相棒
膠着状態になった。遮蔽物に隠れながらの銃撃戦なので、互いに命中しない。リムも撃っても無駄弾になると判断したのか、やたらと撃つことはしなかった。
しかし、このままではこちらが不利なのは明らかだ。むこうは、おそらくあと三人程のはずだ。どれくらいの弾丸を所持しているのかは不明だが、リム一人より少ないということはないだろう。
どうする? どうすればこの状況を打破できるだろう? いっそのこと、汽車でラルゴに入るのは諦めて飛び降りるか? しかし、もうかなりの速度に達している。無事で済むかどうか。ちくしょう。乗り込むときに見つからなければ。
光来が必死に考えていると、頭上から声が聞こえた。
「キーラ。きみはいったい何発のトートゥを持っているんだ?」
思わず背後を振り返ってしまった。姿は見えないが、今のはケビン保安官の声だ。思っていた以上に近くから聞こえたので、ぞくっと首筋が痺れた。
「もう一人の彼。きみの友人だな。いつの間にか消えていたが……なるほど、彼がきみを逃したというわけか。油断したよ。まったく迂闊だった」
リムが忌々しそうに眉をひそめた。決闘後のあの一件はよく見えていなかったようだ。実は女の子だということはバレていない。
一言一言をじっくり聞かせるような、噛みしめるような喋り方だった。その落ち着きぶりが、飛んでくる弾丸よりも怖く感じた。
「ワタシが思うに、きみたちの残弾数はそれほど多くはないはずだ。しかし、その弾丸がトートゥとなれば、生半可な覚悟で近づくことはできない。大抵の者は、生涯目にすることもない禁忌の魔法。それを何発も所持しているとは……キーラ、悪魔に魂でも売ったか?」
そうか。一撃必殺のトートゥを相手にする以上、あっちも命懸けということか。
「そこでワタシは考える。どうすれば安全にきみたちを引きずり出せるかと、ね」
光来は、ケビンの台詞に微かな違和感を感じた。
引きずり出す? 近づけるかではなく、引きずり出せるかと言ったのか?
嫌な予感がした。ケビンの言い回しや目に入った情報から導き出された推測ではない。本能が押し出す直感だ。
リムも同様に感じたらしい。叫びながら走りだした。
「なにかまずいっ。走ってっ」
リムの言葉の最後は銃声でかき消された。ケビンが撃ったのだ。危険を知らせる信号に体が付いてこなかった。立ち上がろうと腰を上げたと同時に、遮蔽物として利用していた積み荷が激しく燃え上がった。
「うおぁっ!?」
炎は激しい突風と共に襲い掛かってきた。目が開けられず、吸い込んだ息で喉が灼けるように熱い。まるでバックドラフトのような爆発さながらの炎の津波だ。
前屈みになったところに後ろからの爆風に煽られ、光来は体ごとふっ飛ばされた。それが幸いした。弾丸が命中した部分は相当の温度まで瞬時に上昇したようで、消し炭のように真っ黒になって、ブスブスと燻っていた。
「ブレンネンの弾丸!?」
リムが腕で顔を護りながら叫んだ。熱さのせいで片目を瞑り、もう片方も完全に開けないでいる。
「なんで保安官如きがそんな魔法を持っているんだ? そんな危険な魔法、支給されているはずがない」
リムは、声のトーンを少し落とし男っぽい台詞で訊いた。こんな状況でも、少年である演技を押し通している。
リムの問いに呼応して、ゆらりと影が立ち上がった。ケビン・シュナイダーが姿を見せた。眼光は鋭いが、どこか余裕を感じさせる佇まいだ。堂々と姿を見せるところなんか、逆に不気味な迫力がある。
「そう。これは私物だよ。狼藉者が多いワタシの街では、荒事にも備えなければならないんだよ。例えばキーラ、きみのような流浪人相手とかね」
「ちぃっ」
リムが声のする方に向かって狙撃した。車体に弾丸が当たると、魔法陣が四散し青白い電流がスパークした。
やったか? 光来は電流の軌跡を目で追った。車体には少し広がったが、ほとんどが車輪へと移動し、そのままレールに吸い込まれて消えてしまった。光来は戦慄した。この汽車そのものが巨大なアースになってしまっている。
電撃と炎、人体に与えるダメージはどちらが上かは知らないが、戦う場所がまずすぎる。ここでは、こちらの方が圧倒的に不利だ。
リムは、さきほどツキがあると言っていた。しかし、この状況ではその台詞が正しかったのか疑問が湧いてくる。それとも、幸運をケビンに持っていかれたか。
「撃ってこないのか? キーラ。ワタシが姿を見せたというのに。さっき、隣の男に撃つのを遮られたな。ひょっとして、その男は禁忌の魔法を怖れているのではないか? 撃たないのではなく、彼のせいで撃てないとか?」
不敵に微笑む。その笑みは光来の神経を刺激した。
くそっ、ここはハッタリでもいいから銃口を向けてみようか。しかし、そこまでやって撃たなかったら、ケビンの推測が正しいと証明してしまう。
