第十五話~不安定な旅人10~

「はぁ~なんでもいいよ。ギルドカードを貰えたということは、登録完了なんですよね」


「はい、問題ないです。ちなみに、漫画や小説のようにランクとかレベルなんてものはないので、期待しないでくださいね。傭兵ギルドは、仕事を斡旋するだけですので、誰が死のうが関係ありません」


「割とドライな関係なのね」


 これはあれか? ギルドが仕切っているシマの仕事は斡旋してやる。ただ、紹介料やら年間費やらでお前らからは搾取するからなって感じの所なのかな?

 要は、傭兵業務の取締事務所的場所。それが傭兵ギルド。組合っていう感じじゃなくねぇか? こんなんで利益とかあるのかな? やっていけているんだったら、あるんだろう。


 絶対に、間違ったな。登録しなければよかった。


「ま、過ぎたことは気にしない。アンリ、ご飯を食べてから宿に戻ろうか。今日はツッコミを入れすぎて疲れた……。早く休みたい」


「すごくキレがいいツッコミでしたよ」


「それ、褒めてないから。絶対に褒めてないから!」


 アンリとぐだぐだ話ながら、傭兵ギルドの出口に向かう。

 はあ、何事もなく登録できてよかったと安堵してしまったのが良くなかったのかもしれない。


「おうおう、そこの美少年。ちょっとまちな」


 不意に声をかけられた。かなり野太い声だった。

 しまったっ! 油断しすぎた。そのせいでテンプレ展開に巻き込まれちまった。


 アンリは余りにも野太い声だったので、萎縮してしまい、私の服にしがみつく。

 はぁ、めんどくせぇな。


 そう思いながら、声が聞こえてきた方に振り向くと、なんということでしょう。

 かなりイケメンな青年が、下衆な笑を浮かべて仁王立ちしていた。

 あれ、野太い声の人はどこに?


「おめぇ、なかなかいいツラしてるじゃねぇか」


 イケメン青年の声ぇぇぇぇぇ! 夢がぶち壊れたわっ!

 まさか、こいつの声がこんな野太い声だったなんて。見た目と声のギャップが激しすぎるだろっ!


「あ、あの……何の用ですか? これから宿に帰るんだけど」


「いいじゃねぇか少年。ちょっとだけ遊んでいこうぜ」


 てか、さっきから少年って言っているけど、それって私のこと?

 失礼しちゃう。確かに、絶壁と呼べるほど胸は小さいけど、ちゃんと女の子してますよ!


 髪とか、結構気を使って女の子っぽくしているのに……なんで少年? 納得いかねぇ!


「うう、ちょっと! さっきっから小雪お姉ちゃんのことを少年と……。許せません。胸は絶壁だけどちゃんとお姉ちゃんなんですよ!」


 あの……あまり絶壁とか言わないで。胸が小さいの、結構気にしているんだから。


「うるせぇ、メスガキがぁ! おめぇには用はねぇんだよっ!」


「きゃあ!」


 イケメン青年は、あろうことか、拳を固く握ってアンリを殴り飛ばした。

 幸い、アンリはちょっとだけ反応できて、顔を殴られるということは回避できたようだが……。

 その小さな体は拳の威力に負けて吹き飛ばされてしまい、壁に激突した。

 アンリは意識を失い、ぐったりと動かなくなる。

 それを見た瞬間、私の中で何かが弾けた。


 ああ…………ああああああ…………………………ああああああああああああああああああああっ!


【システムメッセージ:対象・西条小雪の心が絶望に傾きました。よって、天秤を破滅の方向に少しだけ傾けます。

 一定の条件を満たしました。『救済された心』の効果を強制的に無効化し、状態異常『壊れた心』を再発させます】


 なんか、世界樹の声が聞こえた気がするけど、どうでもいい……。

 アンリの傷つけられた瞬間、私の心に住まう悪魔が、私を侵食してきた。

 もう、私自身止められない。

 あいつが…………目を覚ます。




   ◇ ◆ 壊れた小雪 ◇ ◆




 久しぶりに目を覚ました感触。一体いつから寝ていたのだろう。

 気がついたら、まったく知らない場所にいた。ここがどこだか見覚えがない。

 だけど、そんなことはどうだっていい。私がやるべきことは決まっている。


 殺す、殺す、みんな殺す。


 私の耳元で囁いている自分自身の声。世界なんて録でもない。自分自身の都合のいいように世界のルールを捻じ曲げて、陥れて、破壊して、嘲笑う。

 いらない、そんな世界はいらない。

 だったらどうすればいい?


 決まっている、全てを壊してしまえばいい。


「キャハ、キャハハハハハハハハハ」


 狂ったように笑い始めた私を見て、金髪の青年が驚愕したような顔をした。なかなかに面白い。いじめがいがありそうだ。


 だったらそうだ。あれを使おう。

 私は、固有魔法である『拷問器具錬成』を使用する。


 傭兵ギルド内に、魔法陣が現れて、その中央から、ずずずと奇妙な音が聞こえてきた。

 ゆっくりと現れた鉄の塊は牛の形をしている。


 ファラリオの雄牛。


 古代ギリシャで生まれたという、楽しい楽しい処刑道具。

 さあ遊ぼう。喚こう、苦しもう、懺悔しながら死んでしまおう。

 楽しい楽しい処刑の始まりだ。


 当たりがざわつく中、金髪の青年は、後ずさりながらも殺されたいとアプローチしてくる。


「あ、あいつは女だぞ? お前だって俺と同じだろ。虫を払ってやったんだ、感謝されど、そんなことされる筋合いはないよな、な、うそだよな」


「え~どうしよっかな~。はは、大丈夫っ! 辛いのは最初だけだから、へへ、ほら、早く入ろ?」


「ま、まって、ちょっと待ってよ!」


 ゆっくりと後ろに下がって逃げようとする青年。私は逃がさないように、ゆったりと近づいて……足払いをして転ばしてやった。


「うわぁ! うぅ、なんでこんな……。 はっ! うわぁああ、謝るから、本当に謝るから! だからっ!」


「だからな~に~。私は知らないよ。どうでもいい。ささ、楽しいことを始めようか」


 転んだ青年の足を掴んで、力を入れる。すると、ボキィと心地よい音がなった。どうやら簡単に骨が折れてしまったようだ。余りにも透き通った綺麗な音だったので、私の体がぶるりと震えた。やばい、疼いちゃう。


 私は嬉しそうな悲鳴をあげる青年を引きずって、ファラリスの雄牛に近づく。

 青年は、歓喜の悲鳴をあげながら、いやよいやよと抵抗するが、これは、いやよいやよも好きのうちってやつだろうと勝手に納得する。

 ははは、なかなか分かっているじゃないか!


 ファラリスの雄牛の背中部分にある入口を開けて、私は青年をぶち込んだ。

 無理やり出ようとしたところに、一発入れてやり、蓋を閉めて開けられないようにする。


「だ、出して、ここから出してくれぇぇぇぇぇ」


 傭兵ギルドの誰もがその声を耳にしている。だけど、中にいる全てのものが動けない。

 いいねぇ、ちゃんと殺される順番を待っている、いい子は大好きだよ。これで遊んだあとは、ゆっくりと殺してあげるからね?

 そ・れ・よ・り・もっ! まずはこれからだよね。


「さぁ、ショーの始まりだ! 点火!」


 ファラリスの雄牛を炎が包み込む。じっくりと、ゆっくりと炙って炙って炙って……。

 ファラリスの雄牛は鉄でできているため、火に当てれば、その熱が伝わっていき、まるで熱したフライパンに包まれた状態になる。


 さすが、炙り殺すことを主観に置いた処刑器具だ。本当に心地いい歌声だよ。


「あつい、あつい、あついぃぃぃぃ、誰か、だれかぁぁぁあ」


 ガタゴトと揺れるファラリスの雄牛。だけど、そんなに暴れたら……。


「ぎゃああああああああああああああ、剥がれない、剥がれないよぉぉぉぉぉぉ」


「ごめん、言い忘れてた。下手に転ぶと肉がフライパンにくっつくのと同じで、なかなか剥がれなくなるよ……って、遅かった。まあいいや。もう少ししたらもっと素敵な歌を聴かせてくれる。ふふ、はははは。

 あ、でも、歌を聴く前に死なれると困るな……。死なないかもしれないけど。

 回復ぐらいしとこうかしら」


 私は回復スキルをファラリスの雄牛に向けて使った。ちゃんと、威力のコントロールは欠かさない。死なないギリギリをキープさせてっと。


 鑑定を見ても、私は回復スキルや魔法を持っていない。なのに使えるのにはちょっとした理由がある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【極】

 今いる世界の、全ての魔法、魔術、スキルなどを使用することが可能となる。ただし、それらを見ることが必須。また、見ただけで、全ての技術を解析することが可能。

 このスキルは小雪専用。

 スキル管理がめんどくさくなったわけじゃないんだからね!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 このスキルのおかげで、私は回復のスキルが使える。いつ見たのか覚えていないのだが、使えるから良しとしよう。


 さあ、素晴らしい歌を聞かせて……


 バァーーーーンッ!


 唐突に、傭兵ギルドの扉が開かれた。

 もうすぐで楽しいことが起ころうとしているのに、邪魔されてイライラしてくる。

 誰だっ! 誰が邪魔をしたっ! まずは邪魔者から殺してやろうかぁ……。


「ラブラビットパワー120パーセント、愛と勇気のうさ耳魔女っ子戦士、ラビットキューンっ! ここに爆誕っ!!」


 まるで少女のような愛らしさを感じられる声だった。

 こういうのをいたぶるのも楽しいかもしれない。

 私は、声が聞こえてきた方を振り向いた。


「ハハハ、お前もいたぶり殺して…………ぐはぁ!」


 私の中で何かが打ち砕かれた。

 錬成した拷問器具も、炎も、回復魔法すらも維持できない。

 ダメだ、見たくない、何も見たくない、また眠ってしまいたい。あれは夢だ、絶対に夢なんだーーーーッ!


【システムメッセージ:対象・西条小雪の精神に深刻なエラーが発生しました。

 これより、『救済された心』の無効を解除。状態異常『壊れた心』が無効化されます。

 また、『壊れた心』に関わった人達の記憶を改竄。成功しました】




   ◇ ◆ 正常な小雪 ◇ ◆




 なんか急に意識を失ったような……って、アンリ! あの子は大丈夫なの!

 私は周りを見回して、アンリを探す。

 そして、アンリをすぐに見つけることができたのだが、その代わりに、とんでもなくやばい者を視界に入れてしまった。


「ん? ラビットキューンだぞ(キラリ)」


「なんなの、おまえぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 もう叫ばずにはいられなかった。

 だって身長180センチを軽く越える巨漢のマッチョが、10歳に人気がありそうな魔法少女の格好をしているんだよ?

 しかも服はぱっつんぱっつん。

 意味分かんぇよ!

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