反撃~003

 そして放課後。帰ろうと立ち上がると、ぎゅむ、と槙原さんの腕を絡められた。

「さって、デートいこ!デート!!」

 驚いた。一旦帰って着替えてから出かけるんじゃないのか?此の儘行くの!?

「何驚いているの?お昼休み約束したじゃない?」

「したけど、制服のまま?俺はてっきり着替えてから出かけるんだと…」

「それもいいけど、時間が勿体無いじゃない?」

 …言われてみればそうか。

「解った。でも、どこ行くんだ?」

 制服じゃ、行ける所は限られているような気がする。

「え?デートって言ったら、男子がエスコートするものじゃないの?」

 きょとんとされて、切り替えさせられた。

 俺がプラン組むのかよ…つか、今日お金いくら持って来たっけ…

 取り敢えず電車に乗って、西白浜まで出る事にした。

 電車内では槙原さんがべたべたべたべたくっ付いて来て暑かったが、いい匂いがしたのと柔らかい何かが当ったのとで、俺は理性を保つのがやっとだった。

 駅に降りると、アホの西高生がウロウロ何かを探している。俺の顔を見るなり頭下げてきたりして、何が何やらよく解らん。

「多分木村君が何かの命令を出したんじゃないかな?」

「ああ、噂信じて踊ったアホへの制裁だったっけ?しかし、木村も良くやる気になったよなあ…」

 基本敵同士だし、昨日やり合ったばっかだし。付け加えるなら、その時ナンバー2もぶち砕いたし。

「くろっきーから聞いたんだけど、元々どうにかするつもりだったみたいだよ。噂をネタにバカみたいな事するのは、西高生が一番多いだろうからって」

 ふーむ。だったら、昨日やり合ったのは、木村にとっても都合がよかったのかもな。

 勝ちにせよ負けにせよ、取り締まる大義名分が得られるだろうから。

 さて、いつもの拠点とも言うべき街に付いた訳だが。

「えっと、映画でも観る?」

 一応デートなので、それっぽい所に誘う俺。

「らしくないなあ、隆君」

 しかし、なんか逆に呆れられてしまった。何故だ?

「映画なんて退屈じゃない?私達はもうちょっと刺激がある方が良いと思うのよね」

「平和が一番だと思うけどな…」

 刺激したくもないし、されたくも無いのが本音だ。俺は基本的に平和主義者だからな。どの口が言うかとか思うだろうが、そこはまあまあ。

「だけど退屈なのは同感だな。ンジャゲーセンにでも…」

「あんなうるさい所は嫌。話もしにくいし」

 うるさいのは確かだな。じゃあ…

「え、えーっと、じゃ、何するの?」

 早いギブアップだった。最早俺に引き出しは無い。

「刺激的と言ったら、やっぱりホ」

「却下だ。そう言うのはもういいっつーの」

 今度は仕返しとばかりに俺が呆れ顔を拵えた。何回同じやり取りすりゃ気が済むんだ。

「え~…じゃあちょっとお茶して考えようか」

 まあ良いけど…だけど、ここで知っている所は、春日さんのバイト先と、西高のたまり場の喫茶店。あとは天むすしか食べた事が無いお好み焼き屋しかないぞ。

 その旨を伝えると、私に付いて来てと言われたので従う。

「あのね、付いて来てって言ったけど、後ろに付いて来いって意味じゃないからね?」

 振り向かれて睨まれた。素直に言葉に従ったのになんでだ!?

「じ、じゃあどうすりゃいいんだ?」

「こうするの!!」

 そう言って腕を絡めた槙原さん。

 俺の顔が若干熱くなる。オッパイぷにょも当然あったし。

 槙原さんのエスコート(?)で連れられて行った先は、ちょっと裏道に入った所にあるカフェ。おしゃれな外観だ。これが大通りにあったら、もっとお客が来て繁盛するだろうに。

「ここのオーナーさん曰く、あまり賑やかにしたくないんだって」

「え?それってお喋り禁止的な事?それともジャズバーみたいに、何か音楽掛けて、黙って聞いていろって事?」

 どっちにしても俺の苦手な分野だ…お茶して考える場所にしては、格調が高すぎるんじゃねーか?

