第三十一話~異常な光景6~
小雪お姉ちゃんを睨みつけて黙らせたあと、私ーーアンリエッタはクラヌという泥棒猫の手を引っ張って、部屋を出ました。
この宿に泊まることを決めた際に、小雪お姉ちゃんが
私が殺意をダダ漏れにさせていると、クラヌが「ひぃ」と言った気がするのですが、私は気にしません。コイツ、殺します。絶対に殺します。
何がギューッとしてですか! 私もされたいです。小雪お姉ちゃんに愛されたいのです!
でも、小雪お姉ちゃんは自分はノーマルだと言っていました。でも、私が妹と言った時は否定しませんでしたよね。
ということは、案外ありだと思っているのかもしれません。
なのに……なのにぃ!
この
くふふ、この子は何回させば、死にますかね。このゴミ虫泥棒猫を黙らせたと知ったなら、小雪お姉ちゃんは褒めてくれるでしょうか?
絶対に褒めてくれるに違いありません。
だって、私だけのお姉ちゃんなんですから!
私は、クラヌを隣の部屋に連れ込んで、ベッドに投げ倒しました。
マッチョじゃないから、ゴミを捨てるみたいにポイッと投げられませんでしたが、クラヌは軽かったので、ベッドに倒れた勢いでコロコロと転がって、反対側に落ちてしまいました。
「あう、痛いよ」
「懺悔なさい。あなたは罪を犯しました」
「ふぇ? 何言っているの、アンリ」
「あなたに愛称で呼ばれる筋合いはありません! ぶち殺しますよ!」
「ひぇ!」
クラヌは、頭を抱えながら、ガタガタと震えます。これは、幻覚でしょうか? 耳をヘタリとさせて、尻尾を丸めている犬のように見えてきました。
っく、ペットのように媚売って、可愛子ぶって、そうやって私から小雪お姉ちゃんを取るつもりなんですね。許せません。
私は、スカートの中から、愛用の人斬り包丁を取り出しました。
ちょっと血で錆びていて、肉を断ちにくくなっていますが、それが激痛を与えて相手を苦しめてくれます。
クラヌの悲鳴を聞けば、小雪お姉ちゃんも目を覚ましてくれるに違いありません。
だって、小雪お姉ちゃんはコイツに魅了されているだけなのですから。
「あなたは、私の小雪お姉ちゃんを奪おうとしました。だから、激しい苦痛で死になさい。くふふふふ、楽しい処刑の始まりです」
「く、くぅ~~~~ん、怖いよ~、助けてお姉ちゃん」
「小雪お姉ちゃんはあなたのお姉ちゃんじゃありません!」
「じゃあ僕は何?」
「え、何と言われましても……」
えっと、犬みたいだから……ペットでしょうか? 首輪をつけてリードを持って散歩させたら喜びそうですね。
あ、でも糞をどうにかしないといけないのと、朝の散歩が面倒ですね。
あと餌も……。そんなことやる時間があるなら、小雪お姉ちゃんとベッドの上でイチャラブしていたいです…………は!
こ、コイツ、さりげなく私の思考をずらしましたね。なかなかやりますね。小雪お姉ちゃんだけでは飽き足らず、私まで篭絡しようとしてくるとは……。
やっぱりコイツは危険です。すぐに殺しちゃいましょう。
「というわけで、死んでください!」
「キャイィィィィン」
私が大きく振りかぶって、クラヌに包丁を振り下ろすと、キンッと金属と金属がぶつかった様な音がしました。
「お、おかしいです。これは一体なんですか!」
私は目の前の光景を疑いました。ありえません、そんなこと、あるわけがないんです。
小雪お姉ちゃんの加護によって守られているなんて! そんなの絶対に嘘です!
小雪お姉ちゃんは、私より、新参者の犬っころの方が大事だと言うのですか!
「わ~~~~ん、もうやめようよ~~~~。包丁怖い!」
「っく、なら、これならどうですか!」
私は、ポケットの中にしまっていた激辛唐辛子玉を投げつけようとしました。
辛さでのたうち回り、死ねばいい!
