最悪の再会

 目的の陸橋までは問題なく辿り着けた。きっと、保安局の連中は街の外に出る道の封鎖や、宿屋などの聞き込みに人手を割いているのだ。

 夜も更け、客を乗せる汽車の運行も終わっているので、駅近くには通行人もいない。光来は、案外リムの作戦は功を奏するのではないかと期待した。

 ここからだと、駅は目の前だと言っていい程に近い。月からの光が思ったより明るく、重たそうな荷物を積んでいる作業員たちの表情までわかった。乗り込もうとしている列車に目を向けたが、かなりの数の車両が連結されていた。三十両はあるだろうか。

 光来は素直な感想を口にした。


「ずいぶん長い列車なんだな」

「一度にたくさんの荷物を運搬するためにはね」


 大型の動物が引かれて闊歩しているのが見えた。風になびくたてがみ。優しさを湛えた瞳。引き締まった四肢。動物の正体は馬だった。


「あ、馬がいる。馬まで乗せるのか」

「なんでも乗せるよ。日用品に食料、家畜。あれは家畜じゃなくて競走馬だけどね。生活するのに必要な物なら大抵積み込まれている。あなたの世界に、こんな長い列車ある?」

「うーん……どうだったかな」


 光来は曖昧に濁したが、世界一長い貨物列車は全長二キロを超えているとネットで見たことがある。なんとなくリムが自慢気に話している気がしたので、そのことは黙っておいた。変なところに気を使ってしまう臆病な人間の性だ。

 少しの間が空いた。リムがずいと銃を差し出した。ガンベルトに収めてあるやつとは違う、もっと小型の拳銃だ。


「使うことはないと思うけど、念の為に、ね」

「それ、どこから出したんだ?」

「秘密」


 リムは微笑みながら、光来に銃を渡した。本人としてはニコリと笑ったつもりかも知れないが、どう見てもニタリという表現の方が合っている笑みだった。

 本当に、どこから取り出したんだ? もしかして、大怪盗の三代目が夢中になって追い掛け回している女盗賊のように、胸の谷間に隠してあったとか……?

 光来の視線を感じ取ったのか、リムがじろりと睨んできた。


「どこ見てんの? 変な想像してんじゃないでしょうね」

「いや、なんのことだか……」

「へらへらしない。その拳銃、飽くまで護身用のために持っている銃だから、装填数は二発だけよ。忘れないで」

「二発だけなのか……でも、言っただろう。俺が撃つとトートゥとかいう弾丸が発射されてしまうって」

「そんな筈はない。この拳銃に装填されているのはブリッツよ。誰が撃とうが、それは変らない」

「待ってくれ。俺の話を信じてくれたんじゃないのか?」

「異世界ってのは信じる。さっきの音楽が聞けるカラクリなんて、この世界じゃ絶対に作れないもの」

「だったら……」

「でも、あなたがこっちに来てから手に入れた可能性は否定しきれない。どこかでトートゥの弾丸を手に入れ、それを使った」

「じゃあ、残弾数はどうなんだ? 俺が一発追加して撃ったんなら、残弾は三発のはずだ。でも、残り二発だっただろ? きみがチンピラ相手に三発撃って、俺が決闘で一発。六引く四で残り二発だ」

「…………」


 リムが口を噤んだ。装填した時のことを思い出しているのだ。


「それに、俺はルーザに誓ったんだぜ?」

「それは……」


 汽笛が聞こえた。光来はスマホを、リムは懐中時計を同時に見る。十二時丁度だ。あの彼女との甘い夜を逃した男が言っていたことは本当だった。彼も列車に乗っている筈だ。

 リムの表情が引き締まった。


「その銃、使うことはないわ。お守り代わりだと思えばいい」

「わかったよ。わかったけど……」


 リムがずいと差し出したので、光来は口籠りながらも受け取った。


「じゃあ行くよ。覚悟を決めなさい」

「お、おう」


 二人は欄干に足を掛け、身を乗り出した。




 重厚な音を発しながら、汽車が近づいてきた。

 元の世界でも蒸気機関車なら実物を見たことはあるが、それは走る姿や無骨なデザインを楽しむためだった。こうして飛び乗ろうと構えて対峙すると、まるで鉄の怪物が迫ってくるような圧倒的な迫力がある。