「違うくてさ。隠れ家みたいにしたいって事」

 そうなのか。まあ、俺が隠れ家的なカフェの意味を知る筈が無いので、何でもいいけど。

 引っ張られるような形で入店すると、中身は特に変わったところは無い。普通の喫茶店よりも明るい感じがするだけだ。

「ここ空いているよ」

 促されて座る。つか、空いているも何も、俺達しか客いないじゃん。

「ここは高校生のお客さんは少ない、と、言うよりも、ほぼ来ないからね。夕方になれば他のお客さんが来るから、それまではゆっくり話せるよ」

 ああ、成程ね。だからお客が居ないのか。ただ繁盛していないんじゃない訳か。

 お店のオーナーさんらしいお姉さんが、メニューとお冷を持って来る。

「いらっしゃい遥香ちゃん」

 軽く会釈して挨拶の代わりにする。

 見定めるような目で見られた。顔は笑っていたが、目は別の所を見ているような感じ。あまり気分がいいもんじゃない。

「…この男の子が意中の彼?ちょっと怖い目つきだけど、けっこうカッコイイじゃない」

 俺の事を話しているようだな…どういう関係なんだろう?

「隆君は普通にかっこいいよ。はやくメニューちょうだいよ姉さん」

「ね、姉さん!?」

 驚いてオーナーさんの顔を見る。

 言われてみれば…若干似ている。特に目元とか。おっぱいは槙原さんの圧倒的勝利だが。

「姉さんと言っても、従妹の姉さん」

「そ、そう…」

 しかし、槙原さんの血縁なのには変わらない。

 こういう場合は、改めて挨拶した方が良いのだろうか?

「メニューと言っても、どうせいつものヤツでしょ?」

 そう笑って引っ込んで行く。

 挨拶をするかどうか悩んでいた俺は若干肩透かしだったが、同時にこうも思った。

 なんて心が小さいんだ俺は。

 こういう場合は悩んじゃ駄目だろ。悩む前に挨拶し直さなければならないだろ。槙原さんにはいつも世話になっているんだし!!

「どうしたの?怖い顔しているよ?」

 指摘されて頬を叩いて作り笑いをした。

「いや、ちょっと自己嫌悪でさ」

「え?何かあったなら相談に乗るけど?」

 俺って心が小さいよね?とは流石に相談できないな。

 俺は作り笑いから苦笑いに変わる。

「いや、大した事じゃ無いから」

 本当に大した事じゃ無い。本当にただの自己嫌悪だし。

 話題を変える為に、俺から話を振る。

「いつものヤツって何?」

「うん?気になっちゃう?」

「そりゃあな。何を頼まれたのか解らないのは不安だし」

「ちゃんと美味しいヤツだよ~」

 あはは~。と朗らかに笑ってくれた。良かった。俺の自己嫌悪に付き合わせたくないからな。

「まあ、カフェだからケーキセットかな?」

「いやいや。そんな単純なものじゃないよ。いや、ある意味もっと単純かも」

 ふふんと得意気に笑う。

「だけど、カフェなんだから洋菓子じゃないのか?」

「どっちかって言うと和かな?」

 抹茶系か?それとも和菓子風のケーキかな?

