二学期~005

 放課後。教科書をカバンに詰め込んでいる最中、春日さんが俺の袖を引っ張った。

「な、なに?」

「……今日の約束…」

「今朝も言ったろ?覚えているから大丈夫だよ。それとも一緒に行く?」

 こっくり頷く春日さんは、表情だけならいつも通りに見える。

 だが、迷っているような感じに見えた。

 その事も踏まえて、道中に聞いてみようか。

「よし、いいよ。じゃ、行くか」

 俺の横に回り込み。並んで歩く形になる。

 流石に手を繋いで来ないし、腕も組んで来ない。

 だが、校門から出た途端、ぎゅう、と手を握って来た。

「め、珍しいね?」

「……そう?」

 握った手を一旦離し、速攻で恋人繋ぎにシフトする春日さん。

「……こっちの方が良い」

「そ、そう?」

 いや、嬉しいけど、周り視線がキツイ。だが、何つーか、前の春日さんに戻ったような感じだった。

 他人を遠ざけて一人でいながら、それが嫌だど泣いていた、眼鏡を外す春日さんに。

 不安だから手を離すまいとした結果が、この恋人繋ぎなのかも知れない。

 電車に乗ると、いきなり話し掛けてくる奴がいた。

 制服は海浜のものか。そいつは横に俺がいるのに、構わずに、春日さんに纏わり付く。

「白浜の春日さん、でしょ?」

 頷いて肯定。何かうんざりしている様子だ。

「やっぱり!!ネットで顔晒されていたから、直ぐに解った!!」

 その声に呼び寄せられるように、ワラワラと春日さんを囲み始める他校の男子。

「マジ可愛い!!こんな子が!?」

「噂だろ噂。だけど興奮しねえ?」

「ああ、こんな子なら親父に犯さ」

 続きの言葉を聞く必要は無かった。

 俺はそいつの顔面に一発叩き込んで転がした。

「いってえええええ!!」

 一気に慌ただしくなった車内。

 転がり回っているそいつを中心に、遠巻きになる海浜のクズ共。

「動いたら他の乗客に迷惑だろうがクズが」

 思い切り踏み付けて動かないようにし、海浜の奴等を見回す。

「……た、隆君、私は気にしていないから…こんなのただの噂だから…」

 俺を案じて春日さんが止めに入るが、俺の名前を聞いて、海浜のクズ共が騒ぎ出した。

「隆って言ったぞ今…」

「落ち着け、白浜でも隆って名前の奴は、結構いるだろ…」

「だ、だって、確かこの子と仲良い男っつたら…」

「あいつ学校の近くだろ?この電車に乗っている筈無いじゃないか…」

 もう希望丸出しである。俺があの隆じゃないように、との希望だ。

 俺はそいつ等を睨み付け、低い声で言った。

「次の駅で降りろ…」

 ひっ、と小さい悲鳴を漏らす海浜のクズ共。頭がいい学校っつったって、クズはいる。そんなクズをぶち砕いても問題はない。

 しかし春日さんは俺の腕にしがみ付いて首を横に振る。イヤイヤと振る。

「……殴る価値ないじゃない?こんな人達…」

 安堵の空気が奴等から漏れる。

「価値云々じゃ無いよ。俺が許せないだけだ。俺が気に入らないだけだよ」

 一瞬で安堵の空気が失せる。中には泣き出す奴もいた。

 面白半分でからかい、ちょっかいを出すからこうなった。俺が罰を与えるのもおかしな話だが、俺の気が済まない。だから単なる俺の我儘だ。

 相手が俺で良かったと感謝しろ。俺なら一日で終わるが、性格が悪い奴なら、毎日暇潰しのようにやって来ては、憂さ晴らしで殴って喜ぶんだ。

 青くなって震える海浜のクズ共の中には、助けを求めるように春日さんを見ている奴もいる。自分でからかった相手に助けを求めるとか、どういう神経をしているんだろうな。

「……駄目だよ?ね?」