そう思ったのですが……私は間違えて、飴玉を投げてしまいます。
「し、しまった!」
飴玉は放物線を描いて、クラヌの口の中に綺麗に入りました。
「わっふぅ……あ、甘い!」
クラヌは目を輝かせました。頬に手を当ててうっとりとしています。
なんて安上がりなんでしょう。ただの飴玉で喜ぶなんて。ちなみに、この飴玉は猫耳フェアをやっていたあのお店でいただきました。タダです。安いどころか無料でしたね。
「アンリ! これ、すっごく美味しい!」
クラヌは、飴玉を渡した私に突然心を許したようで、私に近づいて、足元にスリついてきました。
ペットの犬ですら、こんなことしませんのに、何なんでしょうか、コイツは。
小雪お姉ちゃんを奪う泥棒猫なのに、殺したくて殺したくてたまらないはずなのに! 擦り寄られて、瞳をうるうるさせながら、愛嬌ある笑みを浮かべるクラヌの姿を可愛いと思ってしまうのです。
畜生! た、耐えるです。私は小雪お姉ちゃん以外に揺らがないのです!
こいつが全ていけない。ダカラコロサナキャ……。
「アンリ! 飴頂戴!」
「ぶふぅ!」
あまりの破壊力に赤い鼻水が出てしまいました。それをクラヌは、「アンリ、大丈夫?」と心配そうな表情をしながら見つめてきます。
私は、殺意の他に、新し感情が沸き上がってくることに気がつきました。
なんでしょう。幸せな未来予想図ができるような気がします。
私と小雪お姉ちゃんの家庭、これは絶対です。そして、ペットのクラヌ。なんでしょうか、かなりしっくりきますね。
そう、私の心の奥から湧き上がってきた感情とは、ペットを愛でる時に感じる、愛情というやつでした。もうコイツを人間だとか魔族という括りで考えることができません。
私と小雪お姉ちゃんが初めて拾った可愛い、可愛いペットなのです。
ペットは可愛がらなくてはいけません。
絶対に、途中で放り投げてしまってはいけないのです。
殺すなんてもってのほかですね。
さっきまで殺そうと考えていた自分を恥じました。
だって、クラヌはペットとして、主である小雪お姉ちゃんに甘えただけで、そこに恋心などあるはずないのですから。
だったらもう、これは敵ではありません。
あ、そうだ! ペットというならば、芸を仕込まなくてはいけませんね。
「クラヌ、よく聞きなさい」
「わん!」
「ちゃんと言うとおりのことができたらご褒美をあげますからね」
「わ~い! 何かな何かな!」
「では、行きますよ、お手!」
「わん!」
私が差し出した手に、クラヌの右手が乗りました。柔らかくぷにぷにした触り心地の手は、まるで肉球のようで、ますますペットらしく感じてきました。
私はご褒美として、クラヌに飴をあげます。
「わっふぅ、飴美味しいよ! とろけちゃう」
「ふふ、でも虫歯になっちゃうから、今日はそれでおしまいね」
「え~」
「ペットがわがまま言わないの」
「はーい」
「私は小雪お姉ちゃんのところに戻ります。今日は静かに寝るのですよ。明日、迎えにきますね」
「分かった! 静かにしてる。だから……ぎゅーってして!」
この子は愛に飢えているのでしょうか?
私も、本当の家族にいらない子として扱われてきたので、その辛さがなんとなくわかります。
なので、クラヌの要望にお答えして、ギューッと抱きしめて上げました。
クラヌは嬉しそうに「んっ」と声を漏らし、恍惚とした表情を浮かべます。
私は、部屋を出る前に、クラヌの頭を撫でて上げて、お休みのキスをおでこにしてあげました。
クラヌは満面の笑みを浮かべながら、手を振って私を見送ってくれました。
くふふ、小雪お姉ちゃんにいい報告ができそうです。
次の日、私は小雪お姉ちゃんに「クラヌがペットになりました」と報告したら、呆けた顔をして「一体どうしてそうなった」と、項垂れました。
うーん、私としては、結構いい感じに家族って感じがしてきたような気がするのですが……小雪お姉ちゃんはどう感じているのでしょうか。ちょっぴり不安ですが、今は置いておきましょう。
こうして、私は自分で描く未来予想図に一歩だけ近づけたような気がしました。
早く、ちゃんとした家族になれるといいな!
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