反撃~004
駅に降り、早速コンビニに入る。
俺はやはりオムライスじゃ足りなかったので、おにぎりを二個買った。
「お菓子とか買わなくていいいの?」
「食べたいのがあったら、カゴに入れていいよ」
俺はそんなにお菓子とか食べないから、槙原さんの好みに従う事にする。
「でもなあ…夜に食べちゃうと太るしなあ…」
随分お悩みのようだ。だったら買わなきゃいいのにと思うが、違うんだろう。買わなきゃ駄目なんだろうな。よく解らんが。
結局槙原さんはプリンとお茶をカゴに入れた。俺はプリンはいいや。
会計を済ませて家に向かう。
コンビニからずっと腕を絡めてくる槙原さん。オッパイが当たって気持ちいが、 正直歩き難いのでやめて欲しい。何より恥ずかしい。
なので何度が逃れようと腕を外すが、瞬時に絡んでくるので諦めて歩いた。
擦れ違う人達の、何とも言えない視線が痛いのだが、槙原さんは感じないのだろうか?
「ねえねえ」
超密着状態で話かけてくる槙原さん。
「なに?」
「こんなにくっつくと、やっぱ熱いね」
だったら離れて欲しい。健全な高校男子の俺からのお願いだ。
おっぱい押し付けられて、色々踏ん張っている身にもなって欲しいのだ。
「ねえねえ」
「なに?」
「さっきから色んな人に見られているね」
だから離れろと言った筈だが、聞きやしねーじゃねーか。
「ねえねえ」
「なんだよ?」
「こんな所須藤さんに見られたら、どうなるんだろうね?」
足を止めて槙原さんを見る。
にこやかにしているが、目の奥は全く笑っていなかった。
まさか、とは思うが…
俺は唾を飲み込んだ。同時に嫌な汗が流れる。
「……朋美の家に回る気か?」
「だったら面白いんだけどね。でも、今行っても居ないんでしょ?あの子」
確かに…ヒロの報告の時間が毎日の外泊時間だとすると、まだちょっと早い。
安堵するも、機会があったら本気でやる気だ。今は仕方が無いからやらないでやっていると言っている。
「危険過ぎるだろ…」
「ん?どうして?」
「いや…どうなるか予測が出来ないからだろ…」
「そうだねえ…私を殺しに来るかも知れないし、失敗して警察の御厄介になるかも知れないし、お父様の地位が崩壊しちゃうかも知れないしね」
それ狙ってやれる事なのか?実際朋美は動きが取れないからSNSで中傷を流しているんだろ?
「どっちにしても今の状況じゃ手詰まりでしょ?こっちから仕掛けないとさ」
「それは同感だが、何も槙原さんが標的になる事は無いだろ?」
今は噂潰しでSNSで暴れる事と、西高生がリアルで追い込む事しかできない。それ以外はこれから考える事にした筈だ。
「だって、噂は美咲ちゃんと春日ちゃんに絞って流されたでしょ?私が流したように見せかけてさ?」
ぞっとした。槙原さんの瞳…凍るような冷たい瞳…
嵌められそうになった事が、そんなにムカつくのか?
「でも、今日は何もしないよ。折角のお泊りだしね」
にこっと笑った。あの冷たい瞳は消えている。
「あ、ああ…そうだな……」
俺は今までヤバいのは春日さんだと思っていた。あの刺殺の件で、そう思い込んでいた。
だが違った。そう言えば、槙原さんは二年の春、俺が刺殺された時に、一緒に殺されたじゃないか。
一年の夏に轢死した時、楠木さんは茫然と突っ立っていたのみ。冬の春日さんは無理心中。槙原さんはどう転んでも被害者だと思っていたが…いや、死んだ事に対しては、被害者でもいいと思うが…
あの時、槙原さんは俺に謝って笑って死んだが、恨み辛みも言っていないじゃないか?
