二学期~004
「よし…確認できた事だし、帰るぞヒロ」
長居は無用だ。誰かに気付かれる前に、この場を去る。
「……いいのかよ?もう少し張ってりゃ、もっと何か解るかも知れねぇぞ?」
尤もだが、見付かるリスクと天秤に掛けたらな。だから…
「夜にまた来る」
「そうかよ…俺も…」
付き合う、と言い出す前に肩を叩き、静かに離れた。
人通りが無い道を選んで通り、何とか大通りに出た所で切り出す。
「お前に頼みがある」
「夜の張り込みか?そりゃ勿論…」
言い終える前に首を振って否定した。
「今日学校休んで病院に行ってくれ」
「……須藤が入院していた病院か?退院したかどうかの確認か?」
それもあるが、本命はそれじゃ無い。
朋美が退院したとしたら、槙原さんがそれを知らない筈は無い。
なら、朋美はまだ入院中って事になる。いきなり退院出来たって線もあるだろうが、あの状態で退院はさせないと思うし。
「朋美が病院に戻る時間と、家に帰る時間を調べて欲しい。悪いけど、一日中病院での張り込みになる」
「その言い方じゃあ、須藤は日中病院で大人しくしているみたいだが…?」
頷く俺。
「脅したか金を掴ませたのかは解らないけど、、多分夜だけ外出許可が出ているんだ。勿論病人だから身体の事もある。だから眠る為に帰るだけの外出許可が取れたんじゃないか?名目は精神的なリハビリとか何とかってので」
「心療系の治療の一環として家で寝るってか?ありそうだな…実際壊れているみたいだしな」
その壊れっぷりは今に始まった事じゃ無い。小学の頃から壊れていたと思う。被害者の俺が言うんだから間違いない。壊れた理由は知らないし、どうでもいいし、興味も無い。だから調べるつもりも無いけど。
「よし、解った。今日はサボる。一応写真も撮っとくか?」
「そうだな、頼む。つか、俺の読みを疑わないのか?間違っているかも知れないぞ。お前が見たのも、本物の幽霊かも知れない」
「それを確かめる為にも手っ取り早い方法だろ」
違いない、と笑う俺。自分で見た事が一番信用できるからな。
「じゃ、早速帰って病院に行くからよ。メールか何かで逐一報告した方がいいか?」
「そうだな…写メかなんかで証拠と一緒に送ってくれたら有り難いが、アレ音出るから無理しなくていいぞ」
証拠写真は欲しいが、シャッター音でばれたら元も子もないからな。
「そこの所は上手くやる。だが、やっぱ状況次第だな」
それがいいと頷いて同意する。
「じゃ、行くわ」
「ああ」
そう言って走り去るヒロ。ロードワークっぽい。今日は走っていないから少しでも、って所か。
俺も走る。距離が全然足りないが、やはり気持ちって事で。
昼にでもちゃんと走ろう。やっぱ毎日の日課を欠かすと、気分的に良くない。
それより、家に待たせている楠木さんだ。
おとなしく部屋の中にいてくれたらいいのだが。
家に帰って部屋に直行した。
楠木さんは俺のベッドで爆睡中。昨日夜遅かったし、朝早かったからな。
俺は肩を揺すって楠木さんを起した。
簡単に目を開けた楠木さん。上体を起こして瞼を擦る。
「まだ眠い?」
「…ん」
「ウチの親、八時には家出るから、それまで寝てていいよ」
「そんな事より、なんで始発で帰らせなかったの?期待しちゃうよ?」
何の期待か解らんが、兎も角俺は苦笑いをして訳を話す。
「朋美が実家に居る」
「は?須藤の事だよね?あいつ入院中でしょ?そんなに簡単に退院できる身体じゃ無い筈だよ?」
良く調べてんな。その通りだ。内臓のアチコチがやられている。退院どころか、本来なら外出も許可されないだろう。
だからこそ欺けられる。
長くは騙せないだろうが、俺の周辺を仲違いさせられるくらいの時間は、騙し通せると踏んだと思う。
憶測と今朝の事を交えて説明すると、感心するやら呆れるやらの楠木さん。
「大沢は見た、のよね…それにしても…はあ…」
「そこまでやるのか?と思うだろうが、あいつならやる。事故とは言え、人を殺しても何も感じない奴だ」
病的なまでの執着。正直言っておっかねえ。が、あいつを本当の意味で黙らせないと、後々厄介な事になるだろう。
「うん、解った。じゃあ私、今日は遅刻して学校行くね」
「そうしてくれ。俺は怪しまれないように普通に出るから」
頷く楠木さん。でもね、と続ける。
「須藤の事も大事だけど、私達の事忘れてないよね?秋まで決着付けるっての」
「そりゃ勿論」
そっちはそっちで重要案件だ。
麻美を安心させて無事成仏させる。
その為にも、俺は覚悟を決めたんだから。
「おっけ。忘れていなかったらいいよ」
笑う楠木さん。俺はそんな楠木さんに、帰り際に買ってきたお茶を渡した。
「兎に角親父やお袋が出るまで、悪いが此処に居てくれ。喉渇くだろうから、これ…」
「うん。ありがと」
受け取って俺に背を向ける。
「着替えするんでしょ?見ないから早く済ませて?」
「あ、ああ」
逆に気を遣わせた。少し申し訳ない気持ちで着替える。
「……今日は春日ちゃんの日だね」
何だその日替わりは?
