第三話~捨てられた勇者3~

 大きな扉が音をたてて開いた。

 中から漂う悪臭は、生ゴミが漂わせる臭いによく似ていた。正直言って吐きそう。早く逃げたい。悪臭王の名は伊達じゃない。


 これからあれと謁見するって考えただけで、鼻がもげそうな気がするけど、ここは我慢しなければならない。私だけ鼻栓もらえなかったけど! うう、臭い。ああ、クラっとす…………る………………あ、一回死んだ。

 やはりあの悪臭はやばいな。


 憲兵さんに引きずられて、私は奥に入っていく。周りには、大きな柱が数本あり、この部屋を支えている。柱の前に、青い顔をした騎士らしき人達が並んでいた。


 目の前には少し高い段差があり、上には豪華な椅子。そこでふんぞり返っている禿げたオヤジが、まるで汚物を見るような目で、私を睨んでいた。隣に座っている騎士風の格好をした、金髪美少女のシルエット第一王女も、口元を手で押さえながら鼻をつまんでいるという違いはあったが、ゴキブリが視界に入ってしまった時のような目で私を見ている。


 親に対してなんたる態度か! 娘なら、あの悪臭に耐えて見せろ。どうせ鼻栓しているんだろうけどな! ちくせう。


 にしても、娘にまで口元を抑えられるなんて、だんだんかわいそうに思えてきたな。


「やっと来たか。汚物が」


 悪臭王ヘンブルゲン国王陛下の第一声はそれだった。この臭いの元凶はお前だろ。どっちが汚物だよ。かわいそうだと思ってしまった、愚かな私を殴りたい。


「へいへい、呼ばれてやってきましたよ~」


「相変わらずの態度であるな。卑怯な手段でしか敵を殺すことができない臆病者が!」


「あのねぇ、私はそれなりに強いんだけど。でもめんどくさいから効率の良いやり方をしているわけで、うぇ、くっさ……ちゃんと勇者として戦っていますよ!」


「貴様……いまワシの事を……」


「なんですか、ばーか、ばーか、おぇ、やば……臭いで吐きそう。……ふぅ、私は間違った事を言っていませんよね。ねえ、みんな!」


 周りの人達に同意を求めようと声をかけた。みんな複雑そうな顔をしている。

 卑怯極まりないってところは悪臭王が正しいと思っているみたいだけど、臭いということに関しては、私に同意してくれているみたい。そう思ったらちょっと嬉しい。この世界に来て、仲間と呼べる人は誰ひとりとしていなかったからね。へへへ……くっさ! 不意に笑うと臭いで死ぬかもしれない。ああ、くらくらする。意識が遠のいていくようだ……うう、また死んでしまった。まあ、私は死んでも死ねないんだけどね!


「ぐぎぎぎぎぎぎぎ、言わせておけば……。 まあいい、今回はそんな話をするために呼んだのではない」


「じゃあなんなのさ。うごえ、吐きそう」


「……貴様の勇者としての態度は目に余るほどひどいものだ。川の上流を塞き止めて、川を渡っている最中の敵を流したり、立てこもっている敵の食料だけを焼いて飢えさせたりなどなど、悪魔のようなこれらの所業に我慢ならん。よって、貴様に処分を言い渡す。

 今より貴様の勇者としての地位を剥奪する。

 例え、勇者としての力を持ったとしても、この国で貴様を勇者と崇めるようなことはなくなるだろう。目に映すのも汚らわしい汚物が。どこにでも行くが良い。そしてどこぞかで野垂れ死ね! この卑怯者がっ!」


 ん? 勇者じゃなくなる? わーい、嬉しいな。

 私にとって勇者とは重荷でしかない。状態異常『時の牢獄』について色々と調べた時、あることがわかった。というか、知り合いになった神様に教えてもらったんだけど。


 この状態異常から開放されるには、自分自身の役割を終えることだと言っていた。

 私は、勇者としての役割が『時の牢獄』から抜け出せる条件だと思っている。

 だから、悪臭王の言っていることは願ったり叶ったりだ。

 だって勇者をやめるという目的に一歩だけ近づけたのだから。


「悪臭王! お前臭いけどいいやつだな」


「おんどりゃああああ、たまぶちぬいたろかぁぁあぁぁぁぁ。だれがくしゃいじゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 あ、発狂した。こいつおもしれぇ。おげぇ、また死んだ。原因は……あいつの口臭だな。どんだけ臭いんだよ。ここに来て3回も死んじゃったよ。『時の牢獄』があるおかげで、生きているけどな!