今思えば、槙原さんは死に恐怖はしていなかった。単なる事象の一つみたいに割り切っていたようだった。
目的達成の為なら手段を択ばないと、自分でも言っていたじゃないか…
覚悟の仕方が半端無いと、いつだったか感じたじゃないか。
「どしたの?さっきから引き攣っているけど?」
顔を覗き込まれて思考が遮られる。
まさか、これも計算の内?いやいや、疑ったらキリが無いが…
俺は自分でもどんな顔をしているのかも解らずに、誤魔化して返す。
「早く家帰って腹満たしたいとか思っていたりする」
「食欲の次は性欲を満たしたいと?」
「どこをどう取ればそうなるのか理解できん。俺に解り易く説明してくれ」
いつものやり取りに戻った。
物凄く安堵した。槙原さんも、いつものように笑っていた。
絡めていた腕からするりと抜ける槙原さん。そして俺の前で腰を屈めて、顔を覗き込んで笑う。
「大丈夫だよ。隆君が不安がる事はしないから」
心臓が掴まれたような感覚…
「私が須藤さんと刺し違えるような事をするかも知れない、って思ったんでしょ?」
「そ、そんな事は…」
またまたクスッと笑う。
「顔に出ているよ。隆君素直だからね」
そ、そうなのか?じゃあ今まで結構バレているのか?
「正直言って須藤さんは迷惑なだけだし、命を賭ける価値も無いと思っているし」
「そ、そうか」
頷いて、さっきの氷のような瞳に戻って笑い直す。
「そこまでしなくても勝手に死ぬんでしょ?あの子」
家に着いてソファーに横になる。
槙原さんは下で親父やお袋と談笑中だった。二階まで笑い声が聞こえてくる。
俺はさっきの事を思い出していた。
冷たい瞳。そして初めて聞いたであろう本音…
いつもの明るく頭の回転が良い槙原さんと全く違う二面性…
どっちも槙原さんなのには違いないのだろうが、春日さん以上の危うさが感じられる。
殺意は見えないが、必要なら殺しちゃうような、そんな感じ。正に作業の一つみたいな。
放っておけば勝手に死ぬから殺さない。明言はしていないが、ニュアンス的には間違いない。
「女ってこええなあ…」
ボソッと呟いてコンビニから買ったおにぎりの包みをぺりぺりと剥がす。呟いたのは、黙っていると余計な事を色々考えてしまうからだ。
俺が不安がる事はしない。その言葉だけを頭の中で繰り返しなら、不安を呑みこむように、おにぎりにパクついた。
その時ドアが開く。
「いや~、隆君のご両親と話し込んで、すっかり遅くなっちゃったよ~」
頭を掻きながら槙原さんが戻って来た。なんか機嫌がいいようだ。
「どうした?」
「ん?何が?」
ペットボトルのキャップを捻って聞き返す槙原さん。
「いつもより機嫌がいいような気がするからさ」
「あ~、うん。何かね、ウチのお嫁さんに来てくれたら嬉しいみたいな事言われてさ」
思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪える。
親父もお袋も何考えてんだ…
楠木さんや春日さんよりも親の受けがいい事は事実だが、何でそんな事…
二人より受けがいい?顔を合わせている回数は同じくらいなのに、槙原さんが一番受けている理由はなんだ?
「じゃあちょっとお風呂借りるね。」
着替えを持って風呂に行く槙原さんを見送る。
また考える時間が出来てしまった。
さっきの事だ。親父たちの受けがいい。そして目的の為ならす手段を択ばない…
俺が知らない所で何かやっているのか?俺の家族相手に?
そういや親父は槙原さんのアドレスを知っていたな…メールで何かやり取りしているのかも知れない。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』みたいな戦略とか…
楠木さんや春日さんも親父のアドレスを知っているが、性格上そんな事するとは思えない。なので、槙原さんが一番可愛がられているのか?構ってくれるから?
つか、マジであのオヤジは何やってんだ?
