第二十四話~彷徨う死者8~

 と思ったら、全然違いました。

 御者は、顔がぐちゃぐちゃな死体に寄り添って、何やら声をかけている。

 ん~、この様子だと、死体のことをまだ生きているって思っているっぽいな。

 だって、この男はーー


「***ッ! 俺が、俺が絶対に助けてやるからな。もうちょっとだけ辛抱しろ。傷が痛むかもしれないが、きっと助かるさ。いや、俺が助ける」


 ほら、なんか生きてる風に声をかけている。

 にしても久しぶりだな、名前が聞こえないの。

 あれ、もしかしてあの時の女騎士? いや、まっさか~。

 あいつ、恋人なんていなかったし、男から避けられていたし。

 腹筋の割れた女騎士なんてゴメンだって感じに……。実にかわいそうなことを思い出してしまった。

 それは右斜め上ぐらいに置いておいて、この状況、どうしようか?

 別にもう放っておいてもいいかなって思ってきた。

 だって、脅威は取り除いたわけだし、気絶しているならまだしも、目を覚ましたんだから、あとは自分たちでどうにかできるでしょう。

 仮にも勇者軍にいた人たちなんだから、それぐらいできる……よね?


「アンリ、先を急ごうか」


「……こいつ、小雪お姉ちゃんに助けてもらったのにお礼の一つも言わず、死体なんかといちゃこらして。どうやって捌いてやりましょうか。くふ、くふふふふふ。私の包丁はスパッと切れますよ」


 うぉ! アンリがヤンデレ化してた。

 確かに、こっちが助けてあげたんだからお礼の一言ぐらいあってもいいと思う。

 でも、絶対に言って欲しいのかと聞かれたら、別にどっちでもいいって答えるかもしれない。

 それに、いま目が覚めたばかりだ、正しく状況を理解しきれていないんだろう。

 そりゃ混乱してお礼も忘れるわな。


「アンリ、お礼を言わなかったぐらいで怒らないの。私は気にしていないんだから」


「うう、小雪お姉ちゃんが言うなら、包丁一刺しで諦めます」


「それ、死ぬ可能性があるから、絶対にしないでね」


「…………」


「返事してよ! 怖いよっ! お願いアンリ! 刺さないでぇ!」


 アンリは小さく頷いてくれた。表情的には、まだ納得していないところもあるんだろう。

 ほっぺをプク~っと膨らましている姿は、なんとも可愛らしい。

 まあ、刺す刺さないの話じゃなければもっと可愛らしいと思えたんだけど!


「ささ、あともうちょっとで目的地のニートリッヒだ。ここいらにはゾンビが沢山出るらしいし、早く霧の中の様子を見に行こう」


「はいっ! 一刺ししてから行きますね」


「早くその話題から離れてーーっ!」


 いきなり感じた嫌な気配に、つい身構えてしまった。

 間近で感じられた、突然膨れ上がる魔力の反応。これは……あの顔がぐちゃぐちゃの死体からだ。

 膨大な魔力が死体に周りを渦巻き、次第に死体を変色させていく。

 まだギリギリで肌色だった死体の肌は、腐ったような汚らしい色に変色した。

 顔がぐちゃぐちゃなはずなのに、微かに聞こえるうめき声。

 死体の、ゾンビ化が始まった。


 あれか、ニートリッヒを取り囲む霧が魔力でも含んでいるって感じなのかな?

 たしか、ゾンビのつくり方は、魔力が濃い場所に死体を放置するか、ゾンビ化するまで死体に魔力を注ぐんだったっけ。


 そういえば、たまにゾンビに食われて死んでしまった勇者軍の人がいたっけ。

 死んだことに気がつかず、回復魔法をかけ続けたら、ゾンビを作ってしまい、そのままバクリ! みたいな感じ。

 うわぁ、考えただけで怖い。


 昔買った、『正しいゾンビのつくり方』って本があったような……。あれ、まだ持ってるかな?

 あとで勉強しておこう。覚えてたらね!


