第十二話~不安定な旅人7~

「うへぇ~やっとたどり着いた……」


 王都フリュンゲを旅立ってから一ヶ月ぐらいが経過した……というのは嘘だ。

 私ーー西条小雪とアンリは、途中まで楽しそうな旅をしていた。

 だけど気がついたんだ。あれの存在を。


 そう、私は転移を使えるーーっと!


 あれ使えば一瞬でエクリプセにたどり着くんだよね。いやまあ、実際にたどり着いたけどさ!

 だったら何故、アンリと六日ぐらい旅をした後に気がつくんだよ!

 え、何、本当にボケちゃった。やだ、もう……どうしよう。


 ……過ぎたことは気にしない。くよくよしていても何も始まらないぞ!

 私とアンリは、一緒にエクリムセの検問所に向かった。


 うん、こっちの憲兵さんはガタイがいいね。ムッキムキだ。さすが、傭兵の町!


「わぁ、すごいですね。小雪おねえちゃん」


「すっごい楽しそうに言ってるけど、表情は真顔だし、声の質もいつもより低い……絶対に怒ってるでしょう」


「くふふ、怒ってないですよ!」


 こりゃ絶対に怒っていらっしゃいますわ~。

 いや、うん。これは私が悪かったのかな?

 かなり微妙なところ……。

 というのも、アンリが、エクリプセまでの道のりで、私といろいろしようと計画してたっぽいんだよね。

 すっごく楽しそうにしていたところを、私が転移で、エクリプセまで来てしまったと。


 そりゃ怒るわ。

 遊園地で、どのアトラクションに乗ろうかなって、考えているところで、やっぱ行けねぇわってなるのと同じ感じでしょう。

 この子はまだ12歳。子供なんだから、もうちょっと考えてあげれば良かったよ。

 まあ、私の精神はずっと子供だけどねっ!


「ごめんね、アンリ。でも、旅は始まったばかりなんだから、そんなにいじけないの」


「うぅ~分かりました。ごめんなさいです、小雪お姉ちゃん」


 これで、包丁でブスってきなエンドは回避した!

 このままいじけたアンリを放っておいたらどうなっていたか。

 私にはわかる。あんなメンヘラだかヤンデレだかわからないスキルが暴走して、私に強烈な一撃を食らわせてくるに違いない!

 そして、倒れた私を見下ろして、「くふふ、小雪お姉ちゃんが悪いんですよ。浮気なんかして、くふ、くふふふふふ」と言うはずだっ!

 だけど、ちゃんと宥めたし、フラグは折ったはず!

 よし、検問所を通ってエクリプセの中にーー


「ふんぬぅー」


 マッチョな憲兵さんに呼び止められました。しかも私だけ。なぜ!


「こ、小雪お姉ちゃん!」


「あ、あ~多分大丈夫だから。先に宿見つけておいてよ。大丈夫? できる?」


「えっと……はっ! これは、二人きりで楽しいことができる、同性愛者御用達の宿を探せってことですね! 分かりました! 任せてください!」


「ちょ、ま! 違う、違うから! 普通の宿でいいから~」


「行ってきます! 期待していてくださいね、小雪お姉ちゃん!」


「だから違うってぇぇぇぇぇぇ」


 私の渾身の叫びは届かず、アンリは先に行ってしまった

 一体どうしてこうなった!

 私は、普通の宿がいいのに……。

 大体、この町は、ガチムチな戦士や傭兵が多いんだろ! だったら、同性愛者専用宿に泊まる奴らって、高確率でホモじゃん。

 いやだよ、ガチムチで、ウホウホしている人がたくさんいる宿に泊まるなんて……。

 こ、これは、アンリがこの事実に気が付くことにかけるしかない。お願いアンリ! 変なの選ばないでっ!


「ふんぬぅ、そこの汚物ぅ~。何してるんだ~よぅ」


「いいから黙ってなさい! 今、アンリに願いを込めているのよ」


「だ~からぁ、何を~言ってるんだ~よぅ。俺のムキムキの筋肉ぅ~を、見ろぉ~よぅ」


「だぁぁああ、すごい聞き取りにくい喋りかたね。なんなのよ」


「やっと話を聞くきになったか、汚物で生ゴミな勇者小雪よ」


「あ、それ別人です」


「なぁ~ぬぃ~ぃ!」


「んじゃ、私は中に入るね!」


「ちょちょちょ、ちょ~っと待てぃ。話はまだ終わってないぞぅ!」


 ガチムチマッチョな憲兵は、筋肉をピクピクしながら、私の前に塞がる。

 てか、なんで胸の筋肉をピクピクと……。

 どっかのアニメに出てきた、筋肉ムキムキな盗賊団を思い出すよ。

 まあ、盗賊キラーな美少女魔道士にフルボッコにされていたけどな。


 あれ、これってあれじゃねぇ。このムキムキ憲兵と一緒にあのシーンを再現できるかも……うひぃ。


「おぅ、お前がぁ汚物ぅ~の小雪ぃ~じゃないってことを証明して貰お~うかぁ」


「普通に喋れ」


「っち、仕方ねえな。わかったよ、ったく。近頃のペッタンは……っぺ」


「さりげなく私の胸を小さいとか言わないでよ!」


「もっと鍛えろ。俺のようになっ!」


 サイド・チェストをしながら、胸をピクピクさせる憲兵さんマジうぜぇ。

 サイド・チェストをなぜやった! ここは筋肉を見せびらかす、ボディービルの大会じゃねぇだろ! ってか、お前は憲兵だろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【憲兵を偽ったボディービルダー】


種族:筋肉

性別:筋肉にそんなものはない(どやぁ)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 鑑定ぃぃぃぃぃ。お前、なんで勝手に出てきた!