息子の女友達とメル友になんじゃねーよ。
なんか溜息ばかりが出て来る。
そんな事を考えていると、うとうととし始めた。
この頃練習も満足にやっていないのに、睡魔が酷い。まあ、原因は解っているが…
せめて風呂に入ってから、と思って何とか踏ん張っていたが…
………
…………
……………
ユサユサと身体を揺すられる。
ウトウトしている最中だったから簡単に目を開ける事ができた。
「起きた?」
髪を下してメガネを外している槙原さんの顔がドアップに写る。
なんかいい匂いが鼻腔を擽って心地いい。
「そうか、風呂から出たんだな」
俺も入ろうと上体を起こす。
「え?今から?もう二時過ぎているよ?」
はあ!?と思って慌てて時計を見ると、確かに二時を回っていた。
「マジか…爆睡してしまったのかよ…」
どおりで身体と頭がすっきりしている筈だ。この頃の寝不足を計らずも解消したようだ。
「そう。良かった。じゃ着替えて」
何を言っているんだこいつは?と思いながら、よっく槙原さんを見てみると、ジーンズと七分袖のシャツ。
「まさか外に出るのか?」
「うん。須藤さんの家」
朋美の家?監視する為に行くのか?
「どうしたの?早く行こうよ?」
「…その髪型や眼鏡を外したのは変装か?」
「え?違う違う。眠る時はいつもこうだよ。でもなぁ、そう言われると、変装したくなるよね」
ポーチをごそごそ探って取り出したのは、コンタクトケース。
テーブルに眼鏡が置かれている事から、本当は眼鏡を掛けて行こうとしたのだろうが、変装と言われてその気になったようだ。
「どう?これで私ってバレないかな?」
ぱっと見たら解らないな。
「うん。可愛い」
しまった。本音が口に出てしまった。
「え?あ、う、うん。ありがと」
赤くなって俯く槙原さん。こんな反応も新鮮だ。つか、眼鏡も可愛いが、外した方が美人さんだ。
「そ、そんな事より、早く出よう?いつこの家に向って来るか解らないんだし」
「昨日たまたま来ただけかもしれないんだが…」
だが、俺もいずれ行ってみようと思っていた。
一人より二人は渡りに船か?
つか、着替えていないから、普通に制服のままだった。
俺は急いで私服に着替えた。
「一応着替えたが、俺は変装なんてできないぞ?」
どこからどう見ても俺。何の捻りも無い俺だ。
「そうだね。じゃあ見つからないようにね」
結局それかよ。まあいいけど。
夜も遅いので超こっそりと家を出る。周りを見渡して、誰もいないのを確認して。
「まだ須藤さん来ていなかったね」
「毎日来ているかは解らないって言ったろ…」
「うん。でもSNSに書き込み無かったからさ」
そう言ってスマホの画面を俺に見せる。
有名なSNSの地域スレに、それはあった。
実名は流石に乗せていなかったが、ちょっと知っている奴が居たら簡単に特定できるよう、特徴が細かく記されていて、薬欲しさにエンコーしていただの、中学時代に実父にレイプされていただの、見ていて胸糞悪くなる内容だった。
「これの凄い所は、嘘に真実を混ぜている事。ちょっと知っている人なら鵜呑みにしちゃうかもね。勿論便乗でアゲてる人も多いけど、こっちは単なる創作だけどね」
「結構創作アゲてる奴いるな…」
それだけ話として面白いんだろうな。
「そう。だからファミレスや電車でウザったい真似してくるバカも、ホントは信じていない。だけど人物はホントに居るから、確かめたくなる人も出て来るでしょ」
主にそっちの方がメインだろうと。楠木さん、春日さん、槙原さん、そして俺に精神的ダメージを与えるのが目的だと。そして自分が疑われるように仕向ける事が目的だと。
「肉体的ダメージ与えたいな…」
マジ顔面にパンチ入れたくなる。前まではちょっとした恐怖を感じていたが、今は怒りしかない。
「そうだね。でもさ、やったらやられちゃうんだよ?だから実力行使はやめてね。捕まっちゃうからさ」
言いながらビデオカメラを持って見せる槙原さん。
「それは?」
「だから、やったらやられちゃうんだってば。例えば動画投稿されたりね」
その時の槙原さんは笑顔を見せていた。
背筋が凍るような冷たい笑顔を…
俺達はこそこそと朋美の家の近くの茂みに身を隠した。
俺は男だから平気だが、槙原さんはこの茂みの中で蚊とかに刺されたら不快だろうな、とか思いながら。
その刹那、ぷん、と燃えた香りが鼻腔を擽る。
良く見ると、槙原さんは蚊取り線香持参だった。蚊に刺されるリスクをこれで軽減したのだ!!