 何となくわくわくしてきた。

「おまたせしましたあ」

 槙原さんの従妹のお姉さんが持って来たもの…

 和とか言ったな。うん。確かに和だ。

 俺が凝視していると、従妹のお姉さんが苦笑する。

「ところてんは嫌い?」

 そう。ところてん。夏のクソ暑い日に戴くと旨い、あのところてんだった。

「甘味処にもところてんはあるから、カフェにあってもおかしくないでしょ?」

 おかしいか否かは解らんが、甘味処のヤツは黒蜜とかで戴くんだったな。実際黒蜜と黄粉もところてんの隣に置かれたし。

「隆君は男子だから、黒蜜や黄粉は駄目かな?駄目なら酢醤油かからしもあるよ?」

 槙原さんが気を遣って言ってくれているのが解る。

「いや、俺は別に甘いの嫌いじゃ無いから。槙原さんのおすすめの食べ方はなに?」

「私は普通に黒蜜。だけどお姉ちゃんのお店だから、自由が効くから、好きなの頼んでいいよ」

 成程。多少の我儘が利くのか。だったら俺のところてんの食べ方を教えてやろう。

 俺は醤油と鰹節を頼んだ。

「へえ?面白い食べ方するね?」

 お姉さんは笑いながら応じてくれた。でも出てきたのはパックに小分けされている鰹節。削って出してなんてのは流石に我儘過ぎるか。

 その鰹節をもっさりとところてんに盛り、醤油を適量掛けて出来上がりだ。

「それはそれで美味しそうだね。夏バテで食欲ない時なんかいいかも」

 流石槙原さん。良く見切ったな。

 そう。これは俺が幼少の頃から、夏バテになったら食べていたものだ。後キンキンに冷やしたトマトとか。

「そう。ご飯食えない時、重宝したんだ」

 ボクシングやってからは夏バテは経験しなくなったが、今でも暑い日にはたまに食べたくなる。

 それが槙原さんの従妹のお店で食べられるとは、何とも感慨深い。

 本当はネギと生姜も欲しい所だが、流石に我儘すぎる。これでも充分美味しいので、薬味は諦めよう。

 ではいただきます。と一口啜る。

「やっぱ旨いな。残暑が厳しいから尚更ありがたい」

 俺は夢中でところてんを啜った。

「あはは~。喜んでもらえて嬉しいよ」

 槙原さんも黒蜜のところてんを食べ始める。

「いや、このところてんマジうまい。スーパーで売っている奴じゃないだろ?」

「うん。お姉ちゃんの手作り。製法自体は難しくないみたいだけど、あまり出ないからそんなに作らないんだって」

 なんとレアキャラか!!それはますます有難い!!

「隆君、今更だけど、飲み物は何にする?」

 カフェに来たらコーヒーだろうけど、ところてんがあるんだぜ?だったら!!

「麦茶!!」

「そう言うと思ったよ」

 槙原さんが笑いながら注文してくれる。

 しかし、カフェに麦茶があるのか?あるから注文したんだろうけどさ。

「ご馳走さま!!いや、うまかった!!」

俺は速攻で食べ終わる。旨いし暑いから、進む進む。

「はやっ!?私まだ半分以上残っているよ!?」

「いや、気にしないでゆっくり食べてよ。何故か麦茶、ポットにいっぱいあるんだし」

 頼んだ麦茶はコップじゃなく、ポットに入れられていた。手酌で腹いっぱい飲めと暗に言われたのだが。

「麦茶はメニューにないからね。他にお客さんがいないからタダだって。と言うか、お姉ちゃんの私物だって」

 お姉さんの休憩用麦茶だったのか。どおりでパックが入った儘だと思った。これは水出しタイプだな。俺のお袋もよく作っている。ポットに入れるだけで勝手に出来上がるから楽だと言う理由で。

「しかし、いい所を紹介して貰ったなぁ。静かでいいし」

「学生さんは来ないからね。でも、もうちょっとしたら来るよ」

 まあ、他の学生さんも当然来客するだろうな。まさか高校生の客が俺達だけじゃないだろうし。

 そんな事を考えながら麦茶を飲む。

 家で飲んでいた麦茶と全く同じ味がしたが、気にしてはいけない。

 槙原さんがところてんを食べ終わった所で、これからの事を相談しようと話を持ち掛けた。

「これからどうするの?映画でも観るか?」

 槙原さんはチラチラ時計を気にしながら返した。

「こんな時間だから中途半端になっちゃうよ。もうちょっとここにいようよ?」

 そりゃ構わないけど、なんかおかしいな…

 いつもなら俺をグイグイ引っ張りまわすのに?

 不審に思いながらも、暫くお喋りに興じた。幸い麦茶はアホみたいにある。喉の渇きを気にしなくてもいい。


「…流石に混んで来たな…」

 時間はもう5時を回っている。一般客が仕事終わりに立ち寄っている為に混んできたのだろう。とは言っても三組程だが。

「そろそろ出る?」

「も、もうちょっと!!」

 引き止める槙原さん。マジでおかしい。なんなんだ?

 まあ、暫くは付き合うけど…

 なんやかんやで6時を回った。

「いくらなんでも、これ以上はお姉さんとは言え迷惑だろ?」

 お客さんが6組。テーブルが埋まってしまったのだ。

 隠れ家的なカフェとか言いながら、意外と繁盛しているようである。殆どが常連さんだろうけど。

「え、えーっと、そ、そうだ!!ここでご飯食べていかない!?」

 確かに夕飯時だが…さっきチラッとメニューを見たら、お高かったんだけど。

「いや、高校生の外食にしちゃ高いでしょ?無難にファミレスとかマックに行こうよ」

「え?えーと…お姉ちゃんのお店だから、オマケしてくれるって言うか…」

「それこそ駄目だろ。お姉さんも商売でやっているんだから。麦茶タダなだけで充分有り難いよ」

 そう言って立ち上がる。って、伝票はどこだ?