 春日さんの懇願するような目。俺は舌打ちをした。

「おい」

 返事の代わりにひっ、と悲鳴が挙がる。

「全員の連絡先を教えて貰おうか?」

「そ、それは後から殴りにくるって事ですか…?」

 びくびくしながらも聞いて来る奴がいた。他はただ黙っているか、涙目になっているかだけなのに。

 認めないが、この中では一番話ができそうだ。だからこいつに頼もう。

「詫びはして貰う。だが、ぶん殴ったりする訳じゃ無い。ちょっと頼もうと思ってな」

「た、頼みって?」

 頷く。それに対して、春日さんは注意深く観察するように見つめている。俺を。

「お前等春日さんの噂を知ってんだろ?その出所をさぐれ」

 キョトンとする海浜のクズ共。春日さんは此処で漸く警戒を解いた。俺から。殴る気が無くなった事を確信したように。

「聞こえなかったか?俺の大事な人の糞噂流した糞を捜せっつったんだよ」

「……」

 赤くなって俯いた春日さん。そこはちゃんと拾うのか。大事な人の部分は。

「で、でも噂ですよ?単なる噂…」

「どこかの掲示板に貼られていたとかあるだろうが。それを探せっつってんだよ」

 流した奴は特定しているけど、俺が噂元を探しているって思わせるのが目的だ。

「そ、それならこの掲示板に…」

 直ぐに逃げたいのが丸解りだった。最初に発見したサイトを俺に見せて来た。

「ふざけんなよ?どっかから拾って拡散させただけかも知れねーだろうが?」

「……」

「解ったら連絡先。生徒手帳も出せ。住所も控えるからさ」

 俺の言う通りに、プロフ画面を見せる海浜のクズ共。

 その間、俺は春日さんに頼んで奴らの住所と名前を控えて貰った。俺は監視しているから、目を放す訳にはいかなかったからだ。

 全員のを控えた時、丁度停車した。

「おい、降りろよ」

「え?」

 話が違うと言った目だった。

「お前等の腐れ目に春日さんを晒せるか。性的な目でしか見てねえだろうが?あ?」

 慌てながら下車の準備をし始める。

「おい、一日一回は連絡しろよ。ちゃんと仕事しろよな?」

 呼び止めて念を押す。

「は、はい…」

「解ったら行け。どうせ暇なんだろ?今から探せ」

「は、はい…」

「仲間内で情報重複させんなよ?二度手間は御免だぜ。馬鹿にしてやがると俺が思った時にお前等は…」

「が、頑張ります!!」

 脱兎の如く電車から出て行った。

 期待は全くしていないが、朋美への牽制にはなるだろう。

 奴等が去って直ぐに電車が走り出す。

 俺はガラガラになった車内(他の乗客は別の車両に移動したと思われる)の席に座る。当然隣に春日さんが座る。チョコンって感じで。

「……今日の事も、この手の類なんだろ?」

 頷いて肯定。

「西高の馬鹿共か?」

 また頷いて肯定。

「木村も制裁してくれている筈だけどなあ…」

 少し考えて頷いて肯定。

「……遥香ちゃんの事…どう思う?」

 いきなり本題か。状況を説明したかったのが今解っちゃったから、端折ったんだろうな。

「どうもこうも。俺達の味方で、大事な友達の一人だ」

「……うん…」

 一応肯定の返事だったが、迷っている表情だった。

「春日さんは槙原さんが仕組んだ事だと思っている?」

「……」

 首を横に振っての否定。しかし答えるまで若干の時間が掛かった。

 やはりどこかで信じきれていないのだろう。

 だから俺が感じた事を教えてやった。

「槙原さんは、自分に疑いが掛かるようなヘマはしない。彼女ならもっと上手く、バレないようにやる」

 ちょっと笑った春日さん。

「……酷い言いようだけど、そうだね」

