さよなら~005
俺達が教室に入ると同時にみんな立ち上がる。花村さんも顔面蒼白ながら、俺達を拝むように見た。
「言ってきた。展示は中止」
「他は何か言われたのか?クラス展示中止になったから、他のクラスを手伝えとか」
「何も」
じゃあ何をしたらいいんだ?と困るクラスメイト。
「部活の展示がある人は、部活に協力すればいいだろうし、そうじゃない人は適当に過ごせばいいんじゃない?何か用事があったら校内放送で呼ばれるだろうし」
槙原さんの弁である。指示が無いからそう言う事になるんだろうけど。担任もあの時会話に参加して来なかったし。
「それもそうだな。あ~あ、優になんて言えばいいのかなあ…普通に盗まれたから上映できなくなったでいいのかなあ…」
「いいんじゃない?明人にはそう言うわ」
「そもそも木村はこんなもんに興味持たねえだろ…」
俺もそう思う。つか、二人共、自分が出ている映画だからって呼んだんだろうに。
「じゃあ…何かあるまで自由行動でいいかな?僕は一応上映中止の張り紙を貼っておくよ」
それは国枝君に甘えよう。じゃあ俺は少し仮眠取るかな。昨日あんま寝てないし。
「じゃあ…春日ちゃん、ちょっと来て?」
「……え?うん」
楠木さんと槙原さんに肩を組まれた春日さん。連行されるようにどこかに連れ去られた。
「じゃあ私もどっか遊びにいこうかなっと。その前に」
里中さんが花村さんを見ていやらしく笑う。
「花村って何もしていないね。昨日はテキパキしていたから、もう少し出来る子だと思っていたけど、監督が逃亡する事は読んでいたのかな?今日は予期していなかったみたいだから、全く動けてないね」
「……」
花村さんは何も言い返せない。その通りなのだろう。大和田君逃亡は前例がある分読めていたようだが、流石に窃盗までするとは思わなかったんだろうな。
「先生に報告に行ったのは緒方君と春日ちゃんだしさ。中止の張り紙は国枝君だし。なんて言うかさ。ダサいよね。昨日の勢いはどうしたのさ」
吐き捨てるように言って其の儘立ち去る。
花村さんは俯いて唇を噛み締めるのが関の山だった。
さて、丸一日暇になった訳だが、仮眠を取るにしても、どこで寝て良いのか解らん。
遊びに行くにしても、ヒロは波崎さんと回るだろうし、国枝君はどこかに行ったまま。
「しゃーねえ。一人で回るか」
去年は誰かしらと何かしら遊んだが、今回はいきなり休暇をもらったようなもん。全く予定が無いので、プラプラと校内を回る。
「おう緒方。一人で何してんだよ?」
声を掛けてくれたのは吉田君だ。
「いや、暇になって」
「え?あの訳解んねえ映画の主役だろ?忙しいんじゃねえの?」
「いや、実はさ」
カクカクシカジカ、と説明をする。
吉田君の反応は、鼻で「ふ~ん」言ったのみだった。
「窃盗なぁ…俺、昨日から泊まり込んでいたから、大体犯人解るけど」
驚きの新情報だ!!
「犯人って誰!?」
「いや、昨日?今朝?まあ、兎に角真っ暗な時間帯にE組から物音がしてさ。行ってみたら、大和田が機材を触っていたんだよ。俺はチェックしに来たのかと思ったから放置したんだけどさ。あいつ、お前のクラス展示の監督なんだろ?」
「つー事は、やっぱ大和田君か…」
想像通りだ。特に驚く事は無い。
「でも、大和田が犯人っつうのもなあ…そうなりゃ今日は学校を休む筈だろ?あいつ、さっき屋上にいたから」
本気で驚いて心臓が飛び出そうになった!!屋上!?昨日クラスに侵入してそのまま学校に泊まったのか?
「ま、まだいるかな!?」
「さあ…さっきっつっても6時頃だからな。まだ校内にいるにしても、屋上はどうかな…」
俺は吉田君にお礼を言って飛び出した。
屋上!!取り敢えず行けば何かあるかもしれない!!
