さよなら~003

「ありがとうございました~」

 ぞろぞろ帰るお客にお辞儀して、一回目の上映は終了。

「んくう~!!駄作の割には結構盛り上がったかな~?」

 伸びをしながら花村さんが言う。結構満足気だ。

 しかしジト目の役者が数名。ヒロ、里中さん、黒木さんだ。

「おい花村」

「なに?」

「俺をイジって笑いを取るのはやめて貰おうか」

 ヒロが凄むも、花村さんは動じず。

「イジるって言っても、本当の事でしょ?」

「だからって、事ある毎に棒読み棒読み連呼すんな!!心折れるだろうが!!」

「そんな程度で折れる心だったら、こんな作品に出演してないでしょ。元々アンタ主役狙いじゃない」

 その通りだった。

 ヒロは目立ちたがり屋で、目立つ為に主役をやりたかった筈だ。勿論波崎さんに良い所を見せるって邪な感情もあっただろう。

 イジられた程度で折れる繊細な心は持っていない。図太いし図々しいのだ。

「にしても、明人の事まで言う必要あった?」

「西野さんのクズっぷりが其の儘黒木の評価に繋がるんだよ?だったらもっとインパクト与えて、西野さんの事忘れさせた方がいいじゃない?」

「……そ…それもそうか…な?」

 簡単に丸め込まれる黒木さん。結構単純だな。

「私の紹介少ない!!」

 里中さんはイジりが足りないクレームを付けてくる。

「ごめんごめん。二回目の上映の時に頑張るからさ」

「それならまあ…」

 納得すんのかよ。つか、里中さんも結構目立ちたがり屋だな。

「緒方君と春日ちゃんと国枝は何か要望ある?」

 俺達は顔を見合わせた後に、同時でぶんぶんと首を横に振る。

 紹介だけで充分お腹いっぱいなのに、それから弄られるとかどんな苦行なんだ、と。

 因みに上映は午前二回、午後二回の四回上映。

 終ったら花村さんのインタビュー。これって、確かフリートークの筈だったが、何を喋っていいか解らんので、俺達は敢えて何も言わずに任せた。

「んじゃ二回目の前に休憩してきなよ」

「え?花村さんやスタッフの人達は?」

「私達は代わる代わる適当に休めるけど、役者はそうはいかないじゃない?」

「だけどそれは花村さんも同じなんじゃ…」

 なんてったって司会だ。俺達と同じく休みなんて取れないんじゃないのか?

「私はいいよ。一応クラス実行委員だぜ!!」

 親指をグッと突き出して笑う。男前だ花村さん!!

「んじゃお言葉に甘えて休もうぜ。隆、ちょっと焼きそばでも買って来いよ」

「自分で行け」

 なんでお前の飯を買って来なきゃいけないんだ。女子達や国枝君の分なら兎も角。

「春日ちゃん、飲み物でも買いにいこ」

「……うん」

 そう言って女子達はとっとと教室から出て行った。俺もあっちに混ざりたかったなあ…

「じゃあ僕達も何か買いに行こうか」

 国枝君の提案で、外の屋台を覗きに行く事にした。

 次の上映の10分前まで教室に戻らなきゃいけないので、のんびり回れないが、仕方ないか。

「取り敢えず焼きそばだ」

「そんなに食いたいのかよ…」

 やや呆れる俺だが、屋台と言ったら焼きそばだ。そこには共感する。

「じゃあ探してみよう」

 俺達は屋台を巡る。焼きそばは簡単に見つかったが、もうちょっと見てみたかったので取り敢えず後回しにした。

 が…何かめっさ視線を感じる…

 俺だけじゃない。俺達三人に向けられた妙な視線を…

「おい…なんか見られているぞ…」

 ヒロも感じたのか…じゃあやはり気のせいじゃないんだな…

「お前何かしたのか?また暴れたとか?」

「してねえよ…多分…」

 自信ねーのかよ!!俺も同じ質問されたらドモるけども!!

「…きっと僕達の出し物のせいだよ」

 出し物…あ!!映画か!!

