第二イベント~002

「はい。全員出揃いましたので、集計したいと思います」

 遂に集計の時が来た!!

 コミュ力が高い楠木さんが本命だろうが、春日さんが男子の票を多く取る可能性もある。

 しかし、槙原さんの策略が怖い。あのほんの僅かな時間で、策なんて練れないとは思うけど。

「槙原、春日ちゃん、春日ちゅあん、春日さん…」

 誰だ?ちゅあんとか書いた奴は。

「楠木、槙原、美咲、美咲、春日ちゃん…」

 おお、楠木さんの名も呼ばれたな。結構拮抗するかも。

「美咲、巨乳、春日響子ちゃん、楠木、槙原…」

 巨乳!!絶対男子だろコレ!!

「槙原遥香、春日、楠木、楠木…」

 うわあ…マジで接戦だ…

 三人とも拝みながら黒板見てるよ…

 このクラスは40人。俺は票を入れられないから39票。

 三人で均等に票が入ったら13票で割り切れる。

 まさかそんなミラクルが起こるとは思わないが、頼む!!この一回で決まってくれ!!決選投票とかマジいやだ!!胃が痛い!!

 そう思いながら、俺が胃を押さえて机に伏している訳が黒板にある。


 槙原 7

 春日 9

 楠木 8


 均衡し過ぎている!!頼む!!ミラクル起こるな!!

「槙原、まきはら、楠木、春日、楠木…」

 槙原さん追い付いた!!と思ったら楠木さん抜いた!!

 さっきからこんな感じで抜きつ抜かれる…

 春日さんなんか緊張しすぎて真っ青になっているし、楠木さんは黒板なんか一切見ずに拝んでいるし、槙原さんはポーカーフェイス無しで一喜一憂しているし!!

 このまま三人同票で決選投票になったとしよう。

 そうなれば、唯一票に絡んでいない俺に何かある可能性大!!

 花村さんは一応配慮してくれたが、もう一度配慮があるか微妙。お化け屋敷潰されたの、マジで面白く無いみたいだし。

「春日、美咲、槙原、春日…」

 うう…胃が痛い…一回で決まってくれよ…

 俺も拝みながら黒板を見る…

「緒方君、顔真っ青だよ?」

 真っ青にもなるよ!!余裕だな国枝君は!!

「隆、何なら俺が代わるぞ?」

 代われよマジで!!本気で!!本当にっ!!

「槙原、槙原、楠木、春日ちゃん…」

「本当に接戦だな…こりゃ歴史に残る名勝負だ!!」

 お前は気楽でいいなあ…俺なんか、遂に吐き気までしてきたってのに…

「………集計結果は、槙原11、春日16、楠木12で春日響子ちゃん!!」

 楠木さん、槇原さんが、ガン!!と机に額をぶつけて伏した。

 春日さんは状況を把握していないのか、未だ拝んだまま。拍手に湧く教室の中でも、耳に何も入っていない状態だ。

「春日ちゃん、春日ちゃんに決まったよ」

 しかし拝んだ形のまま動かない。

 つかつかと春日さんの席に来て肩を揺すと、漸く春日さんが顔を上げた。

「春日ちゃんがヒロインに決まったってば!!」

「……え?」

 黒板を見ても呆け、次に槙原さんに目を向ける。槙原さんはフリフリと手を振って「頑張って」と激励。しかしまただ理解していないらしく、ボーッとして頷くのみ。

「だから、春日ちゃんがヒロインなんだってば!」

 再び花村さんに言われ、今度は楠木さんを見る。楠木さんもフリフリと手を振って「惜しかったなぁ、負けちゃった」と春日さんの勝利を称えた。しかし、まだ状況を把握していないみたいだった。ボーッとして頷いただけだったから。

 花村さんは苦笑いしながら、俺に視線で何とかしろ、と訴えた。

 何とかしろって言われてもなあ…

 俺は頭を掻きながら、春日さんの肩をちょんちょんと突いた。

「……?」

「こうなったらやるしかない。頑張ろうぜ春日さん」

「……なにを?」

「なにをって、出し物に決まっているだろ」

「……なんの話?」

「文化祭の出し物の話だろ…」

「……隆君主役でしょ?」

「春日さんがヒロインだろ!!」

 言われてもう一度黒板に目をやる。

「……私…?」

「そうだって言っているだろ?」

 ガタン、と椅子から離れると、周りの目もなんのその。

 俺に抱きついてきた!!

