銃撃戦と魔法陣

「おい、そこのおまえ」


 きた。もう、この状況ではなにを言っても信じてもらえない。なにかを嗅ぎ回ってなんかいないが、それを証明する手段などない。格好にしても、これ以上ないくらいのよそ者なのだ。

 光来は、頭の中で素早く計算した。

 さっきこの街に着いたばかりなんですよ。

 この服ですか? 変わってるでしょう。俺の村の民族衣装なんですよ。

 嗅ぎ回るって……冗談でしょう? この街で最初に会話したのは、ここのマスターですよ。

 言葉のシミュレーションをするが、どれも納得してもらえるとは到底思えなかった。

 背後に人が立つ気配を感じ、身が強張るほど緊張した。


「いかにもって感じだな」


 恐る恐る振り向き、大男と視線を合わせる。獲物を見つけた猟犬のような、獰猛さを宿した眼だった。


「俺……に、話し掛けてるんですか?」


 僅かな抵抗を試みるも、却って相手に付け入らせるきっかけを作ってしまった。


「おまえ以上に、怪しいヤツが他にいるかっ」


 いきなりだった。襟を掴まれ、カウンターチェアから引きずり下ろされた。いや、その激しさは、叩き落されたというほうが近かった。身の上に降りかかった不条理さを嘆く暇もなく、とにかく身を守らなければという防衛本能が働いた。


「誤解です。俺はついさっき……」

「話なら俺たちの事務所で聞いてやる」


 掴まれたまま、ものすごい力で引きずられた。シャツの襟を掴まれているから、気管が圧迫され思わず咳き込んだ。

 このままでは喉が潰されてしまう。食い込むシャツと喉の間に指を引っ掛けて隙間を作ろうとするが、どうにもならないほどの力の差があった。


「た……すっけ……て」


 先程まで様子を伺っていた連中は、今度はそろって見て見ぬフリをした。


「だ、れ、か……」


 腰を上げる者はいない。それはそうだ。自分が彼らの立場なら、同じ態度を取る。自らを危険に晒すなんて、馬鹿のやることだ。ここがどんな世界なのか知らないが、強い者は傍若無人に振舞い、弱い者は隠れるか媚びてやり過ごすしかない。この法則に変わりはないようだ。

