さよなら~001
放課後だ。台詞もだいぶ覚えたし、今日は通し演技らしいぞ。
まずは教室の中でのシーンからだ。理由は移動の手間が掛からないかららしい。
監督の大和田君が椅子に座ってメガホンを振っている。なかなか形になっているな。
「緒方、だいぶ良くなってきたけど、所々棒読みがあるな。いきなり神がかる時があるけど」
「そうか?自分じゃよく解んないな。どのシーン?」
「ヒロインと絡む場面かな?」
あー…そこは麻美を思い出しているからかなあ…
「一番の棒読みは親友と話す時だな。そこマジで改善させてくれ」
「国枝君に迷惑掛かっちゃっているからなあ…もっと頑張るよ」
「大沢ももっと頑張ってくれたらいいんだが…」
そう言って大和田君は横目でヒロを見た。シーンは主人公に返り討ちにあった手下を怒るシーン。
「あんなやつにやられるなんてー(棒)おまえらゴフウ!!全くつかえないなあー(棒)」
腕をぶんぶん振り回しているのは、怒りを表しているのだろうか?あのゴフウ!!はなんだ?噛んだ?咳き込んだ?どっちにしても最悪だ。手下役が笑いを堪えるのに必死だし。
ヒロインが落とした消しゴムを拾ってあげるシーン。春日さんは凄く自然に消しゴムを落とし、屈んで取ろうとする。寸前俺が拾うのだが…
「……あ」
ここで春日さんが屈む。俺も屈む。
ガン!!
「………!!」
頭を押さえて涙目になる春日さん。同時に屈んだからヘッドバッとしてしまった!!春日さんは椅子に座りながらなので、行動が制限されている。だから俺が気を付けなければならなかったのに!!
「ご、ごめん春日さん!!大丈夫!?」
「……う、うん…」
ぜってー大丈夫じゃねー!!目が真っ赤だし!!
相当痛かったんだろうなあ…いや、他人事じゃねー!!犯人は俺だ!!
「そりゃねぇだろ緒方…大体春日ちゃんより先に屈まないと、先に消しゴム取れないだろ」
呆れ果てる大和田君。その通りだ。春日さんの後に屈んだから、頭突きかましてしまったんだな。
「ごめん春日さん。もう一回できる?」
「……うん。大丈夫だよ」
頑張って笑う春日さん。まだ痛むのか…俺は心が痛い!!
「緒方ー、テイク2いくぞー」
「テイク2って…まだ練習なんだろ…」
メガホン持っているせいか、やたら張り切っているな…まあいいけどさ。
消しゴムを落とす春日さん。俺は高速の屈伸でそれを取る!!
「アホ!!落っこちる前に取ってどうすんだよ!!それに見すぎ!!手で払ったと同時に動いているじゃねぇか!!」
「ご、ごめん…」
その通りだ。またぶつからないようにと意識し過ぎた。つか、何だ高速屈伸って!?
この日は結局大和田君のオーケーが出る事が無かった。
最初にぶつかってから臆病になってしまって、先回りやら遅すぎやらでグダグダだったからな…
「……もっと練習すれば大丈夫だよ?」
気を遣ってくれる春日さん…マジ天使だ。
「最初に頭突きかましちゃってから、慎重になり過ぎちゃって…」
「……私は大丈夫だから、もっと思い切り来てもいいよ?」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、か弱い女子にこれ以上ダメージを与えたくない。
これが麻美だったら、全く遠慮しないでガンガン頭突きかますんだが。
「……何で笑っているの?」
「え?」
「……今隆君、笑ったよ」
そうなのか?意識は全くしていなかったから、全く気が付かなかったな…
「……なんで?」
…何だ?この咎めるような目は?怒っているって訳でもなさそうだが…
「いや、ちょっと思い出しちゃって」
昔の事を、と頭を掻いて笑いながら言うと――
「…………そう……」
…あの寂しそうな、無理に作った笑顔を俺に向けて来た――
な、なんだ?やたら胸が痛む…!!
「か、春日さ」
「……みんな帰っちゃったね。私達も帰ろうか」
そう言って俺の言葉を遮って背を向ける。
其の儘無言で歩き出す春日さん…
俺は暫く茫然としていたが、やがて我に返って、慌てて春日さんの後を追った…
春日さんは無言で歩く。いや、何時も無言だが、今日のはちょっと違う。
なにが違うんだと言われたら返答に困るが、違うものは違う。
つか、春日さんはええ!!なかなか追いつけない!!そういや体育祭でもステルス春日で上位になったんだっけ。
つか、おかしな感心している場合じゃねー!!
