木村明人~001

 う~ん…疲れたなあ…

 集中して勉強していたから、今何時か解らん。

 壁に掛かった時計を見ると、6時30分を回ったところ。お客もちょっとだが来ている。全く来ない訳じゃ無いんだな。

 西高の糞共は…まだ見えない。

 と、思った直後に、カランカランと来店を告げる鐘の音。

「いらっし…」

 店員さんが言葉を止めた。って事は…?

「おー!!あの春日っつうビッチはいるかあ!?」

「今日こそは付き合って貰わなきゃって、気合入れて来たんだよねえ」

「なんならアンタでもいいよ?つか歓迎!!」

 糞やかましいムカつくからかい。間違いない、西高の糞共だ。

 ちらっと見ただけで8人。まだ店の外に、何人かたむろってるな。

「アンタ達!!ホント迷惑だから来ないでって昨日も言ったでしょ!!」

 これは波崎さんの声。マジ切れしている様子だ。

「はあ?俺達客だぜ!?早く席案内しろや!!」

 茶髪の小僧が波崎さんに詰め寄る。

「木村君から何も言われてないの!?」

「木村君だって仲間の俺達の方を優先するだろうが?ビッチなんかよりよお!!」

 ぎゃっはっは!!と下品な笑い声が店内に響いた。

 うん。いいや。殺そう。お前等が木村の仲間な訳無いし、春日さんはビッチでもないからな。嘘偽りは良くない。

 俺はカバンに教科書をしまい、速足で糞共の元に向かった。

 結構な足音を立てて、波崎さんの後ろに立つ。

 下品に笑っていた糞共の、耳障りな笑い声が消えた。

 同時に気配を察したか、振り向く波崎さん。

 その、顔面脇を掠める右ストレートを、糞の一人に叩き込んだ。勿論鼻っ柱だ。

 ぎゃあああああ!!と喚きながら転がる糞。景気よく鼻血を噴き出して。見ていて汚らしい。つーか、鼻折れたか。砕けた感触が右拳にあったから。

「お!!緒方ああああああ!?」

 別の糞が俺と確信して叫ぶ。だが、こいつの次の台詞は無い。悲鳴だけだ。

 何故ならそいつの髪を思い切り引っ張って、毟り取ったからだ。

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」

 な?悲鳴だけだろ?コミカルに転がってはいるが。

「もう!?早過ぎねえか!?」

「誰だよ!?まだ緒方には知られていないから大丈夫っつったのは!?」

 パニックになる糞共。一斉に店から逃げ出した。鼻骨折と髪毟られの糞をほっといて。

 追う俺。だが、一旦足を止めて波崎さんに振り向く。

「ドリンクバーとポテトのお金、立て替えておいて。明日返すから。ヒロが」

「ちょっ!!!」

 噴き出しそうになるのを堪えながら波崎さんが制止するも、俺は聞きやしない。

 糞共は一匹たりとも逃がしはしないからだ。

 追い付いた奴からぶち砕いた。ワンパンで沈めただけだが。

 それでも結構ぶん殴ったな。合計十一発か。つまり十一人。店での糞共を合わせると十三人か。

 肉眼で追っているのはあと二人。これ以上いてくれるなよ?捜すの面倒なんだから。

 細い路地に逃げる糞共。追う俺。距離がなかなか詰められない。あいつら運動なんかするキャラじゃないから、俺が疲れてきているんだろうな。

「待て糞共!!待たなきゃ明日から付け狙うぞコラあああああ!!」

 苛立ってつい脅してしまったが、付け狙うのは本当だから、問題ないのかも知れない。

「ま、待ったら許してくれんのか!?」

「ぶち砕くに決まってんだろうが!!死ねよ糞共!!おおお!?」

「じゃあ逃げるだろうが!!」

 そりゃそうか。殴られるのが解っているのなら、逃げるか普通。

 諦めて素直に追う。そして糞共は、建設途中の何かの建物の中に入り込んだ。

 普通はバリケードで囲われて入る事は叶わない筈だが、此処はカラーコーンで入り口のみ封鎖している状態。簡単に立ち入りできた。

 つか、ガキ悪戯しに入って来るよこれじゃあ。

 高校生なら悪い事しに来るよこれじゃあ。

 看板に関係者以外立ち入り禁止と注意書きをしているが、此処で何かあったら工事受注した業者の責任になるんだから、もうちょっとちゃんとして欲しい。

 しかも道具もちゃんとしまっていない。壁に掛けてあるだけだし、建材も剥き出しの儘。この業者やる気あんのか?

