第二イベント~005
………
なんちゅう夢だ。いや、夢か?
酷く頭が重い、身体も怠い…
上体を起こして伸びてみる。
節々が痛い…昨日スパーで無茶をやり過ぎたからか…
ベッドから起きてゆっくり着替える。どんな状態だろうが、ロードワークは欠かせない。
外に出ると、寒い。走れは温まるから問題ないが。それよりも、ヒロの姿が見えない。今日はサボりか?それとも思いの外ダメージがでかかったか?はたまた念願 叶って波崎さんと…ゲフンゲフン。
まあいいや。と、俺は玄関を出る。
先ずは柔軟だ。何をやるにしても、身体をほぐさないといけない。
屈伸を開始する。
「おうボウズ。久し振りだな」
ほぼ同時に声を掛けられた。
こんな朝っぱらから誰だ?と振り向くと――
「……朋美の親父さん…!!」
心臓が止まるかと思った。何でこんな朝っぱらから俺ん家に?
色々整理が追い付かない…
「毎朝やってんだってな。その…ボクシングの練習?」
煙草に火を点けて、煙を吐きながら言った。
「あ、は、はあ…」
生返事しか出来ねえのか俺は!!いきなりとはいえ呆れてしまうのか!!情けなさ過ぎるだろ!!
「……あの子が亡くなってから、ずっと続けているんだってな」
なんでそれを!?
「…そんな驚いた顔すんな。もう知っているだろうが、俺が色々揉み消して来たんだ。それこそお前が知らない事まで知っている」
「アンタ一体何しに来たんだ!!」
ギリギリと握られる拳!!こいつに一発でも入れたら俺は終りだって言うのに、躊躇は全く感じられなかった。寧ろチャンスとさえ思っている。ヤバい思考だ。ちょっと冷静になれ俺!!
「……ちょっと拳から力抜け。二人だけで話がしたいから、あっちの小僧に遠慮して貰ったのによ」
あっちの小僧って…ヒロ!?
「アンタヒロに何かしたのか!!」
俺だけなら兎も角、ヒロにまで手ぇ出したらマジでただじゃおかない!!!後々どうなろうと、半殺し以上にしてやる!!
朋美の親父がクックッと笑った。喉から出ているような笑い…
「あの小僧がこんなになるたあな…俺もジジィになるってもんだ。まあ良いから拳降ろせ。何もしちゃいねえよ。あっちの小僧も説得するのが骨だったってんだから、お前くらいは素直に聞け」
ヒロを説得したのか…?あのヒロを?
一応信用したからここに来ないのかあいつ…だったら話を聞かない訳にはいかないじゃないか。
拳から力を緩めると、朋美の親父の顔が綻ぶ。何で嬉しそうなんだ?
「ようやく落ち着いて話ができるな。つってもこんな朝っぱらだ。一方的に喋る事になるが」
「……いいっすよ。なんすか話って?」
「ウチの娘な。遠くの病院に療養させることにした。だから学校は中退だ」
…一瞬何を言っているか解らなかったが…
朋美が居なくなる!?俺の前から!?
沈黙を混乱と受け止めたのか、はたまた俺の心情なんかどうでもいいのか。朋美の親父は勝手に話を続けた。
「お前も知っている筈だが、ウチの娘は大人しく入院してくれなくてな。勝手に外出はするわ。病院の設備はぶっ壊すわで強制退院寸前だった。親が俺じゃなきゃ、とっくに追い出されていた。俺の決断は病院にとっても渡りに船さ。なるべく早く居なくなってくれって遠まわしに言われたよ」
また、クックッと喉を鳴らして笑う。
「そんな訳で、お前への纏わり付きももう終わる。転院の事は娘にはまだ話していないが、俺の決定だ。文句は言うだろうが従わせるさ。今までやって来たようにな…」
暗に今までも口封じを行っていると自白している。俺が知っている事を前提に…
「まあ、悪かったな。今まで放置していて。娘可愛さって事で許してくれや」
全然悪かったと思っていないだろ。態度が横柄過ぎる。
だが、まあ…俺にとってはいい話だ。あの煩わしさから解放させて貰えるのは。
「話はそれだけだ。邪魔したな」
こんな朝っぱらからわざわざ俺にその事を伝えに来たのが不可解だが、俺は素直に辞儀をする。
数歩進んだ朋美の親父は、くるんと俺の方を振り返った。
「……やっぱり言っておいた方がいいかもしれん」
「何がっすか?」
「転院の事は前々から考えていた。早かれ遅かれ、いつかはこの街から居なくなる。」
それがどうした?どうせなら、その決定をもっと早くしてくれたら良かったのにとしか思えんが。
「因みに決めたのはついさっきだ。ほんの三時間くらい前」
明け方にいきなりそうしようって決めたってのか?それはちょっと異常だな…
「俺は娘に甘い。お前も知っているように」
そりゃ、人殺しも揉み消す程だ。甘々だろう。大甘々だ。
「このままじゃ、娘は本当に死ぬ。俺はそれを避けたかった。だから転院さ。勿論、さっき言った事も本当だが、これも真実だ」
ん?んんん???話が見えなくなってきたな?