俺は春日さんの肩を後ろから掴んで止めた。
「ちょっと待ってよ?俺何かした?」
春日さんは振り向かずに首を横に振った。
「じゃあなんでおかしいの?」
「……おかしい?よね…うん…」
やはり振り向かずに、呟くように…
「……でも、おかしいの解ったんだよね?」
そこで漸く振り向いた。
だが、今度は俺の方が固まった。驚いて。
春日さんが泣いていたのだ。無理に作った笑顔のままで…
その状態のまま、春日さんが言った。
「……好き」
俺は固まった儘。好意は知っているし、以前にも言われた言葉だが、なんだ?重さが段違いだ…
まばたきしてこう一度言う。
「……私は隆君が好き」
もう一度まばたきして、今度こそ重さを増した言葉を投げてくる。
「……隆君は私の事、好き?」
勿論そうだ。偽りはない。だけど言葉は出て来ない。
「……美咲ちゃんと遥香ちゃんの事、それはいいの。知っているから。だから答えて?私の事、好き?」
どう言う意味なんだろうか?あの二人はカウントしないって事か?
「……私達の誰が好き?じゃ無くて、隆君は誰が好き?」
誰が…と、俺は慌てて頭に浮かんだあの人を掻き消す。
あいつは望んでいない。望みは誰かと恋仲になる事。それは自分じゃない。
「……永遠に二番目でもいいの。これなら好き?」
心臓が凍りつく。
春日さんは知っている。いや、知っていた筈だ。俺が好きなのは…
だけど、この状況でそれを言うのか?
「……私は触れられるよ?好きにしていいんだよ?」
別に…俺はそんな事を望んでいる訳じゃ…
「……今、隆君の目の前にいる女の子は、私一人だよ?」
そんな事解っている。何が言いたい?
「……私一人しかいないの」
なんだ?何でそんな悲しそうに…咎めるように…
「……二番目でもいい。私が居るのに、あの子の事想っていてもいい。これならいい?」
心臓に矢が刺さったような痛みを感じる…
春日さんは勘付いていたんだ。
あの演技中、うまくいった所は、麻美を想って言ったからだと。
じっと俺を見つめるその瞳。寂しそうな、咎めるようなその瞳に、変化が起きた。
諦め。
同時に無理やり作った笑顔をやめて、俺に背を向けて歩き出した。
俺は…その後ろ姿をただ見ているしかなかった。
何も出来なかった。何も言えなかった。あの瞳は俺が作った。
春日さんの姿が完全に見えなくなった頃、俺は力無く歩き出した。
何が悪かった?全てが悪かった。誰が悪い?勿論俺だ。
その思いだけがエンドレスで頭の中で繰り返された。
そして家に着いて部屋に入った途端、俺は久し振りにベッドに身体を預け、その儘眠ってしまった…
今日の練習は、春日さんは来るんだろうか?
起きてすぐに頭に浮かんだのはそれだ。
よく考えたら、いや、よく考えなくても、女子と一緒の時に、他の女の事を考えるのは失礼過ぎた。それは謝らないと。
ロードワークも上の空。ヒロに何回注意されたか解らない。
兎に角、居ても立ってもいられずに、家に着いたと同時に学校にダッシュする。春日さんに一刻でも早く謝る為に。
そして、俺は春日さんとクラスで遭遇した。俺がクラスに入ると同時位に、春日さんが机に座ろうとしていた。学校まで休むんじゃないかと心配したが。杞憂で終わった。良かった。
「か、春日さん」
声を掛けると振り向いた。
「……おはよう隆君」
……ん?
「……今日は早いね」
「あ、う、うん。たまにはね…」
余りにもいつも通りだったので、肩透かしを食らった気分だった。
あの無理に作った笑顔も見せていない。全く普通だった。
放課後の練習も特に異常は見られなかった。例の作った笑顔も見せない。いや、演技中は見せた。昨日まではそんな事は無かったのに。
「春日ちゃん、なんか変わらねえ?」
ヒロがこっそり耳打ちしてくる。ヒロにも解ったのか。春日さんの微妙な変化が。
「うん。昨日までは迫真!!て感じだったけど、今日は自然だね。何というか、圧迫感が無くなったって言うか」
国枝君まで変わったと思うのか?でもいい方に変わったと思ったようだ。なら、いいのか?