 ならば合点が行く。奇の目で見られても仕方が無いと思う。内容がアレだからな…

「なんだ…俺のアクションに痺れた連中か。サインでも欲しいのかな?」

「ホント馬鹿だなお前は!!お前の酷い演技に、別の意味で痺れたんだ!!」

「大沢君はポジティブだね。僕はとてもじゃ無いけど、そうは考えられないよ…」

 国枝君がげっそりしている。昨日の試写会と今日の上映で、改めて酷い作品だと認識し直したのだ。

「……おいヒロ。欲しいのは焼きそばだけか?」

「なんだいきなり…まあそうだな。今のところ」

 俺と国枝君が顔を見合わせて同時に頷く。そしてヒロを引っ張って、焼きそばの屋台に戻った。

「いらっしゃい!!おEの緒方じゃねえか。焼きそば買ってくれるのか?」

 やきそばの展示はAクラスだった。俺の方は名前を知らない。申し訳ない!!

「うん。焼きそば三つ貰えるかな?」

「はいよ。トッピングも色々あるぞ。何か入れるか?」

 見ると、天かすと刻み海苔、もやし炒めと目玉焼き。

「おいヒロ。どれがいいんだ?」

「いきなりだな…じゃあ天かす」

「天かす三つで」

「まいど!!」

 手早く出来上がりの焼きそばに天かすを盛る。ちょっと冷めてねーか?その焼きそば…

 まあいいや。俺と国枝君は再度顔を見合わせて頷くと、速足でその場を去った。

「また買いに来いよ~」

 そう言いながら手を振っていたので、振り返しながら。

「おい!!ちょっと待て!!飲み物!!」

「うっさい。コーヒーがあるだろが。それで我慢しろ」

「焼きそばっつったらお茶だろ!!」

「お茶もあったよ。大丈夫だよ」

 ヒロの抗議を全く聞かずにずんずん進む。

「おい!!教室は駄目だぞ!!まだ働いている奴がいるんだからな!!」

 俺達は足を止めた。

「…ヒロの癖に良く気付いてくれたな…」

「…全くだよ。あのまま教室に入っていたら、空気読めない奴になっていたよね」

「なんだお前等!?貶すか誉めるかどっちかにしろ!!」

 そう言われたら、貶したいが褒めるしかない。

 なので俺は口を噤んだ。

「取り敢えず屋上に行ってみよう。解放されていない筈だが、入り口前でも人気は無いだろ」

「何でもいいから飲み物買おうぜ」

 あーうっさいな。解った解った。。

「自販機に寄るか」

 そんな訳で購買横に設置してある自販機に行った。

 此処でも案の定好奇の視線が痛い!!

「なんだ?俺達、今日注目されているような?」

 まだ気づいていないのかこのアホは。ある意味幸せな奴だな。

「どーでもいいけど早く買え」

「急かすなよ…」

 ヒロは自販機でお茶を買った。しかも三本。

「悪いね大沢君」

「いや、金取るから。オゴリじゃねえよ?」

 気が利くと思ったが、褒めるのはヤメだ。お茶くらい奢れよ鈍感野郎が。

 そして屋上に行ったが、やはり解放されておらず、仕方なしに階段に腰掛けて焼きそばを貪る。

「なんだこの焼きそば!?マジィな!!」

「Aクラスの展示だぞ。有り難く食え。つか、やきそば代払え」

「そう言えば、焼きそばのお金は緒方君が払ってくれたんだよね」

 そう言って国枝君は財布から300円取り出して俺に渡す。国枝君には奢っても良かったんだが。いつも世話になっているから、このくらいは…

「俺はお茶代払ったからチャラだな」

「馬鹿野郎!!お茶は100円じゃねーか!差額の200円払え!!」

 渋々と200円払うヒロ。何で嫌そうなんだ?