全力で屋上に駆け上がる。
しかし、鍵が掛かっていて屋上には入れない。吉田君も恐らく廊下で見たんだろう。
「もう校内にはいないか…?」
帰ったんだろう。そう考えるのが自然だ。だが…
「なんでわざわざ屋上に来た?」
フィルムを回収して上映を阻止する目的なら果たした筈。そのまま帰っても良かった。
なのにわざわざ?
……何かヤバい…気がする…
人が立ち寄らなそうな場所は…
今日は文化祭だから限られている。俺も仮眠を取ると思ったが、一人になれる場所は思いつかなかった?
じゃあやっぱ帰った…
一応、念の為に確認してみるか…
俺はスマホを取り出してコールした。
『は~い。今ちょーっと大事な話中だから、後にして貰えるかな?隆君』
電話した相手は槙原さん。
「ごめん。直ぐ済むから。今日人が立ち寄らなそうな場所、知ってる?」
『文化祭だよ?どこもかしこも誰かしら居るよ。学校の人間だろうが、外部の人だろうが』
「それでも、心当たりない?」
『う~ん…美咲ちゃん、今日に限って人が来なさそうな場所知ってる?あ、やっぱ知らない?』
楠木さんも一緒か。手掛かりが無いなら楠木さんに聞こうとしたけど、意味無くなったか。
『え?……プール?隆君、春日ちゃんがプールだって。そう言えば、季節が外れている上に今日は部活も休みだから、誰も来そうも無いね』
春日さんも一緒か?じゃあそっちの用事も読めたわ。
取り敢えずプールに行こうか。ひょっとしたら更衣室が開いているかもしれないしな。
俺は礼を言って通話を終えた。そしてダッシュでプールに向かう。
プールに来てみたけど、当然ながらフェンスに鍵が掛かっていて入れない。
更衣室はそのフェンスの中。確認は取れないが、そのフェンスは頑張れば乗り越えらる高さだ。
まさかわざわざこんな所にはいないだろうと思いつつ。確認の為にフェンスを越える。
そして更衣室に行き、ドアノブを回した。
「……やっぱ鍵が掛かっているか…」
水泳部などプールを使う部活も、今の時期は使っていない。室内プールじゃないんだから。だったら来季に使うときまで封印しとくだろう。
「……一応周りも確認しとくか…」
身を隠せそうな場所は…とプールを一周する。
つか、水入ってねーじゃん。中に入って初めて解った事実。実のところホッとした。
水が入っていれば…俺の考えが間違っていなければ…だが。
角の茂み。そこは手入れが行き届いていなかったのか、結構な雑草が生えている。
つか、雑草じゃねえ。木だ。雑木が育って茂っているんだ。明石やだっけ?あの棘が生えている木。それが一メートルほどの高さで10本ほど生えている。
隠れられそうだが、こんな所にまさかなあ…とか思いつつも掻き分けてみる。
「………居たよ…」
そこには捜していた大和田君が、体育座りで顔を膝に埋めて震えていた。
「…寒いんだろ?出てきなよ」
ぶんぶん首を横に振って拒否。でも寒そうだ。
「……皆と顔を合わせるのが都合悪いのか?」
特に反応は無い。まあ…逃亡するくらいだから、申し訳ないとかはあまり思わないんだろう。ならばやっぱり…
「……自殺できなくて悲しいのか?」
大和田君の震えが止まる。
やっぱりそうか…
俺は溜息しか出なかった…
「あのな?いくら作品が酷評されても、それをネタに笑われても、自殺する程のもんじゃないだろ?悔しかったら次の作品で頑張ればいいんだよ」
返事も無いし、なんのリアクションも無い。面倒くせえな。
「逃亡については、俺は非難するよ当然。何逃げてんだ?まさか逃げるのに疲れたから死のうと思ったのか?だとしたら本気でアホだなお前」
やはり何の反応も無い。ただ蹲っているのみ。
「窃盗を後悔してんの?だったらみんなに謝れよ。許してくれるかは知らないけど」
「……お前に…」
ん?今声出したな?だけどなんか逆ギレしてるようだけど?