そしてそれは、より演技に磨きが掛かった、って事なのだろうか?確かに昨日までは必死って感じだったが…
「いいな春日ちゃん!!押しが弱くなったって言うか、我が無くなったって言うか。見ている方は安心するな!!」
大和田君が絶賛する。彼は昨日までの春日さんも絶賛していたから、当てにはならないかも。
「……そう?良かった」
褒められて自然に答える。これにも違和感があったが、答えは出ない。モヤモヤするのみだった。
俺を避ける訳でも無く、怒る訳でも無く…
練習と撮影はどんどん続いて行った。トラブルは特になく。
あ、いや、ヒロはあいかわらず棒読みだったけど。
ヒロの棒読みに段々イライラしてくる大和田君がガチギレしたのには笑った。俺だけだったけど。女子は泣いちゃう子もいたし。それだけガチギレしたって事で。
国枝君も頑張った。超頑張った。俺より頑張っただろう。なにせ俺のフォローだと、俺の台詞まで丸暗記していたし。つか、台本丸暗記していたし。マジすげえ。
セットが間に合わず徹夜したくらいか?まあ、文化祭の徹夜はお泊り会のノリだから。編集もギリギリ。やっぱり徹夜だったらしい。そっちの方は解らないけど、終盤大和田君に生気が無くなった事から過酷だったんだろうな、と想像できる。尺の都合とかで、結構削られたのが悲しいが、それは仕方が無い事だろう。
そして文化祭前日…
何とか間に合って、我がクラスで視聴会を催される事になった。
暗幕を張ったクラスの中に、クラスメイトじゃない人の姿もちらほら見える。
蟹江君と吉田君もいる。立ち見だ。
俺はそっと近付いて話し掛ける。
「蟹江君、吉田君」
「おお、緒方か。観に来てやったぜ」
蟹江君が人懐っこい笑顔を向けてそう言う。
「俺的には恥ずかしいから観て欲しくないんだけどね…」
「俺達はヒロインの春日ちゃんを観に来たから問題ないな」
がはは、と笑い合う。去年はこの二人が文化祭一緒に頑張ってくれたんだよな。一年しか経ってないけど懐かしい。
「しかし、結構観に来た人居るな…」
蟹江君がきょろきょろ見回す。
座席は俺達の椅子と借りた椅子で、クラスの人数の二倍の席があるのだが満席で、立ち見の生徒で結構キツキツだ。
「宣伝した覚えは無いんだけどな…」
「宣伝された覚えも無いな。あ、大沢が出るから観に来いって触れ回っていたな。もしかしてそれかも」
ヒロか…あの目立ちたがり屋め。
「あと、里中も似たような事やっていたな」
噴き出しそうになるのを必死に堪えた。里中さんも結構ノリノリなのな。
「あ、でも里中の場合は、春日ちゃんが主演女優だからって触れ込みだったな。それかも」
春日さんを宣伝の母体にしたのか。まあ、アリだな。ヒロインだし。
「何にしても結構嬉しいよ。本番もこの調子ならいいんだけどね」
満員御礼だ。終始このペースなら映研に勝てるかもしれない。
「お。始まるようだな。緒方は自分の席に戻れよ」
促されるが、既に知らない誰かが座っていたので、俺も蟹江君と吉田君と並んで観る事にした。
視聴が終わり…拍手はあったが…
「…緒方、俺はお前をダチだと思っている。だから率直な感想を言うぞ」
おかしな前置きをして蟹江君が言った。
「面白くない。こりゃ駄目だ」
……うん。俺も観てそう思った。春日さんの演技は確かに上手かったけど、それだけ、みたいな…ヒロの棒読みもいちいちイラッとしたし、総合的に学芸会レベルだ。
「せめてシナリオが面白かったらな…ある意味面白かったが…大和田には悪いけど、映研には遠く及ばないぞ」
吉田君の指摘もズバリだった。やっていた時は左程感じなかったが、何かの漫画とかドラマを劣化させたような感じ。つうか、パクリなのは明白だ。映画やドラマじゃないけれど。
「大沢との喧嘩シーンは凄かったけどな。あれもっとアップで撮っていたら迫力あっただろうな」
あれはカメラマンがビビッて近寄れなくなっちゃって…いうなれば俺とヒロのガチバトルだったから…
「しかしおかしいな…前に観たときは、春日ちゃんの演技かなり良かったような気がしたけど、編集すればこの程度なのかな?」
「え?吉田君観た事あるの?」
「ああ。本当の撮り始めの頃だな。台本読みながらの演技だったから」
それは…春日さんがおかしくなるちょっと前の事か…?