「だが、槙原さんをちょっとでも疑っているって事は、俺と楠木さんの事も聞いたって事だろ?」

 頷いて肯定。

「……隆君の佐伯さん殺しの噂と、美咲ちゃんの薬代の為の援交と…私の…その…」

「解っているから言わなくていい。その中に槙原さんの話が出て来ないから、疑ったんだろ?」

「……ちょっとだけ…」

 俯いてしまった春日さん。槙原さんに申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろう。

「……波崎さんが違うって。誤解だって言っていたけど、毎日冷やかしに来る西高生を追い払ってくれるんだけど…でも…」

 どうしても疑ってしまう、か…

 考えれば考える程槙原さんに容疑が傾いてしまうんだよな。なまじ槙原さんを『知って』いる為に。

 久し振りに春日さんの沈黙攻撃を喰らいながらも、味が普通のファミレスに到着した。

 いつもならば俺を案内したいからと、着替え終わるまでは入店しないでと言われるが…

「今日はどうしたらいい?」

「……」

 沈黙。だからキツイって。

「また10分くらいしてから入店しようか?」

「……ううん、入って。もう波崎さん来ているから」

 頷いて入店する。

「いらっしゃいませえ!!」

 うお!!ビックリした!!

 いつもなら一人か二人くらいしかお出迎えしてくれないが、今日はバイトに入っている人数の殆どがお出迎えしてくれたのだ。

「って、春日ちゃんの彼氏だ!!」

 藍色のメイドコスの店員さんが、若干テンション高めで言った。

「ちょっ!!声デカいだろ!!他のお客に聞かれたら…」

 そこまで言って気が付く。

 店員目当てに、適度な数の野郎がいるこのファミレスだが、今日は客は俺一人だったのだ。

「な、なんでこんなにガラガラ?」

 平日でも多少の客はいる筈だが、この閑古鳥の鳴きようは初めてだった。

「馬鹿な西高生が大勢でやって来るからよ」

 吐き捨てるように言うのは、黄色のメイドコスの店員さん。

「昨日、一昨日と二日連続。一時カオスになったくらいよ。優ちゃんが追い出してくれなきゃ、警察呼ぶところだったよ」

 それは…噂が耳に入った頃と一致しているな…

「渋い顔しているって事は、やっぱ噂の事知っているんだよね。響子ちゃんが、その…」

「うん。知っているし、そっちも俺の噂を聞いているんだろ?」

「聞いているけど、流石に人殺しは嘘でしょ?」

 それは、逆に言えば、楠木さんと春日さんの噂は信じたと言う事だ。

 敢えて俺のデマを流したのは、二人の噂の信憑性を高める効果を狙った為かよ。

 そこまでは気が回らなかったな。成程、深く考えれば考える程、槙原さんが流したように思えて来るな…

 あの朋美が槙原さんと互角に張っているのか。ちょっと感心だ。

「つか、緒方君、なんか余裕そうだね?なんで?」

「いや…春日さんのせいにしてもおかしくないのに、みんな春日さんの味方なんだなあ、って思ったら、心強くてね」

 これは実際にそう思った。

 一昔前までの春日さんなら、此処までみんな心配してくれないだろう。春日さんも確実に変わっている証拠だ。

「いらっしゃいませ」

 着替え終わった春日さんの到着だ。

「あ、春日ちゃん、今日お客居ないからさ、相談あるんなら、奥の席に案内したらどう?」

「……え?でも仕事中だし…」

「いいからいいから。いつもバイトのシフト、代わって貰っているお礼って事で!!」

 きゃいきゃい騒がれて奥の席に押し込まれる俺と春日さん。

「えっと、ご注文は、二人共ケーキセットでいい?」

 注文まで指定されたよ!!しかも二人共って!!