 おかげで糞共を見失っちまったじゃねーか。足場が悪くて思い切り走れないんだよ。

 苛立ちながら周りを見ると、ポッと小さな明かりが点いている。俺の位置から約10メートル。恐らくスマホの灯りだ。

 見つけた、と叫びたい所だが、そっと近付いた。

 大声は近所迷惑になるし、糞共をみすみす逃がす切っ掛けにもなるし。

 木村君!!木村君!!とか聞こえる。助けて、とかやべえ!!とかも。木村に助けを求めている最中なんだな。

 そ、そんな!!俺達仲間だろ!!とか聞こえた。木村に突っぱねられたんだ。自業自得とか言われて。

 そりゃあいつも簡単に出張る訳にはいかないんだろうけど、俺もワンパン程度で済ませてやったんだから、勿体ぶらずに出て来て欲しい。

 お互い面倒事は早めに終わらせたいのが本音で、こじれると余計に被害が出てしまう。

 チッ。仕方ない。助け舟を出してやるか。

 俺は糞共の前にいきなり躍り出た。

「うわあああああ!!来たあああああ!!」

「待って待って待って待って!!」

 糞共の悲鳴と命乞いは、これで電話向こうに木村に届いた。

『緒方あ!!』

 ちょっと離れているにも拘らず、俺を呼ぶ声が聞こえたのだから。

 俺は糞からスマホを取り上げた。

「木村か?」

『俺にも事情がある。解るな?』

 助けに入る事になっても、報復したくなるくらいボロボロの状態じゃなきゃ、大義名分が出来ないってか?

「知っているけどよ、面倒なんだよ。お前だってそうだろ?」

『……面倒だろうがなんだろうがだ。聞いた話じゃ、ワンパンで終わらせたらしいじゃねえか?もっとボロボロに追い込めよ。じゃなきゃ、あんな程度でも出て来てくれると勘違いされちまうだろうが?』

 それも躾の一環か?頭ってのは色々考えなきゃなんねーようだからな。

「だけどな、俺は糞共に加減はしたくないから、全員漏れなく病院送りにしちまう。それはそれで俺にとってもあんま良くないんだよ。つーか、鼻骨骨折と頭皮がヤバくなった奴がいるから、それで我慢しろよ」

『お前らしくねえな?関係無ぇだろ、普段のお前なら?』

 そう、関係無い。糞共が病院に長期入院しようが、万が一くたばろうが、俺の知ったこっちゃない。因みにやり過ぎたと良心が咎める事も無い。

 病院送りとなれば、朋美の居る病院にも行く奴が出て来るだろう。そこで入院なんかされてみろ?俺が勘付いた事が知れるかもじゃねーかよ。

 朋美には言い逃れができない証拠を送りつけたいんだよ。早い段階で知られたくない。

 それに、お前相手だったら、体力は残しておかなきゃいけないからな。じゃなきゃ、負けちゃうだろ?お前に。

「まあ、俺も色々あんだよ。だからお前、早く来い。場所は…」

『おい!!緒方!!俺は行かねえぞ!!おい!!』

「残りの馬鹿共も出来るだけ集めとく。早く来いよ」

 ガチャリ、と一方的に電話を切った。

 そして持ち主と思しき糞に放り渡す。

「お前、さっきの連中、此処に集めろ」

「え?」

「木村が来てくれるんだろ?俺が木村に勝ったとしても、ただじゃすまない。ボロボロの俺を袋に出来るかも知れねーぞ?」

 半信半疑、と、言うより、疑ってはいたが、仲間は多いに越した事は無い事もまた事実。

 糞は言われた通りに、奴らに電話をかけ始めた。


「……おい…」

「は…はい?」

 凄んだ俺の目の前には、ファミレスでふざけた真似をした糞共が、正座している姿がある。

 電話した結果、半信半疑なから殆どの奴等が集まったのだ。勿論、普通にバックれた奴もいる。取り敢えず7人は来て、俺の前で正座中だ。

「あれから一時間経ったが?」

「え?あ、ああ…そっすね。木村君遅ぇなあ…」

 他人事のように…!!お前等が面倒臭い真似すっからこうなったんだろうが!!