あの後春日さんは台本に殆ど触っていなかったから…
確かに演技変わったなあ、とは思ったけど…
「あと。お前はホント下手くそだ」
「それはもう反論不可能だな…」
その通りだからだ。
「国枝が一番上手いかな?あいつが主役やれば、また違ったかもな」
「だよな~。俺はやっぱり主役って柄じゃねーし…」
…自分で言って落ち込んできた…やっぱり裏方に回して貰えば良かった、と…
視聴会は微妙な空気のまま、お開きとなった。
監督の大和田君が顔面蒼白状態。結構な自信があったのだろうと推測できる。だけど現実はこんなもんだ。役者もアレだし。
「…ちょっと上映中止考えた方が良いのかも…」
「いや、言うほど悪く無くね?素人にしては、って前置きが必要だけど」
「さっき映研の人が鼻で笑って帰ったの見たよ!」
う~ん…せめて身内からポジティブな意見が出てくれればなぁ…
大和田君の顔色が段々と土色になって来ちゃったよ。
「隆君」
考え事をしている最中に、楠木さんに話し掛けられる。
「全然面白く無かったね!!」
屈託の無い笑顔でバッサリやられる。
まあ…評価がそうなんだから仕方が無いけど…
しかし、と、ちょっと食い下がってみる。
「す、少しは良かった点とかないかな?」
「え?う~ん……無い!!」
これまたキッパリと言いきられた!!大和田君聞いていないだろうな?自殺レベルだぞこれ!!
「お話がありきたり。演技が素人。まあ、これはしゃーないだろうけどね。セット頑張ったくらいかな?」
一応セットの及第点は貰えたぞ!!流石ダァ我がクラス!!
「春日ちゃん、最初は良かったんだけどねえ。なんていうか、普通に上手い人になっちゃって魅力半減みたいな?」
吉田君にも同じような事言われたな…
「隆君と大沢の喧嘩シーンも、私らにしてみれば見慣れたシーンだしね。いっその事、本気で殴り合った方が良かったんじゃないかな?」
それはそれで色々マズイだろ…確かにあの喧嘩シーンは寸止めで迫力に欠けるけど!!
「でもお疲れ様だね。そんな訳で一緒に帰ろ?」
そう言って腕を組んでくる。どんな訳か不明過ぎる!!
「ま、まだ終わってないだろ。明日の前夜祭の準備とか…」
「暗幕も張ったし看板も出来た。座席もこの通り。後なんの準備あるんだっけ?」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
「大和田も今はそっとして欲しいんじゃないかな?」
そっと大和田君を見る。
酷評に項垂れて、自分の周囲の空気が重くなっている!!
「ヒロと国枝君は…」
「帰っちゃったよ?思ったより出来が悪くてショック受けてさ」
マジで?あの二人まで帰っちゃったのかよ!?一応準主役級だろ!!
「そ、そういや春日さんの姿も無い…」
ヒロインも既にいなかった。見切り早過ぎだろ!!
「春日ちゃんは最初からいなかったよ。バイトだって」
そ、そうか。何かホッとした。
「て、訳で帰ろ!!」
グイグイと引っ張られる。そうだなあ…残っていてもやる事もないしな…
「解った。帰ろう」
「お~。そうしようそうしよう」
グイグイ引っ張られて教室を後にする。何だかんだで最後の方まで残っていたようだ。大和田君と数名だけ残っている。
「大和田の事は気にしても仕方ないよ。あいつがやりたかった事がウケなかっただけだしさ」
実も蓋も無い事を…シナリオと監督は確かに大和田君だが、酷評は役者たる俺にも責任があるんじゃ無いのか?
でも、 いよいよ明日か。一年の時は成功だったけど、今回はポシャったよなあ…
「またまた~。今更どうにもならないってば。考えても仕方ないよ?」
俺の思考は簡単に読まれるらしい。顔に出るのか?