「お前に何が解るんだ!!」
やっぱ逆ギレだ。胸座を掴もうとするが、軽やかに躱してそれを阻止する。
「解らないに決まってんだろ。解ったのは、逃亡した事と窃盗した事と、死のうと思った事くらいだ」
全くの正論。だって俺は大和田君じゃない。自分の心は自分しか解らないのだから。
「うるせえ!!俺だって!!俺だってな!!一生懸命頑張ったんだよ!!それを花村の奴が!!」
「だって逃亡したのは事実だろ。その尻拭いをしたのは、紛れもなく花村さんだ。お前が押し付けた責任は、みんなで分担したんだ。お前は何も頑張っちゃいないだろ。ただ迷惑掛けただけだ」
「だからって俺の作品をパクリとか言うな!!せめて参考にしたとか言えよ!!」
うわ~…何だこいつ…?マジ引くくらいおかしい…
「パクリと言ったのは観客で、それが感想なんだから仕方ないだろうが?お前は観た人全てが高評価してくれるもんだと思ってんのか?そんな考えなら作品を作るな。作ってもいいけど公開すんな。一人でひっそり楽しめよ」
「ド素人が知った風な事を言うな!!」
「いや、お前もド素人だろ」
「大体お前等の演技がクソだから、監督の俺が苦労すんだよ!!」
「それでも起用したのは監督のお前だ。俺達の演技が下手くそなのも含めて、全ての責任はお前にあるだろ。責任放棄するくらいなら最初から作品作るな。演技のせいにするなら、演劇部あたりに頼めばいいだけだ。つか、糞はお前だカス野郎」
なんつーか、怒りがあまり湧いてこない。俺が口で勝てているからだろうか?多分そうだろうな。
いや…そうじゃないな。
理由は何であれ、自殺するかも、と思って捜したが…
こいつそんな度胸ねーわ。ポーズだわ自分自身の。
『責任感じて自殺する俺ってカッコよくね?』みたいな感じ。
そう考えると…
「ふざけんなよお前」
怒りの方が勝って来て歯止めが利かなくなっちまう。
「死にたきゃ死ねよ。ただ、一筆書いて死ね。死んだら臓器は病気で大変な人に全部提供します。ってな」
生きたい人が大勢いる。でも、叶わず死んでしまう人が大勢いるんだ。
死ぬんならその臓器は無用な物だろ。だったらせめてその人達が生きられる為に死ね。
無駄な死は御免だ。どんなクズだろうが。
「麻美は死ななくてもいいのに死んだんだ!!麻美だけじゃない、他に生きたい人が大勢いるんだよ!!カッコつけて死ぬんなら、役立ってから死ね糞が!!」
気付いたら、俺は大和田君の胸座を掴んで投げ飛ばしていた。
ぶん投げられた大和田君は少し引き攣っていたが、やがて渇いた笑い声を上げた。
「は、はははは…そうだったそうだった。緒方、お前中学時代狂犬とか呼ばれていたんだっけ。西高の連中がお前の名前だけで逃げるくらい、おっかなかったんだっけ?」
「だからどうした糞」
「暴力で俺を脅すか?死ねってさ。成程、おっかねえなお前。殺さないで殺すかよ。ははははは…」
何言ってんだこいつ?自殺したかったのは自分だろ。無茶な責任転嫁も程々にしろよ。
「いいぜえ?殺せよ?自慢の腕力で俺を殺せよ!!」
そういやこいつは無責任の逃亡野郎だったな。責任転嫁はお手の物か。だが、一応聞いとくか。
「…そこまで言うんなら覚悟は出来ているんだろうな?死ぬ覚悟がさ…」
「ははははは…お、お前は出来ているのか?殺す覚悟が?」
舐めんなよクズが。その覚悟は中学時代にとっくに済ませてんだよ。
麻美を殺した糞野郎共を、この手でぶっ殺すって決めた時からな…
綺麗事っつうか、何と言うか。
こんな場面に良く聞く言葉がある。
そんな奴殴る価値も無い。ってアレだ。
この場合、大和田君は間違いなくそれに該当するだろう。殴る価値も無い奴。
じゃあ殴る価値のある奴って、どう言う奴なんだろう?