「しかし、ホント美味しくないねこれ」

「味薄いんだよなあ…」

「え?俺のはソースの味しかしねーぞ?」

「僕のはソースの風味しかないけど…」

 なんだ?何で感想がこうも違う?不思議に思い、みんなの焼きそばを食べ比べてみた。

「……こりゃソースをちゃんと混ぜてないな…俺のは薄いし隆のは濃すぎる。国枝のは薄いに加えてちゃんと火が通ってない!!」

「俺のはどっちかって言うと炒めすぎだが、国枝君のは豚肉もやばいレベルじゃねーか?食べるのやめたら?」

「そうするよ…学祭初日でお腹壊して休みたくないからね…」

 国枝君は焼きそばを封印した。因みに俺も封印した。ソースが濃すぎて身体壊しそうなレベルだったからだ。

 辛うじて食えるのはヒロの焼きそばだ。それでもマズイ。あまりにも。

「…クラス展示…Aクラスには勝ったんじゃねーか?」

「あれはあくまでもサイドビジネスだよ。出店の権利をクジで勝ち取ったから、屋台を出したんだよ。クラス展示は金魚すくいじゃ無かったかな?」

「教室で!?そりゃすげえな!!別の意味で気合入ってやがる!!」

 Aクラスも真剣に考えて頑張ったのだろう。俺達のクラスと同様に。ただ、頑張ったからと言って結果がついて来る訳では無い。

 何故なら他クラスも頑張っているからだ。自分のクラスだけが頑張っている訳じゃ無い。

「それはそうと、なんで俺達注目されてんだ?」

 俺達は軽く溜め息を付いた。まだ解っていないのかこいつは…

「映画のせいだよ」

「映画?」

 頷く国枝君。苦々しい表情を拵えて続けた、

「君も解っているように、監督の思想が全く入っていない、ただのパクリで駄作だ」

「それはそうだろうけどさ、俺達が注目された理由は?大和田なら解るんだが…」

「よくも恥ずかしくなく、あんな映画に参加したよな。って見てんだよ」

 げんなりして言う俺だが、改めて観ると物凄いハズいが、演技中はそれどころじゃない。頑張って気が張っていたからだ。

 国枝君ですら試写会で解った筈だ。撮っている最中は、文句は出なかったから。苦言は呈したけど。

「そうか…そんであんな目でなあ…おい隆、報復はいつにする?」

「なんでぶん殴らなきゃなんねーんだ。百歩譲っても大和田君だろ、ぶん殴るのは」

「じゃあ大和田を捜して…」

「だから殴らねーよ。パクリだ駄作だと言っても、大和田君も一生懸命やったんだから。結果がコレなだけで」

「でも、彼は逃亡したよね。酷評に耐え切れず、緒方君達に丸投げしてさ。その責任は取って貰わなきゃ」

「責任って言うか、制裁はこれから喰らうでしょ。花村さんが何のために同級生集めたと思っている?」

 最低でも身内で晒し者にする為だ。もっと言えば、他校の身内の友達にも晒し者にする為。それが大和田君にとって、どのような制裁になるのかはまだ解らない。開き直るのか、ふて腐れて引き籠るのか。

「それは花村さんの私怨も入っているよね?クラスのみんなに一言あって然るべきじゃないかな?」

 国枝君にしては怒っていらっしゃる。

 やはり責任逃れの逃亡は、国枝君的にも許せない事だったか。

 

 夕方…苦行ともいえる前夜祭が終わった…

 気が緩んだ俺達は、全員ほぼ同時に教室に仰向けに倒れ込む。

「ほらほら。掃除の邪魔」

「ちょっと此の儘でいさせて…」

 花村さんは仕方ないと言わんばかりに掃除の手を休めた。

「つ…疲れた…」

 ヒロがぐったりしている。花村さんのイジりに頑張って耐えた結果、精神的負担がでかかった。

「……私も…」

 春日さんも漸く声を出す。それ程までに疲労している。それはみんなもだ。

「お疲れー。はい」

 槙原さんがコーヒーを淹れて持って来てくれた。それを弱々しく受け取る。

「だらしないなあ…せめて座って飲んでよ?」

 寝転がってコーヒーを口に入れる様は、傍から見て、とても見苦しいだろう。

 槙原さんの苦情も解る。だが、俺達の精神的疲労も解って欲しい。

「おつー。色々買ってきたよー」

女子が屋台で色々買って来てくれた。その中には楠木さんの姿もある。

「なんか映画代だって、タダでくれた屋台もあったよ」

ぐ、と詰まる俺達。笑われている…

「まあまあ。好意は有りがたく受け取っておこうよ。はいどーぞ」

俺の前に置かれたのは焼きそばだ。天かすがトッピングされてある。

「……この焼きそば、どこのクラスの?」

「ああ。Aだったかな?」

がっくりと項垂れる俺。休憩に続き、どんな罰ゲームなんだ…

「あれ?隆君焼きそば嫌いだっけ?そんな訳なかったような?」

楠木さんが不思議そうな顔を拵える。

「実は休憩中にAクラスの焼きそば食べたんだ」

 クソマズイと本当の事を言ってもいいのだろうか?善意で買って来てくれた物なんだし。

「ああ。どうせなら違うの食べたいもんね。じゃあはい」

 と、ヒロからフランクフルトをパクって渡してくれた。

 当のヒロはぐったりと伏しているから、交換された事は見ていない。ナイスだ楠木さん!!

 俺はヒロが焼きそばを見る前に、一気に食べた。腹に入れた物なら返せない。

「そんなに慌てなくていいのに。お腹空いているの?」

「うん」

 と、肯定。実は違うけど。

「んじゃ帰りに何か食べて行こうよ?」

 帰りか…休みたいんだがなあ…

「僕もご一緒していいかな?実は僕もお腹ペコペコで…」

 国枝君が乗って来る。楠木さんはいいよー。と笑いながら答えた。これは断ったらアカンやつだ。

「いいでしょ隆君?」

 振られて頷く俺。俺の退路はもはや存在しないのだ。

「折角だし、みんなで食べに行こうか?どう?遥香?」

「おっけー。適当に声かけておくよ。反省会の前倒し的な感じでさ」

 槙原さんは近くのクラスメイトに片っ端から声を掛けて行く。断る人も居たが、小数だ。殆どが参加するようだ。

 そして、春日さんにも声を掛けた。

「春日ちゃんも来るよね?バイトは確か休みをもらっている筈でしょ?」

「……私はいいよ。ちょっと疲れたから」

 笑顔のまま固まった槙原さん。ゆっくりと楠木さんの方に顔を向けた。

 楠木さんも笑顔のまま固まっていた。瞳孔が開いている感じで。

 そして女子達は顔を見せあい、漸く固まった笑顔を解く。

「…今、春日ちゃん断ったよね?私の聞き間違いじゃないよね?」

「うん!!間違いない!!私もそう聞いた!!」

 信じられないと言った体で、小声で話す二人。だが俺には丸聞こえだった。

 何がそんなに信じられないのか?疲れたんならそうだろうに。俺も出来れば帰って休みたい所だから。

「緒方君、春日さんと何かあったのかい?」

 国枝君が心底心配そうな顔で聞いて来る。

「いや、何も…つか、疲れたって言ったじゃないか?」

「そうだけど…僕にはとても意外だったから…」

 なにが意外なんだろう?本人の言葉を額面通りに取れば、意外な事は何もないだろうに。

「…マジで何かあったの?春日ちゃん?」

 黒木さんが春日さんの顔を覗き込んで訊ねた。何か深刻そうだが…

「……何も無いよ。疲れたからだよ」

「ホントに?」

 コックリ頷いて応える。みんな何なんだ一体?

「緒方君、ちょっと覚悟しておいた方がいいかもよ?」

 今度は里中さんが小声で俺にアドバイスじみた事を言って来る。

「何の覚悟だよ…」

「……まあいいか。こればかりは外野がどうこう言うべきじゃないと思うし。私もあーだこーだ言われるの好きじゃないから、言わないよ」

 いやいや、意味深な事を言われるんなら、逆にあーだこーだ言って欲しいのが俺なのだが…

「……先に帰らせて貰うね。じゃあまた明日」

 手を振り、教室から出て行く春日さん。

 全員が意味深な視線を俺に向けていた。俺は首を捻るばかりだった。

「……マックでいいか?」

 ヒロの提案にみんな頷く。

「本番は明日に取っとくべきだからね!!明日は騒ぐぞー!!」

 はしゃぐ黒木さん。黒木さん曰く、今日のマックは前夜祭の前夜祭らしい。言わんとしている事は解るが、意味が解らん。

「明日木村来るの?」

「来させようと思ったけど…う~ん…あの映画観せるのはなあ…」

「ウチは彼氏来るよ?」

 横入りの里中さん。

「え?マジ?」

 里中さんの彼氏には、噂の時にお世話になったから、お礼を言いたかった。明日会えるのなら、願っても無い。

「一応ヒロインの一人だからー。来るって言って聞かないのよねー」

 髪をふぁっさと掻き上げて謎のドヤ顔。

「……やっぱ呼ぼうかな…」

 木村的には来たくないんだろうけども。意外と面倒臭がり屋だし。

 さて、マックに着いたぞ。

 適当な席を陣取って適当に注文する。俺は一番安いセットをチョイス。

って言うか、ほぼ全員が同じセットだった。やっぱみんな節約してんだな。

「さて、んじゃマックのドリンクで恐縮ですが、乾杯!!」

 花村さんの音頭で乾杯する俺達。頑張ってこのノリに付いて行く。

「ほら見て槙原!ウチのクラス展示カオス!」

 花村さんの同級生がツイッターやらブログやらで流した映画が、悪い意味で話題になっているようだ。

 取り分け責任も取らずに逃亡した監督の話題は酷い。内容は自殺するレベルだ。

「…これ、不味くないか?大和田君不登校になっちまうぞ?」

「逃げた監督が学校に来なくなろうが知ったこっちゃないね!!」

 とことん冷たい花村さん。マジで自殺したらどうするつもりなんだろうか?

 マックでの話題は、大和田君の逃亡に議題が集中していた。

「いくら評価が悪いからって逃げるのは駄目でしょ」

「そうそう。つか、結構集客あったよね。やっぱ花村のおかげか?」

「だなあ。だがそうなると、大和田の逃亡は吉と出たんじゃねえ?」

 げらげらと笑う。物凄い愉快そうに。

 俺は…笑えない。何が面白いんだ?大和田君が逃げたのは確かに悪い事で許されない事だろうが、陰でこき下ろす必要があるのか?

「おい隆、何か静かだな?どうした?」

 ヒロが気安く話し掛けてくる。たった今、此処に居ない同級生の陰口を叩いた口で。

「…なんでもねーよ」

「何でも無いって事は無いだろ?何か不機嫌だな?」

「いや…」

 言っちゃいけない。言っちゃいけない。

 そう思って踏ん張った。

 けど、口から勝手に出てしまった。

「此処に居ない奴の悪口を楽しそうに語っているってのは、俺も陰で笑われているんだろうか?と思ってさ」

 一気に静まる場。空気を悪くしてしまった。言っちゃいけないと頑張ったのに、無駄だったか。

「た、隆君の悪口を言う人はいないよ!だって隆君何も悪い事してないんだから!」

「そ、そうだよ緒方君!君は不義理を働いた訳でも無いじゃないか!!」

 楠木さんと国枝君がフォローしてくれるが…

 解っているよそんな事は。誰も俺の陰口なんか叩かないって事は。だけど、大和田君はどうしようもない奴でクズだろうけど、陰口を叩く奴はもっと気に入らないんだよ。

「…状況は全く違うけど、俺もガキの頃、陰口を叩かれていたからさ。幼馴染に」

「須藤は違うじゃねえか。あれは捏造を言い触らされていたんだろうが?大和田はガチだろ」

「だから状況は全く違うっつたろうが?ちゃんと聞いていなかったのかお前?」

 ヤバい。ヒロにガチでキレてしまった。なまじ遠慮しない仲だけに。

 ヒロもガチギレしたと気付いた様で、俺の周りからさり気なくみんなを遠ざける仕草をする。

 しかしそれすらも癪に障る。解っているんだ、俺の為だってのは。だけど駄目だ。ムカつきが納まらない。

「それは俺に対する当て付けかヒロ?俺がクラスメイトをぶち砕くって?」

「違うだろ。そうじゃねえ。落ち着け隆」

 宥めるヒロ。女子達はドン引きだ。

 そこに立ち塞がったのは意外や意外、花村さんだ。口で言いくるめる役は槙原さんだと思っていたのだが。

「いや、言いたい事は解るよ。ちょっとやり過ぎたかな?とも思うよ。緒方君の昔の事も同情するよ?だけど、私の中学時代の事はどうでもいいって事?確かに江戸の仇を長崎で討つみたいな感じだけどさ」

「だったら大和田君をとっ捕まえて、本人に直接言えばいいだろ」

「その大和田が捕まらないんだからしょうがないでしょ」

「捕まえる努力はしたか?忙しかったから捕まえる暇がなかったってのは無しだぜ?司会の仕事は槙原さんがやるって最初に言ったんだからな」

「だから…江戸の仇を…って言ったじゃない!!」

 とうとうキレやがった。自分の意見の正当化に失敗しての逆ギレか。

 俺は深く溜息を付く。もう、なにもかも面倒くさい。

 そして、俺は徐に席を立った。

「待てよ隆!!」

「待たねーよ。もう話は無用だろ?何を言っても感情論で返されるだけだ。それに俺が居たら空気悪くするしな。もう充分悪くしたか」

 マックの代金をテーブルに置き、俺は一人、外に出た。

 ……一年以上上手くやって来たのになあ。結局俺はこんなもんか。

 少し、いや、かなり後悔しながら歩く。わざわざマックに来たって事は、電車に乗ったと言う事。駅にすごすごと向かう。

 夜道の一人歩きの寂しい事、寒い事。あ~あ、何やってんだろ俺。

 空気読んで一緒に大和田君をこき下ろした方が良かったかもなあ。それが輪なんだろ?