「いや…楠木さんは今回裏方に回ったんだよな?衣装だっけ?」
「うん。と言っても学園ものだから調達する程度?裁縫とかはあまりしなかったなあ。ぶっちゃけ参加して行く感じしなかったよ」
そうだよなあ…吉田君は衣装を褒めていたけれど、あれはどこかの制服借りて来ただけだしな。女子の制服が可愛いから採用したらしいが、男子は学ランだし。
「大道具関係もあるものをそれなりに直した程度だって。ケンカシーンの時に壊れる壁とかは苦労したらしいけど」
流石に俺とヒロが本気で殴っても、壁は壊れないしな。拳の方がオシャカになるよ。
「明日は前夜祭。これで前評判が決まるけど、今年は期待薄だからある意味開き直れるよ?」
「つまり、どういう事?」
「割り切って他の出し物を楽しめる、って事」
そう言う開き直りか…ありかもしれないが…一応主演だからなあ…
監督と主演男優、女優は教室に待機って決まっちゃったから。
「俺は教室から出る事が難しそうだから、楠木さんは楽しんできてよ」
「あ~…そうだったね。隆君も春日ちゃんも大変だね」
心底同情するような表情だった。酷評を矢面で受ける事になるだろう、俺達三人に対しての素直な感情だろう。
「大和田は自業自得だけどね」
…冷たすぎる!!楠木さんだってヒロインの立候補に挙手しただろうに!!
さて…文化祭前夜祭…
俺はいつもより早く登校する。一応主演なので、スピーチとかもするので、緊張して居ても立ってもいられなかったからだ。
教室に入ると、大和田君が椅子に凭れながら佇んでいた。来るの早いな。
「おはよう大和田君。早いな」
声を掛けると、一瞬だけ俺を見て俯く。
元気が無いな。昨日の今日だからか?だけどもう開き直るしかないじゃないか。
と、言って、どうやって声を掛けて良いのか解らない。俺は取り敢えず近くの椅子に身体を預けた。
「……お前も早いな緒方」
「あ、うん。緊張してさ。居ても立ってもってやつだよ」
実際その通りの、ただの状況報告。
そんな俺に、大和田君は俺を見ずに、呟くように言った。
「お前はどう思って演技していた?俺のシナリオを」
「どうって…自分の事でいっぱいいっぱいで、他に気を取られてなかったからな…何とも言えないよ」
答えた俺に向かって鼻を鳴らす。
「俺はお前に主演をやらせるんじゃなかったって思っているよ」
そうなのか…ちょっとショックだな…
「ただ顏がいいだけの、演技の事何も知らないお前を起用した事を後悔している。 主演がもう少しましな奴だったら、評価も違っただろうに…」
……なんつーか…馬鹿にされているのは理解できるが…自暴自棄になってねえ?
「つってもお前のせいじゃない。俺が求めるレベルの人材がこの学校にいなかっただけからな。最低このクラスにはいない。これは俺が不運なだけだ。だからお前も気にすんな」
……成程。酷評は全部自分以外が悪いから、なのか。
落ち込んでいるのは解るが、流石に容認できんな、その発言は。
だがまあ…そう言う事なら気にしないでおこうか。俺の事はな。
「春日さんとか国枝君は頑張っていただろうが?少なくとも俺よりは上手かった筈だ」
またまた鼻で笑う。
「春日ちゃんも最初は良かったけどな。慣れて来た頃は普通になったよ。なんなんだ?あのやる気の無さは?国枝だってそうだ。頭がいいだけじゃ演技はできねえ」
「…そう言うお前のシナリオは完璧だったんだろうな?何処かで見た台詞ばっか並べてねーよな?完全オリジナルなんだよな?」
あ、ヤベ。エンジン掛かって来ちゃったよ。
「…そりゃ似たような台詞もあるだろうが?どこの映画だってよ?俺が言いたいのは、台本や編集の責任じゃ無く、役者やスタッフが使えねえからクズな作品になったって事だよ!!」
あー駄目だな。こりゃ駄目だ。
俺一人なら兎も角、一緒に頑張ってくれた人達も馬鹿にしてやがるだろ。
久し振りに…拳が疼いてきやがったぞ!!
