいじゃない。これで、これで終わりにしよう。

 そう思いたいのに、心が痛く感じた。

 化け物はそれでも暴れ続けるが、私の気持ちが伝わったのか涙を流した。


 私の心の中に浮かんだのは二人の笑顔。


 一人はヤンデレですぐに人切包丁を取り出す危ない子。自分はいらない子だって言っていて私にすごくなついている。


 もう一人はとてつもなく馬鹿で幼くて犬みたいな少女。それをやったという責任感もあるけど、それ以上に一緒に過ごして楽しいと思った。


 化け物は勇者を殺すと次の獲物を求めて視線をさまよわせる。そしてすぐに見つけた。

 この教会の地下にいる人なんて限られている。

 化け物が狙いをつけたのはクラヌとアンリだった。


 やめて、あの二人を襲わないでっ!


 そう思っても化け物は止まらない。

 化け物は屑の折れた剣を手に持った。

 血がべっとりとついていて、どうやったって切れそうにない。これでたたけば、切り殺すことはできなくても、骨をたたき切ることはできるだろう。

 いや、化け物のスペックを考えれば肉を抉るぐらいはできるに違いない。

 そんなことをしたら……クラヌとアンリは確実に死ぬ。


 化け物はクラヌとアンリに狙いを定めて襲い掛かった。


 クラヌとアンリの目の前で剣を薙ぐ。その時、ぬらりと現れてクラヌとアンリを庇った。


 化け物の剣は、現れた者ーーリグレットの背中を剣で薙いだ。

 背中の肉をえぐり取り、濁った血が飛び散る。それと同時に、アンリが人切包丁でリグレットを刺したっ!


 って、アンリっ! アンタ何してんのっ!

 守ってくれた人にする行動じゃないよねっ! もうちょっと常識を知ってーーーーっ!


 おや、アンリの異常行動のおかげで化け物が止まったぞ。というか戸惑っていて私の感情がちょっぴり溢れている?


「はは? ぇ? ん? っくく、あはははっはははははは」


 戸惑っているのを笑ってごまかしたぞっ! こいつ、世界を滅亡させようというとしてる割に単純なことで戸惑うな。

 これ、もしかして体乗っ取れるんじゃねぇ。

 世界樹がなんか言っていたような気がするけど、しょせんその程度なシステムだったんだ。これなら……楽勝かもしれないっ!


【バグは発見されました。直ちに処理いたします】


 なんかロックかけられた。あれ、出れたい。ちょっとーっ! そっちには私の大切なもがあるのっ!

 アンリとクラヌを思えばこんなの大したことない。私はこの状況から脱出してやるっ! 体動かせないけどなっ!


 要は気持ちの問題だ。内なる化け物とは精神的に不安定になり、ぶっ壊れた私。気持ちで負けているから私は出れないし、こんなつらい目に遭うんだ……。


 というより、今更なんだけど、なんでこんな状況になっているんだろう。

 教えて、鑑定さんっ!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 馬鹿な君にでもわかるように説明してやろう。

 原因はこの称号だっ!


『天秤に判定者』

 世界の運命を決める天秤の判定者に選ばれた者に与えられた称号。

 そのものの心のあり方によって、世界の運命が決まる。


 あ、ちなみにお前の役割ってこれね。この称号を持っている限り死ねないから。人生楽しめっ。鑑定様より


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

 何なのこいつ。しかもとんでもないことを言いやがった。

 私の身に起こっているすべての原因。天秤の判定者。

 要は私がこの世界でどのように感じたかによって世界を滅ぼすか滅ぼさないか決めようって話だよねっ!

 なんでそんな…………はい、役割ですね。なんでこんなことになったんだろう。たくさんの異世界に呼ばれまくったからかな?

 なんか理不尽。


 そういえば、世界樹も天秤がどうのこうの言っていたし、今思えばなんか納得。

 というか、なんでこの称号の説明見れるんだろう。もしかして……進化した?

 鑑定が進化したのかっ!


 まあそれは置いておいて、今の状態はその天秤とやらが破滅に傾いたせいで、私は暴走したみたいになっているわけね。

 じゃあ今までの苦しみは何だったのっ!

 死ねないことはつらかったけど、暴走していたのはこの称号のせいだよねっ。絶対にそうだ。

 つまりだよ、この称号さえなければ私は自分の正義を全うし続けられたってことだよねっ!


 そう思ったその時っ!


「うっひゃああああああああああああああああああああああああああああああああ、小雪お姉さまの顔が近くに~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 なんかとんでもねぇ声が聞こえてきた!

 アンリ、お姉さまと呼ばない……ってちょっとっ!

 アンリがキス顔しながら私のほうに飛んでくるんですけどっ!

 このままだと絶対にぶつかるんですけどっ。


 おい、化け物てめぇ、動きやがれ。これは……私の唇がかかってんだ。やめ、ちょ、まっ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ


 交わされる唇と唇。嬉しそうに瞳を輝かせるアンリの顔がよく見える。それと同時に世界樹の声がちょっとだけ聞こえた。


【警告:対象『アンリ~以下略』の適当なスキルによって天秤による破滅の決定が覆されました。っち、仕方ないですね、ほんと。これより、対象『偽勇者(笑)の意識を浮上させます』


 もう出てる、私の意識半分以上もう出てるからっ!

 というか、なんでこのタイミングで出しやがった。


 そう思いながら、飛んできたアンリの勢いに流されて地面を転がった。

 ああああっ、めっちゃ痛いっ!


「ほんと痛いよっ! もう泣きそう……」


「あ、お姉ちゃんっ! お帰りっ!」


「ああ、お姉さま。私はここで初めてを迎えるのですね」


「迎えないからねっ……ってあれ? 元に戻っている。やったー。私は帰ってきたっ!」


「よかったね。はいこれっ!」


 クラヌが私にいちまいの紙を渡してきた。

 えっと、ナニコレ……。


 紙に書かれていなのは、一千万の請求書だった。

 しかも私宛……。ほんとマジでなんでなのっ!

 性的に襲ってくるアンリを抑えつつ、多額の借金を抱えてしまったことに、私は涙をながした。

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