「キーラ、前の車両に逃げるぞっ」
「遅いっ」
再びブレンネンの魔法が炸裂した。今度は貨物ではなく、車両の床に直接命中した。灼熱の炎が襲い掛かってくる。すでにこの車両には可燃物はないが、魔法で生じる炎の威力は爆発と表現してもいいくらいに激しかった。
直に炎に包まれはしなかったが、熱風に煽られ逃げざるを得なかった。前方に避難すれば貨物を遮蔽物として利用できる。しかし、あの威力の前では、あっという間に燃やし尽くされてしまうのは目に見えていた。もはやベニヤ板ほども意味のない盾ではあるが、それでも二人はその陰に身を隠した。
「あいつ、ひょっとして俺たちを殺すつもりか?」
「馬鹿言わないで。立場上そんなことあるわけないぜ」
リムも焦っているようで、男言葉と女言葉がごっちゃになって出てくる。
「けど、あんなのが命中したら、黒焦げになって死んじまうよ」
「直に命中させるつもりはないのかも知れない。けど、体の一部を焼いて動けなくするくらいは考えてそうよ。あいつにしてみれば、どんな姿になろうが街に連れ戻せればいいんだから」
「ある意味、そっちの方が怖いよ」
光来は、火傷の痛みに苦しみながら生きながらえるのを想像したが、すぐに頭から追い出した。
今はネットでどんな画像でも簡単に見ることができる。以前、ちょっとした好奇心で『火傷』と入力して検索したことがある。ちらっと見ただけで後悔した。あんな風には絶対になりたくない。
「自分が正義だと信じて疑わない奴って、信念がある分、悪党より厄介よ」
「リム。水とか氷の魔法は持ってないのか?」
「そんなの都合よく持ってるわけないじゃない。でも、奥の手ならある」
「そんなのあるのか? だったら早く使ってくれ」
「焦らないで。一発しか持ってないんだから、失敗は許されない。うゎっ」
「リムッ!」
弾丸が頭上を掠めた。今度は隠れている貨物ではなく、その奥の荷物が燃え上がった。考える暇もなかった。体が勝手に動き、リムに覆い被さっていた。
身を隠していた貨物が壁の役割を果たしたため、吹き飛ばされずに済んだが、熱風をまともに浴びてしまった。
「うおああっ」
あまりの熱さに悲鳴を上げてしまった。まるで皮膚を力任せに剥がされたような痛みだった。
「キーラッ」
リムが光来の肩を抱き、位置を入れ替えた。口より大きいんじゃないかと思わせるほど、目を見開らいている。顔が近い。見つめ合うのが照れくさく、リムがなにか言う前に戯けてみせた。
「きみは女の子だから。顔に火傷を負ったら大変だ」
「…………」
リムが目を伏せた。光来は急に恥ずかしくなってきた。
あれ? 自分としてはかっこよくキメたつもりなんだけど……ちくしょう。それにしても痛え。熱さを伴う激しい痛みは一瞬だったが、入れ替えにじんじんと体の奥から表面に湧き出す痛みが持続している。絶対に火傷しちまった。見た目が酷いことになってなきゃいいけど、背中だから自分じゃ見られない。
リムが伏せていた目を再び開き、光来を見た。見るというより睨んでいた。その目には闘志が宿っていた。
「キーラ。走れる?」
「大丈夫だ。足はやられてない」
本当はこの場にうずくまりたいほど背中が痛かったが、リムの目からなにかを感じ取った。ここで弱音を吐くわけにはいかない。
「あいつは強い。魔法だけじゃない。射撃の腕も精神力も。でもワタシたちは二人で戦っている。それを忘れないで」
「わかってる。俺たちは相棒だ」
リムがにっと歯を見せた。
「あと三両走れば、有蓋車にたどり着く。一気に屋根に登って。そしたら奥の手を使う」
「それって、あいつらを倒せるのか?」
「倒すってのとは違うけど、この危機的状況からは脱出できる」
「なんでもいいや。早いとこ落ち着いて、背中の治療をしたい」
「じゃあ、いくよ」
スターターピストルが鳴ったかのように、二人同時に走りだした。まるで短距離走で競走しているようだ。いや、数々の貨物の上を飛び移りながらだから障害物競走か。
「逃がすなっ」
背後でケビンの声が上がったが、光来は構わず走った。背中をかばいながら走っているので、どうしても動作が鈍ってしまう。しかし、ここで足を止めてはならない。歯を食いしばりながら懸命に体を動かした。その間にも、頭上を、脇を、弾丸が掠める。生きた心地がせず、全身に冷や汗が噴き出る。
恐怖に負けるな。もう少しで有蓋車にたどり着く。リムの言っていた奥の手を信じるんだ。
「しゅあっ!」
リムが振り向きざま射撃した。同時に悲鳴が聞こえた。追手の一人が被弾したのだ。こんな状況で反撃し、しかも頭数を減らすなんて。光来の目には神業に映った。
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