「もう一度電話しろ」

「え?でも、木村君あんまウゼえ真似するとぶん殴るからなあ…」

「なんなら俺がお前等全員ぶち砕くぞ?そうすりゃ木村もちゃっちゃとでてくるだろ?」

 押し黙る糞共。暗くてよく解らないが、多分冷や汗くらいは掻いているだろう。

「解ったら電話しろ!!」

 大袈裟に拳を振り上げると、見事全員が電話をかけ始めた。

 解り易いな。それでこそ糞。自分が助かる為の行動の素早さは見事だ。だがなあ…

「駄目だ!!繋がんねえ!!通話中だ!!」

「こっちもだよ!!畜生木村君は誰と話してんだ!?」

「お、俺も繋がらない!!ど、どうしよう!?」

 当たり前だ。お前等全員、木村宛に掛けているんだろうが…

 一人を除いて通話中になるには当然だろうが。偏差値がやたら低い高校なだけはあるな!!

「き、木村君!?よ、良かった!!」

 その一人が木村と話をしている。

「え?そ、そんな!!マジで!?」

 なに?まだゴネてやがんのか?

 聞き耳を立てる俺だが、その時、この建設現場に無数の人の気配を感じた。

 砕石を踏み締める音。一つや二つじゃない。10は超えている。

 俺は注意深く其方を見る。

 月明かりの身なので良く見えないが…一人だけ制服を着ている奴がいる。

 その制服には見覚えがある。つーか、さっきも沢山見たばかりだ。西高の制服。

「おい、あいつ等、お前等の仲間じゃねーのか?」

 一番近くに居た糞に聞いてみる。

「え、えーっと、西高の頭は木村君なんだけど、当然NO2ってのがあってだな…」

 ナンバーツー?俺が今までやり合ってきた中では聞いた事も無いな。木村が飛び抜けて強いんじゃないのか?

「そ、そのNO2の福岡君の仲間ってのがイケイケの武闘派で…」

 ふーん、要するに…

「お前等を助けに来たっつー訳か」

 ならば敵だ。木村の前の肩慣らしには丁度いいかもな。

「い、いや、福岡君は俺達なんかどうでも良くて、木村君の命令しか聞かなくて…」

「だから木村に言われて、お前等を助けに来たんだろ?」

「だ、だって木村君は俺達なんか知らねえって…勝手に殺されてろって…」

 だからさっきの電話で動揺していたのかよ。

 でも、増援が来たって事は、木村も来ているんじゃねーの?

 そうこうしている内に、ナンバーツーとやらの増援が俺の前に並ぶ。

 真ん中に居た金髪ロン毛が一人で俺の前にすたすた歩いて来る。ポケットに手を突っ込みながら、だるそうに。

「アンタが緒方君?」

「そうだけど。一応聞いとくけど、お前はこの糞共の仲間か?」

「仲間?ははは」

 愉快そうに笑う金髪。

「俺達の仲間は木村君だけだよ。アンタが言う通り、そいつ等は糞さ」

 一斉に縮こまる糞共。

 無理も無い。金髪は本当に侮辱している目で、糞共を見たからだ。

 そしてその目は、糞共に腹が立っているようにも見えた。

 何となく気持ちは解るが…

「そうか?俺にとっちゃ、こいつ等もお前等も同様の糞だぜ?」

 金髪の仲間が殺気立つ。

 しかし、当の金髪は、愉快そうに笑い飛ばした。

「ははっはは!!木村君が言った通りだな!!いいよ!いい!!アンタ最高だ!!」

 気安く肩をバンバン叩きながら。

 俺はそれをうるさそうに払い除ける。

「要するに、木村は俺とやり合うための大義名分が薄いから、お前を人身御供にしたって事か?」

「察しがいいねえ、その通り。いつものアンタなら、そこで正座させる事も無く病院送りにしていただろ?おかげでそいつ等はピンピンしている。報復するには全然足りない。そこで、NO2の俺がアンタにやられりゃ、そこそこの大義名分は付くって事さ」

