第八話~不安定な旅人3~
「え、なにそれ、勇者どんだけクズなの。うわぁ、断罪したい。ちょーしたい」
「ふふふ、だ~めっ! 君にはやってもらいたい事があるんだよ」
シンは、口元に手をやり、怪しげな笑みを浮かべた。なんだか怖い。聞きたくない!
「爆破して滅んだはずのニートリッヒ。その跡地一帯が消えない霧に覆われてしまったんだ。なんだろうね、不思議だね!」
「えっと……それで?」
「その跡地を見てきてもらいたいんだよ。噂がすっごく楽しそうで! 後で感想とお土産をお願いね」
「ちょっと待て、何、噂って。え、え、なんか怖いんですけど」
「いいかい、よ~く聞くんだよ。
その霧の中には! 妖精飛び交う夢の国!
楽しそうな歌声と、怒涛のアトラクション。ドキドキワクワクの夢の国では、妖精さんたちが歌い、魔法で花を咲かせ、バルスッ! と叫ぶ。するとなんということだろうか、アトラクションたちが崩壊寸前のところまで……。三階のフードコーナに置いてある、カレーがオススメ!」
「なんかもう、色々とぐちゃぐちゃだよ。意味わかんないよ!」
え、遊園地でもあるの。でもバルスって。もしかしてあれ? 天空の城でもあるの。それはちょっと気になる。
天空の城にできた夢の国。最終的には滅んじゃうぜってきな? うわぁ、ヤバ、三ヶ月ぐらいで閉園になりそうなテーマパークだな。
「ちなみに、おすすめの乗り物はジェットコースーターもどき。永遠に走り続けるんだとか」
「そりゃ、うまく計算して作れば、壊れるまで走り続けられるだろうけど。それ、誰も止めてくれないやつだよね。降りれなくなっちゃうやつだよねぇ!」
「ま、半分冗談だけどね」
「えええぇええぇぇええええっ! 冗談なのぉぉぉぉぉぉ」
大声をあげて仰け反ってみた。かなりのオーバーリアクションにシンは引きつった笑みを浮かべる。やだ、恥ずかしい。
「んで、本当のところはなんなの?」
「えっと、霧の中に入った人は誰ひとりとして出てきてないね。だから夢の国があって、出たくなくなっているって噂が流れているの。 あとは……ゾンビが出てくるってことぐらいかな?」
「え、ゾンビ?」
ホラー作品大っきらい。お化けは物理でどうにかできません。怪奇現象怖い。
私、精神のステータスかなり低いから。余りにも酷すぎて表示すらしてもらえませんから! そんな私にゾンビが出てくる場所に行けと? こいつ鬼だ、いや、神だ……。
「そのゾンビ……拳でどうにかできる?」
「あれ、なんで涙目になっているの? ゾンビは魔物なんだから当たり前だよ。
それよりも問題なのは……」
勿体つけて間を作るシン。私はゴクリと喉を鳴らして、その問題とやらを語ってくれるのを待った。
キーンコーンカーンコーンと、どこからともなく鐘の音が鳴り響いた。まるで学校のチャイムみたい。
うっすらとジャラジャラした、タンバリンを振った時の音が聞こえたような気がするけど……、でも何故、チャイムが鳴った?
「あ、僕はそろそろ帰らなきゃ。またね、小雪」
「え、あ、ちょっと待って! 問題とやらを聞かせてよ!」
私の叫びは届かず、シンの姿が一瞬にして消えてしまった。
世界も気がついたら時が動き出したかのように、夜の静けさを取り戻している。
まあ、シンがいなくなったのは一瞬のような出来事だったわけで、私がシンに向かって叫んだのは、いなくなった後だから、
「いい加減にしやがれぇ、うるせぇんだよ、殺すぞワレェッ!」
「ひゃああああああ、ご、ごめんなさ~い」
そりゃ当然怒鳴られるわな。だって今は深夜の三時ぐらいなわけだし。
ちくせう、シンのやろぉぉぉ。今度あったらぶっ殺してやるっ! ぐすん……。
瞳に涙が溜まっていくのを感じながら、私はベッドに潜って寝ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆
ちゅんちゅんと鳥の鳴き声が聞こえたような気がした。もしそれで目を覚ますことができたら、なんと素晴らしいんだろう。
だけど現実では、そんなことは起こらなかった。だって、この世界は理不尽で溢れかえっているのだから。
「はぁはぁ……くぅうう、いいねぇ、すごくいいよぉ」
「ひゃあああああああああああ、変態がいるぅ!」
今日の目覚めは、なんて最悪なんだ!
