未知の野獣

 そろそろ逃げるのも限界に近づいてきた。威嚇のために何度か銃口を向け構えたが、もう撃つ気はないのがバレている。光来はそう思った。

 心配した通り、先頭車両まで追い詰めようと考えているのか、ケビンの追い掛けてくるスピードに焦りはない。あんなにゆっくりと近づいてこられると、ホラー映画の殺人鬼みたくて、余計に恐怖心が煽られてしまう。

 くそっ、本当に臆病だな。俺は。

 光来は情けなさを感じながらも、必死に対抗手段を模索していた。

 落ち着いて考えろ。今の俺の武器は、この逃げ足と弾丸が二発装填されている銃だけだ。銃にはブリッツの弾丸が込められているが、俺が撃つとなぜかトートゥに書き換えられてしまう。ここまではわかっている。

 さらに考察する。この世界には魔法という力が存在し、その力はなにかしらの物体に書き込み定着させることで、使うことができる。これまで見たことから推察するに、弾丸なり刃なりに形成された魔法は、対象物に接触することで魔力を発動させ、その効果は俺の世界にある道具と大差はなさそうだ。少なくとも、呪いを掛けられたり、召喚獣が出てきたりとかの、とんでもない魔法はまだ出てきていない。

 要するに、俺の世界が機械や道具を使ってやっていることを、この世界では魔法というエネルギーを使って行っているわけだ。

 情報整理はここまでにして、考えついたことが一つある。さっき、リムの弾丸が車体に当たり電流が散走した。ケビンの弾丸も同様、積荷が激しく燃え上がった。では、俺の死の魔法で物体を撃ち抜いたらどうなるだろう? 物体の死とは、即ち朽ち果てるということではないだろうか? 俺が連結器を撃てば、さきほどのツェアシュテールングとやらとは効果こそ違うものの、壊れ崩れるという結果は同じになるのではないだろうか?


「…………」


 このまま逃げ続けても、ジリ貧になるだけだ。試してみる価値はある。リムに人を撃つなと言われたこともあるが、ネィディ・グレアムをトートゥで死に至らしめてしまった時の精神的苦痛を回避したい気持ちも大きかった。人を殺すなんて行為は、平和に十七年間生きてきた俺には重過ぎる。劇薬を飲み干すように体中が蝕まれるような感覚だった。もう二度とごめんだ。

 次の車両は有蓋車だ。そこでやってやる。

 光来は素早く屋根まで駆け上がり、振り向きざまに銃を構えた。ケビンの動きが止まるのが視野に端に映る。しかし、今視点を合わせなければならないのは、銃口の先にある連結器だ。

 充分に狙いを定め、引鉄を引いた。


「えっ?」


 光来の口から声が漏れ出た。というのも、銃口から広がる魔法陣が、これまでの漆黒とは違い鮮やかに輝くブルーだったからだ。

 これは……電撃、ブリッツの魔法?

 そう思った時には、すでに弾丸は発射されていた。衝撃で体勢が崩れるが、必死に踏ん張った。弾丸は稲妻のような閃光を纏い、連結器を直撃した。弾丸から魔法陣が広がり、魔法が発動した。バチィッと金属がこすれ合うような音が響き、青白い輝きの電流が駆け巡る。その光は光来を照らした。

 電気の疾走はあっという間に拡散し、溶け込むように消えてしまった。

 光来が呆然とその光景を見ていると、銃声が飛び込んできた。


「うわっ」


 光来は慌てて身を低くし、再び先頭車両に向かって走りだした。そして、脳内では目まぐるしく疑問が駆け抜けていった。

 なぜ? なぜ、トートゥの魔法ではなく、ブリッツの魔法が発動した? ちくしょう、二発しかない貴重な弾丸なのに、無意味に使ってしまった。

 しかし待て。本当に無意味か? 今の一撃には、なにか大きな示唆が含まれていたのではないのか? リムは俺が魔法を書き換えたと言っていた。しかし、今はブリッツの魔法が従来通りに発動した。俺はすべての魔法を、なにがなんでもトートゥに書き換えるというわけではないということだ。多分、この事実は今後の自分自身にかなりの影響を及ぼす。

 昼間とさっきと今。なにが違う? なにが?

 俺は魔法という力の根幹を、思い違いしているのか?

 ダメだ。考えが纏まらない。銃を撃った衝撃のせいか、また背中が痛みだした。

 必死に足を動かしながら、光来は発射されたばかりの銃を見つめた。




 何度も銃口を向けながら一発も撃ってこないので、彼には撃つ意志はないのだろうと思い始めていた。そのタイミングでのいきなりの発砲に、ケビンは少々焦った。

 彼が自分の足元に狙いを定めていたにも関わらず、立ち止まって身を固くしてしまった。このケビン・シュナイダーの奥底に、恐怖が居座っている。

 ぶんっと頭を大きく振った。

 恐れてもいい。だが、萎縮して闘志を萎えさせるな。あんな危険な男を世に放ったまま、知らん顔はできない。彼の存在は間違いなく混乱と争いの火種になる。

 避けながら一発反撃したが、狙われないために防御したに過ぎず、初めから当たるとは思っていなったか。

 キーラは再び逃走に転じたが、所詮は走行中の汽車の上でのことだ。慌てないで確実に追い詰める。

 それにしても、今の一撃はなんだったのだ? 連結器にブリッツを撃ち込むことに、なんの意味があるというのだ? 電撃は発生と同時に一定の範囲を駆け巡る。その性質を利用してワタシにダメージを与えようとした? いや、車体がアースの役割を果たし、それほど広範囲には広がらず散ってしまうことは目撃しているはずだ。

 さっき彼の相棒が行ったように、連結器を破壊しようとしたのか? しかし、それはツェアシュテールングの弾丸を使ったから可能だったのだ。

 わからない。なぜ、ブリッツで連結器を?

 …………

 ひょっとして、彼は魔法を理解していないのか?

 そう思い至った時、ケビンの脳裏に取り調べの際に彼が発した台詞が甦った。

 魔法なんか知らない。

 俺はこの世界の人間じゃない。

 …………まさか?

 ケビンは少しだけ歩調を速めた。

 今、自分が行っているのはチェスだ。慎重に駒を動かし、次第に戦力を奪っていく真剣勝負のチェスだ。そして、有利なのは自分の方だ。戦局を冷静に判断し、徐々に追い詰めているはずだ。それなのに、緊張感がどんどん高まっていく。

 人間は経験したことのない事態に遭遇すると、軽いパニックを起こす。対処の仕方が引き出せないからだ。自分もそうなりつつある。


「むぅ……」


 相棒と引き離したのは正解だった。彼は危険な上に不可解だ。まるで新種の野獣でも相手にしているような感覚に襲われる。気をしっかり持て。ワタシには守るべき家族がいる。保つべき街がある。彼にはトートゥがあるが、戦い方はワタシの方が熟知している。これでいい。これで間違っていない。このまま確実に追い詰めて仕留めるのだ。

 先頭車両にまであと僅かだ。逃げ場を失ったキーラは、それこそ必死に反撃して来るだろう。一瞬たりとも油断できない。

 自分の意志を足に伝えるように、一歩一歩踏みしめながら前進した。

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