俺は馬鹿だから解らない。解らないからって訳じゃないが…
「望み通りぶち砕いてやるよ糞が…」
俺の拳は糞をぶち砕く為に鍛えた物。価値云々じゃねーんだ。目の前の糞がふざけた事を抜かすのなら、その口を開けなくさせるまで。
「え?ちょ…え?お、緒方?マジになっちゃったの…か?」
大和田君は俺の異変に気付いてか、ビビりながら後退する。
異変ってのはおかしいか。俺は元々こう言う奴なんだから。
「お、落ち着けよ緒方…お、俺も言い過ぎたからさ…」
言い過ぎはどうでもいい。俺に覚悟を問うたんだ。当然そっちもあって然るべき。その覚悟、示して貰うだけだよ。
「あ、あれ?緒方ってボクシングやっていたんだろ?ま、マズイんじゃねえの?素人をぶん殴ったりしたら?」
いいんだよ。俺がボクシングやっている理由は、まさにお前みたいな奴をぶん殴る為なんだから。
「そ、そうだ!!俺、クラスのみんなに謝ろうと思うんだ!!と、当然お前にも謝るよ!!だ、だからさ!!」
知らねえよ。勝手に謝罪でも何でもすりゃいいだろ。俺にはいらないけど。今お前をぶち砕くから、それでチャラにしてやるよ。
「す、少し落ち着こうぜ!!緒方!なあ緒方!!ひゃあ!?」
フェンスに背中を付けて吃驚したのか?ひゃあって。
ああ、逃げ場が無くなったから、変な声出したのか。
こんな場所に隠れた自分の自業自得だな。そりゃ仕方ない。自業自得ばっかだなあ、お前…
もうこれ以上は下がれないようで、手のひらを俺に向けて首をイヤイヤと振っている。
それは来るな?それともガード?まあいいや。鼻っ柱をぶっ壊すのに支障はないな…
俺は拳を振り上げる。
「ちょ!!マジか!?マジ!?本気で!?ウソだろ!!」
嘘か本当か直ぐに解るさ。
鼻がぶっ壊れた後だけどなあ!!
真っ直ぐに突き刺さるように放った右。
拳には異質な手ごたえがある…
「…カス相手に何やってんだ緒方?」
木村…なんでここに??
木村が大和田君に届く前に俺の拳を止めたのか。手ごたえは木村の手のひらだったのか。
「ひ!!ひいいいいい!!」
情けなくも鼻水を流しながら頭を抱えて蹲っている大和田君に、酷く冷たい瞳をぶつけながら言った木村。
「おい、消えろ。じゃねえと今度は俺が殺すぞ?」
俺以上に明確な敵意に、大和田君はホウボウの体でフェンスから出て行った。
大和田君の姿が完全に視界から消えるまで、木村は俺の拳を掴んだ。そして見えなくなると同時にあっけなく放す。
「邪魔だったか?」
「いや…助かった…」
俺はへたり込みながら礼を言う。
あのままだったら俺は確実に…
「……雑魚相手に熱くなるなよ。気持ちは解らんでもねえけど。」
「…知ってんのか?」
「……昨日、寝る時間を奪われる程聞いたからな…」
げんなりしながら答える。黒木さんの愚痴電話に付き合ったのか?