目が覚めたら、はぁはぁと息を荒げたおっさんが私に覆いかぶさるようにして、近づいて来るなんて。そんな光景を起きた瞬間に見せられたんだ。ついぶっ飛ばしてもいいよね。間違って殺しちゃっても、私は悪いことしていないよね。うわぁ、キモイ。変態だぁ、
……って、宿のおっちゃんだ。こいつ、マジで頭のネジがぶっ飛んだやつだった!
「ーーっ! いてぇ、な、何が…………あ」
「あ、って何。あ、って! あんた客に対して何してんのよ!」
「んだ、っくっそ。今回はすげぇ好みの女が死にに来たと思ったのに……なんで生きてやがる!」
「なんで私が怒られるの!」
「生きた女なんてな、クソだ、クソ! ったく、ついてねぇや、生きた女触っちまった。手が
ねぇ、なんでだろう。なんで目を覚ましたら、宿のおっちゃんに襲われそうになって、その上罵倒までされなきゃいけないんだろう。
おっかしいな~。何かがおかしいな~。私、生きていたらいけないんだ……。
そうだ、死のう。あ、死ねなかった。
「あ、こいつ勇者じゃん。しかも、鬼畜ゴキブリ野郎の……ッチ、こっちから願い下げだ。死んでもゴキブリとなんてヤらないぞっ!」
「おおお、前みたいなやつ! こっちから願い下げだ! バーカバーカっ!」
うう、なんだろう。このフラれたような気分というか、女であることを全否定されたようなこの気分は。実に最悪だ。うう、アンリエッタが恋しいな。あの子だけだよ。私に優しくしてくれるのは。今頃、悪臭王に追い掛け回されてるんだろうな。
臭いはともかくとして、あいつは親バカで娘大好きだからな。あの臭い王様に、アンリエッタが悪臭死しないことを願うよ。
「……っち、生ゴミ、てめぇに客だ」
「ねぇ、あんた、この宿を畳んだ方がいいんじゃないかしら。その態度、絶対に客にする態度じゃないよねぇ!」
さもゴキブリに軽蔑の眼差しを向けているときのような、悪意しか感じられないその目が、私の心を削ってく。
なんか、人として見られていない寂しさを感じちゃうよ……って、え? 客?
私、この世界に友達なんてひとりもいないのに……敵ならたくさんいるけど。
あっれぇ? 自分で言っていて涙が……。
「あ、あの~失礼します」
「あとはよろしくお願いしますね、お客様!」
「おい、なんだそれ……」
部屋に入ってきた小柄な……少年? それとも少女? 声色的には少女だと思う。そう思いたい。
まあ。どっちでもいいけど、私を訪ねたお客さんって人が部屋の中に入ってきた。
全身をマントで覆い、フードをかぶって、必死に自分を隠している感じがする。
そんな少女? に対して宿のおっちゃんは、紳士と呼べるような素晴らしい対応。
この差は一体なんだろう。
方や、成人なんてとっくに過ぎた6兆歳以上のババァで、ついでに、生ゴミ勇者。
方や、マジモンの少女っぽいお客様。
そりゃ、少女っぽいお客様には素晴らしい対応をするわな。
私は生ゴミだし、ゴキブリだし、そこら辺に捨てられて腐っていくような存在だし?
そんな人間とも思えないダメクズに、紳士的な対応をする義理はないな。
ははは、悲しいな~るーるーるー。
「あ、あの、小雪様。突然お邪魔してすいません……」
「え、あ、別に大丈夫だけど……って、え? 小雪様?」
なんで様付けっと、首を傾げてしまったけど、フードの中を確認して、私は目の前にいる人が誰なのか、ようやく理解した。
フードを取って現れたのは、銀髪の綺麗な髪。翠色のエメラルドのような瞳と、年相応の幼い顔つきが、心を高ぶらせてくれる、将来有望な超絶美少女。
「ア、アンリエッタ? なんでここに!」
「へへ、小雪様を追いかけて、来ちゃいました!」
私に会いに来た人物は、なんと、エムリア王国の第二王女、アンリエッタ・フォン・エムリア、その人だった。
って、王女様を簡単に外に出すなんて……この国は大丈夫か?
いつか滅ぶんじゃねぇ!
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