私、いらない子ですか。だったら死んでもいいですか。

日向 葵

第一話~捨てられた勇者1~

 狂乱の宴。破滅の炎。死の舞踏会。世界は赤に染まった。


 叫べば全ての生物が硬直し、腕を振るったら赤い水しぶきを撒き散らす。

 大地を歩けば、肉が潰れ、赤い水があたりを染める。


 赤い水は川に流れ、美しい水を深紅に染めた。


 殺した、殺した、殺したくないのに殺してしまった。

 出来上がったのは肉の道、肉の世界。新鮮な血の臭いに私は歓喜した。


 ああ、楽しい、楽しすぎて幸せだ。


 どうして、殺したくないのに、苦しいよ。


 体が震えるほどに気持ち良い。あまりの気持ちよさに私は絶頂した。


 この光景を見ることが辛い。あまりの辛さに心が軋んで、とても痛い。


 赤く染まった手を見て、心の奥底から幸福を感じた。


 この惨劇を止められない自分の愚かさに、絶望を感じる。


 沢山の感情が心の中でひしめき合う。

 私は長く生き過ぎた。死という終着点にたどり着けない苦しさに、私の心は壊れていった。

 壊れた心から生まれたのは、もうひとりの私。

 いや、私の姿をした殺戮を好む化物だ。その化物は、私の言うことを聞かず、目に映る全てに理不尽を与えて、裂いて、壊して、肉というモノに変えていく。


 殺せ、殺せ、みんな殺せ。


 死ぬことは神に与えられた祝福。死ぬときこそが人生で最も幸せな瞬間だ。

 生きることは辛くない。死ねないことが辛いのだ。

 終わりのない生の迷宮を彷徨うぐらいなら、死んだほうがマシ。肉となったモノたちも、死ねたことを歓喜しているだろう。


 やめて、殺したくない、皆を救いたいの。


 違う、そうじゃない。人生は……生きるとはそういう事じゃない。この世に生まれ、自分という軌跡を残し、誇りを持って死を迎えること。それが生きる意味であり、死ぬ意味だ。

 理不尽に殺していい訳がない。他者がそれを踏みにじっていいことなんてあってはならない。


 殺せ、殺せ、みんな殺せ、誰かがそう囁いた。


 化物は殺戮を好む。私は救済を望む。誰かを助け、誰かを殺し、幸せに導き、絶望に落とし、希望を与える。

 殺したい、助けたい、暴虐の限りを尽くしたい、誰かに手を差し伸べたい。

 沢山の感情が混ざり合って、黒と白が灰色になる。

 時が止まったような気分。それでも私の体は、壊すことを、殺すことを止めることはない。


 死にたい、死にたい、早く死にたい。


 誰でもいい。誰でもいいから。私の中に生まれてしまった化物を、止めて欲しい。

 私を恨んだって構わない。私を呪ったっていい。私はそんな人間だ。壊れた私に生きる価値なんてない。救いを望むことすらおこがましいのかもしれない。

 だけど、それでも望まずにはいられない。誰か、誰かお願いします。



 どうか私を殺してください。




   ◇ ◆ ◇ ◆




 目の前にそびえ立つどでかい塔。その周りから香るオイルの臭いに私ーー西条にしじょう小雪こゆきは満足げに頷いた。

 うん、いい香りだ。今日は天候も良いし、絶好の大火事日和だね。


 塔の周りには、撒き散らされたオイルだけでなく、無残に切り裂かれた魔族と呼ばれる人間の死体が横たわっている。

 虚ろな目をした首から上だけが綺麗に並べられているのは、私なりの流儀と言えばいいのかな。さらし者にしたわけじゃないんだけど、自分の手で引き裂いた者たちの顔をしっかり覚えておきたいからね。

 忘れ去られたら寂しいしね。


 魔族なんて、姿がちょっと違うだけの人間だ。地球で例えるなら黒人と白人的な感じに近いかもしれない。地球でも、古い時代には黒人差別的なことがあって、奴隷がどうのこうの言っていたかもしれないけど、最終的には、肌の色で差別は良くない! って世界になったしね。多分。私の覚えている限りではそうだった気がする。


 だけど、地球ほど発展していないこの世界、オブリーオでは違う。魔族を悪と決めつけて、人間と呼ばれている人達が正義を語る。たったそれだけの理由で戦争が起こってしまうような碌でもない世界なのだ。


 そんな場所で私は勇者として戦っている。うん、召喚されちゃったからしょうがないよね。

 だから私は戦うよ~。碌でもない殺し合いだと知っていてもね。

 そんなわけで、私は火をつけた。


 なんでって? そこに塔があるから……という訳じゃない。

 魔族さんたちは、火葬されたいらしいのか、塔の中を陣取って、最上階で踏ん反りがえっているらしい。こりゃ燃やすしかないよね?