「……流石に仕事中にそんな事は…」

 それはやっぱり断るんだな。普通の事だ。

「流石にやり過ぎか。ははは。んじゃ緒方君、注文は?」

「あーっと、なんか適当につまめるものとドリンクを。あんま腹減ってないからさ」

「んじゃフライドポテトでいいかな?」

 頷いて了承する。

 パタパタと緑色のメイドコスの店員さんが奥に引っ込むが、春日さんは取り残されたように俺の正面に座っていた。

「……あ、ドリンク注文したよね。私取って来るよ。何が良いの?」

「あ、いいよ。自分で行くから」

 流石に店員さんにそこまで甘える事はできないだろ。

 だが、春日さんは俺が立ち上がるより早く歩き出した。

 接客業が身に付いているのか、性分なのか。此処は素直に甘えた方がいいのだろうか。つか、もう行っちゃったし。

「……おまたせ。アイスコーヒーで良かった?」

「うん。ありがとう」

 暦の上では秋になったとは言え、まだまだ暑いので、アイスでもオッケーだ。

 一口飲んで喉を湿らせる。

「……おいしい?」

「いや、普通」

「……だよね」

 あ、笑った。やっぱ春日さん可愛いなあ。

 選択肢は『普通』で良かったのだ。俺もギャルゲーでもやってみようか?今なら難易度の高いキャラでも攻略できそうな気がする。

「フライドポテト、おまちどお」

 やっぱはえーなファミレス。注文してから五分と経ってないじゃねーか。

「つか、波崎さんじゃんか」

 持って来たのは波崎さんだった。春日さんの表情に若干緊張が走る。

「ちょっといい?」

 俺と春日さんを交互に見て同意を求める。

「構わないけど」

「……」

 春日さんもコックリ頷いて同意した。

「ありがと」

 春日さんの隣に座ったと同時に、いきなり切り出した。

「あのね、遥香はあんな子だけど、そんな卑怯な真似は…するけど、するけどさ!!」

 思わず笑いそうになった。フォローしてねーじゃん。

「だからね!!今回の事は遥香も参ってて、私も違うって言いたくて、博仁に頼もうかと思ったけど!!それは何か違うんじゃないかって!!自分でちゃんと言わなきゃって!!」