「約束しているんでしょ?」
「そういや、今日はファミレスに来てくれって言われたな。多分噂の事だろうけど、この事を説明すれば安心するかな?」
「どうだろ…噂の事には違いないんだろうけど、私や隆君の事じゃ無い気がする」
思案顔な楠木さん。何か気になる事でもあるのか?
まさか春日さんの噂も…?
幸いに朝飯はパンだった。
なので、二階の俺の部屋で隠れている楠木さんにトーストとコーヒーを渡せた。朝飯としては少し寂しいかも知れないが、我慢して貰う。
打ち合わせどおり、楠木さんは俺の親が家を出て頃合いを見計らって脱出。その後一旦家に帰って登校。
一応担任には病院に行ってから登校すると連絡を入れたそうだ。これで心置きなく遅刻できるって訳だ。
「じゃ、行ってきます」
「うん。後でね」
そう、何となく恋人チックな挨拶を交わして家を出る。
「おはよう緒方君」
いきなりの挨拶に心臓が止まるかと思った。
だが、それは俺が秘密を持っている後ろめたさに他ならない。登校に付き合ってくれている国枝君に何の責任も無い。
「お、おはよう国枝君」
「ん?なんかぎこちないような…」
意外に鋭いな国枝君。
だが、彼は槙原さんに気を付けろと俺に助言をしてくれた。その誤解を解かなくてはいけない。
話のきっかけに、さっき突っ込まれた、ぎこちないってヤツを利用させて貰う。
「うん。ちょっと掴んだからさ。なんか焦っちゃって」
「掴んだ?」
怪訝そうな国枝君。興味は持ったようだ。
「うん。噂の事だけど」
「……緒方君が佐伯って人を殺したってヤツかい?」
流石と言おうか。俺の噂がどこまで広がっているのか解らないが、国枝君は知っているみたいだ。
「うん。それだけじゃ無いけどな」
「……こんな事言いたくないんだけど、槙原さんが広めた可能性があるんだ。ちゃんと理由もある」
「へえ?どんな理由?」
「緒方君の事もだけど、楠木さんと春日さんの噂も聞こえて来ているんだ。結構な広範囲でね。でも、槙原さんの事は何も無い」
「その理屈じゃ、ヒロが噂を広めた可能性もあるんじゃないか?」
「そうなんだけど…」
肯定。つまり広がった噂は俺、楠木さん、春日さんのものだけか。あくまで今の所なんだろうが。
仲違い狙いか孤立狙いか、流れ的に槙原さんを疑うように仕向けられている。国枝君はまさにそう思ったんだろう。
取り敢えず、槙原さんの疑いを晴らすか。
「槙原さんはそんな解り易い手口は使わないと思うよ。それじゃ疑ってくださいと言っているようじゃないか?」
「それも戦略の内、とか考えられないかい?現に緒方君は槙原さんを擁護しているように見えるし」
それも楠木さんとのやり取りで話したな。やっぱそう考えるか。
「まあ、そうだけど。でも、一番厄介な槙原さんを、離す狙いがあるんじゃないか?」
「槙原さんも嵌められていると言うのかい?誰に?」
「朋美に決まっている」
「………………え?」
国枝君の声が後ろから聞こえたので、振り向くと、一緒に歩いていた筈の国枝君が、足を止めて呆けていた。
俺は国枝君の所に戻って、どうした?と訊ねた。
「……いや、彼女は入院中で、脱走したけど捕まって、病院に送り返されたんじゃなかったかい?そんな彼女に、どうして疑いを掛けられるんだい?」
う~ん。なんつーか、面白いなあ。
その情報は、槙原さんが持って来た情報。
槙原さんは疑うが、槙原さんからの情報は疑わない。
これって結構危険な事じゃ無いのか?