「今回が初めてじゃねえんだ。お前にとってはいきなりの話かもしれないが、俺にとってはじっくり考えての決定だ」
…心なしか青ざめているような…目つきもおっかなくなって来ているし…
「娘の自業自得とはいえ、俺はあいつを守る。これからもな」
段々イライラしてきたが…この親父、一体何が言いたいんだ?
「何言いたいかちょっと解らないんすが、俺に恨み言でもあるんすか?さっきからそう顔に出ていますが?」
「恨み言…なあ…あると言えばある。だが、お前に怨みを言っても仕方が無い。お前は色々頑張っていたようだが、結局は蚊帳の外の無力な小僧のままだったからな」
そして大きく溜息を付き。踵を返して言った。
「あの嬢ちゃんに感謝しろよ。俺もする。これでどうにか手打ちになったからな。まあ…こっちはまだ生きているから、嬢ちゃんの方が若干損かもしれねえが」
「ちょ…それってどういう…」
呼び止めても親父は振り向かない。これ以上は話さない。そう、背中が言っていた…
あの後一応はランニングをしたが、全く身になっていないだろう。考え込んで走っていたからだ。
朋美の親父は何で朝っぱらから俺に会いに来た?
それは俺に転院の事を告げる為だ。
じゃあ何故わざわざ教える?ほっといてもいいようなもんだろうに…
ヒロにはちゃんと説明したのだろうか?
あいつは生半可な誤魔化しじゃ引き下がらない。あの親父は何もしていないと言ったから荒事は無しだったとして…やはり説明はしたんだろう。
じゃあヒロには説明して俺には歯切れの悪い、思わせぶりな事でしか話さなかったんだ?
……謎すぎる…が…朋美が居なくなる事は素直に喜ぼう。その言葉には嘘は見えなかったのだから。
と、言う訳で現在学校。更に言うのなら昼休み。
なのにヒロの姿は無い。学校に来なかったのだ。
やはり荒事になったのか心配だったから電話をしたら、ちゃんと出た。
曰く、面倒くさいから休んだそうだ。
何か言われたか問いただしたところ、朋美が転院する旨を俺に伝えるから、今日は遠慮してくれと言われたと。
そんな簡単な言葉に素直に応じるなんてらしくないと突いたが、色々言われたからよく解らんと。だから退いたのだと。
らしくない。やっぱりらしくない。
ヒロはバカだから理解できるまで食い下がる筈だ。勉強の事は兎も角、こういう事に関しては。
つまり、ヒロはちゃんと納得して退いたんだと思う。あの親父はヒロにちゃんと説明したんだろう。
つか、敵のボスが居ないのに演技の練習ができるのだろうか?
「できる!!」
大和田君が言い切った!!