「で、なんでここに?黒木さんと待ち合わせしているんじゃねーの?」
「取り敢えず仮眠取りたくて…」
ぶらついてここを見つけたのか。
それにしても、仮眠取るくらいなら、午後からくりゃいいのに。まだ昼にもなってないだろ。
俺は尻に付いた泥と埃を掃いながら言う。
「礼代わりに何か奢ってやるよ」
木村は渋い顔になる。
「学祭の出店とか展示とかの飯かあ?不味いモン奢って貰ってもなぁ…」
まあ、同意だ、誰が好んで不味いモン食いたがると言うのか。
「外に出てもいいけど、お前黒木さんと待ち合わせしてんだろ?」
「あー…そうなんだよなあ…マジ面倒くせえ…」
言いながらも、ちゃんと我儘聞いてやっている辺り、愛があるよな。イメージと違うわ。
楠木さんの彼氏時代もこんなんだったんだろうか?アレは利害一致の偽物だから、また違うんだろうか。
「つっても、何時までも此処に居る訳にもいかないだろ。取り敢えず出よう」
「俺は仮眠場所を探している最中なんだが」
「プールに仮眠できる所なんかねーよ」
渋る木村のケツを叩いて、フェンスを乗り越え、外に出た。
しかし、良かった。
元々大和田君が自殺するかもしれないと思って捜し当てたんだ。自殺のポーズだとしても、手遅れにならなくて良かった。
……俺が殺しちゃいそうだったけど。
「で、出たのはいいが、どこ行くんだよ?展示は中止なんだろ?」
「あー、知っていたのか。つか、だから早くから呼ばれたのか」
「……断ると後が面倒くせえんだよ…」
愛があると言うより、尻に敷かれているのかよ。それも意外だけど。
取り敢えずクラスに戻ろう。
木村もうろちょろするより休めるとか言って同意してくれた。
途中、屋台からたこ焼きを買って食った。
「…やっぱ学祭のモンはマジィな…」
「Cクラスに謝れ。Aの焼きそばよりマシなんだぞ!!」
「知らねえよ…つか、これじゃあウチの学校の方がまだマシだ」
意外だった。西高も文化祭をやるのかと。
まあ、それは冗談だが、西高の屋台の方がマシなのが意外だった。
「ちゃんと売らねえと打ち上げ資金が無いからな」
「え?出店で稼いだ金を打ち上げに回すのか?」
「当たり前だ。誰がカンパなんかするか。誰の懐に入るか解らねえのに」
西高らしいと頷く。横領着服で誰も信用できんと言う所が、凄く納得だった。
さて、自分のクラスに着いたぞ。
クラスメイトの姿がまばらだ。みんなどこかに行ったのだろう。部活ある人は部活の展示の方に行っているだろうし。
「緒方、この椅子三脚使っていいか?」
「いいけど、三脚もどーすんだよ?」
俺の質問を無視して椅子を縦に並べる木村。そしてそこに横になる。
「少し寝かせろ。あいつが来たら起せって言っとけ」
「成程…ベッドにすんのか」
西高の分際でなかなか考えていらっしゃる。
つか、もう寝息立てていやがる。黒木さん何時まで電話してたんだ?
「…俺も少し寝ちゃおうかな…」
椅子を縦に三列並べて横になる。ちょっと…かなり固いが、何とか寝れそうだ。
……
あー!!明人!!ここにいた!!なんで寝てんのさ!!
…うっせえな。お前が寝かせてくれなかったからだろうが。
ち、ちょ!!!その言い方!!誤解招くから!!
…黒木さんが木村と合流したのか。しかし、あの木村がこんな会話するとはなぁ…
……
あれ?緒方君寝てるよ?
ホントだ。昨日眠れなかったようだからな。少し寝かしといてやろうぜ。
アンタ昨日も泊まったんでしょ?迷惑掛けてないでしょうね?
…この声は…波崎さんか?展示中止になっても来てくれたのか。良かったなヒロ。
……
…
「おい。起きろー」
身体を揺すられ、目を開ける。
「やっと起きたね。もう夕方だよ」
俺の顔を覗き込みながら、里中さんが苦笑しながら言った。
つか、もう夕方!?