 とりま、やるべきことは顔がぐちゃぐちゃの死体を処理する事、これに尽きる。


「痛むのか、大丈夫だ! 俺が連れて行ってやるからな」


 御者ーーこいつも勇者軍の兵士で、死体の恋人だろうーーは、ゾンビ化の影響でピクピクしている死体が、痛がっているって感じたらしい。

 マジで邪魔……と思った瞬間、御者が吹き飛んだ。

 何事! っと思ったら、アンリが爽やかな笑顔で水魔法を使ったっぽい。

 水弾でも受けたのか、痛がっている御者の体はビチョビチョだ。


「小雪お姉ちゃん、退けたよ!」


「ん、ありがとうね。アンリ」


「はい!」


 私の手伝いができたのがそんなに嬉しい……いや、違うな。

 嬉しそうな顔をしながら、私に向かって頭を押し付けてくる。

 こりゃあれか、撫でろってか。

 ……やらなきゃ刺される気がする。


「はぁ、仕方ないわね」


「っ! う、嬉しいです!」


 頭を適当に撫でてやったら、本当に嬉しそうに微笑んだ。うん、それがふつうの女の子の反応だよ。

 包丁を振り回すだとか、恋敵だから殺しましょうって思考の方が異常だ。

 アンリにはいつまでもこのままでいてほしい。お願いだから、これ以上ヤンデレ化しないでね。


 なんて、イチャコラしていたら、顔ぐちゃゾンビさんが生まれてしまったようで、ゾンビは起き上がった瞬間に私たちに向かって牙をむいてきた。

 顔ぐちゃぐちゃだから、牙なんてねぇけどな!


「そ~らよっと」


「あーどっこいしょっ!」


 私は、適当に裏拳をお見舞いしてやると、顔ぐちゃゾンビの頭が消し飛んだ。

 いや、どこかに飛んでいったみたいになるかなって思ったけど、人の頭って簡単に消し飛ぶのね。


「って、アンリ! 何今の掛け声!」


「え、気合が入るかと思いまして、ダメでしたか?」


「なんかダメな気がする。こう、ソーラン、ソーラン言っちゃう曲がリピートされそうだから、ダメ、言っちゃダメ」


「しょぼーん」


「そのネタをどこで知った!」


 ちなみに私は全く知りません……。悲しいかな、ちらりと見たことがあるだけで、しっかり読んだことがない。

 っく、地球でのやり残しを思い出しちまったぜ!

 そんなこんなで、アンリと遊んでいると、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。

 もちろん、愚かな御者の声である。


「ああああああああ、***ッ! なんで、なんでぇぇぇぇぇぇ」


「錯乱してるみたいだね。こういう時は……放っておいてあげた方がいいのかな? 心の傷を癒す的な意味で」


「私もそう思いますよ、小雪お姉ちゃん。ささ、ニートリッヒに行きましょう!」


 アンリがそう言ってくれたので、御者を無視して、くるりと反転。ニートリッヒを目指して歩き出す。

 ……御者はすごく絶望した感じになったけど、アンリはこれで満足したのだろうか。

 色々と気になってきた私は、つい、口に出してしまった。


「…………刺さないの?」


 蒸し返しちゃいけないだろうと思っているけど、気になって仕方がない。だって怖いじゃん。気がついたら殺ってました的な状況になったらさ。


「はい! ゾンビが死んで、絶望した表情を見せてくれたので、満足です。これ以上小雪お姉ちゃんに迷惑をかけるようでしたら、殺しますが」


「大丈夫、まだ何もされていないから、ね、さりげなく取り出した包丁をしまお……ちょ、ま! しまってね、早くしま…………っえ? ぐふう……なんで?」


 強烈な痛みと不自然な感触、私は違和感の感じた、自分自身のお腹あたりに視線を向けると、飛び出していたのは、銀色に輝く洋風の両刃剣。どうやら私は刺されてしまったようだ。

 そんなフラグ、立てたつもりないんだけどな。


「おまえっ……がぁ! 殺したんだろぉ、汚物勇者ああああああああああああああ」


 狂った男は、私のお腹から剣を引き抜き、血を払う。そして、血走った目でこちらを睨んできた。

 なんでいつもこんな役割なんですかね。

 あれですか? たまたま厄年だった的な……。

 まあ、あれぐらいじゃ死なないから、ある意味でこの体には感謝しないといけない。

 平気で一人肉壁特攻なることができる残念な体だけど、な!


「小雪お姉ちゃんっ!」


「大丈夫、問題ないよ。それよりアンリの方は大丈夫なの?」


「は、はい。私は平気です。でも、小雪お姉ちゃんが!」


「ははは、大丈夫だ、問題ない!」


 体を触って確認したから確実だ。痛みももう引いた。万全の体制ってね。


「クソ、クソ、クッソォォォォォ。なんで、なんで死なねぇんだよ、クソ汚物野郎。あいつは、***はッ! まだ助かる可能性があったかもしれないのによ。なんで、なんで殺したんだよおおおおおおお」


 それはゾンビだからです。当たり前でしょうに。

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