「おおおおおおおうう!!」

 思わず叫んでしまった俺だが!!

「何動揺してんの?緒方君とあの三人のやり取りなんか今更でしょ?」

 全く興味が無いと言った体で花村さんに突き放される。

 過度のスキンシップを度々喰らってる俺にはもう慣れた。と言われているのだが、俺が望んだ訳じゃ無い。いや、抱き付かれたり、おっぱい当たっていたりするのは、嬉しいし気持ちいいんだけど…

 俺もゲスなクズになってきたなあ…マジヤバい、自重しなきゃ。

「はいはい。ムカつくバカップルはほっといて次行くよー」

「……バカップルだって…」

「言っておくけど、馬鹿にされてんだからな?褒められてねーんだからな?」

 釘を刺しとかないと、どんどん違う方向にいっちゃいそうなので、ちゃんと教えなきゃ。

 つか、花村さん、バカップルとか思っていたのか…他のクラスメイトも絶対思っているんだろうな…

「大和田、主人公と最後激突する番長(笑)ってどんな奴なの?」

「(笑)とか入れんな!!つか台本読んだだろ!?」

「触りだけね。と、言うかアンタのイメージを優先させてあげなきゃって思っている私って天使でしょ?」

 ふふんと笑う花村さん。絶対台本まともに読んでないだろ。面倒臭いから大和田君から聞いているだけに違いない。

「そ、それは有難いけど、マジ天使とかは…まあいいや。やっぱ凶悪に強くて…」

「あ、そ。じゃあ敵役、大沢ね」

 名指しかよ!!どんだけ面倒になってんだよ!!

「ちょっと待て。いくらなんでもそれは…立候補してないんだしさ?」

「緒方君の時と同じでしょ?それとも何?緒方君は強引に押し切っても良くて、大沢は駄目なの?なんで?その理由を教えてよ?」

「そ、それは…」

 捲し立てられ、反論できない大和田君。だがちょっと待って欲しい。

 ヒロも満更じゃない表情だ。そこを踏まえて欲しい。

 それに、ヒロが相手なら手加減を考えないで済む分気が楽だ。

 一応本人に確認取ってみるか…

「ヒロ、お前俺にぶっ飛ばされてもいいか?」

「はあ!?何でお前にぶっ飛ばされなきゃいけねえんだ!?」

「いや、台本だと、ラストにそうなっているから」

 言われてペラペラ台本を捲るヒロ。

「……ホントだ…ぐわあああああ、とかいっていやがるし…」

「だろ?」

「俺がお前に命乞いなんてありえねえ!!」

 リアルじゃそうだろうな。ガチバトルになっても絶対ギブアップしない奴だ、こいつは。

「だけど敵役なら、主人公の次に印象に残るキャラだぞ?」

「……そうだよな?」

「で、例のアクションシーンだけどさ、これって殴り合いが主体じゃん?だったらいつもスパーやっている俺とお前なら、うまくやれると思うんだよな」

「まあ、隆のストレートを躱せる奴は、このクラスには俺以外いねえだろうしな」

 そう言う問題じゃないんだが…まあいいや。話を続けよう。

「そして番長(笑)はラスボスだ。ラスボスって事は目立つって事だ」

「……そうだよな?」

 今度は身を乗り出して来たぞ。目立ちたがり屋でアホな奴は扱いやすいなあ。

「波崎さんもきっと惚れ直すんじゃないかな?自分の彼氏が文化祭の出し物のキーマンだって知ったらさ」

「キーマン?俺キーマンなのか!?」

「そりゃそうだろ。主人公とヒロインだけじゃ話はつまらないだろ。悪役あってこその物語だ。まあ、お前がどうしても嫌だって言うなら仕方な」

「大和田!花村!俺が敵役やってやるぜ!!」

 アホで助かった。尤も最初から乗り気な部分があったから、説得には手間がかからないと思っていたけど。

 アホの相乗効果で丸く治まったって感じかな。とにかく遠慮しなくてもいい相手が敵のボス(笑)で安心したよ。

「主人公の親友役~」

 親友は主人公の相談に乗ったり、主人公にイベントを伝えに来る役。敵役のボス(笑)よりも出番が多い。

「ここはまあ…国枝だろうな」

「僕!?」

 まさかの推薦に国枝君が身を乗り出す。

「国枝君はいつも緒方君と一緒にいるよね」

「相談も結構されているようだし、役作りしなくてもいいくらいなんじゃない?」

 好き勝手に言っているが、当の本人の気持ちを蔑ろにすんな。嫌かもしれないだろ。。

「僕で良ければ頑張るけど…本当にいいのかい?」

 あれ?結構乗り気でいらっしゃる?