 木村の顔を立てる為に、犠牲になろうっていうのか。こんな奴もいるんだなあ。

「だけど、俺もただ痛いのは御免だし、正直アンタにムカついてもいる。だからマジでいかせて貰うぜ?」

 軽い口調ながらも表情はマジだ。

 木村の次に強いってんなら、こいつもそこそこやるだろう。それなりの自信もあるようだし。

 しかし、俺にムカついていたのには意外だ。こいつは俺との確執は無いだろうに。

「アンタが素直にこいつ等を半殺しにしていたら、木村君はこんなまどろっこしい事はしなくて済んだ。電話でも話したんだろ?既にどっちも覚悟は決めていたって」

 ……そうか。こいつが俺にムカついたってのは、木村の覚悟を俺が踏みにじるような真似をしたからか。

 そりゃこっちが悪い、全面的に。しかし言い訳をさせて貰おうか。

「木村が控えてんのに、余計な体力は使いたくなかったんだよ。あいつは万全でやらなきゃ勝つのが難しいからな」

「……まあ…そんなこったとは思っていたが…結局俺が出て来たんだ。アンタの言いたい事は良く解るが、木村君にもメンツってもんがある。それも解るだろ?」

 頭がそう簡単に出てきちゃいけない理由だったか。俺と木村、お互い自分の都合よくはいかないよな。

「お前、福岡っつったっけ?」

「そうだけど?」

「福岡、俺はお前みたいな奴は嫌いじゃ無い。木村や的場を知れたおかげで、お前等みたいな奴は全員糞じゃ無いって事も知ったしな」

「そりゃどーも。俺もアンタはムカつくけど、一回話をしたかったよ」

 同時に構える。俺はオーソドックススタイル、ボクシングの構え。福岡も似たような構えだが、空手か?

「んじゃ、次は話そうぜ。見舞いに行ってやるからよ」

「……入院はしたくねえな…金が掛かるからさ…」

 福岡は言い終えると同時に、俺に向かって走った。

 入院は嫌、か。んじゃ入院一歩手前で留めてやるか!!

 牽制の左ジャブ。福岡はそれに臆することなく、前に出る。

 ジャブだからダメージはあまりないとの判断か?