 探していると、槙原さんが「やっと来た~!!」と安堵したように言った。

 誰が来たんだ?と思い見てみると、それはあちこちに包帯を巻いている木村だった。

「お前どうしたんだよ?」

 俺は本当に普通に、疑問を呈した。

 槙原さんと木村が同時にガクッと項垂れる。

「隆君が昨日の事を気に掛けているかもしれないから、私がセッティングしたんじゃない…」

「俺なんか多少気まずかったっつうのに…」

 木村がマジで呆れて椅子に座った。

「えーっと、仲直り的なアレでセッティングしたんだけど、隆君がアレなので若干肩透かしなのは否めないけど、そう言う事だから」

 槙原さんなりに段取ってくれたんだろうが、俺が台無しにしちゃったようだ。だから素直に好意に甘えよう。

「そっか。槙原さん、ありがとう。木村、大丈夫そうだな。良かった」

「この包帯を見て大丈夫そうとか、お前どれだけアホなんだよ…」

 意外とダメージ受けていたのか。

 だがそこは喧嘩両成敗。俺だってまだ両手首痛いんだし、イーブンだろう。

「んじゃしゃーねえ。此処は俺の奢りだ。好きなコーヒー頼め」

「コーヒーだけかよ?もう晩飯時なんだが…」

 お前メニュー見てから物を言えよ。バイトしているんなら兎も角、俺は単なるスネカジリなんだぞ?

「ま、まあまあ。お姉ちゃんにお願いしてワンコインの食事を用意して貰っているから。ちょっと注文してくるね」

 そう言って奥に引っ込む槙原さん。御一人様500円か。それなら俺の財布でも大丈夫だ。

「……悪かったな」

 木村がボソッと呟く。

「あの場合は仕方ねーだろ。お前にもメンツってもんがあるんだから」

「そう言って貰えると助かる」

 つか、俺は互いに仕方が無い喧嘩だと思っていたが、木村の方はどうやら違うようだ。

 火種を作ったのは木村側なのは確かだが、あれは糞が勝手に調子乗ってやらかしただけ。だから気にする事は無いとは思うのだが。

 俺は場を和ませる為に冗談を言う。

「しかしなんだ、あんまぶん殴ってないような気がしたんだが、お前結構貧弱なんだな」

 木村のこめかみに青筋が浮き出た。

「両腕ぶっ壊れた癖に何回もぶん殴ってくれたじゃねえかよ!!お前がもうちょっとまともな精神構造なら此処までボロボロにならなかったんだぞ!!狂ってんだよお前は!!」

 おおう、ちょっとしたジョークだったのに、人格非難されてしまった。だったら俺だって言わせて貰うぞ。

「お前が素直に倒れなかったからだろうが。そしたら包帯まみれになる事も無かっただろ」

「なんで喧嘩で素直に倒れんだよ!!負け確定じゃねえかそれ!!」

「だから素直に負けとけば…」

 言い合いしていると思ったのか、槙原さんが青い顔で止めに入ってきた。

「ちょっとちょっと!!落ち着いて!!」

「あ?何言ってんだお前?」

「別に喧嘩している訳じゃ無いんだけど…」

 俺と木村の答えに、槙原さんは困惑を隠し切れないようだった。

 一つ咳払いして席に着く槙原さん。

「よく解んないけど、揉めている訳じゃないんだよね?」

「いや、揉めている。こいつがキチガイだから悪いんだと…」

 槙原さんの問いに真っ先に答えた木村。俺に指を差して、実に不愉快そうに。

「だから、お前がまいったって素直に言えばだな…」

「だーっ!!兎に角やめて!!ここお店の中だよ!!」

 しん、と静まり帰った店内。お姉さんが笑いながら注文した物を持って来てくれた。

「遥香の声が一番大きいんだけど」

 そう言ってテーブルにプレートを置いた。

 オムライスにサラダのワンプレート。これで500円か…

「これは今日だけの限定。更に言えば、君達だけの限定ね」

 俺達だけなのかと感謝していると、小声で槙原さんが耳打ちをしてきた。

「オムライスだけでも二千円取る、ぼったくり店だからねここは」

 二千円!?それが四分の一の価格で食べられるのか!?

 槙原さんがお願いしたからこその価格だろうが、原価割れしているだろ、絶対に!

 食べてみると、これがうまい!!

 量的に物足りないが、スプーンが止まる気配が無い!!よって速攻で完食してしまった!!

