第二話~捨てられた勇者2~

 王都フリュンゲまでは、昼夜問わず馬で走って三ヶ月はかかる。かなり遠い。

 なんで悪臭王は、私を呼び戻そうとしているんだろう?

 あの中でまともに戦争できるのって私だけな気がするんだけど……。まあいいや。さっさと行こう。


「せぇの!」


 私は腕を大きく振って、高く飛ぶような仕草をする。すると、景色が歪み、何かが割れるような音が聞こえた。というか、周りの景色にひびがはいった。世界がぱらぱらと崩れ落ち、新しく見えてきたのは、王都フリュンゲ!

 今使ったのは、空間転移的な魔法だったりする。これを使えば、三ヶ月かかってしまう道のりも一瞬。やったね、勇者特権!

 高レベルの勇者になれば誰でも覚えられるんだけどね。他の勇者は弱いから、使えるのは私だけ。なんだか特別な人間になった気分。


 私が転移先に指定したのは、王都フリュンゲの検問所前。無駄にでかい作りになっている。あと猫耳お姉さんの銅像が並べられている事で有名だ。

 下手に王都内に転移すると、あの悪臭王のことだ。適当に罪をでっち上げられ、理不尽に裁かれる。クソめんどくせぇことに巻き込まれないようにするには、外に転移して、検問所にできている長い行列に並び、正規の手順を踏んで中に入るしかない。


 ああ、ちらっと見たけど、入るのにあと5時間ぐらいかかりそう。だるい。


 さっさと入る方法はないのだろうか。普通、勇者なら入れるような気がするけど、私は嫌われているからな。絶対無理だろう。

 いや、でも、私は悪臭王に呼ばれているわけで、意外とすんなり入れるんじゃないだろうか。

 物は試しだ。やってみよう。なにか証拠になりそうな物は……何もない。どうしよう。大丈夫かな。大丈夫だろう。


 よし、行くぞ!


 私は、一般用の検問所の隣にある、お偉いさんや客人、隣国の使者さん専用の小さな入口に向かってみた。

 が、憲兵さんに呼び止められる。


「貴様、ここは貴族や来客専用の入口だ。平民の貴様が通る場所ではない。さっさと列に並ばないか」


「いや~、私は勇者なんだけど。わからない?」


「はて、貴様のような勇者がいた覚えがないのだが?」


 あっれ~~、私はちゃんと勇者として働いていたわけで、王都のみんなは顔を知っているものだと思ったんだけど。嫌われているかどうかは別にしてね。

 なのに、この憲兵さんは私の事を知らない。なんで! どうして! 私は勇者なのに!

 確かに、凱旋とか一度もやったことないけど、ないけど! 悔しくなんかないんだからね!


「私は正しく勇者でありんす。この度、悪臭王……ヘンブルゲン国王陛下に呼ばれたのできました! きゃるん!」


「…………お前、今なんて言った?」


「え、私は勇者で、ヘンブルゲン国王陛下に呼ばれてきたよって言ったんだけど」


「そこじゃない。一番最後」


「きゃるん?」


「そんなこと言っていいのはなぁ! 二次元の猫耳少女だけなんだよぉぉぉぉぉ」


 け、血涙!


 憲兵さんの瞳から流れる赤い涙には、悔しさとか悲しさとか、いろんなものが感じられた。ああ、この人は趣味に生きる人間だ。

 この世界にも、漫画やゲームといったものはある。違いといえば、漫画は水晶に魔力を込めると投影してくれる電子書籍みたいな感じで、ゲームは魔道書に魔力を込めることでモニターみたいなものが現れて遊べるようになる感じかな。科学で作られたゲームを知っている私からしたら、とんでもないハイテクノロジーな何かに見える。やってみたけど、かなり面白い。だけどギャルゲーと乙女ゲーのジャンルが多いんだよね。

 というわけで、この憲兵さんはギャルゲーマーに決定だ!


「畜生……猫耳少女は正義なのに……こんな奴に汚されて……」


「おい、ちょっとまて。私も一応女の子で、可愛さアピールしただけなのに、そんなこと言われるなんて。ちょっと傷つくんですけど」


「三次元がいくら傷つこうが一向に構わん。だけどなあ、猫耳少女を汚すのだけは絶対に許さん!」


「なんて理不尽!」


 ここまで来るとある意味すごいな。趣味のために独身を貫こうとする、|紳士オタクに見えてきた。


「あ、それはそうと、お前。勇者を偽ったことによる詐称罪と、国王陛下を悪臭王と呼んだことによる不敬罪だから。詰所まで来て」


「え?」


「ほらこっち。手錠かけてあげるから」


 両手を優しく掴まれて、がっちり手錠をかけられる。


「ほら、行くよ」


「うっそぉぉぉぉぉぉぉっ?!」


 私は憲兵さんに引きずられて、詰所で散々尋問されましたとさ。そして数日後。処刑が決行された。私の頭と体はバイバイして、一生を終えてしまったのだ。悲しいかな。私の物語はここで終わり。ちゃんちゃん。





 なんてことはなかった。そもそも私、死ねないしね。

 状態異常『時の牢獄』。このバッドステータスにより、私は死ぬことのできない体になってしまった。この世界、というよりも、全ての世界は世界樹に内包されている。何かに例えるなら、木に実っているたくさんの林檎を思い浮かべればいいだろうか。

 んで、りんごの一つ一つが世界というわけだ。ちなみに、地球もその一つ。やったね!

