第四十四話~嘆きの亡霊5~

 そしてまた景色が移り変わる。


 私の前に見えるのは、まだ霧に覆われていなかった時のニートリッヒ。


 魔族に占拠されたなど嘘のような綺麗な外壁。私の勇者としての性能で感じられるたくさんの人々の気配。


 なんだかんだ言ってそこまでひどいことにはなっていなかったのね。

 まあ、ニートリッヒを占拠したのはクラヌだからねー。まだ馬鹿になる前のとうのが付くんだけど。


「勇者様、ニートリッヒが見えてきました」


「おうリグレット。ご苦労だ。さぁって、仕事するかー」


「あはは、ヘレンの首絞めながら何言っちゃってんの?」


「だってこいつ、痛めつけないと何も反応しないし面白くねぇんだもん」


 ヘレンは勇者に首を絞められて苦しそうなうめき声をあげる。顔がうっ血しかけたところで首にかけられている力が弱められ、せき込みながら呼吸する。

 やっと解放されたと思ったらすぐさま首に力を入れられてまた苦しむ。

 勇者はヘレンの首を絞めては緩めてを繰り返して遊んでいたのだ。


 後ろで行われていることに殺意を抱きながらも、勇者には抗えないリグレットは悔しさを我慢するかのように唇を噛んだ。強く噛みすぎて血が出てくるほどだ。


「よし、とりあえず先制攻撃するか」


 屑勇者の一人はいきなり重力系の魔法をニートリッヒに向かって放とうとした。

 リグレットは慌ててそれを止める。


「お待ちください、あの中には捕虜となった民間人が大勢いると聞いています。どうか抑えてください」


「は? んなもん知るかよ。敵に媚び売って生き残っている奴らだろ。そんなの敵じゃん。俺たち勇者の戦いに邪魔をする人間なんていらないって」


「ですが、守るべき人たちをないがしろにするなどーー」


「うるせぇ! 俺に指図するんじゃねぇ。てめぇはただの道具だろうが!」


 勇者の一人に殴られたリグレットは、御者台から転げ落ちて頭を打った。

 馬車の中からちらりと見えたヘレンの顔が目に映る。

 すべてをあきらめてしまった人間の目をしていた。


 一体どうしてこうなった。そう嘆かずにはいられない。


 それでも戦うしかないのは、きっと世界が悪いのだろうとリグレットは思ったようだ。

 その感情が私にビシビシと伝わってくる。


【警告:対象『西条小雪』の変質者度が一定以上を超えました。天秤を破滅に傾けまーす】


 ……何故変質者なんだろうか?


