さよなら~002

 そして前夜祭前のミーティング。花村さんが壇上に立ち、これまでの経緯をみんなに伝えた。

 当然どよめくクラス。捜して連れてこようと発言するクラスメイトも居たが、槙原さんがとどめを刺す。

「映画が面白く無かったのは役者のせいだって」

 用意周到の槙原さん。実は大和田君のあの発言を録音していた!!

 重かったクラスの空気が一気に沸騰したのは言うまでもない。誰も大和田君を擁護はしない。

「隆!!あのクソ野郎の言った事なんか気にすんな!!お前は良くやっていたと思うぞ!!」

「いや、お前も役者だろ」

 お前も馬鹿にされたんだってば。呆れて物が言えない。

「……隆君。監督が不在なのは仕方がないと思うけど…」

「解っている。これはクラスの出し物だ。駄作だクズだと言われようが、最後までやり遂げなきゃいけない」

 コックリ頷く。春日さんもそのつもりのようだ。

「じゃあ飲み物とポップコーン配るのはクラスの女子、チラシ配布は男子ね。主演と女優、ちょっと来て」

 花村さんに言われて教壇に向かう。そして一枚のプリントを渡された。

「スピーチの原稿ね」

 どれ、と読んでみる。

「えーと、この度は私達2-Eの展示にお越しいただき、真にありがとうございます。駄作と酷評されて監督が逃亡中ですので…ってなんだこれ!?」

 スピーチはやるけど、監督逃亡とか必要ねえだろ!!流石に追い込みすぎじゃねえ!?

「ああ、私の中学時代のクラスメイト呼んだから。あいつ等にこのスピーチ聞かせてウケさせて拡散して貰うのよ」

 楽屋ネタ、ってヤツか?だけどやっぱりやり過ぎだ!!

「俺はちょっとこういうのはで「……やります!!」えええええ~!!?」

 拒否しようとしたら、春日さんが何だかやる気だー!!そんなキャラじゃねーだろ!!

「ち、ちょっと春日さん、確かに大和田君は逃亡しちゃったけどさ、制裁にも程があるでしょこれは?」

「……制裁じゃないよ」

 春日さんは俺の顔をじっと見て、そして続けた。

「……これで最後だから…どうしても沢山の人に観て貰いたいから…」

 最期?ああ、映画を撮るのがな。

「そんな事無いだろ。映研に入れば、これからも…」

 俺の続く言葉を、首を横に振って止める。

「……映画云々じゃないよ。良い言い方をすれば記念かな?」

 記念と言われりゃその通りだが…

「だ、だけど、俺は兎も角、大和田君に恨まれたら…」

 さっきも激情に任せて槙原さんをぶん殴ろうとしたのに。俺も人の事は言えないけど。

「ああ。それは大丈夫。ちゃんと私の指示だって言うから。つか、中学時代の仲間呼ぶから、間違いなく私の仕業だと思うし」

「で、でも逆恨みしそうじゃんか?責任丸投げするくらいだぞ?」

「何なら槙原が録ったボイスレコーダー、その儘放送部に渡すし」

 徹底的に大和田君と喧嘩するつもりなのか花村さんは?気持ちは解るけども!!

「何なら俺がぶっ飛ばしてやるから気にせずやれ!!」

 ヒロが怒りの表情で拳の骨を鳴らしながら言った。

「なんでお前までやる気なんだ…」

「駄作なのはしょうがねえ。実際俺はド下手くそだったから、演技が悪いと言われちゃそれまでだ。だけど、逃亡は許せねえ!!駄作が恥ずかしいからって逃げたんだろ!!」

 そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ。居た堪れなくなって、つい、とか…

「緒方君は大和田君をどうにか擁護したいみたいだけど、僕も許せないよ。監督の責任は一切ない、悪いのは役者のせいだと言われちゃね」

 国枝君も怒っていらっしゃる…気持ちは解るが、擁護じゃなく穏便に済ませたいって言うか…このままじゃ学校にも来なくなっちゃいそうだろ?

