第四十話~嘆きの亡霊1~

「クラヌっ! いきなりどこかに行かないのっ!」


 聞こえてきた声をガン無視して、私はクラヌに声をかけた。

 だって、謎の人物の声に反応したらめんどくさいフラグが立ちそうじゃん?

 いやだよ、面倒ごとに巻き込まれるのはっ!


 せっかく勇者じゃなくなったんだ、自由に人々を救いたいっ!

 というわけで、私はクラヌを拾って撤退しようと思う。

 うーん、なんか間違っている気がする。だって、あれを放っておいて後々大変な目にあう人がいるのなら、今この場にいる私がどうにかしなければならない。

 だけど、それは未来の話。もしかしたら誰も困らないかもしれない。

 いま助けを求めている人なんていないんだ。というわけで私は無視することに決めました。


「クラヌ、さっさと行くよっ!」


「でも、お姉ちゃんっ! あの人が……あそこで寝ている人から声が聞こえたの」


 クラヌが指さす方向には、謎の男と台座がある方だった。

 あれの声、さっき私も聞こえたな。なんか完成したらしいけど……。でもあいつは起きているぞ。寝てるって誰だよ。

 私が首をかしげているとアンリが何かに気が付いた。


「小雪お姉ちゃん。あの台座の上に女の人が寝ています。あの人、恋人持ちです、やりましたっ!」


 アンリは言いたいことを言い切ると、すごくうれしそうにガッツポーズを決めた。

 その姿は、まるで金メダルを獲得したスポーツ選手のようだ。


 どれどれ、その恋人とやらを見させてもらおうじゃないか。


 撤退する気だったが、こう、やじうま精神という、そんな感じで気になってしまい、つい、視線を台座に移してしまった。

 そして激しく後悔する。


 私の目に映ったもの、それは肉が腐りかけて、中身の白いのとかが見えてきちゃっている死体だった。

 なんで二人はあれで性別がわかるのっ! ってぐらいひどい状態。

 心なしか、悲しそうな表情をしている気にはなるけど、それは目の錯覚だ。そんなわけない。


 そんな死体の目の前で何やらやっている怪しげな男。

 ……男? あれ、よく見ると…………あいつゾンビじゃねぇかっ! もうやだー。あいつがここのボスじゃん。最悪。会いたくなかった。


 よし、撤退しようそうしよう。


 そう思って私はクラヌのアンリの手をつかんで、元来た道に戻ろうとした。

 が、呼び止められてしまう。


「おや、こんなところにお客か。いい時期に来たじゃないか。ようやく、ようやく完成したんだ。君たちに是非とも見てもらいたい」


 ゾンビの男はニタニタしながらこちらに振り向いて声をかけてきた。それに対し、クラヌは悲痛な表情で男に向かって叫んだ。


「あの人はそんなことを望んでいないのっ! だからやめて、お願い、やめてよ……」


 おいお前、いったい何を知っている。いやマジで。なんでこれから起こることが分かっている風に言っちゃってんの? あれか、世界の強制力というやつなのか。ボスイベント発生しちゃったか! うわぁ、逃げ遅れた……。


「お前に……いったい何がわかる。だがいい、すべては完成した。さぁ、魔法陣を起動させるぞ」


 ゾンビの男がそういうと、描かれていた魔法陣が強く輝きだした。

 その光で回りが見えなくなるほどまぶしい光だった。私はとっさに、クラヌとアンリを引き寄せる。


 ぎゅっと抱きしめて、何があっても守れるようにした。なんかアンリから「私はここで初めてを迎えるのですね!」なんて声が聞こえたが、きっと気のせい。ほんと、今そんな場合じゃないからっ!