「はいはい。その拳緩めましょうねー隆君」
その声で我に返る。もう少しでぶち砕くところだった…クラスメイトを。
「その拳はこんなクズに使う為に鍛えたんじゃないでしょ。あ、いや、クズに使う為に鍛えたんだっけ」
あはは。と俺の拳を取り、降ろすのは、槙原さんだった。
「槙原さん…」
「槙原か。何にもやる事ねえのに、早いじゃねえか?」
非難の目。槙原さんはクラスの出し物には何も協力していない。その事に対しての瞳だろう。
「あはは~。やる事はあるよ。隆君を早く予約しなきゃ、ってね。こんな駄作の為に、折角の文化祭、クラスに引き籠もる事ないからね」
「駄作…!?」
言うなぁ槙原さん…完璧に見下しているよ。取るに足らん作品だって…一応俺主演なんだけど…
「シナリオ読んで決めたからね。こりゃ駄作だから協力してつまんない思いするのはやめようって。春日ちゃんがヒロイン辞退したら、代役頑張ろうかな、くらいかな?」
「お前が!!俺の作品に出られる訳ねえだろうが!!このド素人が!!」
遂に椅子から立ち上がった大和君。ガチにキレていらっしゃる様子。
昨日の試写会でも駄作って言われていたのに傷付いていたからな。だけど酷評は仕方ないだろ。
逆に面白かったって評価も少なからずあった事実を忘れるなよ。
「ド素人って、大和田もド素人だよね?賞とか取った事あったっけ?映研は何かの賞に応募して、一次落ちばかりだけど、大和田は応募した事あるの?」
押し黙る大和田君。無いって事だ。
槙原さんは逆に鼻で笑う。
「アンタの趣味に付き合ってくれたクラスメイトを馬鹿にするなんてねえ…クズの見本市みたいな奴だよね、大和田って」
すげー悪口だ!!達人の域に達している!!ある意味感心するよ!!
大和田君がプルプル震え出す。怒りを押さえ切れないって感じで。
「槙原ぁ…男をあんま馬鹿にすんじゃねえよ!!ぶん殴られたいのか!?」
「あはは!!暴力で黙らせようって?ホント馬鹿だね。隆君の目の前で殴るって言っちゃう所なんか特に」
おいおい…確かに手を上げようとしたら反対にぶち砕くけどさ、さっき止めたのは槙原さんだろ。俺を引っ張り出してどーすんの?
「ちっ!!」
大和田君は立ち上がり、八つ当たり全開で椅子を蹴り倒す。
そして教室から出て行こうとした。
「ど、どこ行くんだ大和田君?」
「…帰るんだよ。どうせ失敗作だ。恥晒してカッコ悪い思いするくらいなら、最初から居ない方がいいだろ」
それは筋が違うんじゃねえ?
俺は引き止めようと声を掛けようとするが、それより早く槙原さんが追い込む。
「ちょっと大和田、アンタの企画でみんな協力して作ったクラスの出し物なんだよ?アンタの駄作の責任をクラスのみんなに負担させる訳?最低でもアンタは最後までお客さんをもてなしなさいよ?監督の責任でしょ?」
「うるせえな!!知らねえよそんな事は!!」
バン!!と力一杯ドアを閉じて駆けた。
本気で帰ったのか?だとしたら…ガッカリ過ぎるだろ!!
「う~ん…ホントに帰っちゃったねえ」
あっけらかんと。
「いやいやいやいや。クラス展示の最高責任者だろ大和田君は?帰っちゃったじゃ済まないよ!!」
失敗作だろうが駄作だろうが関係ない。これはただの責任だ!!それを放棄するって事は…
「つ、連れ戻さなきゃ!!」
「まあ待ってよ。やる気の無い奴に頑張って貰おうって思わない方が良いよ。頑張らないからさ」
いや、言わんとしている事は解るけど!!責任者として最期まで居て貰わないと!!お客が来ようが来なかろうが!!
「隆君と春日ちゃんが頑張ればいいだけだよ。勿論私も協力するし」
協力って…駄作だから協力しなかったって言っていたよな?
俺は余程変な顔をしていたんだろう。槙原さんはそんな俺の顔を見て噴き出した。
「大和田には協力する気無いけど、隆君と春日ちゃんには協力するよ。当たり前でしょ?」
だからその複雑な顔はやめなさい、と再度笑われる。
でもそうか。そうなると有難いな。だが、具体的にどうやって?