 ボロボロ涙を零しながら一生懸命話そうと頑張っている。

 やっぱいい子だ波崎さん。ヒロには物凄く勿体無い。いや、かなりお似合いだ。

「……隆君が言っていた」

 ピクリと身体を震わせる波崎さん。

「……遥香ちゃんならもっと上手くやる、って」

「……そ、それってどういう事??」

 俺に答えを求めてくるので、ちゃんと応えた。

「だから、槙原さんなら、自分に疑いが掛かるようなヘマはしないって事」

「そ、それも計算で演技で、実は…って考えない?」

「考えない」

「お、緒方君がそう思う事も、計算の内とか思わない?」

「思わない」

「か、春日ちゃんは!?」

「……わ、私は…ちょっとだけ疑っていたけど…隆君にそう言われたらそうかな、って…」

 波崎さんの涙腺が崩壊した。ヤバイ。絶対大声で泣くぞ。

「う、うううう…うゎ」

 咄嗟に手のひらで口を塞ぐ。

「泣くな!!痴話喧嘩だと思われてしまう!!」

 コクコク頷く波崎さん。それを確認して、そっと手を離す。

「……大丈夫?」

 春日さんの問いにも頷いて応える。自分でも口を開くと、どうなるのか解るのだろう。

「春日さん、波崎さんに水を」

「……うん」

 立ち上がって取って来ようとした春日さんの手を、取って止めた。

「い、一応バイト中だから…お客さんの前で、お水飲む訳にいかないから…」

 それを言うなら、客である俺の席に座るのもおかしいだろ。もう色々と面倒くさいので突っ込まないけども。

「落ち着いた?」

「う、うん…落ち着いたって言うか、弁えたって言うか…」

 場を弁えた、でいいのかな?自分の職場だしな。

 じゃあ、と、俺は本題に入る事にした。

「春日さんが今日俺を此処に誘ったのは、波崎さんと話させる為だろ?」

 頷いて肯定。しかし珍しいかな、更に言葉を重ねてくる。

「……もう一つ、相談があるの」

「西高の馬鹿共の事?」

 頷いて肯定。

「結構な時間になったけど、西高の馬鹿共どころか、他のお客さんも来ないけど?」

「……お客さんは二日前に西高生が大暴れしてから来なくなった。西高生は7時頃に集まってくるの」

「二日前に春日ちゃんの噂を聞きつけた馬鹿野郎共が十数人やって来てさ、店内に居るお客さんに迷惑掛けたり、店の前でタムろって、他のお客さんの入店の邪魔をしたりして…私が木村君の名前出して追い払ったり、緒方君の名前出して脅したりしたんだけど、また別の馬鹿野郎共が入れ替わるようにやって来てさ。春日ちゃんに触ったり、噂の事でからかったりさ」

「あ?」

 触った、とか言ったか?マジで?あんの糞共が……!!