つか、準備が良い。良すぎる。これはまるで、初めっからこのつもりで俺の家に来たのか?
「ね、隆君。須藤さんの部屋ってあそこ?」
俺は頷いて応える。槙原さんは「そう」と言って、じっと二階の窓を見た。その表情は、獲物を狙う猫科の猛獣だった。
見惚れていると―
「隆君は玄関見張って。んで、須藤さん出て来たら教えて」
「お、おう」
俺は慌てて玄関を注視する。
つか、今日外に出て来るのかも解らないんだが…
待つ事十五分。
飽きてきた。と言うか眠い。そして俺はとんでもない事を思ってしまう。
何でこんな面倒な事やっているんだ?と。
慌てて頭を振って否定する。
全ては俺自身の為。面倒な事をやらなきゃ、いつまでたっても朋美の呪縛から逃れられない。
「……飽きてきた?」
ヤバい。心を見透かされた。
「い、いや、全然?」
思い切り否定する。
「もう直ぐで飽きなくなるから、ちょっと待ってて」
「…なんで言い切れる?」
「今カーテンが揺れた」
朋美の部屋に視線を向ける。
「……確かに微かだが…空調じゃないか?」
「今はそう見えるかもだけど、間違いなくカーテンに触った」
そ、そうなのか?それなら…
俺は改めて玄関に集中する。
更に待つ事十五分。
深夜の静寂だからこそ、聞こえたであろう開錠の音。
「来た!!」
「しっ!!」
あわてて口を押える。
カラカラと、ごくゆっくりと開く玄関扉。
朋美だ!!出て来た!!パジャマのままだがカーデガンを着ている。整えていない乱れた髪を振り乱し、痩せこけたせいで妙にぎょろついて見える瞳を真っ直ぐ向けて。
ごく、と槙原さんが唾を飲む。
「……須藤さん?」
「ああ」
「……あんな感じだったっけ…?もっと可愛かったような…」
変わり果てた朋美を見て、若干怖気づいた様子。
そりゃそうだ。見ようによっては幽霊だ。普通に怖い。
朋美が歩き出す。俺の家の方向だ。
槙原さんはビビりながらも、ちゃんとビデオカメラを回していた。流石だ。
「こっそりつけるよ。足音立てないでね」
「いや、つけるんなら当然そうだろ」
慎重に慎重に後を追う。朋美はあの身体だ。歩くのが遅い。足を引き摺っているようにも見える。
「本当に具合悪いんだねあの子…」
「まあ…見たまんまならな」
具合悪けりゃ寝てりゃいいのに。せめて俺に纏わり付かないで欲しい。
そしてやはり俺の家の近くで止まる。俺の部屋の窓をじっと見つめ出す。
マジでこええ…ホラーだよこれ。見た感じ、お化けが俺ん家覗いてやがるよ。
それから朋美は一時間程俺の部屋をじっと見続けた後、帰って行った。
以前のように、コンビニの袋にゴミを入れて置く訳でも無く。何もせずに。
一応帰りも後をつけたが、どこにも立ち寄る事は無かった。
「……須藤さんの奇行は録画したけど、どうする?」
いや、どうすると言われても…
「俺達も帰るしかねーんじゃね?」
他に何をすればいいと言うのだ?後は部屋に引き籠もるだけだろう?そして朝に病院に戻るだけ。
槙原さんは何か思い出したようにスマホを開く。
「……スレ動いてる」
そうか、この時間からSNSに噂の書き込みか。
しかし、それは俺達にはどうしようもない。まさか部屋に乗り込んで証拠を押さえる訳にもいかない。
取り敢えずもっと動きがあるかを確認するべく、俺達はそのまま朋美の部屋を観察する事にした。
「………さぶっ!!!」
余りの寒さに飛び起きた。つか、此処は外、まだ日が出てない。
あのまま朋美の部屋を観察していた俺だが、いつの間にか眠っていたようだ。
「おはよ。さっきあったかいコーヒー買って来たけど飲む?」
槙原さんはまだまだ余裕な感じだった。コーヒーを買いに行く余裕があるんだからな。
有難く頂戴する。自販機にホットがあって良かった。
「つか、今何時?」
「もう直ぐ4時かな」
一時間以上寝てしまっていたのか。しかも近所の外で。
自分のアホさ加減に呆れながらも、槙原さんの気合(?)に感心する。
すげーな。この人敵に回したら、俺生きていけないんじゃねーか?
