第二十六話~異常な光景1~

 さて、霧の近くまで来た私とアンリだが、その凄さに圧倒されていた。

 距離はまだ少しあるけど、本当にでかい雲が地上に降りてきた様な光景は、なんかすごいとしか言えなかった。

 悲しいかな、私の表現力は底辺だ。これじゃあ相手に何も伝えられない。

 感動を分かち合うことができないよ。


「小雪お姉ちゃん、あっちにゾンビがきますよ」


「はいよ~」


「シルバー!」


「なんでその掛け声!」


 私は馬じゃないですよ! この子には私が馬に見えるんですかねぇ。

 そんたことはさておき、やってきたゾンビは、一、二、三……………計356体。なんですかね、あれ。

 隊列を組んで突撃してきますやん。あれ、どう見てもゾンビじゃありません。

 なんか武器持ってるし、歩兵? 槍持って突っ込んでくる感じは、なんかすげーって思う。

 でも……。


 ズザァーーーー。


 何もないところで、全てのゾンビが転んで消滅した。

 こいつら、一体なにがしたいんだ。

 ここまでの道のりで、ゾンビに大量に襲われたが、みんなこれで死んでいった。


 ちなみに、アンリに確認したら、ストーキング魔法を使用していないとのこと。

 どうやらゾンビはドジっ子らしい。

 嫌だな。そんなドジっ子。肌が腐っていて、虫が沸いている死体が、「きゃ、転んじゃった。てへ」なんて言っているところを想像すると、激しい吐き気を感じた。

 やべぇ。なにがやべぇかわからないけど、とにかくやべぇ。

 あのゾンビ、マジでやべぇ。


「どうしましたか、小雪お姉ちゃん。なんか、フォーラーネグレリアを食べたみたいな顔をしていますよ?」


「あーフォーラーネグレリアね。アレって美味しい……ってちょっと待て。それ、食べ物じゃないよね。違うよね。しかもそれ、脳みそ食べちゃうやつだよね。気持ち悪い奴だよね。ゾンビバグとか殺人バグとか呼ばれちゃっている奴だよね! そんなもの食べてないよ! てか、アレって耳から入り込む、淡水に住む危険生物だから! 食べるようなやつじゃないから!」


「え、アレって危険生物なんですか? あんなに美味しいのに」


「ア、アンリは食べたことがあるの!」


「はい! 薄い生地に薄くスライスした林檎とかシナモンパウダーとかスライスアーモンドとかレーズンとかを乗っけて、巻いて焼いたお菓子ですよね。たまに苦いものが入っているんですが……それはアレですよ」


「あれ、お菓子だったの? なんて紛らわしい名前なんだろう。って、それ違うから! アップルシュトルーデルっていうお菓子だから! 多分苦いって言っているのは、火力を間違えてできた焦げだと思うんだけど! じゃあ、私はどんな顔をしていた訳?」


「ほんわかしたか顔です」


「ゾンビが転んで消滅した姿を見てほんわかする私って一体…………」


 アンリが虐める。

 てか、普通、殺人バグとアップルシュトルーデルを間違えないでしょうに。いや、間違えるのか? なんか似ているような……って似てねぇよ!


「ゴホン。それよりアンリ。これから霧の中に入っていく。話を聞いた限りじゃ、入ったら二度と出てこれないらしいけど……。大丈夫?」


「はい! 小雪お姉ちゃんと一緒なら地獄にだっていけちゃいます!」


 愛が重たい……というより、依存の度合いが手のつけられないレベルになっている気がする。

 さて、この霧の中で一体なにが起こるやら。でも、何があったとしてもアンリは守ってあげるんだ!

 無理に……っていうわけじゃないけど、連れてきたのは私だしね。

 私は、霧の中に入ってもはぐれないように、アンリの手を握った。

 なんか、アンリが「はうぅ、嬉しいです!」なんて言っていた気がするが、それは多分気のせい。そうしないと私の精神が持たない。

 私は、アンリを引っ張って、霧の中にある、ニートリッヒを目指した。




   ◇ ◆ ◇ ◆




「な、なんじゃこりゃああああああ」


「え、えぇ?」


 私とアンリは、予想外の光景を見て、つい叫んでしまった。

 いや、叫んだのは私だけど、アンリだって同じぐらいに狼狽えている。

 いやマジで、ここで一体なにがあったの?