「……隆君…」

 春日さんが瞳を潤ませて俺を見上げる…

 そんな顔をされたら…

 俺は力無く頷いた。頷くしかないじゃないか。あんな顔をされたら…

「よし!!花村!!俺もスピーチやってやるから原稿よこせ!!」

「僕もいいかい?どうにもスッキリしないんだ」

 ヒロと国枝君が妙にやる気だが…

「あ、んじゃ私達もやるわ」

 名乗りを上げたのは黒木さんと里中さん。

「おお~。いいねえいいねえ。どうせならフリートークもしようか?役者の裏話とかで」

 ノリノリの花村さんだったが、そもそも駄作と言われた作品の裏話を聞きたいものだろうか?

「……フリートークやってみたい」

「え!?」

 仰天して春日さんを見た。そんな事言うキャラじゃ無かったのに!?

「あはは~。いい感じに結束してきたね。じゃあ私が司会やるよ」

「司会は私でしょ?槙原はアシスタントやってよ」

 …俺の意見なんか全く聞きもしないで盛り上がっちゃったか…一応この作品の主役なのに…

 さて…講演開始時間だ。他の奴等は兎も角、俺は大和田君をギリギリまで待った。メールも電話の何回もし。。繋がらないし返信来なかったけど、何回も。

 だが、此処までくれば、俺も諦めざるを得ない。

 教室には無料で配られたポップコーンとドリンクを持って、座席に着いている花村さんの中学の同級生たち。他にも単に興味を引いたのか、普通のお客さんが多数。

 これからガッカリするんだろうな。申し訳ない気持ちだ。

 考え事をしていると、司会の花村さんがゴホンと咳払いをする。

 そしてスクリーン前で深々と辞儀をした。それに倣って俺達も辞儀をする。

 拍手が起こる。俺達が顔を上げたと同時に止む拍手。

 そして俺のスピーチ…緊張しながらマイクに向かって喋り出した。

「……このたぶばっ!?」

 …!!噛んじゃった!!初っ端から!!

 同時に笑いが起こる会場。おおお!ハズい!!

 俺は思わず顔を伏せた。

「……この度は私達2-Eの展示にお越し頂き、真にありがとうございます。駄作と酷評されて監督が逃亡中ですので、代わりにスピーチさせて戴きます。主演女優の春日と申します」

 深々と頭を下げる。俺の代わりに監督をディスるなんて…なんて不甲斐ないんだ俺!!

「隆、頭下げろ!」

 小声でヒロが注意してくる。一応顔を伏せているからセーフじゃないのか?そういう問題じゃねーか。

 ともあれ、真面目に俺も辞儀をする。

「……この映画はどこかで観たな、と思われる場面が随所散らばっていますが、パロディではありません。単に監督の創造力不足の賜物です」

 どっ、と笑いが起こる。花村さんの中学のクラスメイトから。大和田君って同級生からの評価、本当に低いのか。

「……また、ストーリーも監督の妄想全開ですが、そこは許してください。映画とは作り手の妄想ですから。行き過ぎですが」

 原稿通りとはいえ言いすぎだろ…ちょっと不安になって来るな…

「……ではご覧ください。大和田監督処女作品『ドキドキ!メモリアール』」

 湧きあがる失笑。このタイトルは俺もどうかと思ったが、大和田君のごり押しで決まってしまった。

 照明が落ち、スクリーンに映し出される。先ずはオープニングからだな。春日さんのナレーションだ。

【……始まりがあれば終わりがあるように…】

 ぶふぉおお!!と観客が噴き出した!!そりゃそうだろう。某恋愛シュミレーションゲームと全く同じ出だしだからだ。これでパロディじゃないと言われても誰も納得しない。

 春日さんはそのゲームを知らないから淡々と演技を進めていたけども。あ、俺の出番だ。因みに唐突に話が始まるので、何が何だかだが、なるべくシナリオ通りに進めて行こうと思う。

【キーンコーンカーンコーン…ふう、今日も大変だったな。あ、沙織がいる。因みに沙織とは幼馴染で、隣の家に住んでいるんだ】

 またまたぶふぉおおお!!と噴き出される。幼馴染のヒロインが沙織。もう言い訳は不可能だろう。

 隣でヒロも噴き出しそうになっていた。お前も他人事じゃ無くなるんだが…

【沙織と一緒に登校しようか。取り敢えず誘ってみよう。おーい、沙織。】

【……あ、おはよう。珍しく早いね。沙織はそう言ってほほ笑む。俺のハートがズキューンだ】

 もう噴き出しただけじゃ納まらなかった。大声で笑っている。いや、嗤われている。俺だって疑問だったよ、何だよ頭キューンって?