「なんで怒ってんのかわからないけど、私としては勇者を辞めたかったんだよ。ほんと、嬉しいことを言ってくれてありがとう。要件はそれだけ? だったら私は帰るよ。こんな臭いところにいつまでもいられないからね」


 くるっと体を反転させて、駆け足で謁見の間から逃げようとした。臭のせいか、だんだん気分が悪くなってきた。3回も死んでいるわけだし、不敬罪なんかにならないよね。

 というわけで、私は逃げる!

 そう思ったんだけど、残念ながら呼び止められてしまった。


「しょっとはひなさい!」


 この声は、シルエット第一王女さま。だけどふごふご言ってるので、何を言いたいのかわからない。


「………じゃ、帰りますんで」


「だかは、しょっとはひなさいっていっているでほう!」


「ん? 何言っているのかわからないんですけど。言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ。口元抑えて鼻を摘みながら話されたって、ちゃんと聞こえるわけないじゃん!」


 私の言葉に驚愕したのはつるっぱげな悪臭王。多分、隣に座っていた娘が鼻を摘んで口元を押さえている、その事実に気がついていなかったんだろう。

 汚らしい涙がほろほろと流れていくのが見えた。どうでもいいけどね。

 んで、シルエット第一王女様は、眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと口元から手を離した。


「うぐぅ……はぁはぁ…………これで、いいかしら。くっ」


「シルエットよ! そんなに、そんなにワシが臭いか……パパは泣いて……」


「私はこの悪魔に用があるのです。口臭がひどいので口を閉ざしてください、お父様!」


「あぐぅ……はひぃ……分かりました」


 悪臭王の腐った口から、ドロドロと濁ったような魂が抜けているように見える。死んだか? だったらこの国にとってはご褒美だね。あとは廃棄場所をしっかり考えないと、土地が腐る。


「うるさくて臭いお父様がやっと黙ってくれたので話ができますね。悪魔、あんた、このまま帰れると本気で思っていますの?」


「え、うん。だってもう勇者じゃないし。悪いことしてないんだから、帰れるでしょう?」


「はぁ、あなたは勇者ではなくなったかもしれませんが、まだ前線で戦っている勇敢な勇者様たちがいるのですよ。

 前線から離れるあなたには、他の勇者様たちのために装備品を全て献上する義務があるのではなくて?」


「………………はぁ?」


 え、何? 言っている意味がわからないんだけど。なんで私の装備品を献上しなくちゃいけないの? 別に性能的に大差ないし、献上してもしなくても何も変わらないよ。


 確かに、私が持っている物は、今まで召喚されてきた異世界の道具だったりするから、この世界とは違った性能を持っているのは確かだよ?

 使い方によっては、この世界の道具よりも圧倒的に強いものだって持っている。


 それをなんで献上しなくてはならない。これは私が今まで生きてきた中で手に入れた、私だけのものだ。誰のものでもない。

 そして、勇者だろうがなかろうが、あいつらにただで装備品を渡す義理なんてない。あるわけがない。


 それにあの腐った脳みそを持つ勇者たちは、自分のことしか頭にない。

 あいつらは異世界召喚なんていう訳のわからない現象に巻き込まれてしまった。

 行き着いた先がまるでゲームのような世界だったからかな。俺様主人公じゃねって勘違いしても仕方がないと思う。


 だけど勘違いの方向がおかしいんだよ。異世界だったらハーレムだとか言って、女をはべらせたり、世界最強になったと勘違いして一人で敵に突っ込んだり、スローライフとか言って、畑を耕し…………こんなのはいなかったかな?


 でも、みんなそんな考えしか持たない馬鹿ばっかりだ。そんな奴らに私が集めたものを献上する?

 本当にばっかじゃないの!

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