「二人共速っ!!」

 槙原さんなんかまだ半分も食べていない。驚いて目を剥いている。

「旨かった…だけどちょっと物足りないな…」

 腹を擦る木村だが、俺と同じ感想だったか。

「んじゃ牛丼屋行くか?」

 俺がそう提案した所、槙原さんから殺意の眼が向けられた。

「ま、まあ今日はやめとこう。せっかくのオムライスだし」

「そうして」

 ちょっと怒っている感の槙原さん。

「そうだな。俺はこれから用事があるから、付き合えねえしな」

 用事があるのにわざわざ来てくれたのか。

 何かホロっとした。

「用事って例のあれ?」

 槙原さんが質問する。例のあれってのは、恐らく噂を信じた馬鹿を駆逐するやつだ。

「いや、そっちは俺は表に出ねえ。バレたら面倒になるからな。あくまでもウチのモンが勝手にやっている事にする」

「でも結局はバレるんじゃねーの?噂を信じてアホな真似した奴をやっちゃう訳だし」

「そこはこうだ。俺とお前が揉めたのはそいつらのせいだって事にして、お前にやられる前に媚び売っとこうって事にする」

「それ、俺が一番悪役じゃねーか…」

 俺の預かり知らない所で勝手に俺に媚び売ろうととっちめるって、強引すぎるだろうが。

「だからお前も知らない事にしろ」

「そりゃそうするけどさ…」

 釈然としないが、これと言った代案も浮かばない。此処は木村に乗っとこう。

 槙原さんが食べ終わるのを確認した木村が席を立つ。

「帰るのか?」

「今日は用事があるっつっただろうが」

 そうだったな。それなのにわざわざ来てくれたんだったな。

「約束通り、ここは奢ってやるよ」

「千五百円程度で偉そうに…」

 そう言いながらも木村は笑っていた。包帯まみれの痛々しい顔で、普通に。

「あ、二千五百円だよ」

 え!?と槙原さんの方を見ると、伝票をひらひらさせていた。

 なので、それを引っ手繰って見てみると、確かにオムライスのプレートは五百円だった。三人分で千五百円。んで、ところてんが五百円、二人分で千円…

「ところてん五百円も取るのかよ!?」

 スーパーとかじゃ100円しないだろ!?ぼったくりの名は伊達じゃない!!

 しかし、プレートが激安なのは事実。此処は気持よく支払おう。

 さようなら俺の二千五百円。暫くは昼飯アンパン一個になるが、さようなら…名残惜しいがさようなら…

「緒方…なんで泣いているんだよ?」

「泣いてなんか無い!!」

 泣きそうなだけだ!!間違うな!!

「御馳走様~、隆君」

 槙原さんがお辞儀をしながらはにかむ。

 まあ…いつも世話になっているし、いいけどな。

 昼飯アンパン一個を我慢すればいいだけだ。

「んじゃあな、緒方。今度は俺が牛丼でも奢ってやるよ」

 手をひらひらと振って木村が帰って行く。その後ろ姿をただ見送る。

 あの喧嘩で失った物もあるだろうに、恨み言の一つも言わなかったな。

 仕方ない喧嘩だったとはいえ、もう二度とやりたくないな。

 さてと、財布も軽くなった事だし。

「んじゃ俺達も帰るか」

「は?」

 凄い素っ頓狂な声を上げられた。

 顔を見ると、何言ってんだこいつ?って感じだった。

「いや、晩飯も終わったから…」

「え?いやいやいやいやいやいや。ちょっと待って。おかしくない?」

 一体何がおかしいと言うのだ?

 夜になったら、お家に帰って、お風呂に入って、寝なきゃならないだろ。

 俺がその旨を伝えると、殺すぞマジでみたいな顔に変わる。可愛い顔が台無しだぞ。

「え?一昨日美咲ちゃん、家に泊まったよね?昨日は春日ちゃんが泊まったよね?え?私にはさっさと帰れと?おかしくない?それともお前には一ミクロンも興味が無いんだよこの糞ビッチが!!とか思っている訳?」

「いや、糞ビッチとか思っていないが…」

「じゃあ処女には用はねえんだよこの喪女が!!って思っていると?」

「いや、喪女なんて思った事は無いが…」

 何だその自虐!?そんで俺が追い込まれているって、どんな状況!?