 国枝君がいいならいいんだけど。実際一番やり易いだろうし。

 と言う訳で、あっさり決まった主人公の親友役。

「次ー。えっと、ヒロインの友達役ー」

「じゃあ私が」

 名乗り出たのは里中さんだ。そこそこ出番があるし、画面にも結構出て来るが、重要なポジションではない。一番美味しいんじゃないか?

「里中に決まりね。次は、サッカー部のマネージャー役~」

「あ、じゃあ私がやるよ」

 黒木さんが挙手をして、其の儘決まり。

「黒木に決まりね。次は…ボスの側近(笑)」

「(笑)つけんな!!」

 怒る大和田君だが、(笑)は必要だ。俺も付けているからだ。

「……誰もいないの?じゃあこっちで勝手に指名するけど?」

 誰も手を挙げない。推薦も無い。此処までくれば誰だっていいんだから。モブ役は誰でも仕方なしに受けるし、とりたて出たい訳じゃないからだ。

 配役決定!!明日の放課後から演技の練習だそうな。

 俺も裏方でセットを作りたかったが…決まったモンは仕方ない。大根なりに頑張るか。

 帰り支度をしている最中、春日さんに呼び止められたが、楠木さんと槙原さんが、その春日さんを引き摺ってどこかに行ってしまった。親友役の里中さんの話では、お祝いをするらしい。何のお祝いなのか?まだ何も始まってもいないのに。

「おう隆、俺達もお祝いしに行くぞ」

 アホのヒロがそう言って俺の肩を強引に組む。

「何の祝いだ?」

「そりゃ、主役に抜擢されたお祝いだろ」

 そう言われて納得した。

 春日さんもヒロイン勝ち取ったお祝いで引っ張られて行ったのか。里中さんと黒木さんも役持ったし、一緒のお祝いかな?

「こっちもトリプルだよ」

 そう言って苦笑いする国枝君。

 主人公の親友役に選ばれたんだったな。そういやヒロも敵のボス(笑)だったな。成程、トリプルのお祝いだ。

 つか、そんな事なら女子達と一緒に祝いたかったが…

「ほら、楠木さんと槙原さんがいるからね」

 ……何か含みのある言い方だな…面倒事になりそうだから、回避するのが得策か?

「野郎ばっかでちょっとムサイが、たまにはいいだろ」

 まあ、ヒロの言う通りだな。

「で、どこ行く?」

「そりゃあのファミレス…」

「アホか。却下だ」

 春日さんが居ないのに、何が悲しくて味が普通のファミレスに行かなきゃなんないんだ。

 あのコスは見るのに楽しいから、別にいいんだが。

「じゃあお好み焼きはどうかな?」

 ああ…木村とか吉田君とかと行った、あのお好み焼の店か。

 そういや、俺って結局天むすしか食べてなかったな。今度こそ絶対にお好み焼き食べるぞ!!