「……触られたって言っても、肩とか腕だから…ちょっと怖かったけど…」

 うん。いいや。もう決定したわ。西高生は皆殺しってな。

「んじゃ7時まで張っているかな。ついでに晩飯も此処で済まそう」

 そうと決まれば、このフライドポテトが余計だな…

「春日さんこれ食べる?」

 フルフルと首を横に振る。

「……仕事中だから…」

「んじゃ波崎さん、どう?」

 こっちもフルフルと首を横に振る。

「流石に仕事中は…」

 そうだよなあ…流石に非常識だよなあ…

「博仁呼んで、押し付けたら?」

「あー。ヒロは今大事なミッション途中だから、下手に連絡したくない。ヒロもなるべく隙を見せないように、連絡を控えていると思うからさ」

「ミッション途中って、何の?」

「病院に張り込み中」

 顔を見せ合う春日さんと波崎さん。なんで?って感じだ。実際疑問を口にしたのは、春日さんだった。

「……須藤さんの病院の事?なんで張り込みしているの?あの子、絶対安静で、面会謝絶なんでしょ?張り込みの意味は無い様に思うけど……」

「あいつ、夜だけ外出してんだ。実家に泊まっているから外泊なのかな?よく解んねーけど」

 ポカンとした後。

「「えええええええええええええ!!!???」」

 お客が居なくて良かったと思った。声デカすぎ。

 当然ながらワラワラと店員さんが集まって来る。何事かと。

「声がデカいぞ二人共。他の店員さんがビックリして集まって来ちゃったじゃないか」

「ビ、ビックリしたのはこっちだよ!!」

 合いの手の代わりに、コクコクコクコクと何度も頷いたのは春日さん。そりゃ吃驚するわな。

 取り敢えず、集まって来た店員さんに、お引き取り願おうか。

「何でも無いから仕事に戻ってどうぞ~」

「え?でも修羅場なんじゃ?」

「痴話喧嘩でしょ?」

「優が大沢君から緒方君に乗り返ったから、春日ちゃんとバトったんじゃないの?」

 これは…別の噂に発展しそうな予感…

「違うから。全く違うから。西高の馬鹿共の事でちょっとな」

 ああ。と納得される。

 この二日間、あの糞共に迷惑を掛けられたんだ。俺に相談したと考えれば納得なんだろう。

「んー、でもさ、緒方君と西高の一番強い人、友達なんだよね?」

 黄色メイドさんの言葉に頷く。

「後で厄介な事にならない?仲悪くなって大ゲンカとか…」

「んー…どうだろ?あいつも押さえ切れなかったんだから、仕方ないんじゃね?」

 人数の多さに対応が追い付かないんだろうし、こうなったら俺が出る事は百も承知だろうし。

 それでも木村にもメンツってのがあって、大勢の西高生がやられたら、頭として報復しなきゃならないってのもあって。

「多分あいつも覚悟決めていると思うよ」

 にっこり笑って安心させる。

 目論み通り、店員さんはそっかそっかと言って仕事に戻って行ったが、春日さんと波崎さんは困惑顔だ。

「……黒木さんどうするの?」

「緒方君と木村君がぶつかっちゃったら、大怪我で済まないかもよ?」

 やっぱこの二人は騙せなかったか。苦笑した。やっぱ解っていらっしゃる。

 なので正直に思った事を言う。

「黒木さんは木村が何とかすんだろ」

 此処は木村を信用する。野郎同士の世界に口を出すな、と言ってくれる事を。

「まあ…そうかも知れないけどさあ、喧嘩しないって方法もあるんじゃない?」

「あるだろうけど、どうすればぶつかる事が無くなるか、見当も付かない」

 大袈裟に肩を竦めながら言った。

「……私が我慢すれば…」

「我慢する必要があるか。どう考えても向こうが悪い。仮に悪くないとしても、俺は糞が大っ嫌いだから、ぶち砕くのに何の躊躇もない」

「緒方君も大概だよね…」

 ジト目の波崎さんだが、咎めるような事はしなかった。

 それは、ヒロも俺と同じ事を言うだろうと思ったからに違いない。

 喧嘩しなきゃならない状況なら、仕方ないからするだけ。それが例え木村でも、ヒロでも。

 きっとヒロも同じ事を言うだろう。

 しかし、7時まで退屈になるな。どうしようか?一旦帰るってのも面倒だし。

「……隆君、私一応仕事中だから、一旦厨房に行くね?」

 そりゃそうだ。引き止めたら迷惑だろう。

「うん。すんげえダラダラ居座って、迷惑な客になるかもだけど、気にしないで」

「迷惑じゃないけども。御覧の通り、閑古鳥が鳴いているし…私も一旦引っ込むよ。ドリンクバーは飲み放題だから遠慮しないで」

 喧嘩になる可能性大なのに、腹をカポカポさせていられないだろ。気持ちは有り難く受け取っておくけども。

 俺は二人に手を振る。二人は厨房に引っ込んだ。いつ来るかも解らないお客様を待つ為に。

 …このフライドポテトどうしよう?持ち帰るか?冷めちゃったら美味しくないけどなあ。

 これ晩飯にするのも憚れるし、なにより晩飯には早過ぎる。

 おやつにしては腹に来るし、何とも扱いに困ってしまうな。この所碌にトレーニングしていないから尚更だ。

 つか、俺はもう木村とやるつもりなんだが、向こうはどう思っているんだろうか?俺との喧嘩回避を模索していたりすんのかな?