「じゃあ私も泊まってもいいって事でしょ?思っていないなら?」

 どんな論理でそう結論が出るのかは解らないが、要するにお泊りしたいと駄々をこねている訳か。

 しかし、楠木さんにも春日さんにも、俺は泊まりを歓迎した訳じゃ無い。寧ろ頑張って頑張って家に帰そうとしたのだ。楠木さんの場合は仕方がなかったとしても。

 その旨を伝えると―

「それでも泊まったって事は、結局帰らなかったって事でしょ?え?私には頑張って帰ってくれとも言いたくないと?」

「いや、そんな事は全く思ってないが…」

 どうしよう。段々と面倒臭くなってきた。

「じゃあ、逆に帰ってくれとは言わないと?」

「まあ…そうだな」

 家に来ていないからな。帰るも何もだ。

「じゃあ隆君の家に行こう」

「いや、なんでそうなるの?」

「家に呼んでもくれないと?美咲ちゃんと春日ちゃんは呼んだのに?」

 いや、勝手に来たに限りなく近いんだけど…

 どうしよう。本格的に面倒臭くなってきた。

「いやしかし、着替えとかカバンを持ってないだろ?それにまだ明るい。ご両親も心配するだろ?」

 ごく一般論を展開する俺。面白くも何ともなくてすまん。

「いやいやいや。この私がそこら辺を根回ししていないと思っているの?」

「……いや、思わない…」

 多分着替えやらカバンやらは駅のコインロッカーにでも入れているに違いない。

 ご両親の方も既にアリバイをでっち上げているか、普通に話しているか。

「あ、でもほら、育ち盛りの男子たる俺には、さっきのワンプレートじゃ足りないからさ。どこかの牛丼屋に寄って行こうかなと思ってさ。槙原さんはもうお腹いっぱいだろ?無理に付いて来なくても…」

「ほうほう、牛丼ねえ…うん、確かにお腹いっぱいだね。残念だけど牛丼屋さんには付き合えないや。でも、コンビニになら付き合えるんじゃないかな?コンビニはね、牛丼は勿論、カツ丼もお弁当も、何ならカップめんもあるんだよ?知ってた?」

 うん、知っている。そしてもう一つ解った。

 どうあっても泊まるつもりなんだな、って事が。

 だがしかし、俺には切り札がある。

「だけど俺ん家だってごくごく一般家庭だぜ?年頃のお嬢さんの宿泊を許す筈がないぜ?」

「春日ちゃんは許したんでしょ?」

「許したってか、勝手メールで…ん?」

 ずい、とスマホを俺に向ける。

 なになに…今日お泊りしてもいいですか?とな?ふむふむ…

 んで………………………………

 俺は無言で俯いた。

 親父の絵文字顔文字まみれのメールを、これ以上直視する事が困難だったからだ…

二日連続同じ手で、余所様の娘さんに外泊許可を出す親父ってどうなんだ!?ぜったいおかしいだろ!!

俺の憤慨の表情を読み取ったのか、槙原さんが凄い優しい顔で俺の肩を叩き、言った。

「隆君の事を信頼しているからだよ。JKと軽快なトークを楽しみたいなんて思っていないよ」

「あのオヤジJKとトークを楽しみたいのか!?」

変態じゃねーか!!警察呼ばなきゃ!!

知っている奴の最初の逮捕が、朋美じゃ無く親父になるが、致し方ない!!

「ところで時間も惜しいし、早く行かない?」

急かされる俺。別に電車はまだまだ走っているが…

「お風呂にも入りたいし、予習復習もしたいしね」

「自分の家に帰れば、全て解決すると思うのだが…」

言ったところで聞きやしない。既に駅に向かってずんずん進んでいる。

俺の回りの女子は、何故こうも人の話を聞かないのだろうか?

そういやこの所ジムに顔出してねーな。と思いながら電車に揺られていた。

隣には当然のように槙原さんが陣取っている。読み通りコインロッカーに着替えとか教科書が入ったカバンとか入っていて、それを持っての同行だ。

「帰りにコンビニ寄る?」

帰りにって、俺は確かに帰りだが、槙原さんはそうじゃないでしょ…

との突っ込みも、もう面倒臭い。俺は頷いて応える。

つか、最初に楠木さんを泊めたのが間違いだった。そうした事によって、二人へお断りを強く言えなくなった。あの時俺が送って行けばよかったんだ。

だけどそのおかげで朋美の行動が解ったしなあ…

プラマイゼロ…いや、むしろプラスか?つか、女子がお泊りするってだけで、本来は充分プラスなんだが。

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