「どうか、お願いします……」


 リグレットは土下座しながら勇者に懇願する。しかしそれは受け入れてもらえない。あの勇者たちは絶対に受け入れることはない。

 勇者は鬱陶しそうにリグレットを睨みつけながらニートリッヒに重力魔法を放った。

 綺麗だったニートリッヒの外壁が瞬く間に崩れていく。

 この攻撃により、ニートリッヒ対勇者の戦いが始まった。




   ◇ ◆ ◇ ◆




 例えばの話をしよう。

 例えば、召喚された勇者がゲームの主人公のような人間だったらどうなっていたか。


 そうだな、『ドラゴンクエスト』なんかは誰でも知っているだろう。

 その物語の主人公は仲間とともに数々の冒険をして、最終的には魔王と呼ばれる世界の害悪を打ち滅ぼした。


 主人公も様々な人たちだった。

 例えば勇者だったり、元天使だったり、大海賊の子孫であったり、その経歴はさまざまである。

 だけど共通して言えることは、彼らは困っている人々のため、困難な戦いに立ち向かっていく勇気ある人たちだった。


 だからこそ、主人公とその仲間たちを他の人々が英雄、或いは勇者として尊敬の眼差しを送る。


 もし、この世界に召喚された勇者たちが、ゲームの主人公のような人たちなら、こんな悲惨な出来事は起こらなかっただろう。

 もし本当の勇者なら、ニートリッヒの中でおびえて暮らす民衆に手を差し伸べて、ニートリッヒを占拠した魔族たちを打ち滅ぼしてくれただろう。

 だけど、この世界に召喚されたのは平和な世界でのほほんと暮らしていた一般市民。彼らは決して勇者ではない。

 ただ、ちょっとだけ強い力を与えられたただの平民。


 地球でもよくある話だ。


 宝くじが当たり、突然大金が舞い込んできた。そうなったら人はどうなるだろうか。

 当たる前は家に使うなどいろいろ言えただろう。

 ある人は言った。宝くじは夢を買うものだと。宝くじを買って、もし当たったとしたらどんなことをしようかなーっと妄想する。ある意味でその楽しみ方は間違っていない。

 じゃあその妄想が現実になったとしたら?

 きっとその人の本性がわかるはずだ。


 ほしいものを買いあさり、金でモノ言わせて、欲に溺れて他者を蹴落とす醜い本性が出てくることだろう。

 金を使って欲望の限りを尽くし、犯罪まがいのことまで手に出すに違いない。


 まあそれでも、しょせんは金だ。生活するため、生きるために必要なものであってできることは限られている。それ自体で誰かにケガを負わせることや死に至らしめることなどないだろう。


 じゃあそれが力だったら?


 突然与えられた自分の力。普通の人だったらそれを使いたくてたたまらなくなるだろう。

 その力でどんなことができるのか、あんなことやこんなこと、考えただけで妄想が膨らむ。

 でも、力を使う場所こそ、金よりも限られている。

 今は魔族との戦争中だから使う機会もあったはずだ。

 だけど、屑勇者たちに力を使う機会など訪れなかった。


 なんたって、私が先陣で戦い続けていたんだから。


 今までなかった力を使う環境。初めての殺し合い。力に溺れ、欲に溺れ、狂気に染まり、欲望の限りを尽くしてきた勇者の初めての殺し合い。

 それが今、私の目の前に広がっていた。


「いやぁあぁあああああああーーがぇ」


 逃げようとした女性を聖剣で切りつける勇者たち。勇者としての魔法で身動きを封じて、痛めつけあざ笑う。その姿は勇者というより悪魔だった。


「っく、まさかこんなやつが派遣されてくるなんて。一般市民は後方に下がれ。すまない、僕たちが来たばかりに……。できる限り時間を稼ぐつもりだ。だからみんな、逃げてくれっ!」