「寝ていたから申し訳ないんだけど、やっぱ聞いときたい。何か動きあった?」
首を横に振り、軽い溜息を付く。
そっか。仕方ないよな。
「SNSも30分前から動いてないしね。多分寝たんじゃないかな?
普通は寝る時間だしな。朋美の場合は病院で昼寝(?)できるからこそだろう。
「俺が見たのは朝6時過ぎだったからな。その時間には起きるんじゃねーかな?」
「じゃあこれ以上張っても無意味かな…」
徐に立ち上がる槙原さん。お尻に付いた土を払う。
「帰ろうか?」
同意しない理由は無いので、俺も続いて立ち上がった。
「今からなら2時間は眠れるよね?」
「そうだな」
長い一日が漸く終わったと実感できた瞬間だった。
家に帰ってすぐにベッドにバタンキュー。
槙原さんも隣になだれ込む。
いつもなら、追い出すか、俺が床で寝るのだが、今日はそんな事をする気力も無い。
それは槙原さんも同じだったようで、直ぐに寝息を立て始めた。
面倒臭い。俺も此の儘寝ちまおう。
タオルケットと毛布は槙原さんに譲り、俺も少しばかりの睡眠を取る。
隣に女子が寝ている状況だが、速攻で眠りに落ちた。
だが、すぐに目を覚ます。
何の事は無い、目覚ましが鳴ったのだ。時間は6時。ロードワークの時間だった。
槙原さんは目覚ましが鳴ってもクークーと寝息を立てた儘。帰って来るまで寝かせとこう。
「ヒロが来るからサボれないしなあ…」
ぼやきながら、静かに玄関を出る。
俺を支えてくれたバックボーンを、俺から捨てる訳にはいかない。
「おう。今日はちょっと遅かったな」
待ち合わせ場所に先に到着していたヒロ。既にストレッチを始めていた。
「わりい。全然寝てなくてさ」
そう言って俺もストレッチを開始する。
ヒロの身体が止まり、ぎぎぎ、と俺の方に首ごと向けて来た。
「……昨日槙原と遊びに出たんだよな…?」
「ん?うん」
遊びってか、木村との仲直りの間を取り持ってくれたのだが。それすらも実は不要だったのだが。
「……寝てないって…その関係?」
「ん?うん」
その後朋美の家を監視していたからな。
「お、お前…!!ついに大人の階段を…!?」
「ん?一体何を言っているんだお前は?」
何か碌でもない勘違いをしている様子。俺は昨日の事を端折りながらも説明した。
「そ、そうか…寝てないってその理由か…」
あからさまに安堵しやがったヒロ。そんなに先に行かれるのが悔しいのか?
「つか、お前ん家を覗きに行くとか、益々病気だな。二日連続って事は、毎日かもしれないって事だろ?」
「そうだな…毎日かもしれないな…」
そう考えるとマジ気持ちわりい。まだ幽霊に憑りつかれていた方がマシかもしれない。麻美に取り憑かれているけれど。
「で、どうすんだ?証拠の動画も撮ってあんだろ?」
「あれは槙原さんのビデオカメラに入っているから、どうするつもりなのか俺も知りたいよ」
出来れば警察に持って行って捕まえて欲しい。ストーカーで罪に問う事はできるだろ。
「でも、須藤の家はいい弁護士ついていそうだよな」
「それ以前に親がアレだからな。警察沙汰にすれば、俺ん家がどうなるか見当も付かん」
示談で終わりだろうな。それでも構わないんだけど。朋美をどこか遠くの病院に隔離してくれるなら。
朝練終わって帰宅。
昨日の春日さんと同じく、玄関まで出て来てくれて出迎えてくれた槙原さん。
「おかえりなさい。おじさんもおばさんももう出ちゃったから、二人で朝ご飯食べてって」
この所親父とお袋は朝早く出勤している。昨日もそうだったし。
「んじゃ先に食べてて。シャワー浴びてから行くから」
汗を洗い直してサッパリしたい。昨日も風呂入ってないんだし。
「ううん、待っているから、一緒に食べよ」
はにかみながらそう言われたら、速攻で終わらせたくなるじゃないか!!
