第四話~捨てられた勇者4~
「…………やだ」
「……は? なんて言ったの?」
「やだって言ったんだよ、馬鹿姫!」
私は意地でも抵抗する。なんならここにいるみんなをぶっ殺してやったっていい。
だけど……。
私の内側には化物がいる。もう一つの人格と言ってもいいかもしれない。
その化物は、ただ滅ぼすことだけを考えて、敵も味方も関係なく殺し続ける。私なんかが抑えられる訳がない。私はあれにずっと苦しめられてきたんだから。
この世界では奇跡的に正気を取り戻せた。疲れ果ててしまったのか、この世界に来た時に化物は私の中で眠ってしまったようだ。もしかしたら、他の要因があったのかもしれないけどね。私の知ったことじゃない。
まあでも、だからこそ、私は私の意志で戦ってこられた。
それに、この世界に来て殺してきた奴らは敵だったからね。何も感じることはなかったよ。
だけど、今手にかけようとしているのは、守るべき仲間。守るべき人達。そんな人たちに、自分が嫌だからという理由で手にかけて、私は正気でいられるのだろうか。
難しいかもしれないな。また狂っちゃうかも。
でも……、まあいっか。しょうがないよね。それが私の運命なんだもの。本当に……しょうがないんだよ。だって、今まで集めたレアアイテムとか、勝手に取られるなんて嫌じゃん。お願いお母さん、没収しないでって気分だよ!
私が本気でこの場にいる人間をどうにかしようと思ったとき、後ろから声が響き渡った。
「待ってくだ、おぇ、臭いです……。待ってください! お姉さま」
現れたのは、薄い緑色のひらひらドレスに身を包んだ、銀髪の少女だった。歳は、12歳ぐらいかな?
たしか、アンリエッタ・フォン・エムリア。この国の第二王女だったはずだ。なんで現れたんだろう。こんな臭いところ、自殺行為もいいところだよ。あんな幼いのに……かわいそう。
「アンリエッタ! あなたは、ぐふ……臭い……、部屋にいなさいって言ったでしょ!」
「そんなこと関係ないです。勇者として戦っていた小雪様が酷い目に合いそうなんですよ。黙っていられますか!」
「こいつは悪魔で生ゴミで汚物なんですよ。なんでそれがわからないんですか、アンリエッタ!」
「それはこっちのセリフです。お姉さま!」
私を巡って、姉妹喧嘩が始まった。
やめて、私のために争わないで!
うん、声に出していうのはやめよう。なんだか恥ずかしい気がするし、それに争っているのが同性っていうのがちょっと……。
私に百合属性はない。だから言わない。
にしても、アンリエッタは私の噂を聞いているはずなのに、なんで私のことを助けようとしてくれるんだろう。
ここは、汚物は人のためにならないんだから、役たつものだけ渡しなさいだとか、ゴミはゴミ箱に、使えるものはリサイクルしてあげるとか、そんな罵倒を言っちゃうシーンじゃないんだろうか。
でもまあ、私をかばってくれることについては嬉しいかな。
「な、なんですって、勇者をやめさせた?」
「そうです。そこの汚物はもう勇者ではありません。活用できるものだけリサイクルするのが常識でしょう。いい加減にしなさい、アンリエッタ!」
「な、なんてことをしているんですか。召喚された勇者の方々の中で、真の勇者と呼ぶべきお方は小雪様です。それをやめさせるなど、滅びたいのですか!」
「あなたの目は節穴ですか。そこの生ゴミは、卑怯極まりないことしかできない臆病者です。ろくに戦えないから、そういう行動に出るんでしょう? だったらやめさせて正解です。他の勇者の足を引っ張る前に野垂れ死にさせたほうが世界のためなのです」
「だったらなんで小雪様が一番戦果をあげているのですか! 小雪様がこの国のために、罵倒されようとも敵を倒し続けてきたおかげではありませんか! 他の勇者様たちは何をしましたか? 特になんにもしていないではありませんか!」
うん、確かにあいつらは何もしていない。ところで、このまま口喧嘩が続くと、絶対にシルエットが負けるよね。そうなったら……実力行使かな?
はっはっは、まさか子供でもあるまいし、そんなことしないよね。
いくら汚物な私から装備を奪おうとしているからといって……自分で言っていて悲しいな。
「ええい、
ええっ! マジで実力行使っすか!