 最悪な気分になっているところでクラヌが登場した。こうしてみると馬鹿なのが嘘みたいに思えてくる。

 あ、馬鹿になる前のクラヌだった。


「ははは、やっと魔族の登場かよ。敵さん弱いのばっかりで退屈していたんだ。そろそろ楽しませてくれよっ!」


「お前らが切り殺したのは守るべき民だろ。こんなやつ生かしておけない。皆、行くぞ」


 クラヌは自分の部下の魔族と共に向かってきた。

 勇者たちは余裕の表情をしながらそれに立ち向かう。

 だが、それは間違いだ。


 勇者どもが切り殺していた相手はただの人間。これから戦おうとしている相手が本当の敵だ。今まで戦ってきたやつらとは実力が違う。


「っく、なんだこいつ、つえぇ」


「俺たちは勇者だろ、なんだってこんなやつらに」


 屑勇者どもは苦戦を強いられる。リグレットは、一瞬だけ勇者を後ろから攻撃することを考えた。ここで切り殺してしまえばヘレンを守れるのではないだろうか。


 リグレットはジワリジワリと勇者のもとに近づいた。だが、異変が起きる。


 勇者の一人がうまく敵を貫いたのだ。もしかしたらそれは偶然だったのかもしれない。

 太陽の光がうまく反射して敵の目を潰し、その隙に貫いたのだから。


「あは、ははははははっ、これで条件がそろったぞ」


 一人の勇者が高笑いをしながら魔力を込める。


「ま、まさかっ! 強制的に魔力暴走させることができるのか」


 クラヌの表情が驚愕の色に染まる。魔力暴走を相手に強制的に起こさせる力など、世界にあってはならない力だ。

 魔力暴走とは、体内にある魔力回路がショートして起こる現象で、体内の魔力が膨張していき最終的に大爆発を起こさせる。当然、魔力暴走をした生き物はすべて死に至る。

 要はすべての攻撃が一撃必殺という訳だ。


「ぐふぅ……ク、クラヌ様…………お、お逃げ……を……………」


「っく、すまぬ。本当にすまぬ」


 クラヌは瞳に涙を浮かべて走り去る。


「っち、俺たちも逃げるぞ」


「さ、させるかぁぁぁっぁぁぁぁぁ」


 これから死に至るであろう魔族が勇者たちの邪魔をする。魔力暴走は一撃必殺であるが、自分がまきこまれるリスクが存在するのだ。


「っち、こうなったら仕方ない」


 もう一人の勇者が重力魔法により、ヘレンを引き寄せた。傷を負いながら勇者のもとに転がっていくヘレン。


 そしてーーーー


「ヘレンっ! なんでぇぇぇぇぇぇぇ」


 リグレットの目の前で、勇者に剣を突き刺された。血反吐を吐きながらうめき声をあげるヘレン。


 ああ、あいつらは……。


 ヘレンを刺すことによって魔力暴走の条件を満たす。

 それと同時に、仲間を刺す勇者の姿を見て呆然としている魔族の腕を切り去って、そのまま逃げだした。


「おいリグレット。お前も逃げるぞっ!」


「っち、あんな奴どうだっていいよ。さっさと逃げるぞ」


「ああ、そうだな」


 勇者たちはリグレットとヘレンを置いて逃げて行った。


「ヘレン、おい、生きているんだろ? なあ、目を開けてくれよ……」


 一体どうしてこうなったのか。何が悪くて何がダメだったのか。


「おい、お前も早く逃げろよ」


 これから死ぬことが確定している魔族がリグレットに声をかける。


「…………俺を殺さないんですか。さっきまで戦っていた敵ですよ」


「はん、そんなのはどうだっていいさ。敵意があるなら戦うが、そんな顔している奴を殺すのは間違っているからな」


「…………そうですか」


「んで、早く逃げねぇのかよ。こっちは何とか魔力暴走を抑え込もうとしているが時間がねぇ」


「俺はこのままいます。いますよ」


「本当にいいのか?」


「ええ、もういいんです。もう、守るべきものがいなくなってしまったから」


「…………そか」


 魔族はちょっとだけ悲しそうな顔をした。

 リグレットはそんなことを気にすることもなく、死が確定してしまったヘレンを見つめながら、考えた。


 本当に、一体どうしてこんなことになったのだろう。

 本当に大切な人が目の前で汚されて守ることもできず、そんな現実に目を背けながら言われた通りに戦うだけの毎日は辛かった。

 何よりつらいのは、守るために身に着けた力が守りたい人たちを誰一人守れなかったこと。

 じゃあ弱い自分が悪いのか? いや、そうじゃない。すべてはそう、あの勇者どもがやってきたことから始まった。

 あいつらが来てからすべてが無茶苦茶になった。

 もし、こうなることが世界で決められていた運命というやつなら、俺はそれを呪ってやる。ああそうさ、絶対に、絶対にだっ!

 そんなリグレットの感情が私に流れ込んでくる。


 その膨大な負の感情を受け取って、心が黒く染まるのを感じた。


【警告:対象『西条小雪』の負の感情が一定以上を超えました。天秤を破滅に傾けます。天秤が完全に破滅へと傾きました。これより世界破滅シーケンスを実行します】


 すべてはあいつらのせいだ。そうだ、絶対にそうなんだ。あの屑勇者…………もういらない。

 そして私は夢から覚める。さぁ、世界を破滅させましょう。

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