 つか、わざわざお好み食べに駅五つ移動するのも面倒だが、もう決まった事だ。しゃーない。

 電車に揺られて駅に着く。西高のアホ共が、いちいち俺に頭を下げて来るのが鬱陶しい。

「西高も随分大人しくなったな…木村が負けたのが、そんなに驚くべき事なのか?」

「お前のおっかなさが、改めて解ったんだろうよ」

 おっかなさって…糞はぶち砕くスタンスだっただろ、今更だ。つか、木村と仲良くなっていなかったら、今でも普通にぶち砕いているわ。

「電車の中でも、海浜の生徒が頭を下げていたよね」

「ああ…あの噂の件でちょっと…春日さんにふざけた事言いやがっていたし」

「あからさまに怯えていたよな」

 海浜は里中さんの彼氏もいるから、目立った事はあんましたくなかったんだが、過ぎた事だ。仕方ない。

 それに、里中さんの彼氏には噂潰しに助っ人して貰ったからな。俺個人はどうのこうの言う気はない。

 だからいちいち頭下げるのをやめて欲しい。俺も糞の一員みたいじゃないか。

「噂っていや、その発信源はどうした?お前親父に文句言いに行くって言っていただろ?」

 おっかなびっくり訊ねてくるヒロ。お前のせいだろ、と言いたいが、やめてやろう。

「そのつもりだけど、タイミングがなあ…」

 朋美の親父も多分何とかしてくれる(隔離とか)だろうけど、実は向こうも切っ掛けを待っていると思うけど。

「その話は表であまりしない方が良いよ。誰が聞いているか解らないしね」

 それもそうだな、と素直に同意する。

 さて、話している間に着いたぞ。天むすしか食べた事が無いお好み焼き屋に…

 今日はあの日とあの日のリベンジだ。

 絶対にお好み焼きを食う!!

 暖簾を潜るとソースが焼ける香ばしい香りが鼻に付く。

「ここに来ると何かテンション上がるよな」

 ヒロの意見に賛成だ。

「取り敢えず座ろう」

 お客がまばらな店内は、直ぐに席を確保できた。

 例のファミレスなんかいつもお客が沢山居るのに。やっぱコス目当てなんかな?味は絶対こっちの方が美味いし。

 店員さんが早速水を持ってくる。

「俺は…えーっと、エビと豚のミックス」

「僕はイカ玉にしようかな」

 え?嘘?マジで?もう決まったのかこいつ等?まだメニューも開いてないってのに!?

「じ、じゃあ俺は…」

 慌ててメニューを開く。

 豊富なメニューで目移りしてしまって、決まりそうもない!!

 店員さんに目を向けると、ニコニコしながらメモを持っている。これに決まったメニューを書いて厨房の方に持って行くんだ。

 つまり、俺の注文待ち状態!!なんか申し訳ない気持ちになる!!

「あ、飲み物は俺コーラね」

「僕は烏龍茶にしよう」

 マジで!?飲み物も決まっちゃったの!?

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!いや、焦っちゃ駄目だ!!!また天むすは勘弁だ!!

「お客様、お決まりましたら…」

 解っている…決まったら呼べって事だろ!?

 しかし、それじゃ二度手間で何か可哀想だ…だからと言って…

「天むすは「天むすですね」かんべ……………え?」

「お飲み物はどうなされますか?」

「……………………冷たいお茶を……………」

 ………しかたないじゃないか……おにぎりにはおちゃがいちばんあうんだから……

 うん…しかたないよ…しかたない…は…ははは…はは…

「お前、前も天むす食っていたよな。ホントに好きなんだな」

「うん。おいしいからな」

「僕もそっちにすれば良かったかな」

「うん。そうしなよ。ははは」

「何かさっきからおかしいなお前?」

「そうか?ぜんぜんおかしくないぞ。ははは」

「何か全体的に平仮名のような気がするよ」

「きのせいだよ。ははは」

 おお、自分でも驚いているぞ。たかが天むすで此処までショックを受けるとは!!

 実際美味いんだけどな。天むす大好きキャラで行こう!!やけくそだ!!

「つか、結構腹減っているから一枚じゃ足りないかもしんねえな…」

「あ、僕も。二枚頼んじゃおうかな。すいませーん。追加注文いいですか?」

 !!その手があったか!!追加注文!!これに乗らない手はない!!

 慌ててメニューを開く俺!!

 この機を逃したら、俺は一生この店では天むすしか食えないような気がする!!

 此処は王道のミックスが吉か?しかし海鮮ミックスも捨てがたい…

 餅チーズなんてものあるんだ…これは要チェックだな!!

 デザート感覚の抹茶あずきなんかか面白そうだ!!

「はい、ご注文どうぞ」

 早いな!!さて、今度は確実にお好み焼きを…

「あ、俺モダン焼き」

 モダン焼き!!焼きそばが入っているアレだな!!ボリュームが凄くてお得感満載だ!!流石ヒロ!!