 素拳では確かにダメージを与えにくいジャブだが、なかなかの度胸だ。

 そうこうしている内に俺の懐に入ってくるが、そこは俺の間合いでもある。右のショートアッパー。

「ぐ!?」

 福岡の顎が跳ね上がる。俺は半歩ほど引いて、左ストレートを打ち込んだ。

 しかし、俺の左ストレートは空を切った。顎が跳ね上がった状態だが、身体を反転させて逃れたのだ。

 全く見えない状態だったから、勘で回避した。

 福岡は其の儘後ろに跳んで間合いを取る。

 思った通り、結構やるな。

 福岡の口から血が滲む。それを袖で拭い、言った。

「マジシャレになんねぇな、アンタのパンチ…」

 褒めているつもりか?お前はそのパンチを喰らっても立っているんだぞ。いくら浅かったと言っても、ショートアッパーを喰らったってのに。

 だが、まあ…

「先手は取ったかな?」

 口の中をちょっと切った程度だが、俺の懐は迂闊には飛び込めない事を知っただろ。

「先手も何も…アンタ、木村君と同じくらい強いんだろ?俺にはハナから勝ち目ねえし」

 じゃあ向かってくんなよと言いたいが、それは意地だから無理か。

「そういや、俺って今日は練習していなかったんだよな」

「ふーん。で?」

「異種格闘技戦でも練習にはなるか?」

 今度は俺がダッシュして懐に潜り込む。

「ち!!」

 福岡がカウンター気味に膝を出すも、そんな手は飽きる程体験した。

 俺はボディへの左フックのように、膝の内腿を叩いた。

 体勢を崩し、身体が泳いでも尚倒れない。

 やはり後ろに跳んで間合いを取る福岡。ふーっ、と大きく息を吐き、額の汗を拭った。

「随分と汗掻いているじゃねーか」

「そう言うアンタはかなり余裕だな…」

 褒められたが、余裕っつーか、経験値の差だ。

 繰り返さない俺だったら、膝を貰っていたな。

 んじゃ、ちょっと意地悪な質問をしてやろうか。

「俺と木村、どっちが勝つと思う?

 眉尻が上がる福岡。だが、それも一瞬、直ぐに治めた。

「……わかんねえな…」

「へえ?普通なら木村っつー筈だろうに」

 客観的に物を見れるのか。感心した。

「だがまあ…」

「ん?」

「俺も簡単にやられる訳にはいかねえ…!!」

 懲りもせず、再び突っ込んできた。今まで以上に速く。

 横っ面にカウンターを当てられる。確かに速いが、追えない程じゃ無い。

 だが、俺の間合いに入るちょっと手前で急停止しやがった。

 出し掛けの右フックを強引に止めるが、隙はどうしても生じる事になる。

 まばたきする間に、奴の右拳が飛んできた。

 躱しきれないと判断し、ガードで凌ぐ。

 みしっ、と、ガードした右腕が鳴った。骨折れたんじゃねーかってくらいの威力。

「お前がNO2なのは、この破壊力かよ?」

 返事は無い。代わりに其の儘俺の右手首を掴んできた。

 俺は引かずに、逆に前に出て、奴の身体を飛ばそうとした。

 だが、飛ばない。腰を入れて踏ん張られた。

 しかも密着した間合いとなり、俺の右手首が完全に掴まれた!!

 捕まれたまま左フック。

「ぐあ!!」

 福岡の顔が横に跳ねるも、右手首を放しはしない。

「いい加減放しやがれ!!」

 何度も何度もフックを叩き込む。地面に血が飛び散るが、福岡は放さない。

「この…!!」

 左の打ち下ろしの構え。大振りで隙もあるが、決まれば必ず倒れるパンチ。

 しかし、その隙をついて、俺の右手首を捻じった!!

 苦痛に顔を歪める俺だが、打ち下ろしがテンプルに決まった。

 無言で崩れ落ちる福岡。此処で漸く俺の右手首が解放された。

「こいつ…!!最初から…!!」

 倒れた福岡も見下ろしながらも、敗北を感じた俺。

 福岡は最初から俺に勝つ気は無かった。ボッコボコにやられて、木村が出やすいようにするのが役目だった。

 だが、奴もNO2。咬ませ犬なんてやる気は、ハナから無かったのだ。

 どこでもいい。俺のどこかを壊して、木村が勝つ確率を上げようと…

 いや、そうじゃない。単純にただではやられない。意地。木村の為は後付けの理由だろう。

 俺が使えなくなった所は右手首…利き手だ。木村相手に利き手を失ったハンデはかなりキツイ…

 意地も義理もきっちり通しやがった!!