そんなことしたらアンリエッタまで巻き込まれちゃうでしょうに。はぁ、馬鹿姉を持つ妹は苦労しますね。
私に妹なんていた事無いけどね!
シルエットの言葉に、この場にいる騎士たちは戸惑ったようだ。そりゃそうだろう。多勢で無勢……そんな卑怯なことはしたくないんだろう。それに、ヘタをすればアンリエッタが巻き込まれる。それぐらい考えられなければ騎士なんてやってられない。
だが、命令を下したのは第一王女。こりゃ誰かが行かなきゃ命令違反で罰せられるわな。
あの悪臭王なら絶対にやる。
だからだろうか、屈強そうな一人の騎士が、腰にかけていた剣を抜いて、私に向かって、襲いかかってきた。
「汚物がっ! 死に晒せぇぇぇぇぇぇ」
「ちょ、言い方が盗賊っぽいよ!」
あの程度の攻撃なら、どうにでもなる。すっと避けて、適当にあしらおう。
んで、適当なタイミングで逃げてしまえばいい。それが一番いい気がしてきた。
私の装備品を献上しなくても済むしね。
だけど事態は思った方向に進まなかった。
「やめてください!」
アンリエッタが私を守るべく前に出た。このままでは騎士にぶつかってしまう。そしたら怪我をしてしまうかもしれない。
騎士も走った勢いを殺して、止まろうとした。だが……。
「アンリエッタを吹っ飛ばしてでも、あの汚物を排除しなさい。多少、怪我をさせてしまっても不問とするわ! さあ、やっておしまいっ!」
あのクソ姫は、そんな命令を下した。それに加えて「あいつをどうにかできなかったら、お父様の臭いを直接嗅がせるわよ」なんて言う始末。そんな死の宣告をされてしまえば、騎士も攻撃せざる負えない。
てか、お前のやっているやり方の方が卑怯だろうがっ!
私は、助けを求める人の味方。危険な目に合いそうな人や困っている人たちに手を差し伸べて、救ってあげたい。それが私の信条だ!
自分のステータスに物言わせて、私はアンリエッタの目の前に移動する。ギリギリ音速を超えなかったので、大きな破裂音はしなかったが、それでも衝撃波っぽい何かは出た。
アンリエッタの目が点になっているように見えたけど、そりゃ仕方ないか。人の動きじゃなかったしね。
「ーーっ! この、化物めえええええええ」
私を襲おうとしていた騎士は、高く振り上げていた剣を、私めがけて振り落とした。
このままでは、アンリエッタにも被害が及ぶ。だから……私は素手で剣を受け止めた。
本来なら、腕が斬られてしまうはずだ。そうなっていたなら、私を斬っただけでは剣の勢いを止められず、アンリエッタまで巻き込んでいただろう。この国の剣は無駄に性能がいいからな!
だが、無駄に高いステータスによって、異常な防御力を持つ私に傷を負わせることすらできなかった。
騎士の血走ったような、それでいて動揺しているような目。まるで人外の化物に出会ってしまった恐怖心が目に現れているように思えた。
そして、その目がアンリエッタを移さずに敵意だけむき出しにしていることも……。
ブッチンっと、私の中で何かが切れた。
そして、心の奥底からひょこと顔を出したのは、もうひとりの私。
殺せ、殺せ、殺してしまえ。誰かがそう囁いた気がした。
「はは、はははははっ!」
襲いかかってきた騎士の顔を鷲掴みにして、地面に叩きつける。それだけで、騎士は気を失った。だけど、それだけじゃ私の気が収まらない。
はは、どうすればいいのかな。首を落とす? 腹を切り裂く? 爪を剥ぐのも面白いかもしれない。ああそうだ、目を抉ろう。何も見えない苦しみを味わって、懺悔しながら死ねばいい。殺そう、殺そう、さぁ殺そう。
「はは……ははは…………っ!」
私は騎士の目に指を立てて少しずつ少しづつ沈めていく。
「沈んじゃうよ、沈んしゃうんだよ。誰も、止めないの? ひひ、ひひひひひ」
『……………っ』
周りにいた騎士たちは、体が硬直して動けないようだ。シルエット姫すら、動けない。それどころか、股の部分からちょろちょろと暖かい何かをたれながしていた。
はは、はははははははっ!
「もうやめてください!」
私の後ろに誰かが抱きついた。小さく、柔らかく、優し感触。振り向くと、瞳に涙を浮かべたアンリエッタがそこにいた。
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