「僕は…軽めのきのこで」

 きのことな!!なんてヘルシーな!!体調管理に気を配っているのか!!流石国枝君!!

 さて、俺の番だな!!じゃあ…

「あ、こいつ、天むす追加で」


 ……………は?


「はい。承りました~」


 おい…

 おい。

 おいいいいいいいいいいいいいいい!!

「お前勝手に決めんじゃねーよ!!マジぶっ殺すぞ!!」

 自分でも解った。ガチ切れに近い感情!!!

 たかが天むすを勝手に頼まれたくらいで大人気ないと思う。

 思うが、いいじゃねーか大人気ないくらい!!

「おう、表に出ろよヒロお…」

「うわ、こいつ泣いてやがる。ドン引きだ」

 俺泣いているのか!?ガチ切れよりハズいじゃねーか!!

「まあまあ、要するに、天むすとモダン焼きときのこをシェアしょうって事だよね?」

 シェア?ど、どういう事だ?

「まあな。お前の天むす一個くれ。モダン焼き半分やるからって事だ」

「きのこを半分あげるから一つ頂戴って事だよ」

 ………それは素晴らしいアイデアだ!!

 今の今までそんな事に気が付かなかったとは、自分の愚かさが恨めしい!!  

 天むすは二個で販売している。ヒロが勝手に頼んだ分と合わせて四個になる。

 その内二個と引き換えに、俺はお好みを二種類ゲットできるのだ!!

 素晴らしい!素晴らしいぞヒロ!!今までアホだと思って、本当に申し訳ない!!

「こいつ、また泣いているぞ。キメエな」

 今度の涙はさっきのとは違うからいいんだ!!

「そう言っても、緒方君の許し無しで勝手に頼んだのは戴けないよね」

「いや、いいんだ。と言うかいいんだ」

「同じだぞ。マジでどうかしちゃったんじゃねえのかお前?」

 どうかしたのはお前だと言いたい。お前がそんなに友情に熱い男だとは思ってもみなかったからな。

 いや、思ってはいたけど、ここまでだとは。

「ぶっちゃけモダン焼きは量が多いから、半分くらいが丁度いいんだよな」

「きのこもだよ。ちょっと飽きちゃうからね」

 そうか?天むす四個よりはいいとは思うが…

 まあ…単純な善意じゃ無い事は解ったよ。それでいいけど。

 相変わらず天むすは来るのが早い。

「ほれヒロ」

「サンキュー」

「はい国枝君」

「ありがとう」

 お好みが来るまでの繋ぎに充分だ。

 相変わらず小さいエビの天ぷらなれど、美味い。

「これ美味いな…」

「だね。正直侮っていたよ…」

 ふふん。その美味い天むすしか食べた事が無いんだぞ、俺は。

 俺に感謝して味わうんだな!!

「明日から練習だなあ…」

 ヒロが何の気なしにボソッと呟く。

「つか、マジで、なんで俺が主役…」

 思い出して気分が落ちる俺。望んだ事じゃ無い、ほぼ無理やり決まった事に、少しムカつきがある。

 と、言っても、渋々ながら納得したんだ。これ以上はグチグチ言わないように心掛けよう。

「まあまあ。とにかく頑張ろうよ。映研に及ばなくても、肉迫するくらいはさ」

 まあな。それしかねーからな。こちとら素人集団だし。

「それよりちょっと不安がある」

「不安?」

 なんだろう?この図々しい奴が不安を感じるなんて?

「須藤の事だよ」

 ああ………そっちか…

 ヒロの言わんとする事は解る。体育祭の時に堂々と姿を現したんだ。

「文化祭は…なんつーか、他校の生徒もかなり入って来るだろ?簡単に紛れ込めるだろ?」

「紛れ込むとかじゃなく、普通に入って来られるんじゃないかな?」

「いや、あいつはダブった状態だろ?入院しているから。そんな奴が素直に学校に入れるか?普段なら警備がちゃんと引き止めて、病院なり家なりに連絡入れて帰すだろうが、文化祭はその警備が甘くなる」