 余計なお世話って、ええぇ! この人憲兵じゃなくてボディービルダーだったよ。しかも種族が筋肉って何? やっぱ鑑定さんはバグってますな。


「汚物生ゴミにはできない、見事な胸ピクピクだろう。そそるだろ、なぁ!」


「なんで、そんなに筋肉を見せつけようとするのよ! キモイ、気持ち悪すぎるっ!」


「もし、お前が汚物生ゴミでないというのなら……」


 ゴクリ、なんだか、凄そうなことを言いそうな雰囲気が急に漂ってきた。

 こいつ……一体何を言うーーはっ! まさか!


「この胸ピクピクができたら、お前が汚物生ゴミじゃないと認めてやろう」


 き、キターーーーー。こんなこと言われちゃ、あの作品のあのシーンを再現しなきゃダメだよね。こりゃやらないと!


「んじゃいっちょ胸ピクピクって、できるかぁ!」


 そう叫んで、私はガチムチマッチョ憲兵を殴ってやった。

 やった、できた! 個人的にやってみたい、あの作品のノリツッコミ! あれは最高だった……ははは。もし、今すぐ地球に帰れるなら、すぐに見たいよ。二期が最高!


「いってぇ、なんて馬鹿力なんだよ。ったく、だが、貴様は胸ピクピクができなかった。これで汚物生ゴミだと証明されたな。そんな立派な胸筋を持っているのにな、ふ」


「これ、胸筋じゃないから! 私は女。これも立派な胸よ! 胸筋じゃないのって、自分で言っていて恥ずかしいよ!」


「嘘つくんじゃね。そんな絶壁見たいな女がいるか! どう見たって、胸筋で膨れた胸だろうが! てめぇ、女とか嘘抜かすな!」


「嘘じゃない! なんで! 私が絶壁見たいな胸をしているからなのっ! くっそぅ、巨乳のバカ野郎! 誰か私に豊胸して!」


 悲しい事実から逃れるためについ叫んでしまった。

 が、それが隙を生んでしまった。小雪、最大の不覚なり。

 一体何をされたかっていうと……。


 ーーふに。


「ほら、やっぱりただの胸筋じゃねぇか。この嘘つき、狼少年!」


 胸を触られました。くっそぅ、なんでこんなやつに……あ。

 胸を触られたショックで、ちょっぴり泣きたいなーなんて思ったけど、すぐに正気に戻れてしまった。

 いや、まさか突然胸を触られるなんて思っていなかったけど、いやらしいことが目的じゃないし、こいつは私を男だと思ってるわけだから、そこまで気にしないんだけど……ごめんなさい、嘘つきました。かなり気にしています。特に絶壁って言われたところとか……。

 そんなことより、私より私のことについて気にする奴がすぐ近くにいるって気がつかなかった……。というか、いつの間に戻ってきたんだよ。


 ゆらりゆらりと近づいてくる小柄な影。ただならぬ殺気に、ガチムチマッチョの憲兵も体を震わせた。


「……あなた、小雪お姉ちゃんに何をしてるんですか?」


 ギギギっと錆びた人形のようにゆっくりと首を動かす偽憲兵さん。後ろにいた人物の姿を確認して、顔が絶望の色に染まる。


 乱れた髪、ハイライトのない瞳は、どこぞかのホラー映画を彷彿とさせちゃうぞ、アンリ。


「あ、あの……悪気がなかったというか、こいつは男だろう? だったらーー」


「小雪お姉ちゃんは立派な女の子です。そして、小雪お姉ちゃんは私の大事な人なのに……汚すような真似をしてくれちゃいましたね。くふ、くふふふふふふふ」


 無表情で笑うアンリはそれはそれは不気味で怖かったです。


「ぎゃあああああああああああああああああああ、助けてええええええええええええ」」


「くふふふふふふふふ、怖いのは最初だけなんですよ。私もまだ触ってないのに、触ってないのに、くふふ、絶望の色に染めてあげますよぉ~」


 ああーなんにも見えない、聞こえない。アンリは私のために怒ってくれた。ただそれだけ、ただそれだけなんだよ。聞こえないったら聞こえなーい。

 はあ、助けを求める声が左から入ってくる。だけど、今回は邪悪な人だしな……。いや、別に胸を揉まれたぐらいで、うつ病になるレベルに凹むようなことはないけど、ほら、私も一応女の子ですし? これでも怒っているんですよ。

 いくら私の信条が、助けを求める人に答えることでも、悪人は助けません。だから左に受け流します。

 ああーなんにも見えない聞こえなーい。


 この、グダグダな騒動は、本物の憲兵さんが到着するまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る