 何がやったね! なのか意味不明だけど。


 そして、全ての世界は世界樹という一つのシステムによって管理されている。

 そのシステムのウチの一つにステータスというものがある。状態異常はこのシステムに該当する項目だね。

 地球でもあったらしいんだけどさ。

 魔法という技術が発展していなければ見ることが出来ないようになっていた。

 科学が発展した地球なら絶対に無理だね。

 まあそんなことはどうでもいい。


 今の私は、罪人のように手錠をかけられて鎖に繋がれている。んで、歩いている場所は、王都の大通り。人の視線が私に集まる。

 やだ、恥ずかしい。

 目指すは王城らしいのだが、なんでこんなことになったのだろう。

 ただ、自分は勇者ですって言ったのと、この国の王様を悪臭漂う腐の化身と言っただけなのに。いや、そこまで言っていなかったか?


 てか、なんで大通りを進んで王城に向かう必要があるのだろう。てっきり詰所的な場所にでも連れて行かれると思ったんだけど。

 そういえば、他の憲兵さんと何やらひそひそ話したあと、急に方向転換したな~。


「ねぇ、憲兵さん」


「だまれ、悪魔がっ!」


 なんだろう。ゴミを見るような目で見られてしまった。こう、前線にいたときの、周りの騎士さんの視線によく似ている。

 お、これは、私が勇者だったってことが、伝わったのだろうか。そうだったなら、今の視線は頷ける。

 この世界の人々は、正義がどうのこうの言って、卑怯極まりないことは嫌う習慣がある。

 そんなしょうもない理由で勇者である私を悪魔だとか、ゴミだとか、ゴキブリだとか、汚物だとか、散々罵ってくる。異世界から来た勇者に対してなんて罰当たりなことをするのだろうか。


 それにしても……悪魔呼ばわりされて、勇者と理解してもらえたんだなって思う自分自身が悲しい。この世界、碌でもないな!


「あの、憲兵さん? 恥ずかしいので、手錠を外して欲しいーー」


「黙れと言っているだろう、この汚物がっ!」


「…………はい、すいませんでした」


 私にこの状況をどうにかすることはできなかった。悲しいな。勇者なのに。悲しいな~~。


「ねえ、見て。女の子が憲兵に連行されているわよ」


 ん? 王都の人たちが私を見てひそひそと何か言っている。うんうん、それが正しい反応だよ。勇者で可愛い私を無理やり連行しているんだ。

 この変態憲兵さんに言ってやれ!


「あの子、もしかして悪臭王の妾にでもされるんじゃないかしら」


 おい、妾って連行するもんなのかよ。


「ああ、かわいそうに。相変わらず、悪臭王の趣味はひどいな」


 ちょっとまて、悪臭王って……。


「私、知っているわよ。悪臭王が使用人のメイドに手を出したんだけど、あの悪臭でメイドさん死んじゃったんだって!」


 え、死人が出るレベルの悪臭!? じゃなくて!


「はあ、悪臭王にも困ったものだな」


 みんな悪臭王って言っている!

 なのに憲兵さんが不敬罪で捉えないなんて! なんで私は捉えられたの! 理不尽極まりない。どういうこと!


「ねえ、ちょっと! 憲兵さん!」


「なんだ、うるさいゴミめっ!」


 相変わらずの扱いに泣きそう。でも負けない! だって勇者だもん!


「なんでみんな悪臭王って言ってんのに私は捉えられなきゃいけないのよ!」


「おまえは耳まで腐っているのか、ゴキブリ以下の生ゴミが。誰もそんなこと言っていないではないか」


 周りの人は、うんうんと頷いた。そして、生ゴミを見るような目で見つめられる。

 え、これって私が悪いの? おかしくねぇ。絶対におかしいよね!


「ほら、さっさと歩け!」


「うう、引っ張らないでよ。女の子なんだよ」


「何を言っている。貴様は生ゴミだ。頭がおかしいんじゃないのか!」


「それはお前だ!」


 ああ、神よ。私を助けてくれ。これから悪臭王に殺されてしまいます。勇者なのに。

 私は手錠を外してもらえず、抵抗してもずるずると引きずられて、お城の中に入っていった。

 そして到着したのは、大きな扉の目の前。謁見の間の扉だ。


「い~や~、助けて~~、犯される~~~~」


「騒ぐな、バカが! 貴様はこれから国王陛下と謁見するんだ」


「そんなわけあるか! この大きな扉から、腐臭というかなんというか、すごく臭いんだよ。絶対に、絶対に国王陛下との謁見じゃない! これは……」


 ちらりと憲兵さんに視線を向けると、扉の前で堂々と鼻に何かを詰めていた。耳栓ならぬ鼻栓だね。一人だけ臭い対策しやがって。こんちくしょう。

 恨みがましい目で憲兵さんを睨みつけると、私を悪魔だと罵っていたときの表情が嘘のような笑顔を浮かべて、ぽんっと肩を叩いた。


「諦めろ……」


 だけど、憲兵さんの目は死んだ魚のようだった。

 そんな顔で諦めろなんて言われたら……私にどうすることもできないじゃない。

 てか、鼻栓よこせよ。なんで私にはないんだよ!

 くっそ、悪臭王め! やりおるな。

 ……本当に臭い。誰か、ファ○リーズを持ってきて!

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