 簡単に学校に入れる、か。だけど、あの幽霊みたいな姿になった朋美が学校に入れるかどうか…

 普通に不審者で通報されそうだが…

「あの成りじゃ、学校に入ってこれねーだろ。目立ちすぎるしな」

 そりゃそうだ、とヒロ。

「僕は見た事が無いんだけど、凄いみたいだね…」

「凄いなんてもんじゃねーよ。怖い、だよ。見た目幽霊だし、おっかねーよ」

「君は幽霊と過ごしていた筈だけど…」

 麻美はいいんだ。麻美だから。朋美は駄目だ。朋美だから。

「おまちどおさまです」

 店員さんがお好み持ってやって来た。

「おっと、話は中断だ。まず焼いてからだ」

「それに同意するよ」

 ヒロと国枝君は、鉄板にお好みの生地を乗せてじゅうじゅうと焼く。

 俺もこれがしたかったなあ…今回はお好み食えるから良しとしとこうか。

 約束通り、モダン焼きときのこ焼きを半分貰った!!

「美味い…マジ美味い~!!」

「なんで泣きながら食ってんのお前?キメェんだけど…」

 引いているアホはほっといて俺は食う。念願だったお好み焼きを!!

「喜んでもらえてうれしいよ」

「いや、このきのこマジうまい!!ありがとう国枝君!!」

「俺のモダン焼きは?」

「まあまあ美味い」

「お前泣きながら焼きそば食っていたじゃねぇか!!」

 しかし成程、ヒロが多いと言った理由が解った。お好みに焼きそばはボリュームパネエな。

「聞けよ!!!」

「うっせえな!!今食ってんだろうが!!」

 ホント空気読まないなこいつは!!美味しい物が不味く感じるだろ!!

「まあ、それは兎も角だ」

 いきなりシリアスな顔になるヒロ。釣られて俺も箸を止める。

「須藤の事、ホントにどうする?」

「だから親父に言って隔離して貰うってば」

「……それ本当に大丈夫かな?」

 国枝くんも箸を止めている。真面目モードだ。

「大丈夫も何も…あの親父も朋美を煙たがって…」

「それは緒方君の予想で絶対じゃない。実は溺愛して病院に閉じ込めているのかもしれない。まあ、可能性は薄いだろうけどさ」

「……逆に可能性薄いと思う理由は?」

「簡単だよ。外泊を許可される以前は、あのお父さんはお見舞いにあまり来なかった」

 そ、そうなのか?あんまりと言う事は、行ったには行ったんだろうけど…

 それにしても良く見ていたな?

 俺の表情から読み取ったのか、国枝君が苦笑する。

「春日さんと槙原さんと黒木さんが言っていたのを聞いたんだよ」

 槙原さんは兎も角、春日さんと黒木さんも病院を見張っていたのか!?