まあ、そこまで求めるのも酷な話だ。
今までも槙原さんの情報に頼って来たんだ。自然と信じるようになっている。これも危険だな。もしも万が一槙原さんが裏切っているのだとしたら、こっちの負けは確定だ。信用程厄介なトラップは無い。
まあ兎も角、今回の件は槙原さんの仕込みじゃない。
俺は真顔を作って国枝君に言う。
「朋美は実家に居るんだよ。今朝確認が取れた」
「え?ち、ちょっと待って。ど、どういう事だい?」
今朝の張り込みの事を話す俺。国枝君の顔色が、見る見るうちに真っ青になる。
「………そ、それ、大沢君の見間違いの可能性は?」
「無いとは言えないけど、でも間違いないと思う。ヒロには病院に行って貰って、確認を取って、間違いが無ければ其の儘張り込んで貰う事になっている」
「な、何でそんなに自信満々なんだい…?」
夢が根拠だとは言えないな。俺は笑ってそれを流した。
神妙な面持ちで押し黙る国枝君。
「どうした?」
「……その話、大沢君しか知らないのかい?」
「いや、楠木さんも知っている」
「楠木さんも?今朝の話なのに、情報が早いな…」
言えない。お泊りさせたなんて言えない。
「まあ、色々とね…」
誤魔化しも何も無い。精一杯言葉を濁すのみだ。
「楠木さんや大沢君にはなんて?」
「いや、何も?さっき言ったように、ヒロには病院に張り込んで貰って、楠木さんには取り敢えず黙って貰うくらいかな?」
「表に出さない訳か…」
「出すよ。証拠が揃ったらね」
反撃開始ってヤツだ。最低でも俺等に関わるな、ってのを約束して貰う。
俺等に関わりさえしなきゃ、どこで何やろうが、それこそ死のうが、知った事じゃ無い。
「しかし成程…槙原さんを遠ざける作戦か」
一番厄介だしね、と、笑い合う。
「でも、そうなると凄い心苦しいな。僕は槙原さんを疑ったから…」
頭のいい国枝君が疑うんだ。誰だって疑うんだろう。だが、楠木さんは違った。
あの子ならもっと疑われないようにする、だったか。
それは信頼に他ならない。すげえな楠木さん。
そうなると、春日さんはどうなんだろうか?
今日ファミレスに行くから、帰りにでも聞いてみるかな。
それに、当事者の槙原さんは、今何を思っているんだろうか?
多分自分は疑われていると思っているだろうし、それに対しての釈明も無い。
大人しいくらいだ。それが逆に怖かったりするんだが。
大体いつもの時間に到着。今日はロードワークをサボったから、夜にでも埋め合わせしなければならないな。
でも、今日は春日さんと約束があった。その約束が終わってからかな。毎日身体を動かしていたから、一日サボると何か気持ち悪いしな。
そんな事を考えながら自分の机に座る。
楠木さんは打ち合わせ通り、まだ来ていない。ヒロは病院に張り込みで今日はサボり。
居ないと解っているいつもの顔。なんか寂しい気持ちになる。
「……おはよう隆君。今日の約束…」
俺より先に来ていた春日さんが話し掛けてきた。
「うん。覚えているから大丈夫だよ」
コックリ頷く春日さん。なんか安心したようだ。
「おはよう隆君」
此方は俺の斜め前の席から乗り出して挨拶してきた。
「おはよう槙原さん。なんか隈出来てない?」
「うん。ちょっと調べものして、夜遅かったから」
てへへ、と笑うが、なんか痛々しかった。
自分に疑いが掛かっているであろう噂の出どころでも調べているのか?そんな心配しなくていいと、今直ぐ言いたかったが、今は駄目だ。ゆっくり話せないからな。
「あのさ」
言い難そうに顔を近付けて、小声で囁く様に言ってきた。
「噂、もう聞いた?」
「うん」
「そっか…広まるの、早いな…」
参っているようだが、自分が疑われている事はどう思っているんだろうか?