【一緒に学校に行こうと誘うも、沙織は目を伏せて、一緒に居ると誤解されるから。と断られた。結局一人で登校した】

 野次が飛んだ。まんまじゃねえか!!と。あのゲーム、俺もやった事があるが、同感だった。

【校舎に入る寸前、一人の女子がぶつかって来た。キャッ!!と尻餅をついたので手を貸して起してあげた。結構可愛かった。教室に入ると、親友の義郎がにやけながら話し掛けてくる】

 義郎WWWWと、誰かが草を生やした。国枝君は顔を上げられない程赤面し、振るえている。義郎役は国枝君だからだ。

 災難だとは思うが、俺の方がもっと苦境に晒されている事から、気遣う余裕が無い。許してくれ…

【お前、いつの間にあの子と仲良くんなったんだ?あれは隣のクラスの西野咲。運動部のアイドルだぞ。彼女のメアド、教えてやるよ】

 脈絡無さすぎだった。なんでいきなりメアド?しかも本人に無断で教えるとか、有り得ない!!

 しかも名前!!西野咲役の黒木さんは毅然として立っている。あのゲームを知らないんだろう。知っていたら、やはり大和田君を責めていただろう。

【授業中、隣の席の沙織が消しゴムを落とした。それを拾ってあげると、ありがとう。と言って顔を真っ赤にした】

 惚れるのが早過ぎだった。消しゴム拾ったくらいで好感度大幅に上がるとか、ふざけ過ぎだろ。春日さんはノリノリだったけど。

 観客は笑い疲れたのか、大きなリアクションはしていない。と言うか飽きたのかもしれない。此処まであからさまなパクリとなれば。

【昼休み、沙織から呼び出しがあった。頬を染めていた事から告白されるのか?とドキドキしたが、親友の美木愛子さんを紹介された】

 今度は美樹原キター!!と歓声が上がる。美木愛子さん役の里中さんが観客に向かって手を振った。ヤケクソなのか、サービスなのか。それとも、どちらもなのか。

【日曜日か…沙織を誘ってみようかな。電話した所、快くOKをもらった。しかし翌日、西野さんが俺を睨んで無言で立ち去った。もしかして傷つけてしまったのか…】

 なんでだろうか?ぶつかって知り合った後に一度も会話をしていないのに、どうやって傷つけられるのだろうか?連絡先は親友が一方的に教えてきたので、個人情報流出で怒っているのだったら、義郎を恨んでほしい。

 あのゲームのパクリだったら、連絡しないから怒っているのだが、そうだとしてもキレるのが早過ぎだろう。いやだよ、そんな理不尽にキレる女子は。

【日曜日。待ち合わせ場所は遊園地だ。ちょっと早く来すぎたかな?と、思ったら、沙織が息を切らせながら駆け寄ってきた。待った?と聞かれたから今来たところだと答えたら、安堵して頬を染めた】

 隣なんだから迎えに行けよ!!全力で突っ込みたい俺だった。このシーンは春日さんも「……何で一緒に出掛けないのかな?」と不思議がっていた。

【ドン!!】

 お?と観客がどよめく。続いて失笑。次のシーンを先読みしているようだった。

【おう!どこ見てるんだコラァ!!】

 不良来た!!と大笑いされた。別に絡まられるのは仕方ないと思うが、観客の突っ込みたい所は別だ。

「「「展開早過ぎだろ!!」」」

 会場がほぼ一致の突っ込みをしたのだ。

 あのシーンは物語り中盤で起こるイベントだ。決して入学したての日曜日に起こるイベじゃない。

【不良とバトルだ!!沙織にかっこいい所を見せよう!!】

 アホだった。デートなのに喧嘩するとか、どうしようもないアホだった。

【くらえ!!俺のジャンピングアッパー!!不良をやっつけた!!回転旋風脚を会得した!!】

 爆笑!!ウケたのではない。馬鹿にされているのだ。ジャンピングアッパーとは、屈伸して回転しながら跳ね上がって繰り出すアッパーなのだが、昇龍拳のまんまだったからだ。こうなると回転旋風脚のネタも簡単に割れる。ストⅡのパクリだ。