「え?マジ?」
「マジもマジマジ。大マジさ」
窓から外を見ると、夕日で赤く染まっていた。結構爆睡していたのかよ…
「木村君とか波崎さんとかも来たけど、寝かせとけって言うからさ。気を遣って誰も起こさずでこうなった」
「いや…有りがたいよ。昨日は寝ていなかったようなもんだから。そうじゃなくても、この所満足な睡眠は取っていなかったからな」
駄作の主演のおかげでな。と毒付こうとしたが、やめた。
この映画は春日さんが最後の思い出だと言ったんだ。それを汚す事は憚れる。
「因みに打ち上げは無いよ。自主的に集まって騒ぐだけ。来るよね?」
「…その伝言役で起こしてくれたんだろ?」
「当たり!!凄いね緒方君!!その通り、わざわざお知らせする為に、君を起しに来たんだよ。そこまで言ったら解るよねえ?」
…行かないって選択は出来ないって事だろ?恩着せがましくしなくても…昨日の事が残っていると思ったから、気を遣わせたのかもな。
里中さんに連れられて、電車に揺られて着いた先。
「カラオケか…」
「うんそう」
ここ、去年のクリパの会場じゃねーか。
呼んでもいないのに朋美が来て、俺が先に帰ったんだよな。あの時も大変だった。
「みんな中に居るの?」
「もう始まっている筈だよ」
店員さんに一言告げて案内して貰う。中からは音楽と歌声が聞こえている。
「おまたー!!主役の登場ですよー!!」
里中さんが勢いよくドアを開けると、歌声が止んだ。
俺はひょこっと部屋を覗く。
「おう隆!!遅かったなあ!!」
ヒロ…と波崎さん。
「緒方君、逃亡監督を追い込んだんだって?」
黒木さんと木村。
「まあまあ。隆君はこっちね」
楠木さんと槙原さんの間に座らせられる。正面には春日さんがいる。
「緒方君は何飲む?」
国枝君が既にアイスコーヒーを準備して待っていた。俺は苦笑してそれを受け取った。
「おう緒方、大変だったんだってな?」
「吉田君と…蟹江君も来ていたのか…自分のクラスの打ち上げに参加しなくて良かったの?」
「打ち上げ?なにそれ?」
ちょっと悲しい顔を拵える蟹江君。蟹江君のクラスは打ち上げが無かったのか。
「まま、みんな揃った所で、文化祭お疲れって事で。乾杯!!」
何故かヒロが音頭を取ったが、誰一人文句を言う事も無く、みんなコップを掲げた。
「さて、トップは誰から?」
「明人、歌って」
「何で俺が!?お前等の打ち上げだろ!!」
みんな思い思いに話し出した。
俺は楠木さんと槙原さんの囲まれながら、正面の春日さんを見る。
隣の里中さんと仲良く話している。よく笑っている。
……うん。良かったな。それでいいんだ。
俺みたいなフラフラしている奴に依存しないで、自力でそこまで笑えるようになったんだから。
ちょっと寂しいが、それでいい。
そう思ってコーヒーを煽る。
ドリンクバーのコーヒーは、やはり味が薄かった。
「……ねえ隆君」
自分の世界に浸っている俺に、槙原さんが話し掛けてきた。
「大和田と花村、どうしようか?」
どうするも何も…
「別に?放置でいいんじゃない?」
「……隆君ならそう言うと思ったよ」
にこっと笑う槙原さん。
なんだろ?なんか…背筋がぞくっとしたような…
「学祭も終わって、次は修学旅行だよね」
今度は楠木さんが話し掛けてくる。
「京都楽しみだよね。私としては沖縄の方が良かったけどさ」
乗っかる形で里中さん。
「あれって行先誰が決めるんだろうな?」
旅行代理店とか?
「談合じゃない?あと接待とか」
身も蓋も無い事を…夢を壊すな槙原さん。
「同じ班になろうね?」
目を輝かせて言って来る楠木さん。俺は頷いて了承した。
「絶対だよ?」
「解ったって。つか、半決めのホームルームそろそろやるだろ」
あと一か月も無い事だし。
「多分来週の頭くらいにはやると思う。男女混合で6人だよね」
ウチのクラスは40人。何処かの班が7人になる。俺の班は何人になるだろう?