俺は烏の行水以上のスピードでシャワーを浴びて着替えた。そして槙原さんが待つ台所に向かった。
「早いね?もう出たんだ?」
驚かれたが、特になにも言わずに椅子に付く。
メニューはアジの干物、ほうれん草の胡麻和え、茸の炒め物、んで油揚げの味噌汁。今日は随分ヘルシーだな。
「お弁当にトンカツ入れちゃった~」
喜ぶ槙原さんだが、トンカツなんて無いぞ?
つか、だから他はあっさり目なのか。弁当に全部入っちゃったから無いだけか。
まあ、アジの干物があるから構わんが。
「ご飯どれくらい?」
「えーっと、軽めで」
「了解ぃ」
ご飯を装ってくれている槙原さんは、実に嬉しそうだ。
それを見ている俺も、実に嬉しかった。
昨日の春日さんと同じ弁当箱を持って、ご満悦で俺の隣を歩く槙原さん。
途中待っていてくれていた国枝君と合流し、その弁当をやたらと自慢していた。国枝君は終始苦笑いだった。
そして会話が途切れた瞬間、狙っていたかのように話を切り出す。
「昨日、と言うか今朝と言うか。須藤さんはやっぱり動いたのかい?」
「あ、やっぱ気になる?結構大変だったよ」
槙原さんは昨日の事を国枝君に話した。
「…やっぱり動いていたのはその時間帯か」
「うん。書き込みの時間、反映していたからね。まあそこまでは誰でも読めるよね」
そうなのか?俺はサッパリ解らんかったが…
「でも、聞けば聞く程異常だよね。どうにか須藤さんを黙らせる方法は無いのかい?」
俺もそれが知りたい。さっきも言ったが、朋美が俺に近寄らないように、どこか遠い病院に隔離できないものか。
「う~ん…警察に証拠として提示しても、直ぐには動いてくれないし、その間に事件に発展しちゃうかもしれないんだよね~」
事件が起こらないと動いてくれないって聞いた事があるが、その類の話なのか…
「じゃあ須藤さんの親御さんに直接苦情を言うって言うのは?」
「それもいい手だけどさ、相手はカタギじゃないからね。下手に脅しているって捉えられたら、もっとヤバい。現に須藤さんが犯した犯罪の尻拭いもしているでしょ?」
う~ん…あの親父さんは、確かに朋美に甘かったが、今は監視を厳しくしているんじゃなかったか?まあ、温い監視だから、深夜に俺ん家の前に張り込みできるんだろうけど。
「いろいろ考えてみるよ。国枝君は噂潰しお願いね」
「僕にできるのはそれくらいしか無いからね」
快く了承してくれた国枝君。相変わらずいい人だ…
この日は睡魔が勝った。
ので、俺は授業が全く耳に入っていない。ただ眠らないように踏ん張っていただけだった。
槙原さんは遠慮なく寝ているけど。俺はホラ、頭が末期だから。
昼休みも弁当を広げる事無く、机に伏して仮眠を取った。
そして放課後…俺は途方にくれながら、椅子に座って茫然としていた。
「……今日一日全くノート取ってない…」
どうしよう?槇原さんも春日さんも楠木さんも帰っちゃったし、ヒロには期待できないし、国枝君も…あれ?