「ジャンピングアッパー…!!」

 ヒロが小刻みに震えながら笑いを堪えている。ジムに通っている身だからこその突っ込みがあるのだ。まず、あんな大技、いきなり当てられない。そもそも当てるのすら困難だ。それに隙だらけ。繰り出した瞬間にカウンター喰らって終わってしまうだろう。

【ふう、昨日のデートは台無しになったな】

 いきなり次の日になった。あの後ちゃんとフォローしたのだろうか?ゲームではしていなかったから、気になる所だ。

【校門を潜ると西野さんとばったりあった。挨拶をしたが、顔を顰めてどっか行った】

 どっか行った!?と裏返った声が観客席から聞こえてくる。俺もせめて立ち去ったにすればいいのに、と思ったけど。

【教室に入ると、義郎が話し掛けてきた】

【お前、西野さんを傷付けたって、噂が流れているぞ】

【次の日曜日にでも電話してみるかな】

 理不尽すぎる西野さんだった。俺何にもしていないのに。

 そして理由も無く嫌う女子に電話なんかしたくない。

 更に日曜日まで待たなくてもいいだろ。普通にとっ捕まえて事情を聞いた方が早い。

 流石にこれは可哀想と観客から声が挙がる程だ。すっかりヒールの黒木さん。「だってシナリオがそうだから…」と呟く。

【さて、今日は運動を頑張るかな……ふう、かなり体力と根性が付いたぞ。あ、西野さん】

【あなたは根性があるわ。一緒に国立を目指そう!!サッカー部に入部した】

 西野さん、さっき理不尽にキレて噂まで流したよな?何だこの変わり身は?

 ブーイングが起こる。黒木さんは小声で「大和田殺す…」と呟いた。この人の彼氏、西高のトップだぞ。逃げろ大和田君!!

【日曜日。沙織を誘ってみようかな。あ、沙織、来週の休み公園に行かない?丁度桜が見ごろになるよ】

 西野さんを怒らせたままじゃなかったっけ?なんで沙織を誘うんだ!?

【……うん。いいよ。楽しみにしているね。沙織とデートの約束を取り付けた。やったぜ!!】

【ちゅどーん!!…何か爆発したような音がした。あ、義郎から電話だ。もしもし?】

【おい、お前西野さんに酷い事したらしいな?その噂で持ち切りだぞ。しまった!西野さんを怒らせてしまった…】

 まず、日曜日なのに、どこでその噂で持ち切りなのか?そういやサッカー部のマネだったか。わざわざ学校で俺の悪口を言い触らしたというのか。

 そして、被害者である筈の俺が反省しなきゃいけないのか解らん。

 西野咲役の黒木さんは、観客のノリのブーイングに必死に耐えて笑顔を作っている。黒木さんこそムカついているだろうに。

【翌朝、登校中の沙織と会ったぞ。一緒に登校しようと誘おう。おはよう沙織。一緒に登校しない?】

【……話し掛けないでよ極悪非道!!ついてこないで!!そう言って駆け出した…沙織が物凄く怒っている。西野さんを傷つけたからかなあ…】

 西野さん、一体どんな噂を流したんだ!!嫌われ過ぎだ!!極悪非道って!!

 小声で春日さんが謝って来る。ごめんね。と。いやいや、あのシナリオがおかしいだけだから。

【今日は何をしようかな。よし、文系の勉強だ!!やっぱり静かなところで勉強したいよね。図書館に行こう】

 なんで何事も無く行動しているんだ?普通ショックを受けて、西野さんに詰め寄るだろ!!

【図書館には美木さんがいた】

【あ、ああああ、あの!!一緒に勉強しませんか!?顔を真っ赤にしながら頑張って誘ってきた。断る筈が無いじゃないか!!一緒に勉強した】

 学校中で極悪非道と噂されているだろう、俺に頑張って誘ってくれた美木さん。マジ天使だ!!