「その事で少し話がしたいんだけど」
表情が曇る槙原さん。やっぱりか。と小さな声で呟いた。
だが、瞬間表情を変えて、ニコッと笑う。
「うん。いいよ。お昼休みにでもどうかな?」
「うん、それでいいよ」
「解った。じゃ、お昼休みにね」
そう言って自分の席に戻った。
その時俺は見た。一瞬だが、顔を顰めた槙原さんを。
痛がっている。
心が痛いと、必死に我慢をしている顔だった。
昼休み。楠木さんは昼休みギリギリに登校してきた。
俺ん家から電車に乗って家に戻って着替えて登校するのなら、此処まで時間はかからなかった筈だが、多分昨日の睡眠不足が祟ったのか、家で仮眠してきたんだろう。
証拠に顔色がとても良い。まあ、無理して登校する事も無いから、いいのだが。
お昼はまだだったのか、お手製のお弁当をお机に広げ始める。
さて、俺は槙原さんと話を、と立ち上がった。
「あれ?隆君今日もパンなの?」
「いや、ちょっと今朝の件を槙原さんにね…」
なるべく小声で言う。
無いと思うが、このクラスに朋美の仲間が潜んでいるかも知れない。
里中さんは俺側だから問題ないとしても、注意は必要だろう。なんせ実家に泊まる為に、病院から外出するような奴だし。
「そっか、うん。了解」
そう言ってお弁当のおかずに箸を刺す。
俺の邪魔はしないし、春日さん、槙原さんとの約束は守る。との意思表示だろう。
俺は学食で槙原さんと一緒に昼食を取る事にした。
あの話をする為に、なるべく隅の方の席を陣取る。まあ、騒がしいから、小声でなら会話は聞き取られないだろうけど。
「珍しいね。こんな隅っこ」
「そうか?混んでいる時とか結構使っているけどな」
あまり人気が無いこの隅っこの席。日当たりも悪いし、カウンターまで一番距離があるからだ。
「でも、今日はそんなに混んでないんじゃ…」
「いいじゃねーか。俺腹ペコなんだから、もう移動したくねーよ」
「別にいいんだけどね…」
そう言って俺の正面に座る。
「槙原さんは親子丼か…」
「うん。隆君は此処に来ると、大体カレーかラーメンだよね。今日は味噌ラーメンか…」
いいじゃんか。味噌ラーメン旨いじゃん。
そっちの親子丼の方が美味しそうだけど。一口くれよと言いたい。
いただきますと手を合わせてラーメンを啜る。
うん、普通だ。店のラーメンとは比べても仕方ないが、そこそこ食える。
この固ってえチャーシューがまた普通だ。普通と言えば親子丼はどんなんだろうか?
ふと見ると、槙原さんは箸を割ってすらいなかった。じっと俯いている。傍から見れば、親子丼を凝視しているように見える。
「……」
「食べないの?」
「ん?ああ、うん」
一応返事はしてくれるが、やはり箸を割る気配は無い。
相当堪えているんだろうな。自分に疑いが掛かっていると思い込んでいるんだろう。
なので、先ずはそっちの方から解決する事にした。
「噂、槙原さんが流したって、全く思っていないから」
「……うん…ありがと。でも…」
俺が気を遣って言っていると思っているのか、歯切れが悪い。
しゃーねえ。んじゃ、ネタバラシしてやろう。
「あれ流したのは、多分朋美だ」
ゆっくりとだが顔を上げる。
眼鏡の奥の瞳が、俺の真意を確かめようと鋭くなる。ぶっちゃけ、俺が疑っていると思い込んでいるんだろう。
「……証拠かなにかあるの?単なる憶測なら、気休めにもならないよ?」
「証拠は無い」
「だったら…」
ああ、グダグダうっせーな。
「つい最近病院脱走した朋美を、家とか病院に通報したのは、槙原さんだろ?」
「うん。あそこの病院に、ちょっとした知り合いが勤務しているから、その伝手で仕入れた情報でね…」
「多分、それって朋美の確認だ。誰が一番警戒しなきゃいけないか。で、やっぱり前から警戒していて、目障りな槙原さんを、いの一番に潰そうと考えたんだろうな。その種の仕込みは、俺が夏休みに絶縁しに行った後。その頃から噂は流していたんだろう。まだ元気だった頃にギリギリの情報を与えてキョドらせていたんだ。一番警戒されていたのに、更に確信されて、一番に潰そうって画策したんだろう。多分この二、三日は槙原さんに疑いがより一層掛かるように動いていると思う」