「そもそも台詞もまだ全然ダメなのに、通しで演技しようなんて図々しいだろ」
……まあ…そうだな…
「そうじゃなくても、緒方は台詞に気持ちがこもっていない方が多過ぎる。昨日の 終盤はかなり良かったけどな。あの状態を維持するように心がけてくれ」
う~ん…あの状態って言われてもなぁ…
今朝方の夢のおかげで、なんかテンションがおかしいし…
「……がんばろ?隆君」
「おう!!」
春日さんに言われちゃ、頑張らない訳にはいかない。なんてったってヒロインだしな。
「あ~…マジヘコむ~…」
練習が終わり、国枝君と帰宅途中。
俺は自分のドヘタ過ぎる演技に自己嫌悪中だった。
「まだ二日目じゃないか。大丈夫だよ」
「…国枝君は大和田君から、かなあり褒められていたよね?」
「いや、はは…」
照れる国枝君だが、台本を読みながらの演技なれど、大したもんだった。俺とは比較にならないくらい。
「でも、僕よりも春日さんの方が上手だよ」
「あ~…確かにな…」
春日さんの演技は演技って代物じゃない。迫真だ。まだ台本は手放せないようだけど、動きまでアドリブで入れていたし。
「気持ちがこもっているよね」
ニヤニヤする国枝君。言いたい事は…まあ…解る。
俺も自分に向けられた好意に鈍感にはなれない。
……今までは気付かない振りをしていただけだしな…
「兎に角、今日は大沢君も休んだし、ちゃんとした練習も出来なかったから。また言うけど二日目だし、焦る必要は無いよ」
そうだな。文化祭までまだ日にちはあるし。
「…それに、面倒事が終わったからな…」
ボソッとつい口から漏れ出た。当然食い付く国枝君。
「終わった?面倒事が?」
「あ~…いや…」
まあ、隠す事でも無いし…
俺は今朝起こった事を国枝君に話した。国枝君は目を真ん丸にして驚いていた。
「須藤さんのお父さんが…?転院って…いきなり…でも無いようだね。話からすると」
「うん。前から考えてはいたみたい。話を聞く限り、自分の足引っ張っているから遠くに追いやるのが主な理由だけど…」
「…娘を守る、か…それは病気や世間から守るって意味もあるんだろうけど…」
国枝君も何か引っ掛っているようだ。
ヤッパリちょっと理解が出来ない所があるんだろう。俺と同じく。
「大沢君が休んだのも何か関係しているのかな…?」
「それはどうだろうな…電話にはちゃんと出たから、拉致とかそう言うのは無いと思うけど」
「じゃあ…気持ちが不安定だから、とか?」
そんな繊細な心があいつにあるか。朋美の親父のところに行かせないように、俺を病院送りにしようと考える奴だぞ。
俺は苦笑してその真意を訊ねた。
「どうしてそう思う?あいつが何で不安定になるんだ?」
「そりゃあ、自分の考えが及ばない話しを聞いたからじゃないかな?理解の範疇を超えたとか、予想もしていなかった事実を聞いたとか」
要するに、吃驚してショックを受けて学校を休んでしまった?
そんなビックリ情報を朋美の親父に聞いたのか?そうなると、退いた理由にそれが絡んでいるのか?
「大沢君は、須藤さんのお父さんに何を聞いたんだろう?言っちゃ何だけど、彼は素直に引き下がるタイプじゃない」
「それは…俺もそう思うけど…」
俺は朋美の親父の言った言葉を思い出す。
転院の事は前々から考えていた。
決めたのはついさっき。ほんの三時間くらい前。つまり明け方よりも深夜寄り。
娘に甘い。
このままでは朋美は本当に死ぬ。親父はそれを避けたかったから転院を決めた。
今回が初めてじゃない。じっくり考えての決定らしい。
朋美をこれからも守る。
俺に恨みがあると言えばある。だが、俺を恨んでも仕方が無いらしい。。
そして、俺は蚊帳の外の無力な小僧だと。
あの嬢ちゃんに感謝しろと。親父もするらしい。そしてこれで手打ちとなったらしい。しかし、『こっちはまだ生きているから、嬢ちゃんの方が若干損かもしれねえが』…と負け惜しみのような言い方、態度…
俺では真実に辿り着けない。頭が悪いから。なので国枝君の知恵を借りることにした。
「国枝君、あの親父が帰り際、俺にこんな事を言ったんだけど」
国枝君に説明する。前置きに、俺には言っておいた方がいいとの事も付け加えて。
「……それって…」
酷く驚いた様子の国枝君。そして大きく頷いた。
「成程…大沢君が休んだ理由が解ったよ」
「え!?マジで!?」
俺には辿り着けなかった答えに簡単に辿り着いた!!かっけーぜ国枝君!!
「でも…うん。僕も多分休んじゃうかもね」
「それだけショッキングな事が!?」
あの言葉にどれだけの意味が含まれていたというのだ!?
「いや、違うよ。緒方君は大沢君に詰め寄っちゃうでしょ?何を言われたんだ、って。大沢君は言いたくなかったんだよ。だから緒方君を避けた。学校を休んだのは、その結果だよ」
俺に言いたくないから休んだ?何だそれは?しかも国枝君も理解するだと?