【今日も頑張ったなあ…ああ、美木さんだ。下校に誘おう。美木さん一緒に帰らない?】

【ひっ!?極悪非道…!!美木さんは怯え捲って立ち去って行った】

 図書館から下校時間の僅かな間に、彼女の心境に一体どんな変化が起こったのだろう?これリアルにやられたら自殺レベルだよなあ…

【夜…今日も疲れたなあ…そろそろ寝よう…ちゅどーん!!何かが爆発したような音がした。プルルルルル…あ、電話だ。何だ義郎か】

【お前美木さんに酷い事したらしいな?学校中その噂で持ち切りだぞ?…どうやら美木さんを傷つけたみたいだ】

 美木さん速攻の手のひら返しワロタ!!と観客から突っ込みが入った。俺もそう思う。

 夜なのに、学校中に噂になるくらい、周りに振れまわったんだろうな。内気だと思っていたが、とんだアグレッシブだった。

 やけくそなのか、ノリのブーイングに手を振って笑顔で応える里中さん。余裕を感じるな。

【翌朝、登校中の沙織と会ったぞ。一緒に登校しようと誘おう。おーい、沙織!!】

【…………沙織は俺を睨み付けて走って行った。美木さんを傷つけた事が許せないんだろうな】

 最早高校入学数日で引き籠もりになるレベルだった。先に希望が全く見えない!!

【体育祭だ。何に出場しようかな?…あ、義郎だ】

【捜したぞ。お前はリレーのアンカーだ。リレーに出場する事になった】

 なんで義郎が決めるんだ!?しかもいきなり決まったし!!

【よーい、どん!!……………ゴール!!やった!一着だ!!】

 おめでとうと観客から声が挙がる。今まで碌でも無かった高校生活だから、こんなちょっとした良い事でも祝福して貰えるんだろう。

【ふう、疲れたな。あ、沙織だ】

【……お、お疲れ様!!カッコ良かったよ!!そう言って顔を真っ赤にして駆けて行った。沙織の好感度が大幅に上がったぞ!!】

 ブーイング、の直ぐ後に、次のシーンが入る。

【あ、西野さんだ…流石だね!!私の目に狂いはなかったよ!君は絶対に凄いエースになるよ!!そう言って耳まで真っ赤にして駆けて行った。西野さんの好感度が大幅に上がったぞ!!】

 どこまでクズなんだ西野!!と罵声が上がる。

「だってこういうシナリオなんだもん!!」

 とうとう黒木さんが我慢できずに観客にキレてしまった。気持ちは解るが、観客もノリだから…

【今日は体育祭の代休だ。沙織を誘おうかな…あ、沙織、次の休み暇?よかったら動物園に行かない?】

【……あっ!!勿論暇よ!!誘ってくれてありがとう!!…やった!!沙織とデートの約束を取り付けたぞ!!】

 沙織も大概なクズだよなあ…春日さんの申し訳無さそうな瞳が心苦しい。春日さんは何も悪くないんだから。

【翌日、美木さんに屋上に呼び出されたぞ…あ、来て下さったんですね。嬉しいです…何か頬を真っ赤に染めて俯いているぞ。これはもしかして…】

 告白イベント?とざわつく会場。ゲームには無かったイベントだ。これで多少はオリジナルを感じてくれたらいいんだけど。

【体育祭のあなたはカッコ良すぎでした。私にはとても勿体無いです。もう別れてください…涙を流しながら美木さんは去って行った…振られたのか、俺は…】

 付き合ってねえだろ!!と会場から壮大な突っ込み!!

「美木さんはちょっとだけおかしい子なんだよ!!」

 里中さんがフォローになっていないフォローをする。いや、ちょっとだけのレベルじゃないから。

 しかし、たかが体育祭で一着取った程度なのに、この好感度の爆上がり…

「大和田君は女子にどんな夢を見ていたんだ…」

「ああ、あいつ馬鹿だから」

 俺の独り言を馬鹿で返して終わらせる花村さん。そういや出し物決める時に、女子に夢見るなみたいな事言っていたな。

「花村さん、あとで大和田君の話、教えて貰えるか?」

「いいけど、その話を聞いてもあいつは救えないよ?緒方君が思っている程の深い意味はないから。単に女子に夢見すぎなだけだから」

 そ、そうなのか…過去に好きな人がいて、何か重い過去があったから逃げ出すのに抵抗が無い。とか美しく思っちゃったよ。

「今頃は凄く後悔していると思うけどね。我に返って、思い起こして、恥ずかしくなっていると思うから」

 単に感情まかせの後先なしの考え無かよ…

 それじゃ俺にはどうにも庇えないな…

【さて、日曜日だ。動物園で沙織と待ち合わせだ】

 だから隣の家なんだから一緒に行けばいいのに、と、春日さんがまたまた疑問を呈する。

 こんなシナリオなんだから諦めようよ。元々突っ込みどころ満載だったんだし。

【……あ、やっと来たのね】

【待たせちゃったのかな?約束の時間までまだ三十分もあるんだけど…まあいいや。お待たせ沙織】

【どん!!】

 おおお?これはまさか、と観客が呟いた。

【どこ見てんだこらあ!!番長が現れた!!】

 敵のボス登場にキター!!と盛り上がる!!