 まさかこんなことになっているなんて思いもしなかった。

 だって、ニートリッヒにたどり着いて一番最初に聞いた言葉があれよ。「ようこそ、ニートリッヒへ」って笑顔で言われたんだよ! それだけで、何事! って驚くでしょうに、普通。

 話で聞いている限りじゃ、ニートリッヒは、滅んだハズで、この霧に覆われているのには、滅ぶ時に起こった魔力爆発的なのが影響しているってことだったんだけど、まさか、ニートリッヒが健在だったなんて。


 私の周りでは、畑を耕したり、商売したりで賑わっている。この町は、意外にも閉じた町? といえばいいのかな? お金にエムリア王国の貨幣を使っていること以外は、全て町だけで賄えている。

 だって、農業も工業も商業もある町だよ? これ、一つの国と言ってもいいんじゃないかなって思えてくる。


 いや、多分政治ができなかったのかな?

 だから、ここは国ではなく王国の支配下に……。

 そんなことはどうだっていっか。

 それよりも重要なことは、滅んだはずのニートリッヒが健在なこと。

 空を見上げると、ふつうの青空が目に映る。けど、微かに魔力を感じ取れるかな。やっぱり、町並みと青空から、霧は気のせいだったのではとも思ったが、そうでもないらしい。

 多分、あの霧は内側からだと見えない仕組みになっているみたいだ。


 さてさて、これは一体どういうどういうことなんだろう。


 私とアンリは不思議に思いながら、あたりを見渡していると、唐突に悲鳴が聞こえてきた。


「一体何事! もうお腹いっぱいよ」


「小雪お姉ちゃん! あそこです!」


 アンリが指さした方向を見ると、女性が一人、発狂していた。

 あたりの人たちは、それをなんともないように通り過ぎていく。

 その光景はとても異常に驚愕しながらも、発狂した女性に目が離せなかった。


 女性は発狂しながら、体がドロドロと溶けていき、気が付けば地面のシミになっていた。

 ここ、良くないものでも漂っているのだろうか。

 ま、まさか! 寄生虫とか病原菌とか!

 でも、そんなものがあるなんて、聞いたこともないのに……。


「あれ、何かの魔法でしょうか? それに、誰も気にしないなんて……」


「魔法……そうか! あの霧、そして、滅んだはずの町が普通にあることに理由! あいつのせいか! シン!」


「シンって誰ですか?」


「ああ、アンリは知らないよね。神様だよ。ショタホモの気色悪いやつ」


「か、紙様ですか。安そうです。印刷所で働いているのでしょうか?」


「ん? なんか勘違いされている気がする。印刷所? なぜ?」


「え、紙ですよね?」


「うん、神だね」


 なんだろう、話が噛み合っていない。

 まあいいや。それよりも、次はどうしようかな。

 なんか、この町はすごく怪しいし、あのどろどろに溶けた女性のこともある。


 色々と考えていると、くぅ~とお腹がなった。そろそろご飯の時間かな。


「小雪お姉ちゃん、お腹がすきました。あそこに行ってみましょうよ」


「お、いいお店があったの?」


 どれどれ、どんなお店か……ふぇ。

 な、なんでこんな場所に、このお店が……。

 アンリが教えてくれたお店、それは……キャラ設定喫茶だった。


 あの漫画を思い出すよ。ドS、妹、ツンデレキャラになりきった店員さんがいる特殊なお店。

 分類を考えれば、メイド喫茶とかそんな感じになる。

 しかも、お店の看板には、期間限定猫耳カチューシャ期間とか何とか。

 こりゃ行くしかないよね。

 私のオタク魂に火が付いた気がする。もう音を立てて燃え上がているよ。


「アンリ、突撃するよ!」


「あいあいさ~」


 私とアンリは、キャラ設定喫茶へと入っていった。

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