 俺は倒れている福岡に屈んで話す。気を失っているから、話しても意味は無いが、どうしても言いたかった。

「お前…大した奴だ。ある意味俺の負けだ」

 そして福岡の連れに向かう。

「お前等の友達は俺がやった。仇討ちたいなら来い。来ないなら、福岡をどこかに寝かせて、木村に連絡を取れ」

 福岡の仲間は動じずに俺の指示に従ったが、糞共はざわついた。

 まさかこんなに簡単にやられるとは思わなかったんだろうが、糞の思考じゃそこまでが限界だ。福岡も木村もある意味報われないな。下がこんなじゃ。

 木村に電話し終えた福岡の仲間の一人が、俺に話し掛けてきた。

「30分くらいで到着するらしい。福岡をもうちょっと柔らかい場所で寝かしといてもいいか?」

 いいも悪いも、俺はそのつもりで言ったんだが…

「つっても建設現場だ。何なら家に送ってやれよ?」

「福岡も見たいだろ。木村君とアンタの喧嘩をさ。それに建設現場ならではの物がある」

 指差す場所を見ると、仲間がブルーシートをわんさか集めてクッションの様にして、福岡を寝かせていた。成程、建設現場ならではだ。

「で、福岡は強かったかい?」

 俺は自分の右手首を見ながら言った。

「久し振りに焦ったな」

「そうか。意地と仕事はちゃんとこなしたか」

 やっぱり元からこういうつもりだったのか。

 木村の為に、そして自分の意地の為に。

 そうだ。と、俺はそいつに向かって訊ねた。

「お前等は福岡の仇は取らないのか?10人いれば何とかなるかもしれないぞ?」

 自嘲気味に笑って答える。

「勝てねえよ。あの木村君が絶対負けるから手ぇ出すな、ってしつこく言っていたんだから」

 俺の言う事より、木村の言葉を信じるか…

「お前もなかなかの奴だな」

「そうでもねえよ。西高じゃ下っ端だ」

「福岡の次じゃないのか?」

「だから、俺は下っ端だって。あのアホ達と同じ下っ端だよ」

 正座中の糞共が縮こまる。奴等の反応を見る限りじゃ違うな…

「NO3か?」

「アンタもしつこいな?俺は弱いんだよ、煽んなよ。身の程を越えちまうだろ」

 そうか。こいつも内心は俺にムカついているのか。切っ掛けがあれば喧嘩になるだろうと。

と。

「しかし、聞いた話とちょっと違うな。狂犬とか化物とか呼ばれていたようだけど、なんつうか普通の…」

 当たり前だ。俺はどこにでもいる、普通の高校生だ。

「なにもしなけりゃ俺もなにもしない。こいつ等は俺の友達をビッチって呼んでからかったからな」

「だから、からかった奴をワンパン制裁の正座で終わらせる人じゃねえ、って言ってんだよ」

 鼻骨骨折と頭皮がヤバくなった奴もいるんだが…

 いや、本心は病院送りにしたいんだが、朋美の居る病院に入院でもされたら困るし、後に木村が控えているとなると、少しでも体力を温存したいし…

「木村君とダチになるっつうのも、ちょっと信じらんねぇし」

 ちょっと前までの俺ならそうだろうなあ…糞の掃き溜めの西高の頭だ。こいつも糞だと決め付けていたから。

「まあ、人は変わるもんだよ」

「達観しているねえ?」

 そりゃ人生経験がパネエからな。いくら俺でも、どこかで変わる時もあるさ。


 フォン…


 バイクの音だ。来たか木村?

 俺は右拳を握り固めて確かめた。

 ズキン!!と痛みが響く。無理すりゃ何発かはぶち込めそうだが…

 じゃり、じゃり、と砕石を踏む音。それが段々と近付いてくる。

 正座している糞共も緊張しているようだ。中には喜んでいる奴もいるが。


 じゃり


 足音が止まった。

 暗くて良く見えないが、解った。木村だ。怒っているのも雰囲気で解った。

「……勿体振るなよ木村…」

 挑発しているつもりは全く無いが、糞共はそう捉えたらしい。

「なんだテメェ!!木村君にタメ口きくんじゃねえ!!」

「木村君!!早くこいつやっちゃてよ!!」

 正座をやめて立ち上がって囃し立てやがった。木村が来たぐらいでこれかよ。

 俺が負けたらもっと盛り上がって、翌日から調子に乗り捲るんだろうなぁ…

 囃し立てる糞共の前に立つ木村。

 何の前触れも無しに蹴りをぶち込んだ。

「「「な!?」」」

 ざわめいた糞共。木村は目に入った奴から蹴る。殴る。しかも一発じゃ無く何度も。

「ち、ちょ!!木村君!?ぎゃ!!」

 話をする気も、聞く気も無いように、ただぶん殴る。蹴っ飛ばす。

「な、なんか解んねえが逃げろ!!う!?」

 建設現場から逃げだそうとした糞だが、福岡の仲間がいつの間にか周りを囲んで逃げ出せない。

 俺を袋にする為に集まったんじゃない。糞共を逃がさない為に集まったのか?