 だが、私の心配を裏切るように、光は弱くなってくる。あれ、特に何にも起こってねぇよな。

 これっていったいどういうこと。


【警告:ここは鑑定様の出番です】


 なんか世界樹の声が聞こえた。そして、鑑定様って言っているように聞こえたが……。なんかいろいろと間違っている気がする。


 まあいい。この際仕方ない。使いたくないけど、使ってやる。


「こいっ! 鑑定ーーーーっ!」


 私は聖なる武器を呼び出すかっこいいポーズをしながら叫んだ。そして見えたのは……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【召喚の魔法陣】

 特定の人物を弱体化させて強制召喚させる魔法陣。

 召喚条件は、相手に対する強い想いと相手の一部が必要。相手の一部とは、体毛でも身に着けていたものでもなんでもいい。とにかく、一部を対価に発動させる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 おっふ、かなりやばい魔法陣だった。

 相手を弱体化させて強制召喚なんてすげぇーやべぇじゃん。

 これってあれでしょ? うまくいけば復讐を簡単に成し遂げられちゃう的なやつでしょ。

 うわぁ、やべぇ……。


 そこまでして恨まてれいるやつ、かなり哀れ。どうしようもない屑に違いない。


「さぁ、現れろ。あの日の無念、今日こそ償わせてやるぞ、勇者ーーっ!」


 げげぇーーーーっ! 恨まれているの勇者じゃん。なんかそんな感じしたけどさ。でもマジでそんなことになっているなんて思わないじゃん。思わないよねぇ!


 男のゾンビが叫んだあと、魔法陣の光が収束していき、顔の知らない二人の男が現れる。


 …………いや、誰?


「っく、いったい何なんだ!」


「これから魔族との決戦だっていうのに。誰だ、俺たち勇者にこんなことしたやつは!」


 え、勇者なの。私知らない。え、ほんと誰?


「こ、小雪お姉ちゃん。いきなり勇者が現れました。どういうことでしょう」


「わっふー、禍々しい力を感じるぜぇ」


「クラヌが言っていることは右斜め横に置いておいて……。アンリっ! 本当にあれは勇者なの?」


「はい、勇者召喚にタイムラグがあったようで、皆さんが各自の部屋に案内された後に現れた43人目と44人目の屑らしいです」


「おう、そんな情報があったなら先に言ってよ……」


 なんで同じ勇者に教えてくれないの? おかしいよね、私が知らないって。


「いえ、ちゃんと伝えたって聞いているのですが…………」


「……へ?」


 あれ、おかしい。おかしいぞ。私が屑勇者とか偽物勇者とかいろいろ言われるようになったのは、召喚されて何日かした後だ。

 私たちのあとに現れたなら、私に伝えてもいいのではないだろうか。あれ、おかしい。


「すいません。あの時私は誘拐されていて、詳しい事情を知らないんです」


「…………あ、ああ、なるほどね!」


 そういえば、召喚されてすぐはいろいろと混乱して飛び出して、アンリを救ったんだった。

 じゃあ、あの場にいない私の責任じゃん。

 でも、帰ってきてから教えてくれてもいいのに。

 あれか、言おうとして忘れていて、私がごみ屑勇者になっちゃったからもういいや的なあれか。

 それにしても、一緒に前線で戦っていたのに、覚えていないなんて……。

 私の頭が認識するのを拒絶していたのかな?


 そんなことを考えていると屑が私に向かってわめきだした。


「あ、てめぇ! ごみ屑勇者の小雪じゃねぇか」


「話は聞いているぞ。勇者を辞めさせられたんだってな。うわぁざまー」


「と、いうことは、これはてめぇの仕業かっ! 勇者を辞めさせられた腹いせにこんなことするなんて許せねぇ。さっさと脱いで俺たちにご奉仕した後に元の場所に戻しやがれーー」


「それとも、乱暴にされたいってか。あははは、いいねぇそれ。すげぇーそそるわ!」


 はい、屑でした。

 マジ何言っちゃってんのこの二人。召喚したのは私じゃないし、元の場所に戻せはわかるけど、脱いでご奉仕しろは余計だろっ!

 しかも、元仲間に向かって言うことか。屑だ。やっぱ勇者は屑しかいない……。


「小雪お姉ちゃんに脱げと…………。このごみ屑ども、殺してやろうか」


 わーお、アンリちゃんが激おこだぁー。

 クラヌは私の横でガクブルと震えている。かわいそうに、こんなに震えちゃって。

 もう一度アンリを見ると、手にはいつもの人切包丁が! 勇者、一国のお姫様に惨殺される事件が起こっちゃう。だけどこいつらを救う? なんか違う気がする。だって、害悪だもん。


 ところで、勇者を呼んだゾンビさん。なんでだんまりしているの。そろそろ出てきてこの状況を収取してよ。

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