 普通はこんな事絶対にしないんだろうが、俺と木村は一応友達だ。

 なので、友達として電話を掛けて聞いてみよう。

 スマホを取り出し3コール目。木村が電話に出た。

『緒方、まさかお前から連絡が来るとは予想してなかったぜ…』

 マジビックリって感じだ。なら先手は俺の勝ちでいいだろ。

「まあ、こんな事になっちゃたんだが、お前と俺は友達だろ。電話くらいするだろ」

『早ければ明日にでもやり合うかもしれないってのにか?』

 木村も覚悟は決まっているのか。非は向こうにあるが、頭としてのメンツがどうしてもな。

「別に喧嘩ぐらいするだろ。幾ら友達でもさ」

『能天気だなお前…』

 呆れた木村。だが…

『……すまん…』

 まさかの謝罪。いや、向こうが悪いから、そりゃそうなんだろうけども、これは虚を付かれた。

 二手目は俺が取られたか。

「すまんって、お前の学校、馬鹿が多過ぎだからな。手が回らないってのもあるし」

『一応制裁はしてんだが、お前の言う通り数が多過ぎる』

「予想していたから、そりゃいいんだけどさ、その件に関して、一つ頼まれてくれねーか?」

『なんだ?』

「黒木さんの事だよ。お前と俺がやり合えば、彼女の立場っつーか」

『その事は納得させる。お前等を裏切って須藤側に行かないように。責任は持つ。』

 やっぱこいつも一応考えてはいたんだな。

 だがまあ、互いの腹は決まっているのか。

「あ、一応言っとくけど、俺今ファミレスだから」

『そうか…じゃあ早くて今日だな…』

 そうだな、とも言えず、やめろよ、とも言えず。

 あいつも立場あってのあいつ。なかなか思い通りにはいかない。仕方ない事だが。

「情報によれば7時にワラワラ集まって来るってさ。全員適度にぶち砕く。口が利ける程度にしといてやるよ」

『助かる…と言えばいいのか?この場合?』

 喧嘩の段取りとか初めてだから、解んねーけど、お前に助けを呼ぶ役目は残しておかないと。

 そして全員見ている前で勝負する。結果は問わない。木村はメンツで、俺は向かって来たからぶち砕く。ただそれだけの事だ。

『じゃあな。夜に』

「ああ。じゃあな」

 そう言って電話を終えた。

 懸念していた黒木さんの件もこれでクリアだ。

 ……木村と勝負か…

 前は負け無しで、苦戦した事もあったけど、今回は…

 俺はフライドポテトを押し退ける。

 木村とやり合う前に、腹に何か入れちゃいけない。ボディを喰らったらヤバいからな。

 7時までマジ暇だ。

 なので学生らしく、予習復習でもしよう。

 数学の教科書を開き、今日の復習。課題は出ていないから、自分のペースでまったりと行おう。

 黙々と勉強していると、暇なのか店員さんが野次馬宜しくチラチラと様子を見に来る。

 ハッキリ言って集中できん。邪魔である。

 だが、この場合、千円以下の金額で、だらだら粘っている俺の方が、仕事の邪魔だろう。

 お客が居ないから邪魔じゃないのかも知れないが、常識的に。

 食ったらさっさと帰って店の回転率を上げるのが上客。まあ、俺は学生なので、そこまで気を遣う必要も無いんだろうけど。

「緒方君の学校、結構進んでいるねえ…」

 ん?と手を止めて顔を上げると、波崎さんが飲み物を持って来て、俺の教科書を覗いていた。

「わざわざ持って来なくても…」

「いや、暇だから」

 そうですか…見りゃ解るけども。

 持って来て貰ったコーヒーを受け取って、一息付く。

 勉強途中の休憩だと思えば、持って来て貰っただけでも有り難かったのかも知れん。

「春日ちゃんや遥香から聞いていたけど、ちゃんと勉強もするんだねえ…」

 感心しながら俺の正面に座った。

「仕事中では?」

「今休憩入ったの」

 休憩時間に入ったとはいえ、仮にも客の俺と同席とか、いいのだろうか?

「あ、やっぱりポテト、食べなかったんだ?」

「木村とやり合うんだから、腹に物は入れられないよ」

 言ったと同時に微妙な空気になる。

「……回避できない?」

「西高の糞共が大人しく退いて、今後春日さんにちょっかい掛けなけりゃな」

「それは無理っぽいかな…あの噂のせいで春日ちゃんが可哀想な事になっているけど、他の子にも被害が出そうだし…」

 ああ、そっか、春日さんは超可愛いが、この店も粒ぞろいだもんな。色々困った事になるかも知れん訳だ。

 まあいい。俺はいつも通り。糞は見つけ次第ぶち砕く。

「いつも思うんだけど、余裕だよね?」

 ん?どういう事?