あの親父の言葉じゃないが、俺の蚊帳の外感がハンパねえ!!
国枝君が考え込む。
「でも、僕が言ってもいいんだろうか?大沢君も言わなかったのに…」
「いいも何も、良いに決まっている!!」
だって俺だけ何も解らないのはおかしいじゃないか!?当事者なのに!!
「う~ん…でもなあ…あ、ちょっと待って」
躊躇している国枝君に着信が入った。
「久し振りだね。どうしたの?……うん…うん…今から?ちょっと待って」
話しの途中で俺に視線を向けた。
「緒方君、今から西白浜に出られるかい?」
いきなりだなあ?別にいいけど。と、同意すると、電話で一言二言話して切った。
「じゃあ行こうか」
「うん…電話の人が俺に用事があるって事だよね?一体なんだ?」
「それは本人に聞けばいいよ」
そう笑って国枝君は歩き出す。俺も遅れまいと付いて行った。
電車に揺られながら考え込んでいる俺に、国枝君が話し掛けてきた。
「随分難しい顔しているね?」
「何言われるかと緊張してさ」
「その様子だと、呼び出した人は解ったようだね」
解ったって言うか、勘だ。多分川岸さん。
あの人いきなり過ぎるからな。こんな呼び出しも不思議じゃない。
「と、言う事は用件も?」
「うん…川岸さんの要件って言えば、麻美だろ?」
他の要件はちょっと思いつかない程、川岸さんは麻美絡みでしか話した事が無い。しかし、何でこのタイミングで?
そういや昨晩夢に出て来たな。その事かも。
「…まあ、行けば解るよ」
「そうだな」
国枝君の表情を見るに、何か察しているようだが。確かに会えば解る。
小心者の俺としては、事前に情報が欲しい所だが、此処は素直に怯えておこうか。
待ち合わせ場所はドーナツ屋さん。一個100円セールをやっている最中なので、学生のお財布にも優しい。
店内に入ると、奥のテーブルに一人ポツンと座って、コーヒーを啜る川岸さんを発見した。
「川岸さん」
国枝君が話し掛けると、勢い良く立ち上がる。
「ドーナツ注文した?まだだよね?早く注文してここに座って。私ポンデリングとエンゼルクリーム、それとアップルパイね」
ドキモを抜かれたぜ!!いきなり奢りを強要されるとは!!しかもアップルパイ100円の対象外じゃねーか!!
「あ、えーっと、緒方君、彼女の分は僕が出すから…一応僕が誘った形だし…」
「…いや、いいよ。俺に用事があるんだろうからさ」
昨日も結構お金使ったから正直きついが、仕方がない。
用件はメールか電話で話してくれればいいのに、と思うが。
川岸さんに言われた通りの商品を買い、席に戻る。
「あれ?緒方君はそれだけ?」
俺のトレイを覗き込む川岸さん。自分の分を奪ってからの言葉だった。
俺のチョイスはコーヒーとハニーチェロ。正直ドーナツは得意じゃないから、これで充分だ。
「よかったら僕のを分けようか?」
国枝君はコーヒーとオールドファッション。シュガーレイズド。甘々だ。俺は丁重にお断りを入れた。
「あ、じゃあ私がシュガーレイズド貰ってあげる」
国枝君がえ?と表情を作ると同時に持って行きやがった!!速い!!俺の目を持ってしても見切れなかった!!
エンゼルクリームを一口頬張り、ニマーと笑う川岸さん。
「ドーナツ好きなの?」
「好きも好き好き。大好き。結婚したいくらい」
是非式に呼んで欲しいなそれ。
ドーナツ側の友人は誰が来るんだろう?ミスド繋がりで飲茶とか?
このままドーナツを頬張る川岸さんを見ているのも何だから、話を切り出そう。ドーナツ代分くらいの情報はくれるだろうと信じて。
「川岸さん、俺に用事があったんだよね?」
「あーうん。あるある」
「麻美絡みの話だろ?教えてくれよ」
チラッと俺を見る。ドーナツを食べるのはやめてないけども。
「うんそう。麻美さんの事。よく解ったね緒方君」
「川岸さんが俺に用事あるって言ったら、麻美の事しかないからな」
「そうかな?ドーナツ奢って貰うだけかもしれないよ?
…その可能性もあるのが怖いな。川岸さんならやりそうだ。
そんなに絡んだ事が無いのに、それは確信できる。
「まあ、勿体ぶるのも何だから話しちゃうけど、今朝緒方君は、須藤さんのお父さんとお話ししたよね。内容は須藤さんの転院」
ギクリとした。てっきり夢の内容の事かと思ったが、朋美の親父の事かよ…つか、そうなると、朋美の転任に麻美が絡んでいる事になるが…
麻美は朋美を祟っていたが、やめた筈。悪霊化をなるべく抑える為に。その麻美がなんで?
「……大沢君が退いたのもそれが理由。お父さんに全部聞いたみたいだね。と言うか誤魔化そうとしても聞かなかったから、仕方ないから全部教えたみたい」
ヒロの様子がおかしかったのはその為か…麻美が絡んでいるとなれば、俺には言い難いだろうからな。
「……で、此処からが本番。よく聞いて。ドーナツ食べながらでいいから」
自分が食いながら喋っているから許したんだろうな…折角だし、俺も食べながら聞こう。
「彼女のお父さん、実は前々から麻美さんが憑いていたのを、知っていたみたいなんだよね」
「……!!」
「あー勿体無い!!食べ物は大事にしなきゃ!!」
吃驚し過ぎてドーナツを落としてしまった。俺は努めて平静を装って、ドーナツを床から拾い上げて、紙ナプキンで包む。
「いつ知ったかは解らないけど、どうにか引き離そうと頑張ったみたい。有名なお寺とか神社とかにも頼んでさ」
黙っている俺に変わって国枝君が質問する。
「そんなに手を回しても離せなかったんじゃ、日向さんの悪霊化はもうとんでもない所まで行っているんじゃ?視た限りじゃ、そこまでの印象は無かったけど…」
「何故かどこも相手してくれなかったんだって。強引に引き離す事は、あのレベルの霊じゃ難しくはないけど、それをしちゃうと、ちゃんと成仏できないからって」
「でも、そんなの知ったこっちゃねえってタイプのお父さんじゃないか?娘可愛さで、殺人揉み消す程だよ?」
そうだ。そんな甘い事言って追い返せる親父じゃない。下手すれば自分の事務所の連中使って嫌がらせするだろう。なんてったって娘が可愛いから。
「勿論、お父さんには正直に言ってないよ。ヤバすぎて手に負えないって追い返しただけ」
「なんで麻美にそこまで協力してくれる?ぶっちゃけ金は持っている親父なんだ。当然多額の金を提示した筈だ」
「でね、隔離目的の病院でもやりたい放題我儘放題。このままじゃ、自分のやったマズイ事までバラされちゃうってくらい、物事考えられなくなっちゃって。ずっと探していたみたいよ。遠くで自分の要望が通る施設」
俺の質問はスルーされたが、それはあの親父からも聞いた。それで決めたのはついさっき。じっくり考えての決定。
「緒方君の事も知っている筈だよ。協力者も。細かくは知らないと思うけど、大雑把に何か企んでいるな、くらいはね。何せ娘がストーカーしている相手だし。警察に行かなかったのは、結果的にだけど良い判断だったと思うよ。行ったら緒方君は兎も角、協力者がどんな目に遭わされるか。緒方君は一応被害者だから、脅しくらいはするだろうけどね」
と、言う事は、それ以上の事をされていたのか…自分が悪いのに逆恨みの報復とか、ホント理不尽だな。
だけど、だけどだ。
「ヤバすぎて手に負えないと追い返したが、其の儘引き下がる親父じゃねーだろ。嫌がらせとかするんじゃね?」
簡単に引き下がるってのが違和感がある。もっと粘ったり、脅したりすると思うんだが。
「それは、信用に足るからだよ。麻美さんが直接お父さんの所に何回も行っていたからね」
!?俺は大人しくしとけって言った筈だ!!なんで麻美がうろちょろしている!?そんな事じゃ悪霊化が進むんじゃ…
「あ、安心して、所謂枕元に立つ程度だから。緒方君に近付けるな。しか言ってない筈だし」
取り敢えず安心していいのか…?つか、麻美の奴、そんな事やっていたのか…
川岸さんがにまっと笑う。
「緒方君がもうちょっと頼り甲斐があるんなら、大人しくしていたと思うんだけどね」
心を読まれた!!つか、やっぱ頼りないと思われていたのか!!今更ながら滅入る!!