 それが出来ないから今の俺があるんだろうけど。ああ。面倒臭い。考えるのやめた。

 ホームで電車が来るまで待つ。この時間帯は人がまばらだ。楽勝で座れるな。とか強引に思考を逸らさせながら。

 ボーっと待っている俺。その時、息を切らせながら俺に掛け寄って来る人影に目が行った。

 国枝君と里中さんだった。意外な組み合わせだった。

「お、緒方君。ちょっと待って…」

「…待つも何も…電車が来るまではどこにも行けないよ」

 苦笑いしながら答える。

「いや~。緒方君のマジ切れ、始めて見ちゃったけど、ホント迫力あるね~」

 里中さんがフォローしているように言うが、フォローになっていない。つか、あれはマジ切れじゃない。まだまだだ。

「今、大沢君と楠木さんがクラスの人達に謝罪しているよ。空気悪くしたって」

「…後で謝まっておくか…」

 頭を掻きながら困ったように答えた。それは俺が望んだ事じゃ無いし、クラスのみんなに謝罪するような事でもない。

 だが、ヒロと楠木さんは、俺がクラスから孤立しないように頑張ってくれているんだろう。その気持ちは本当に有りがたい。

「緒方君、ちゃんと聞いてね?緒方君の言っている事はもっともだけど、あれはノリって言うか、此処だけの話って言うか…解るよね?」

 里中さんが真っ直ぐに俺を見ながら諭す。

 我慢しろと。それが大人だと言っているのだ。

「…別にいいよ。俺が絡まなきゃ、なんて事は無い。居ない奴の悪口を言って勝手に盛り上がればいい。ただ、俺は御免だから出て来た。聞きたくも無いしな」

 どうせ今頃俺の悪口で盛り上がっているんだろう。陰口を叩く人間はそんなもんだ。悪口を言って盛り上がって、自分が楽しければいい。

 それをSNSに上げるのもいいさ。だが、俺は兎も角、それによって大和田君が過剰な反撃に出た場合はどうするんだ?

 自分がやりたい事をやって、それが評価されなかったから、役者の責任にして逃げ出す奴だぞ?かなり自分勝手な奴なんだぞ?

 引き籠もったり学校辞めたりはまだいいさ。そうじゃ無かった場合の事は考えているのか?

 …俺はクラスメイトをぶち砕きたくないんだ。だから抜けさせてもらう。最悪になる前に。そして俺は、陰口は好きじゃない。初めからその輪の中に入る気はない。

 電車が来た。俺は国枝君と里中さんに手を上げて、それに乗る。

 何か言いたそうだったが、帰る俺を止める言葉が見付からないようだった。ドアが閉まるまでそんな顔をしていた。

 心が痛い。友達にあんな顔をさせたなんて。

「…やっぱもう一本遅らせればよかったかなあ…」

 いつもそうだ。やりたい事、言いたい事を言って後悔する。ホント嫌だ。

 だけど…

「俺はやっぱり陰口には加担できないよ…」

 後悔はしているが、嫌なものは嫌だ。

 そしてもう一つ気になるのが…大和田君だ。

 何回も電話したりメールしたが、返事は無い。

 一体どこで何をして何を考えているんだろうか?

 最寄駅に着き、降りた。

 朋美の影におっかなびっくり帰った事もあるいつもの道。もうそんな事は無くなったが、習慣付いた様で警戒しながら帰っていた。

 しかしこの辺はホント田舎だな。街灯もあまり無い。マック食いにわざわざ電車に乗らなきゃいけないくらいに田舎だ。カラオケとか、レンタルビデオ店があるのが奇跡じゃねーかって程。

 そんなくだらないことを考えなきゃ、やっていられないくらいに後悔していた。要するに、考えないようにした結果の思考だ。

 つか、腹減ったな。減ってないけど腹減ったな。商店街の外れの方に、山盛り基準の食堂があったな。そこに寄ってから帰るか?いやいや、家帰ったら飯あるかな。ダッシュで帰ろうか。身体動かした方が余計な事を考えないで済むからな。うん。

 そんな訳でダッシュした。何も考えずには無理だったが、多少は軽減された。

 家に付いて明かりを見たらホッとした。何でか解らないけど安心した。

 だが、それは直ぐに崩れる事になる……

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