 首を傾げた俺に、呆れ返ったように言う。

「どんな人数でも関係無く喧嘩するよね?怖くないの?」

「怖い?何で?」

 素で返す。群れるしか能が無い糞が、怖い訳が無いだろ。

 数に押されて負けても、次の日から一人ずつ報復すりゃいい話。実際そうやった事もあるし。

「博仁も同じ反応した事あるよ…なんていうか…壊れているよね、二人共」

 壊れている、か。その通りだ。

 麻美が殺されてから、俺はぶっ壊れた。ヒロは単純に自信があるから余裕なんだろうが、俺はちょっと違う。

「……俺は殺す気でやっているからな。壊れていると思って貰っても構わない」

 その為に鍛え上げた拳だ。

 糞共の為だけに鍛え上げたんだ。

「安心しろ。ヒロは違うから。ヒロは単純に強い自分が好きなだけだから」

 不安顔の波崎さんにそう言って安心させる。安心したのかは不明だが、どうフォローしようが、事実を言った方が納得はするだろうし。

「……強い自分に酔っている、って言いたい訳?」

「んー…酔っているとは微妙に違うような気もするが…何って言ったらいいのか、自分で言っておいて、よく解らない」

 逆に困ってしまった。

「じゃあ木村君は?」

「木村は元々強かったんだろ。それに付随して、頭の責任ってヤツで負けられなくなった。だから鍛えている」

 ある意味怖い存在だ。喧嘩は強い方が勝つ事には間違いないが、強い奴より怖い奴の方が厄介だ。

 スポーツじゃねーんだ。何でもアリのストリートファイト。躊躇なく武器を手に取り、躊躇なくそれを使う。

 良心や慈悲なんか見せずに、笑いながらぶん殴るのをやめない。

 そう言う奴が一番怖い。そして俺は木村やヒロよりも、そう言う奴に一番近い所に居る。

「木村君と喧嘩する事になってさ、躊躇しないで殴れる?逆はどうなの?木村君は緒方君を本気で殴れると思う?」

 う~ん…どうにかして喧嘩回避させたいようだ。心情に訴える作戦か?

 実際やりたくないし、しないのなら一番いいが、無理だ。

 なので、ちゃんと返答する。

「やらなきゃやられるし、向こうも同じように思っているよ」

 はあ、と溜め息を付かれた。無理だなと。匙を投げられたのだ。

「……これじゃ私が頑張って西高生を追い払ったの、意味ないよ…」

 それを聞いてカチンとした。

 その言い方だと、俺と木村をぶつけさせない為に尽力したようじゃないか?

 実際は違うだろ?俺と木村の件は、言わば成り行き。波崎さんが糞共を追い払った理由にはならない。

 波崎さんが糞共を追い払ったのは、春日さんに対する後ろめたさ。

 何の事は無い。波崎さんも槙原さんを疑っていたのだ。

 槙原さんのせいで春日さんが困った事になったと。その償いの為に、自分が行動を起こしたのだと。

 言いたかったが必死に堪えた。

 俺達は単なる高校生。そこまで深く考える必要も無い。高校生ならではの綺麗事も、確かに必要なのだ。

 自分の行動を他人の責任にする事も、また高校生だからこそ。それに甘えても、誰も文句は言わない。少なくとも、俺は言いたくない。

「どうしたの?」

 俺が黙っていると、気になったのか、波崎さんが顔を覗き込んでくる。

「いや?煩わしい事を考えさせて、悪かったなあ、と」

 カッと赤くなって視線を俺から外す。

 恥ずかしくなったんだろう。自分の綺麗な言い訳を、俺に申し訳なく思われて。

 だがまあ、友達思いなものまた事実。

 なにより、ヒロ如きと付き合ってくれている天使だ。

「何も心配いらない。怪我もするだろうし後悔もするだろうが、これは何つーか、 じゃれ合いの究極版みたいなもんだ」

「じゃれ合いって…」

 何か言いたそうだったが口を噤んだ。

 そう。それでいいんだ。

 ほっとけとまでは言わないが、俺達には俺達の世界があり、流儀がある。波崎さんの世界があって、その為に頑張っているように。

「んじゃ糞共が来るまで、もうちょっと勉強するから」

「あ、うん」

 微妙な顔をしながら退散した波崎さん。

 そういや波崎さんが持って来てくれたコーヒー、ちょっとしか飲んでなかったな。

 俺はそれを一気に煽る。

 氷が解けて薄くなったコーヒーを。

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