 しかし、木村…俺も大概糞をぶち砕いて病院送りにしてきたが、木村も俺と同じように、慈悲を見せないでぶっ叩いている…

 小一時間程暴れ回った木村。場には立っている糞は一人も居ない。

 流石の木村も肩で息をしている。あの人数を一方的とは言えぶっ叩いていたんだ。疲労して当たり前か。

「……お前の仲間達じゃなかったのかよ木村?」

 木村はゆっくりと俺に方を向く。

「……お前がケジメ取らなかったからだろうが?代わりに俺がやったんだ。感謝しろよ緒方ぁ?」

 感謝ってお前…バリバリやる気満々じゃねーかよ。目の座り方が違うぞ。

「お前とやり合う前に、無駄に体力を使いたくなかったんだよ」

「そうか。じゃあハンデ無しだな、お互いに」

 俺の負傷を知っているのか…?さっきの電話で何かしらの情報を得たのか?

「……福岡は強かっただろ?」

「そうだな。大した奴だったよ」

 俺はいつも通り、オーソドックススタイルで構えた。

「……緒方、お前とはやりたくなかったが…」

「そりゃ俺もだよ」

「違うな…」

「?」

「お前のやりたくないと俺のやりたくないは意味が違う!!」

 木村が地面を『蹴り上げた』!!俺の視界に土や砂利が舞う!!

 目を瞑ってしまった。瞑った後に後悔した。馬鹿か俺はと。

 それと同時に、腹に痛みが走る。

 薄く目を開けるが、木村は既に俺から離れていた。一発じゃ無理と判断したのか、追撃は無しだった。

「……硬ぇなオイ…」

 褒められているのか、呆れているのか、それともその両方か。

「ミドルのキックかよ…まんまと喰らっちまったよ」

 腹がジンジン痛むが急所からは外れていた。これならダメージは薄い。

 今度はこっちから!!

 俺はダッシュして間合いを詰める。

 木村が大振りのパンチを繰り出すモーション。バレバレだ。そんなの喰らうかと、構わず突っ込む俺。

 程よい間合いには行った時、木村はいつの間にか握っていた砂をぶちまけた。

 大振りのモーションは、ただ砂をぶん投げるだけのものだったのか!!

 俺の視界は今度こそ奪われた!!

 右頬が跳ね上がる。パンチの感触じゃない、蹴りの感触だ。

 大人しく倒れとけばいいのに、なぜか俺は堪えてしまった。砂が目に入って全く見えないってのにだ。

 左頬にパンチの感覚。やっぱ倒れときゃ良かったんだ。倒れたら終わり、俺の負けで終了。

 そう思うんだが、左頬にパンチを喰らっても、倒れるのを拒んでいる。何で?自分でも驚きだ。

 みぞおちにモロに喰らう。前蹴りか?兎に角とんでもなく痛い。だが、堪える。何で!?

 この様じゃサンドバッグだ。俺が木村ならそうするし、実際そうなっている。

だが、俺は倒れない。倒れたら終わるのに、倒れない。何でだ?別に負けても良かった筈だ。今回は勝ち負けじゃない。

 口の中に鉄の味が充満した。口の中を切ったんだ。

 右手首がビリッと痛んだ。負傷した手首を、更に捻られたんだ。

 同時に顔面が一気に痛くなった。顔面にモロに喰らったな。パンチを。

 だけど俺は倒れない。自分でも不思議だが、倒れない。

「いい加減くたばれよ緒方あ!!」

 木村の叫びと同時に、俺の顎が跳ね上がった。

 アッパー…じゃない、蹴り上げられたのか。

 今度こそ倒れる事が出来る。何で此処まで堪えたのか、よく解らないけど、漸く……


 じゃり!!