「映画は駄作でつまんない。だからこの展示で上位狙うとかは諦めてね」
「うん…解っているけど…俺一応主演なんだけど…」
主演の前で駄作駄作言うな。心が折れそうだ。
「だから、来たお客さんには誠心誠意、持て成そう。最低限の礼儀だよ」
「そりゃ、最初からそうするつもりだったけど…最初は監督と主演男優、女優の挨拶だけだったぞ?監督不在でこれ以上やる事あるの?」
俺には思いつかないな…これ以上出来る事なんか無いんじゃないのか?映画だからポップコーン配るくらい?
「まあ、その辺は手を打ってるよ」
自信満々な槙原さん。
「その通り!!こうなる事は想定済みだから!!」
突然現れた花村さん!!どこに隠れていたんだ!?
「花村さん!?想定済みって!?」
「大和田は絶対に逃げるって解っていたからね。私、中学あいつと同じだから知っているんだよ」
同じ中学…?この結末を予測できる事件が過去にあったのか?
「緒方君は気にしなくていいから。挨拶をきちんとやってくれればいいからね。尤も、どう繕っても駄作だから、好評価は得られないから、そこは期待しないで」
「う、うん…」
順位は低いだろうが、頑張ったみんながむくわれるように、来てくれたお客さんに失礼な事はないようにできればそれでいい。
だが、どうしても気になる事があったので思い切って聞いてみる事にした。
「あ、あの花村さん。中学時代にも似たような事あったの?」
花村さんは苦笑いしながら頷く。
「うん。あいつ、中学の時ラノベ同好会だったのよね。で、文化祭のクラス展示に、自分のラノベごり押ししてさ」
クラス展示にラノベ!?どうやって展示するんだ?図書委員が自分の小説売ったり、漫研が同人誌売ったりするような感じか?
「あんまりうるさいからクラス全員で読んでみたのよ。これがまたクソくだらない内容でさあ。今回の映画みたいな願望垂れ流しのオナニー小説って感じでさ」
女の子がオナニーとか言うなよ…どきどきするじゃねーか…
「クラスはほぼ全員が反対したんだけど、何か別のやりたいって案も無かったし、 そこを突かれてラノベ押し込まれたんだよね」
それはそのクラスにも問題があるんじゃ無いのか…?反対するんだから、代案出せばいいだけなのに。
「ちなみに自作ラノベごり押しって、具体的に何したの?展示?」
槙原さんの突っ込み。それは実は俺も気になっていた。
「あらすじだけ展示して、本編は販売。同人誌みたいなもんかなあ?尤も、印刷はコピーだけどね」
「ふ~ん…それ何部販売したの?」
「500ページを1000部、だったかなあ。もっと多かったかも」
け、結構頑張ったんだな…お金も掛かったんだろうな…
「それで、どのくらい売れたの?失敗したんだから赤字なのは解るけど」
「一冊も売れなかった。あらすじ読んで終わりのお客ばかり」
……逆に興味が湧くなあ…あらすじで誰も食い付かなかった作品か…
「ふ~ん…似たような事って、やっぱり逃げ出したの?一冊も売れなかったと言っても、文化祭自体には参加した形になっているんでしょ?」
突っ込むなぁ槙原さん。まあ、俺も気になるけどさ。
「午前中はね。あらすじ読んだお客さんがつまらない、とか、興味湧かない、とか本人の目の前で酷評しまくりでさ。心折れちゃって逃亡したって訳。で、企画立案者の作者が不在になっちゃったから、午後からは放置。あらすじ展示会になっちゃった」
成程…今回と似ているな。違うのは、今回は他人のせいにしてバックれた所か。
それにしてもチャレンジスピリッツは大したもんだ。俺ならもう二度と似たような事には手を付けないな。
そこで槙原さんがパン、と手を叩く。
「さてさて。花村さんの予想通りに監督さんが逃亡しちゃった訳ですが、対策練ってあるんだよね?」
「うん。対策って程のものじゃないけどさ。こんな駄作でも観に来てくれたお客さんがいるし、何よりクラス巻き込んじゃったからさ。最低でも体は良くしなきゃって事で、コーヒーとポップコーンを無料で振る舞う事にします。その分の経費は押さえてあるから、気にせず振る舞っちゃって!!」
経費押さえてあるって…大和田君の事全く信用していなかったんだな…
まあ、自業自得だけど。
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