「だから、あの子は今病院の中で監禁に近い状態なんだよ?噂広める暇なんかないよ」
「監禁状態ならそうだろう。だけど、ある程度自由ならどうだ?その自由な時間を使って仕掛ける事くらいは可能だ」
一瞬だが頷いた。だが、直ぐに否定するように首を横に振る。
だから、そんな暇は無いってと、か細い声で呟きながら。
「じゃあ、暇があるのなら、噂は広められるよな?」
少し考えて、やはり否定の首振り。
「暇は本当に無いんだって。あの子、病院にスマホ没収されているんだよ?パソコンは持ち込めないしさ」
病院側もそこまでやっていたのかと感心した。
だったら夜の外泊も断れば良かったのに。やっぱ金か?まあいいや。
「朋美が実家に居るとしたら?」
「……それはちょっと考えられないかな…あの子、結構な重病だよ?肉体的だけじゃなく、精神的にも」
「居るんだよ。夜の間だけ」
丁度のタイミングでヒロからのメール。
開くと本文と写メが添付されている。
【お前の読み通りだった!!結局写メ取れたのは一枚だけだが、張り込み途中でなんかあったらメールする!!】
写メは救急搬送口に、実家の車から降りてきた朋美の姿。パジャマだったが、冷えるのを恐れてか、カーデガンを羽織っている。撮影時間は午前9時42分。
そのメールを見てほくそ笑む俺。
「……夜の間だけ居るって、監禁状態なのに、そんなの無理…」
無理無理うるさいから黙らせる為に、今送られてきたメールを見せる。
なんなの?と言った表情の槙原さんだったが、その顔に生気が蘇ってきた!!
「これって……!?」
「見ての通りだ」
ドヤ顔の俺。槙原さん相手に、こんなドヤ顔が出来るとは、夢のようだ。
「いつ気付いたの!?」
「昨日の晩と言うか、今日になってからと言うか…」
根拠は夢だ。とはやはり言えない。どんなオカルトだ。
「そっかぁ…そっかぁ!!」
いつもの槙原さんの目に戻った。
なんつーか、怖いんですけど。嬉々としているし。
「大沢君が今日休んだのはこの為?」
「うん」
「美咲ちゃんが遅刻してきたのも?」
「半分うんかな?」
「今日春日ちゃんと会うのも?」
「それは会ってからになるのかな?」
「そっかぁ!そっかぁ!!」
嬉しそうだな。こんなに嬉しそうなのは初めて見たような気がする。
全く手を付けていなかった親子丼を、俺の前に滑らせてスマホを持つ。
「食わないの?」
「食べている暇があると思う?」
物凄い嬉しそうにスマホを弄る槙原さん。
味噌ラーメンと親子丼か…お腹キツくなりそうだが、勿体無いからな。
「大丈夫。男子のラーメンはお味噌汁の代わりだから」
「心を読むなよ全く」
いただきますと手を合わせて親子丼を口に入れる。
うん、普通に旨い。つか、思ったより量少ねえな。ラーメンのお供には有り難いけど。
「……ねえ、隆君は疑ってなかったの?」
スマホから目を離さずに、槙原さんが聞いて来る。
「疑うも何も、槙原さんならもっと上手くやるだろ」
「あはは~。褒め言葉になってない」
まあ、確かに褒めてはいないかな?思った通りの事を言ったまでだし。
「でもなあ、疑いを覆すの、大変だったんだぞ?」
「確かにそうだよね。私達の関係を知っている人なら、私が何かしたと思うよね。私の噂、一つも出てなかったし」
つまりは春日さんの噂も出回っているって事だ。今日の約束は多分それの事だろう。
「春日さんの噂か…」
独り言で呟いた。春日さんは父親に性的虐待されていたって過去がある。それを広められたのかも知れないな…
「春日ちゃんは私を疑っているよ。波崎から聞いたから」
やはりスマホから目を離さずに言う。
「多分そうなんだろうな。ヒロが波崎さんが困っているみたいな事を言っていたから」
「あそこは西高のテリトリーだからね。隆君が幾ら木村君と約束しても、馬鹿はやっぱり湧いてくるんだよね。今は波崎が頑張って防いでいるようだから、少し安心だけど」
ヒロが暴れたって話を聞かないから、波崎さんが宥めているんだろうな。
「いいさ。それも今日で終わらせるから」