 リムは、運転手に気づかれないよう最後尾に近い車両に飛び乗ることを提案した。駅の近くなので、リムが言った通り全然加速されていない。走ってでも追いつける鈍さだ。しかし、こんな大胆な行動など経験したことのない光来にとっては、それなりに緊張感があり、動悸が早まった。列車が長いことも、緊張感を煽るのに一役買っていた。まるでロケット発射までの秒読みのように、着地ポイントが近づくにつれて息苦しくなってくる。

 来た。来た。来た。

 予め打ち合わせをして、最後尾から五両目の車両に飛び乗ろうと決めていた。その目的となる車両が近づいてきた。


「ワタシから先に飛ぶから、すぐに続きなさい」

「わかった。気をつけて」

「誰に言ってるの」


 リムは躊躇いもなく、しゅんっと飛び出した。ほぼ垂直に落下し、見事に狙っていた車両に着地した。

 先ほどの宿屋といい、あの娘の身の軽さは天性のものなのか。なんの迷いもなく飛び降りるなんて、これまでの旅で何度も危険な橋を渡ってきたのではないだろうか。

 今は渡るんじゃなくて飛び降りんだけどね……

 光来は自虐的な笑みを口元に浮かべた。

 リムが手招きをしている。泳ぎそうになる心を強引にねじ伏せ、光来も飛んだ。宿屋でのジャンプが成功していたおかげで、思っていたより体が動いてくれた。着地と同時に体がよろけた。


「ぎょはっ」


 みっともない声が出てしまった。

 とっさにリムが手を掴んでくれたので落ちないで済んだが、冷や汗が出るくらいビビった。


「しっかりしなさい」

「はっ、助かっ……」


 光来は視野の端に不穏なものを捉えた。決して動いているものではない。しかし、危険を察知する本能とも言うべき勘が、その存在を教えたのだ。車両から落ちそうになった瞬間以上に、心が波打ち乱れた。


「……なんで、よりにもよって……」

「え? なに?」


 光来の視線の先には一人の男が立っていた。

 ケビン・シュナイダー。決闘責任者を務めたヤツ。俺を留置所にぶち込んだヤツ。俺を犯罪者と呼んだヤツ。とことん、俺の前に立ちはだかろうと言うのか。

 ケビンはこちらを凝視していた。見開かれた目が徐々に力を帯びていく。それは、光来には闇の中でぼうっと光る肉食獣の眼光に見えた。

 なんであの男がここにいるんだ? 列車を利用することを読んで、駅で張っていたというのか。推測したのか単なる勘なのか。いずれにせよバレた。


「リムッ、こっちだ」


 掴んだ手もそのまま、リムを引っ張った。


「ちょっと、なんなの?」

「見つかった。あの男だ」

「見つかった? 誰に?」


 リムは光来の着地を手助けした為、駅を背にしていた。彼女には見えていない。


「ケビン保安官だ。あいつと目が合ってしまった」

「あいつ……邪魔されるとしたら、あいつだと思ってた」


 二人で身を屈めながら最後尾を覗き見るように確認した。ケビンとその他数名が列車に向かって走っている。飛び降りる時はこの鈍さがありがたかったが、今は逆に幼子のように叫びたくなった。

 早く。もっと早く加速してくれ。

 光来の念も虚しく、ケビンが列車に取り付くのが見えた。

 リムが舌打ちをした。


「あいつの他に乗り込んだ奴、見えた?」

「二、三人……いや、もしかしたら四、五人は乗ったかも」

「やるしかないか」


 呟きながら、リムはホルスターから銃を取り出した。その目には、出会った時に感じた冷気をはらんだ光が滲んでいる。

 光来は、ぞくりと背筋に鳥肌が立った。

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