【お前この間俺の舎弟を可愛がってくれた野郎か?捜していたんだぜえ(棒)】

 会場爆笑!!あまりにもひどい棒読みに対しての爆笑だ!!

 ヒロは呑気に手を振って応えているが、絶対に勘違いしているだろ!!

【番長と激突だ!!番長の攻撃!!右のパンチ、左のハイキック!!よし、上手く避けたぞ!!番長の攻撃は周りの壁を破壊した。物凄い破壊力だ!!】

 喧嘩シーンでは、美術担当が気合い入れてセットを作ったので、かなり迫力がある。

 番長が破壊した壁の瓦礫なんか本物っぽいし。

 だが、会場は冷ややかで、パンチやキックで壁なんか壊れねーよ、との呟きも聞こえてきた。

【俺の攻撃!!左ジャブ!番長のダッキング!隙を見つけての反撃を喰らうが、その全てを避ける!!】

 会場がどよめいた。マジなボクシングをやっているからだ。

 一応互いに寸止めは心掛けていたから、マスボクシングだが。

【ここで一旦お互いに離れる。番長が笑いながら、お前なかなかやるな(棒)と言った。俺も笑って応える】

 修羅の門かよ!!つか棒読み!!との突っ込みが入る。

 俺の感想も同じだ。だけどパクリじゃなく、せめてリスペクトと思ってやって欲しい。

 …無理だよなぁ…

【番長の猛攻!!くっ、凌ぐのに精一杯だ!!一か八か…喰らえ!!ジャンピングアッパー!!ぐああああ(棒)やった!!番長を倒したぞ!!】

 結構高等技術を見せたマスボクシングだったのに、一か八かのジャンピングアッパーが決まるミラクル展開。

 ここは俺もヒロも大和田君に苦言を呈したんだが、尺の関係だか何だかで聞き入れて貰えなかった。

 観客も、あっけない幕切れに不満なようだ。

「ここだけ観ると、やっぱり駄作だよな…」

 ヒロが呟く。

「いや、全体的に駄作だから」

 花村さんがバッサリと切った。

 まあ…そうだよな…だけど努力は買って欲しい。

「緒方君は、大和田が一生懸命頑張っていたんだから、そこは評価しろ。と思っているんでしょうけど、こんなの大和田のオナニーなんだって。自分でオナニーして後片付け押し付けたんだよ。そう思えばムカつかない?」

 それはムカつく以前に気持ち悪いんだが…言いたいことは解るけども!!

 さて、物語はいよいよ佳境だ。

【今日も頑張るぞ。あ、沙織だ。登校に誘おう。お~い沙織】

【……あ…】

【沙織が頬を染めて俺を見ているぞ。これはもしかして…】

【……好きです。付き合ってください…】

【喜んで!!…俺は沙織と付き合う事になった。やったー!!人生の勝ち組だー!!】

 ざわざわ…

 ざわざわ…

 会場がざわめいた。え?終り?オチ無しで?と。

 非情に残念ながら…

【終わり】

 ふざけんなよ!!とか、駄作過ぎる!!とか、くだらなすぎる!!とか。

 誰もが良い評価を下していなかった。全てがマイナス評価だった。

『え~、言いたい事は解ります』

 観客のブーイングの中、花村さんが壇上に立ち、マイクで話す。

『開演前にも言った通り、試写会での酷評で逃亡した監督が全て悪い!!』

 言い切った花村さん。花村さんのオナ中が観客の殆どなので、同意してざわめきは治まった。

 頷き、先に進む。

『さて、クソ監督の馬鹿作品に付き合い、バッシングを受けた主演と主な共演者にお話を伺おうと思います。主役の緒方君』

『あ、はい』

 いきなり振られて吃驚したが、ちゃんと反応は出来た。

『主役と言う事で、クソ監督に一番迷惑を掛けられたと思いますが、どうでしたか?』

 なんちゅう質問だ…溜息を付きたかったが、堪えて答える。

『あ、えーっと、大変でしたけど、頑張りました』

『差し障りの無いお答え、どうもありがとうございましたー』

 ……ちょっと違うぞそれは。差し障りが無いんじゃない。本当に大変だったんだから。

『お次はメインヒロインの春日さんにお話を伺おうと思いまーす。今回の撮影はどうでしたか?演技だけを見れは、春日ちゃんが一番上手だったよね』

『……楽しかったです』

『いやいや、本心は?』

『……楽しかったです』

『…ありがとうございましたー!!』

  楽しかったんだからいいじゃねーか。いちいち大和田君のネガキャンする事もねーだろ!!