「まだカバンがある…」
とっくに帰ったと思っていた国枝君のカバンが、まだ机の上にあった。
忘れて行ったのか?まさか、こんな目立つものを忘れて行く筈が無い。
と、なると、まだ校内に居る確率は高い。
俺は国枝君にコールする。
程なく、国枝君が電話に出てくれた。
『やあ緒方君。ぐっすり眠れたかい?』
「ぐっすり過ぎて今起きちゃったよ。もう夕日が出ているよ。ところでまだ校内にいるの?」
『うん。ほら、僕はバイクの免許を持っているだろう?この学校は免許を取って乗ってもいいけど、通学に使っちゃ駄目なのは、この前話したよね?』
「うん」
『その他に月に一度、違反をしていないかどうか書類で提出しなきゃならないんだ。違反をしたら暫くバイクに乗れない。その書類を提出しなきゃ、これまたバイクに乗ってはいけないって取り決めがあるんだよ』
「そ、そうか。書類の提出で職員室か、今?」
『いや、恥ずかしながら、今月はまだ書類を書いてないんだよ。だから今は慌てて図書室で書いている最中なんだ』
これはラッキーだ!!図書室に居るのなら、ノートのコピー取らせて貰えるかも!!
俺は国枝君に頼み込み、コピーを取らせて貰う事に成功した。
代わりに図書室にカバンを届ける事になったが、全く苦にはならない。
図書室は静かに、足音も極力立てずに歩かなければならない。
俺もそのルールに従い、国枝君を捜す。つか、あっさり見付かった。
「やあ緒方君、悪いね。カバン持って来て貰っちゃって」
「い、いや、俺が頼んだ事だから」
バツが悪いな。そう思いながらも、国枝君からノートを借りた。
幸い、図書室にはコピー機がある。音をなるべく漏らさないよう、アクリルの板で囲って隔離されているが。
そこに入ってコピーする。因みに有料だ。一枚10円。カラーコピーは30円。特に安くも無い。
しかし国枝君、字が綺麗だな。俺のミミズがのた打ち回ったような字とは雲泥の差だ。
俺は粛々とコピーする。
小銭が段々無くなって来るが、これは自業自得。仕方が無い。
「ノートありがとう国枝君」
取り終えてノートを返す。
「いやいや、今日はぐっすりだったね。やっぱり昨日は大変だったかい?」
「大変っつーか、俺の問題だしな。槙原さんにはホント頭が下がるよ」
クスクスと笑う国枝君。
「でも、槙原さんをこうまで突き動かしたのは君なんだけどね?」
「俺?」
「うん。緒方君は須藤さんが夜だけ家に居る事を突きとめたよね?あれ、結構悔しかったみたいだよ」
そうなのか?いや、あれは、ミラクルが働いた結果だからな。
「あれで緒方君は槙原さんに依存しなくてもやっていける事を証明した。それで火が点いたみたいだよ。もっと頼りにさせたくてさ」
つか、今でも充分頼りにしているが、何か不穏な言い回しされたようだが…
国枝君はフッと笑う。
「そんなに深刻になる事じゃ無いよ。多少の借りじゃ、緒方君は揺れないって知っているだろうからね」
よく解らないが、深刻になる必要が無いなら万々歳だ。
朋美の他に神経を擦り減らせたくない。自分のキャパを越えちまう。
「さて、僕は書類を提出しなきゃいけないけど、緒方君はどうする?」
「あ、途中まで一緒に帰ろうか。ノートのお礼にジュースでも」
苦笑いして。
「お礼なんていいんだよ。大した事をした訳じゃ無い。だけど、じゃあちょっと待ってくれるかい?」
それはもう当然だ。俺から下校を誘ったんだから。
帰り道。国枝君はバイクの事を楽しそうに語った。
木村ともちょくちょく一緒に走っているようだ。
俺も誘われたが、本当の所、バイクには乗りたいが、今はそれどころじゃない。朋美の事をマジでどうにかしなくちゃならない。
様子見とか言われたが、どこまで様子を見たらいいのか見当も付かんし、様子見だけで事が好転する筈も無い。
やっぱ出来る事は自分でしなきゃならない。
俺は朋美の親父とも面識があるし、親父さんに直接言いに行こうか?
……あんま利口な手段じゃ無いな。ガキの頃なら兎も角、今は高校生。余計な口を塞がれかねん。そこまでするかは解らないが、見極めが難し過ぎる。
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