 といわけで、周りにいた魔族を全員殺して、オイルをまいて火をつけたわけ。

 私って賢いな。


 ごうごうと音を立てながら燃える塔。中から人とは思えない怒り狂った声が聞こえる気がする。きっと気のせい。


 ははははは、めんどくせぇ。なんで私はこんなことをしているんだろう。

 やっと正気に戻れたっていうのに。もっと楽しく生きたいのに、やることと言えば殺し合い。

 なんかこう、割に合わない。ちくせう。

 しかも、魔族を殺して火をつけるところまで全部ひとりでやったんだよ。おかしくねぇ?

 皆さ、戦争に勝つ気がないんだよ。下から火をつければいいじゃんって言ったらさ、そんな卑怯な真似はできないとか、正義じゃないとか、貴様は悪魔か! と罵ってくる。理不尽。


 そんなわけで、私は単独で事を起こした。やったね。これでまた敵が死んだよ!

 はあ、またみんなに罵られる。私はMじゃないからため息した出ないけど!


 塔からはたのしそうな悲鳴と燃え上がる炎の音が、絶妙な音色になっている気がするけど、私は気にしない。どうせ後数時間もすれば崩壊して全員死ぬだろう。うん、きっとそうだ。

 といわけで、私はスキップしながら陣地に帰ることにした。


 私たち勇者軍の陣地は燃やしてしまった塔から馬で三日ぐらいかかる場所にある。砦みたいな場所ではなく、キャンプ場みたいにテントが張ってあるだけの簡易的に作られた陣地だ。


 馬で三日なんだけど、ほら、私は勇者だからスキップしながら10分程度でたどり着く。

 勇者の力スゲーって思ったこともあったけど、これができるのは私だけだ。私と一緒に呼ばれた他の41人にはできないな。


 なんだか特別な気分になるんだけど、私だけ勇者として召喚されたのが始めてじゃなかったしね。実力が違って当たり前。皆はまた私に手柄を取られたって悔しがってんだろうな。ぷーくすくす、笑えてくる。


 そんなことを考えていると、陣地にたどり着いてしまった。

 結構な距離をスキップしたせいか、ちょっとだけ汗をかいた。ベトベトした感じが気持ち悪く、水場に行って汗を流す。

 すると、鎧を身にまとった、金髪の綺麗なお姉さんが、ゴミを見るような目で近づいてきた。


「貴様、またやらかしたな。この卑怯者!」


「べっつにー。私は効率のいい殺し方をしただけだよ。ほら、魔族って敵なんでしょ? それなのに正面からしか戦わないなんて、バカバカしい。これは戦争なんだよ? もうちょっと考えてよ、ばーか、ばーか!」


「ぐぬぬぬ、無駄に戦果をあげているから腹が立つ。ムカつく、死ね! 死んじまえ、この悪魔が!」


「べーっだ。バカ騎士。金髪エロ騎士。オークに襲われちまえ!」


「な、なんだとー」


 と、バカみたいに罵り合っているが、私はこいつの名前すら知らない。ぶっちゃけどうでもいいしね。


「おい、***。それぐらいにしろ。キチガイが移るぞ」


「は、申し訳ありません、×××隊長!」


 あれ、名前が聞こえないな。周りは静かななのに、なぜか聞こえないなー。

 私にとってはどうでもいいことだから、耳が聞くことを拒否しているんだろう。うん、きっとそうだ。


「そこの悪魔。王都から伝令だ」


「んー、何かな? もしかして、たくさん敵を殺したから褒めてもらえるのかな? 嬉しいな」


「バカを言うな、ゴミめ。ヘンブルゲン国王陛下から召喚命令だ。ただちに王都に戻れ。いいか、これは命令だ」


「え、嫌なんですけど」


 あの国王様、臭いんだよね。体臭が酷くて鼻が曲がりそう。なんであんな臭いやつが国王なんてやっているんだろうっていつも不思議に思う。

 王様なら、もうちょっと清潔にしようよ!

 まあ、清潔にしてあの臭さなんだと思うけど。マジ勘弁して欲しい。


「これは命令だといっただろう! いいな、絶対に行け! ゴキブリ野郎」


「わ、私とゴキブリを一緒にしないでよ! あと野郎じゃない! わかったわよ。行けばいいんでしょ。ぶー」


「ああ、それでいい。こっちもゴミがいなくなることで、正義の軍らしい姿を取り戻せる。さっさと失せろ、汚物が!」


「ぶーぶー。ふん、じゃあね!」


 私はすぐさまその場を離れて旅支度をする。目指すはヘムリア王国の王都フリュンゲ。

 別に、あの隊長さんが怖いから王都に行くんじゃないんだからね。

 絶対、絶対に違うんだからね!

 そんなことを心の中で思ったところで、誰も聞いちゃくれないんだけどね。

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