「……木村君とは友達でしょ?大丈夫?」
糞が俺の周りでふざけた真似すれば、黙っている訳が無い事を、木村は知っている。
メンツだ頭の責任だと木村が俺に報復するのなら、それはそれでもいいさ。俺達の関係はそんな甘ったるいもんじゃない。
「木村君と隆君って、実際どっちが強いの?」
話のついでのように聞いて来る槙原さんだが、スマホを弄っていた指が止まっている。
弄るのを休めてまで聞いて来たんだ。結構重要な事なんだろうか?興味本位だとは思えない。
「……過去に何回かやり合っているが、負けた事は無いな」
「今なら?」
「……解んね。二年になって、やり合った事は無かったし」
今までは二年に来るまで一回しか無かったし、しかも春だ。進級して暫くした後に春日さんに刺殺されたので、木村との絡みも無いままだ。よって今はどう転ぶか解らない。
「波崎が西高生を頑張って追い払っていた最大の理由が、大沢君を揉め事に巻き込まない為なんだよ」
「ああ、ヒロは無茶すっからな」
「違うくて」
今度は画面から目を外して俺を見る。
「大沢君、言っていたんだって。隆と木村とだけは絶対にやり合いたくない。負ける可能性が高いから」
……ヒロが木村を認めたのか…こりゃ、今回はヤバいかもな…
「まあ、木村君との勝負の勝ち負けは、重要じゃ無いんだけどね。私が心配しているのは、黒木さんの事」
「木村と付き合っているんだったな」
「うん。西高を叩けば、木村君が出て来る可能性が高いでしょ?私はあっち系の男の子の世界はよく解らないんだけどさ、舐められたらやり返すんでしょ?」
普通はそうだ。糞共はどう頑張っても、自分が悪いなんて微塵たりとも思わない。
だが、木村とはそういう約束をした。ファミレスに迷惑掛けんなと。掛けたらお前が責任を持って制裁しろと。
勿論、あいつの事だ。俺との約束を守って制裁はしているんだろう。だが、今回はそれが追い付かない程、春日さんに纏わり付いているって事だ。そうじゃ無きゃ、波崎さんが孤軍奮闘している筈が無い。
んじゃ、俺がやっぱり約束ってか、宣言通りに西高の糞共をぶち砕いたとしよう。そうなりゃ、あいつもあの頭の悪い学校を纏める為に、俺に報復せざるを得ない。望む望まないに関わらず。
多分だが、木村もそこの所はちゃんと解ってやり合う覚悟はしている。どっちが勝とうが負けようが、それは実はたいした問題じゃ無い。つか、勝つのが難しい相手だし。
問題は黒木さんだ。
あの西高総大将の明人君を束縛して苦しめている綾子さんは、俺が木村とやり合った場合どうなるのだろうか?
「最悪須藤側に付いて、仕返ししようって考えるかも」
まさか…それは幾らなんでも…
「隆君、笑顔引き攣ってる」
指摘されて、慌てて顔を両手でぐにぐにさせる俺。
「木村がそれを許す訳が無い!!」
じっと俺も顏を見つめる槙原さん。やがて破顔する。
「うん。隆君がそう言うんなら心配しない」
「そ、そう?」
「うん。木村くん、信じられているねえ。私と同じだ。あはは~」
照れ笑いする槙原さん。だが、そうだな。
俺は槙原さんを信じているし、木村も信じている。
今回やり合う事になったとしたら、それは木村の仕事が間に合わなくなったから、俺が手伝ったって話だ。
昼休みも終わり、教室に戻る。結構話し込んだせいか、予鈴ギリギリに滑り込んだ形だ。
隣の楠木さんが小声で話し掛けてくる。
「遥香と一緒だったんだよね。話したのよね?」
頷いて笑う。それで通じたようだ。
「そっか。よかった」
「今日は塾だろ?」
「うん。サボって付いてってもいいよ?」
苦笑して断る。
「ちゃんと講義受けなきゃ駄目だろ。別に心配は要らないよ」
チラリ、と春日さんに視線を向けると、やはりそこでも通じた。
「うん、解ったよ。春日ちゃんの事、お願いね」
良い子だよなあ…自分の噂も流れているのに、二人の心配か…
俺は応えるように力強く頷いた。
この信頼に応えなきゃ男が廃る!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます