第十三話~不安定な旅人8~

 恐怖を植えつけられたマッチョ野郎は、憲兵に連行されていった。

 なんでも、あいつは胸の小さい女性をターゲットにセクハラするキチガイだったらしい。

 胸ピクピクからの、ボディータッチが一連の流れになっているとは……。

 しかもだよ、なんで私というか、汚物生ゴミ勇者の小雪がどうたらいうのかな? 全員に言っているらしいんだよね。何これいじめ。マジ最悪なんですけど!

 やっぱりこの世界は録でもない!


 まあでも、助かったこともあるかな。アンリがブチギレて、ヤンヤンしてたから……。

 下手すればこっちが捕まるところだった。


「アンリ、いきなりあんなことをしてはダメだよ」


「嫌です! 小雪お姉ちゃんが酷いことをされていたら、私は私を止められません!」


「はあ、しょうがないわね。でも、アンリが危険な目に遭うかも知れないんだから、絶対に気をつけてよね」


「はいです!」


 返事だけは元気なんだけど……理解しているのかな? 不安しかない。


「よし、いったん宿に戻って、傭兵ギルドに行こうか」


「ハイ、小雪お姉ちゃん! 宿はこっちです。ついてきてください」


 アンリはにんまりと笑いながら、私の前を歩く。あの笑いが若干怖かったけど、ヤン子だし。いちいち気にしていたら身が持たない。

 さて、アンリはどんな宿を見つけたのかな?

 で、できれば……普通の宿さんいらっしゃい!


 アンリの後をついていきながら、エクリプセの町中を歩くこと数分。宿屋に到着した。

 傭兵の町って聞いていたから、なんかこう、戦場を思い出せるような、ちょっとばかし汚いところをイメージしていたんだけど、案外綺麗なもんだ。

 どこかになと得るなら……そう! あそこだ! 板鼻宿いたはなしゅく

 確か群馬県安中市板鼻にあって、現在は資料館なんだっけ? んで、近くに皇女和宮様の宿泊所があるとかないとか……。

 私が地球にいたときにネットで見た情報だから、本当かどうかわからないけど。

 写真で見たときの雰囲気に似ている気がする。群馬はやっぱりすごい!


 そんないい感じの町にある、歴史を感じさせてくれる宿にアンリは連れてきてくれた。

 結構お高いんじゃないかしら、なんて思ったこともありました。

 いやね、そんなことよりね。宿の名前。

 それを見ただけで頭が痛くなってくる。


 だって……『百合の楽園』なんだもの。


 しかも、特別サービス期間で、百合カップル限定で割引してくれるとか……。

 アンリ! あんた完全に狙っているでしょ!


「ささ、行きましょう、小雪お姉ちゃん」


「ねえ、やっぱり違うところにしない?」


「ここは女性限定の宿屋さんなんです。他の宿だと、むさくるしいマッチョがベッドの上でギシギシと……」


「ハイストップ! それ以上言わないでおこうね。もうここでいいから、勘弁してあげるから! 可愛い顔して、ハイライトのない瞳でそんなこと言わないで! 怖いわ!」


「くふふ、作戦通りっ!」


 こやつ……やりおる。まさか狙ってやっていたなんて。今回は諦めよう。

 ツッコミどころが多すぎて、流石に疲れちゃったよ……。


 宿の中は大きなダブルベッドがあったり、ガラス張りのシャワールームとかあったりしたけど、この際何も見なかったことにして、傭兵ギルドに向かうことにした。

 なんか、気にしてツッコミを入れてしまったら、アンリの策略にはまりそうな気がして怖い。

 いや、絶対にはまるでしょ!


 という訳で、私はアンリを連れて、傭兵ギルドに向かう。

 荷物を置いて、さっさと行くよと言ったら、ちょっとだだこねられた。

 やっぱり何か考えてたよ!


 だが、私は逃げた、逃げられた。よし、この調子で頑張るぞぉ!


 そう思いながら、傭兵ギルドを目指して歩くこと数分。なんか洒落た建物にたどり着いた。なんか、中世ヨーロッパ風な建物? とでも言えばいいのだろうか。

 こう、高級感溢れる感じだ。

 あれ、ここだけ雰囲気違くねぇ?


「行きましょ、小雪お姉ちゃん!」


 アンリが私の腕を引っ張って中に入ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 このまま入っちゃうとフラグ立つから! テンプレ展開突入しちゃうから! やめてぇ~~。


 そんな私の心の声など知らんぷりなアンリ。ひどいよ。


「わぁ、すごいのです」


「く、テンプレ来るか!」


 私はいつでも反撃できるように身構えながらあたりを見回した。


「何をしているのですか?」


「いや~なんでもないよ。こういう時って、変な人に絡まれるイメージがあるから。でも、そんなことなさそうだね。思ったより人がいないや」


「そうなのですか? わたし的には結構人がいるような気がしますが……。それに、小雪お姉ちゃんに視線を向けている人がいるような気配がします。捌きますか? 三枚おろしは得意なんです!」


「捌かないで! 絶対に捌いちゃダメぇ! ここにいる人達は魚じゃないからだめぇ!」



 アンリは肩を落として「残念です……」と呟く。この子の狂気はどんだけなんですか!

 まあ、わたしも人のことが言えないんだけどね!


「とりま、さっさと受付済まそうよ」


「そうしましょう!」


 さてさて、傭兵ギルドの受付と思える場所は三つほどある。

 もしかしたらどれでも対応してもらえるかもしれないが、そうじゃないかもしれない。

 私を悩ませる理由は、受付の色にあった。


 市役所や郵便局などでは、受付を番号や色ごとに分けているところがある。というか、ほとんどがそうだ。

 例えば郵便とか、貯金などとか、まあそんな感じに分かれているのと同じだ。


 それと同じように、このギルドも色で分かれている。赤色の受付にはごついマッチョなひげもじゃ、黄色い受付には、金髪耳長の綺麗なお姉さん、青の受付には、なんかヘドロのようなものがーーって、最後人じゃねぇ!

 え、なにあれ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ヘドロ】


種族:得体の知れない何か

性別:女(自称処女)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マジでヘドロだった……ってなんでやねん。

 ちょっとまて、私の種族が得体の知れない何か。んで、あのヘドロも得体の知れない何か。ってことはあれと私が同族ですか!

 なんかいやぁ! 私はヘドロじゃない!

 違う、ノーっ!


【システムメッセージ:対象・西条小雪はヘドロと同一の生命であることに納得しました】


「ここで世界樹の声ぇ! って、世界樹さん! なんで納得すんの! 私はヘドロじゃない!」


「ひゃう、どうしたんですか、小雪お姉ちゃん」


【システムメッセージ:そんなことはわかっていますよ】


「わかっているんだったら言うんじゃねぇよ! ふざけんな!」


「こ、小雪お姉ちゃん! 視線が集まってるから、落ち着いて!」


「……あ」


 やっべ、声に出してた。ちょー恥ずかしい。だけどわたしゃ悪くない。

 悪いのはヘドロ……じゃないな。勝手に出てくる鑑定さんと私をおちょくる世界樹さんが全て悪い。

 チガウ、ワタシワルクナイッ! スベテアイツガワルイ!


「ふぅ~ちょっと落ち着いたよ。ごめんね、アンリ」


「いえ、どんな小雪お姉ちゃんでも、私は味方なの!」


 その言葉……なんだか心にグサッと来たよ。傷ついた的な意味で。

 アンリ……遠まわしに、お前は頭がおかしい人間だ、みたいなこと言わないで。

 死にたくなっちゃう。死ねないけど!


 はぁ、気を取り直して本題に入ろう。

 現状問題となっているのは、どの色の受付に行けば良いのかということだ。

 というのも、何色が何の受付なのか一切書いてないっていう理不尽。

 ちょ、もうちょっと初見さんに優しくして欲しい。

 もしかして、嫌がらせかな?


「小雪お姉ちゃん、落ち着いた?」


「うん、とりあえずは大丈夫だよ」


「じゃあ、早速受付に行きましょう!」


「えっと、アンリはどの受付に行けばいいのかわかるの!」


「わからないです」


 わー適当! そんなんで大丈夫なんだろうか。

 あ、でもこの子はエムリア王国の第二王女。案外大丈夫なんじゃないだろうか。


「あの、すいません!」


 わぉ、あの子、いきなり赤の受付に行ったよ。勇気あるね。


「あぁ! なんだクソガキ! ここは傭兵ギルドの仕事斡旋の窓口だ。てめぇみてぇな、毛も生えてないようなガキが来る場所じゃねぇんだよ。帰ってママンのおっぱいでも吸ってな!」


 アンリは見事、ひげもじゃに怒鳴られた。

 そりゃそうなるでしょうに……。

 あの子、泣いたりとかしないよね?

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