「「「!!」」」

 場が驚愕した空気を発した。かく言う俺自身もそうだ。

「……普通は倒れるぞ!?」

 俺もそう思う。顎に蹴りを喰らったんだ。アッパーよりも強烈な蹴りを。

「これ以上やらせんなよ緒方!!」

 木村が叫ぶ。俺もこれ以上はやられたくねーんだよ。最初に言っただろ?俺もやりたくねーって。

 そう言えば木村が言っていたな。俺とお前のやりたくないの意味は違うって。

「俺は色々背負ってんだよ!!負ける訳にはいかねえんだ!!だから大人しく倒れてろよ緒方!!」

 ひゅん、と風切音が左から聞こえた。

 俺はそれにカウンターを合わせた。見えないのに。

 左拳に肉と骨がぶつかる感覚。そして砂利に何かが倒れる音。

 信じられない事かもしれないが、俺のカウンターは木村を捕らえ、更にダウンを奪ったのだ。

 ああ、そっか…

 俺は毎日に毎日練習してきた。シャドーだって欠かしていない。

 こう来たらこう返す。こう来たらこう防ぐ。

 毎日の練習が身体に染み付いているんだ。

 目が見えなくても身体が覚えている。勝手に反応してしまうんだ。

 今日練習をサボったのはまずかったかなあ。ちゃんと俺の身になって、助けてくれているってのに…

 実戦練習していると思えば何とか誤魔化せるかな?しかも相手は木村だ。

 そして俺も漸く解った。

「……木村。お前のやりたくないは、負けたくないんだな?」

 答えは返ってこない。しかし俺は無視して続ける。

「俺のやりたくないは、友達と喧嘩したくないだった。お前の言う通り、全く違うな」

 返事は無い。

 俺はゆっくり目を開ける。

 砂がまだ残っているが、殆どが流れている。視界が回復したのだ。

 真正面には木村がいた。俺の言葉を無視していた訳じゃ無い。黙って聞いていた。

 睨んでいる訳でも無い。なんつーか、怖がっているようにも見える。

「木村、お前負けるのが怖いのか?」

 ピクリと反応する木村。

「俺は割とどうでもいい。負けるのがどうでもいいと言うよりは、最後に糞をボロボロにできればいい」

 今日負けても明日追い込めばいい。そう考えていた。

 今回の場合は、友達と喧嘩したくない、負けても木村相手なら全然いい。糞じゃないから負けてもいい。

「そんな考えじゃあ、お前には勝てそうもない。やる前から結果は決まっていたのかもな」

 勝ちたい、負けたくない木村に対して、馴れ合った木村とやりたくない、別に負けてもどうでもいいと考える俺とじゃ、最初から勝負は決まっていた。

「けど、俺はなんで倒れないんだろうな?教えてくれよ、木村ぁ…」

 一歩前に出る俺。それに呼応し、一歩下がる木村。

 木村は相変わらず平然とした表情だったが、さっきとは明らかに違った。

「……お前と知り合う前から、噂は聞いていたんだぜ。狂犬みたいな危ない奴だってな…」

 そう言われていたようだな。どうでもいいけど。

 また一歩出る。木村は一歩下がる。

「そのツラ、噂通りだぜ…お前の言う通り、お前とやりたくない理由は負けるのが怖かったからだ。メンツだ何だ言ってもよ、俺は結局は臆病もんなんだよ」

 一歩出る。木村は一歩下がる。

「なんで倒れないって聞いたよな?そりゃあお前が危ない奴だからだ」

「危ないって、俺が?」

 一歩出る。木村は一歩下がる。なかなか間合いが縮まらない。

「じゃあ聞くが、何で笑ってんだお前?」

 俺の足が止まる。木村は一歩下がる。

 そうか。俺は笑っているのか。こんなにボッコボコにされても笑って向って来るなんて、そりゃ危ない奴だって言われるよな。

 危ないから倒れない。危ないから向かっていく。

 んじゃ何で危ないんだ俺は?弱虫のカスだった俺が、何で危なくなったんだ?

 そりゃあ決まっている…

「お前等糞共をぶち砕く為だよ……!!」

 言うや否や、俺の足は地面を蹴った。

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