 ここでも、光来は自分の臆病さを思い知った。

 世界が変わったところで、自分が変わるわけではない……。

 あっという間に外まで引きずり出されてしまった。涙で滲んだ目に、馬が繋がれているのが映った。

 おい、まさか……。

 光来の脳裏には、首にロープを引っ掛けられて、馬に引きずり回されるガンマンのシーンが浮かんだ。

 思わず大男を見たが、男は意に介さず進行をやめなかった。かわりに、二人の連れがニヤニヤと小馬鹿にした笑みを向けてきた。


「待ちなよ」


 場違いなほどの涼しげな声が、男の歩を止めさせた。光来にスマートフォンを見せろとしつこく迫ってきた少年、ギム・フォルクがスイングドアの前に立っていた。

 ギムは、やや内股で分かるか分からないかほどに腰を落としていた。

 光来には、すぐに構えているのだと分かった。美しかった。弛緩と緊張が混在した立ち方で、空手か拳法の達人を連想させた。


「おい……まさか」


 大男が振り返った。ゆっくりした動作が不気味だ。


「邪魔しようってんじゃないだろうな」

「邪魔をしたのは、おまえたちだろう。彼はボクと話をしていたんだ」

「……あまり舐めた態度取ると、おまえさんにも来てもらうことになるぜ」

「茶でも出してくれるってんなら、行ってやってもいいぜ」

「てめえっ」


 大男は光来から手を離し、ホルスターに手を掛けた。同時に、ギムも銃を抜き狙いを定めた。 

 互いの銃口から円形の模様が浮かび上がった。

 光来が、なんだ? と思う暇もなく、凄まじい銃声が響き渡った。同時に男が弾けるように後ろに吹っ飛ばされた。

 ギムは続けざまに、二発、三発と弾いた。その度に、銃口から円形の模様が広がり、弾丸が撃ち出されると同時に弾け散った。

 光来は気づかなかったが、連れの二人も銃を抜いていたようだ。大男に続いて、二人までもが、ほぼ同時に弾き飛ばされた。

 すごい……。

 光来は、今自分が置かれている状況も目の前で人が撃たれたことも頭からぶっ飛んで、ギムの正確な射撃に慄いた。体が震えて上手く立てない。

 生まれて初めて見る銃撃戦。一方的な勝負だったが、やはりショックだった。


「ちっ」


 ギムが、酒場の外壁を見て舌打ちをした。


「シュメルツの弾丸なんか撃ち込みやがって。こいつら、自警団とか言っていたが、まともな仕事はしていないようだな」


 外壁に刻まれた弾痕からも、ぼぅっとした光が放たれていた。そして、間もなく空気に溶け込むように消えた。

 あれは、なんの光なんだろう? 銃が撃たれたときにも浮き出ていた。一瞬しか見えなかったけど、漫画やアニメに出てくる魔法陣みたいな模様だった……。

 ギムは光来に歩み寄り、いきなりブイサインを突き出した。


「?」

「二回だ」

「え?」

「これで、ボクは君を二回助けたことになる。それでも、まだスマホとやらは見せる気にならないのか?」

「…………」

「聞いてるのか?」

「それどころじゃないだろう! 君は人を撃った!」

「ああ、撃ったがそれがどうした?」

「なんなんだ、おまえは? なんでそんな平然としていられるんだ? 人を殺したんだぞ!」


 ギムが微かに首を傾げた。


「なにを言ってるんだ? そんな弾丸おいそれと手に入るわけないだろう。ボクが喰らわせてやったのはブリッツだよ」

「ブリッツ?」

「ああ。強力なやつでしばらく身動きできないが、命に別状はない」


 こいつ、なにをわけの分からないことを言っているんだ? 

 光来は、倒れている男たちを見た。


「あ……」


 男たちは、まるで硬直したみたいに筋肉を突っ張らせており、呻き声を漏らしていた。ギムの言ったことは本当だ。本当に死んでいない。


「……なんで?」

 光来は混乱し、持っている知識を総動員して、納得のいく説明を探した。

 ひょっとして、麻酔銃かテーザー銃の類なのだろうか。さっきの光の輪の正体は、電流の迸りだったのかも知れない。

 ……そういうこと、だよな。

 一応、説明がついたことで、一気に緊張が解けた。


「で? どうなんだい?」


 ギムは再度訊いてきた。

 ここまでしてもらっておきながら、頑なに拒むのも気が引けた。それに、張っていた気が緩んで、少しだけ余裕ができた。ギムの頼みを聞き入れるだけの、ほんのちょっとの余裕だったが。

 それに……そうだ。上手いことスマートフォンをダシにして、この街、いや、この世界のことを色々聞き出せれば、決して損にはならない。


「分かったよ。だけど、酒場じゃなくて、もっと落ち着いた場所の方がいいな」

「交渉成立ってわけだ」


 ギムが突き出していた手を開き、握手を求めるようにさらに前へ出した。光来はその手を掴んだ。

 小さい手だな。まるで……。


「こりゃあ、どういうことだ」


 殺気に満ちた声がしたのと、ギムが振り向きざまに銃を抜いたのは、ほぼ同時だった。そして、間髪容れずに銃声が響くと、ギムが仰け反り倒れこんだ。


「うあっ!」


 光来は悲鳴に近い声を上げた。

 撃たれた!? いや、血が見当たらないから、衝撃で倒れただけか? それにしては、ギムは苦しそうに体を震わせている。

 パニックになりそうな頭で、なにをすべきか考えた。


「おいっ! 大丈夫か?」


 光来は、蹲るようにしてギムを覗き込んだ。ギムは苦しそうな目で光来を見返し、飛ばされた自分の銃を指差した。


「アウシュティンだ。早く……」 


 なんのことか分からなかったが、銃を拾って欲しいのだと解釈した。急いでギムの銃を拾って渡そうとした。

 しかし、ギムはガクッと効果音が聞こえるように崩れ落ちた。

 光来が医者とか救急車とかそんな言葉が浮かんだのは、銃を拾ってからだった。


「おい」


 背後からの声に、光来は初めて銃撃した男の全容を見た。

 そいつは馬に乗っていた。黒を基調とした衣服で細い体を包み、四肢が異常に長く見えた。外見も不気味だったが、それ以上に、男からは正体不明な怖さが伝わってきた。

 先ほどギムを鋭い刃物に例えたが、こいつはなんと表現すればいいのだろう。殺人鬼? 悪魔? 邪悪そのものが人の姿を借りているような、そんなおぞましさだ。


「銃を拾ったということは、そういうことか」

「い、い、医者を……」

「話を逸らすな。おまえは銃を拾った。そして、その銃口は、ちらっと俺のほうを向いてるじゃないか。つまり、そういうことなんだろ」


 返事に窮した。「そういうこと」というのは、彼と敵対するという意味だろう。むろん、そんな気は毛頭ない。それなのに、男はやばい方向に話を持っていこうとしている。

 一方的な殺意を向けられて、光来は身が竦んだ。しかし、ギムを助けなければならないという意思は消えなかった。


「医者を呼ばないと。彼を治療してやってくれ」


 男は話にならないといった態で、大げさに息を吐き首を振った。


「医者はいらない。自分の心配をしろ」


 ついに、男は光来に銃口を向けた。光来は反射的に銃を構えてしまった。男の口元が歪む。悪魔が契約を破った者の魂を奪うときは、こんな笑みを浮かべるのだろうか。

 殺られる―?

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