ま、まあ、俺の精神的ダメージは兎も角、だから親父が言っていたのか。俺は蚊帳の外だと。嬢ちゃんに感謝しろと。
今思えば親父に直談判しに行くと決めた時に、いいと思う、と聞こえたのは、やはり麻美だったんだ。
充分勝算があると知っていたから。何せ仕掛け人みたいなもんだし。
「大沢君が言えなかったのは、麻美さん絡みじゃ、緒方君がどう動くか解らないし不安だったからでしょ。単純に何と言っていいか解らないって線もあるけど」
成程…つか、後者だな。多分。
自分の感情とか、俺の立場とか、麻美の思いとか、ごっちゃになって、自分でもどうしたらいいか解らなくなったんだろうな。
「……まあ、聞きたい事は概ね言ったと思うけど、まだなにかある?」
あるっちゃあるが…神社やお寺が親父の要請断った理由とか。でも、はぐらかされたしなあ…大した問題じゃないのかもしれないし、単純に麻美の事を思って言ってくれたのかもしれないし。
「これでストーカー問題は終わったね?だよね緒方君?」
俺は頷いて肯定する。いつ居なくなるのか解らないが、安心していいだろう。結局俺は何も出来なかったなあ…またまた自己嫌悪だ。
「んじゃ今度こそ集中できるよね?」
「ん?何を?」
思いっ切り溜息を付かれる。この馬鹿本当にどうしようもない、とも聞こえたけど…そんなに落胆させる事言ったか?
「麻美さんの事だよ。覚えているでしょ?安心させて成仏させてあげるって」
その事か…いつもいつも考えているよ。と反論したいのだが、俺は何もしていないので…
「緒方君と春日さんは、文化祭で主役とヒロインをやる事になったんだよ」
何故その話題をここでぶっこむ?
俺は唖然としてしまった。
「え?主役とヒロイン?演劇?」
「いや、映画」
「映画!!」
ほお~!!と感心する川岸さん。だから国枝君は何でその話題を?
「ん?聞いた話じゃ、体育祭で楠木さんといい感じだったって?」
「どこからそんな話が…二人三脚やって一着取っただけだよ」
「二人三脚ねえ…共演とじゃ、ちょっと格が落ちるかな…」
何を言ってるんだこの人は?俺は彼女達を格付けした事なんてないのに!!
「春日さんが凄い熱心でね」
「ほうほう!!そりゃねえ。ヒロインで主役がコレだからねえ!!」
遂にコレ扱い!!まあ…仕方な合い部分も多々あるから、甘んじて受けるけどさ…
「今日こそあれこれ言わせて貰うつもりだったけどさ、もういいや。何か安心した!!」
一人納得する川岸さん。何度もうんうん頷いている。この短い間に、何が彼女の考えを変えたのだろう?と言うか、常にあれこれ言われていると思うのだが。
「うん。僕も同意見だよ。これは決まったと思う」
何が決まったんだ…?川岸さんに負けず劣らず頷いているが…
「それ知っていたら、ドーナツじゃなくファミレスにすれば良かったかなあ」
嫌だよ。俺が金払う羽目になりそうじゃんか。
「何なら前祝いでカラオケとかどう?」
何の前祝いだよ?嫌だよ。やっぱり俺が金払う事になりそうじゃんか。
何なんだ一体?と、俺は首を傾げながら一人歩いている。
あれからドーナツ屋で川岸さんと国枝君が盛り上がり、ほぼ二人で喋っていた。
それはいいのだが、川岸さんがいきなり「こんな所で何してんの?早くファミレスに行ってやりなよ?」と俺を無理やり帰らせたのだ。
いや、帰るのはいいんだが、なんでファミレスに行かなきゃならん?昨日も行ったばかりなのに?
国枝君も「邪魔しちゃ悪いから僕はここで」とか、訳わかんねー事言うし。
春日さんに会いに行けって事なら、それこそ意味ないのに。今日はバイト休みな筈だから。
……多分そう言う事なんだろうな。今改めて気付いちゃったけど!!
余計な?おかしい?気の回し方だが、ともあれ春日さんは居ないので、ファミレスに行ったら普通に食事しに行くだけになる。
高校生の懐事情で二日連続ファミレスは無いな。
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