『えー、主人公の親友役の国枝君。2-Eの頭脳と呼ばれていますが、今回のシナリオはいかがでしたか?』

『2-Eの頭脳と言う称号はいつ与えられたんですかね?』

 苦笑いしながら答える国枝君。構わず花村さんが再び問い直す。

『ほら、国枝は頭いいじゃないですかー。クソ監督のシナリオの駄目さ加減を一番解っていると思うんですけどー?』

『シナリオも駄目だけど、酷評に逃げ出す監督はそもそも論外。ですけど、逃げ出していない者もいるんですから』

 眼鏡の奥がキランと光る。花村さんの嫌味を非難しているのだ。

『そもそもこれはクラス展示だから、いくら大和田がヘタレの逃亡者とは言っても、あからさまな非難誘導はクラスとしてもマイナスだと思うよ?』

 黒木さんの援護射撃。正にその通りだ。俺がさっきから感じている事を、見事に代弁してくれた!!

『えっと…はい!言いすぎました!!ごめんなさい!!』

 割とあっけなく謝罪する花村さん。

『いや、大和田を本気で許せなかったからさ。必要以上にこき下ろしちゃった。でも、うん。黒木の言う通りだよね』

 …確かに二回も逃亡されたら、頭に来るのは間違いないよな。

『言い過ぎを認めて素直に謝罪したか。なかなか出来るこっちゃねーな。見直したぞ花村』

『私は大沢を見損なったけどね。何あの棒読み?一応クラス展示だよコレ?』

 どっ!!を湧き上がる会場。ヒロは苦虫を噛み潰した顔を拵えるが、これでいいと思う。

 監督への執拗な非難で、快く思っていないお客もいた筈だ。気分悪いと。それをヒロが笑いを取ってぶち壊した。

 全くホントに頼りになる奴だ、お前は。全く意図した訳じゃ無いにしても。

『んじゃついでにボス役の大沢君。見所を教えてくださーい』

 ついでで振られたか。なんか可哀想になって来た。

『見所はやっぱ喧嘩シーンだろ。つか、俺はそのシーンしか出番が無い!!』

『大沢は、ホントは主役やりたかったんだよね?』

『おおともよ。つか、映画に出るなら、普通主役になりたいだろ』

 代わってやるっつーの。春日さんに却下されちゃったけど。

『この映画は駄作…じゃなかった、監督の独りよがりな所がちょっと見えますが、大沢が主役じゃ無くて良かったと思ったよ。あの棒読みで』

 どっ!!と湧く観客。これは俺も同感だ。

『じゃあ次は美木さん役の里中さん。どうでしたか?ヒロインの親友役は?』

『全く親友の描写が無かったのが悔やまれます』

ですよねー。主人公に紹介された時だけに出て来た設定って感じでした』

 またディスる…と言いたかったが、その通りで何も擁護できん。本気で困ったぞ大和田君…

『さてさて、皆さんご待望のクズ女、西野さん役の黒木さん!!』

『言わないで!!演技中は必死だったから、気付かなかっただけだから!!』

 顔をわちゃわちゃと隠すが、もうバレているから無駄だった。

『プライベートでもああいった感じ?』

『んな訳無いでしょ!!あんな女リアルにいない!!』

『ホントかな~?皆さんの気になりますよね?彼女のプライベート』

 ノリで気になるコールする観客に満足し、頷く花村さん。

『でも、正体擦ろうとして彼女をストーカー市内方がいいですよー。なんてったって、彼氏が西高の木村君ですから。命の保証はしませんよー』

『ちょ!!何言ってんの!?』

 慌てて止めようとするも、もう遅い。

 観客は、黒木さんをクズ女から、極妻を見る目に変わってしまったからだ。

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