 また俺の思考を読んでか、国枝君が付け足した。

「春日さんは暇を見つけて病院に行っていたそうだよ。黒木さんは木村君から聞いたって」

 そういや、木村も気にしてやるみたいな事を言っていたような…それにしても春日さん、そこまでしてくれたのか…

「じゃあ隆の読み通りじゃねえの?」

「いや、自分にとって邪魔なら、須藤さんを療養に専念させるからとか言って、遠くの病院に入院させて、学校も辞めさせると思うんだ。それをしないのが少し気になってね」

 言われてみりゃそうだな…

 流石に実の父。そこまで見捨てられないか…

 そうなると、俺の案はちょっと危険だな。いや、危険なのは解っていたけど、思っていたよりも。

 だけどこの状況を打破する為には、いつまでも様子見って訳にはいかない。

「やっぱ近い内にあの親父に言って来るよ」

「だから、お前話聞いていたのか?お前の見通しは甘々だって解っただろ?」

 解った。やっぱ俺程度の頭じゃそこまでなんだって。

「だけど、此の儘ってのは無理だろ。だから俺は賭ける。親父が見捨てる口実を欲しがっているのを」

「言いたい事は解るけどさ、緒方君の苦情で見捨てる口実になり得るか微妙じゃないかな?人殺しまで揉み消したんだよ?」

「あれは自分の保身の部分もかなりあると思う。いい加減うんざりしている方に賭ける」

「僕には急いでいるようにしか見えないよ?何があったのさ?」

 急いでいる、か。確かにそうかも。

 俺も色々限界に近いから、動こうと思ったんだろうし。

「やめとけ国枝。こいつはこうなったらテコでも動かない。中学時代に充分過ぎる程思い知ったからな」

 呆れて溜息を付くヒロ。俺が糞共を殺す寸前までぶち砕いていたのを止めてくれた。それこそ身を挺して。

「頑固ってか、アホだこいつは」

「そりゃお前、そこまで辿り着くのに、どれだけ虐められたと思ってんだ?麻美が殺された時、同じ思いをさせようと、ずっと思っていたんだぞ?」

「だからって、何も聞かずに鍛えてやったジムのみんなに、迷惑かける事をすんな」

 だから我慢しただろ。お前の事も思ってさ。最低病院送りだけは譲らなかったけど。

「……今回はイキがっている不良と訳が違うんだよ?暴力を本職にしている人たちのトップだよ?」

 そう。だからこそ今まで我慢していた。

 単純に朋美が怖いのもあったが、俺も命は惜しい。ガキの頃に世話になったとはいえ、相手はヤクザ。下手したら命がヤバいと思って躊躇していた。

 俺の読みは甘い。認めよう。しかし、誰かに相談したとなれば、絶対に止められる。国枝君だって止めたんだから。

 ヒロは諦めているみたいだが、賛成はしていない。

 だったら勝手に進めるしかない。こっそりと親父に言いに行って…


―――いいと思うよ


 振り向いた。

 誰もいない。当たり前だ。居るはずが無い。

 だけど、はっきり聞こえた!!空耳なんかじゃない!!

 麻美…!!

 出てくんなって言ったのに…

 解ったって言ったのに!!

 俺があんまり不甲斐ないから…!!

「ど、どうした隆?」

 聞こえている。だけど俺は向き直らない。まだ首だけで後ろを見ている。

「……そうか…」

 国枝君は解ったみたいだ。霊感あったんだったな。

「緒方君、こうなっては仕方ない。僕は緒方君に賛成するよ」

 俺は返事もしないでまだ後ろを見ていた。そんな俺に構わず国枝君は続けた。

「いつ言いに行くかは緒方君に任せるよ。タイミングがあるだろうからね。だけど その前に僕に連絡してくれ。メールがいいな」

 それは…何かあった場合に証拠になりそうだから、か。

「…じゃあ俺にも連絡寄越せ。一緒に行ってやる…って言いたい所だが、お前、絶対に拒否するだろ?だから途中まで付いて行ってやる」

 これも何かあった場合の証拠になるから。ヒロも覚悟をしてくれたようだ。

 俺は前を向かずに「ああ」と答えた。

 それから後の事は殆ど記憶に無い。

 お好みの味もすっかり飛んじまった。ヒロと国枝君が何を言ったのかも耳に入っていない。

 電車に乗った事も覚えていない。気付いたらベッドの上だった。

 そうなったのも麻美の声を聞いたから。

 久し振りだった。聞きたかった。その声、ずっと。

 もう出て来なくていいと言ってから、ずっと聞きたかった。いや、会いたかったし、見たかった。存在を認識したかった。

 今も俺の傍に居る筈の麻美の存在を、確実に感じたかったんだ…ずっと…

 俺はその感情を心の奥に仕舞った。麻美を悪霊にする訳にはいかなかったから。もう一人で大丈夫だと、一人で解決できると言って納得させた。だから出て来る事はもう無い筈だった。

 ……それを俺が不甲斐ないから…

 情けない気持ちがあった。だけどそれ以上に嬉しさが勝った。

 ……この様で、朋美の親父と話するとか、よく言えたもんだ。結局俺は麻美に助けられっぱなしだ。

「……麻美…」

 何の気無しで呟いた。

 なに?

 そう返ってくるような気がしたのかもしれない。

 だが、返事は無い。麻美は俺との約束を破った事は無い。出て来るなと約束したから出て来ない。さっきの声は本当につい咄嗟に出した声なんだろう。

 麻美に約束を破らせちまったな…だけど嬉しい。そして力も貰った。

 麻美がいいと思うんなら、俺の考えは間違っちゃいない。

 俺は俺より麻美を信じる。

 糞情けない俺より、優し過ぎる麻美の言葉に従う。

 簡単に決心って付くもんだなと苦笑した。

 次の休みに朋美の家に行こう。

 もう、この決心は揺るがない……!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る