つか、修学旅行までもう一か月も無い。
前にもぼやいたが、ウチの学校は秋に行事が集中し過ぎている。正直忙しいわ。
…俺の大事な決め事も、もうそろそろリミットが来るだろう。
「修旅か…ウチのばーちゃん、ちょっと前に死んだんだよ。その寸前に言ったんだ。お前の修学旅行前に死ねて良かったって。楽しみを邪魔したくなかったって。俺としちゃ、そうなったらそうなったで仕方がないと思っていたけど、ばーちゃんがそんな事考えていたなんて知らなかったからさ、なんか来るものがあって…修旅目いっぱい楽しもうって思ってんだよな」
蟹江君が背もたれに体重を預けながら、天井を見ながら言った。
つか、蟹江君の家に不幸があったのか…
「そっか、蟹江のおばあちゃん、それが気がかりだったのかもね。ちゃんとお別れ言った?」
楠木さんの質問に、俺の胸が痛んだ。
「なに言っていいか解らねえし、無難に心配すんなと言っといた」
俺が麻美に未だに言っている事を、蟹江君はおばあちゃんに言ったのか…
俺は心配ばかりかけているけれど、蟹江君は違うようになるんだろう…
「でも、生前にもっと話しとけば良かったって、後悔したなあ…ずっと病気で入院していたから、ちゃんと見舞いに行ってさ」
蟹江君の言葉が、俺のもやもやを加速する。
そして、やはり、楠木さんの質問が胸に刺さったままだった…
「ところで大和田と花村だけどね」
隣の槙原さんがいきなり切りだす。
「隆君はほっとけって言ったけど…」
「うん?」
「私はやっぱり治まらないかな?」
収まらないって…
「…なんか企んでいる?」
「勿論」
「…マジやめて。自殺でもしたらどうするの?」
「大和田はしないでしょ。隆君がそれを証明してくれたし」
…そうだな。俺が証明したようなもんだ。
「は、花村さんは解んないでしょ?」
「いいじゃない?別に?」
俺の背中に冷たい何かが走った。
何で笑うの?そんな冷たい目で?
いや、それよりも…
「だ、駄目だろ。自殺は?」
「なんで?勝手に死んじゃう奴の事なんか知らないよ?そんな豆腐メンタルなら、大和田にあんな事するべきじゃ無かったし、隆君の陰口を叩いて笑わなくても良かった。一クラスメイトとしてひっそりしていれば良かったんだよ」
…本気か…死んでも構わないって…
槙原さん…君は…狂ったのか?それとも、元々そうなのか?
「…春日ちゃんの事、聞いたよ?」
ドキリ、と心臓が痛む。いや、聞いたんだろうとは思っていたけど、改めて言われると、結構ダメージデカいな…
「この三つ巴…」
「三つ巴!?」
「いいから黙って聞く。春日ちゃんが一番強いかな?って思っていた。覚悟がハンパ無かったから」
あ、ああ…三つ巴ってそう言う…
「美咲ちゃんもそう思っていたって。最大のライバルは春日ちゃんだと思っていたって」
春日さん何気に評価高いな…俺を唯一殺した人だしな。
振り返ると、春日さんの覚悟は本物だったと言えるだろう。殺して後追いとか、マジぱねえ。
「春日ちゃんがまさかのリタイア。理由は日向さんに勝てる気がしないって。二番目は嫌だって」
俺は黙って聞くしかなかった。
結局麻美を引き摺っている、俺の軟弱振りが悪いのだから。
「美咲ちゃんはそこらへんドライだからさ。故人相手の二番目でもいいや、ぶっちゃけリアルでも二番目で構わないって。これって浮気相手でもOKって事だよね。それはそれで別の覚悟を感じると言うか」
それは…ちょっと違うと思う。
楠木さんのその考えは、自分が過去に起こした事件で、後ろめたさを感じているからって言うか…
『自分はこんなビッチだから、まともに付き合えなくて当然』と思っている節があるからであって、一種の自虐だ。
反論しようとした俺だが、槙原さんの続く言葉で止められる。
「私も故人相手じゃ別に二番目でもいいかな、って思うけど、リアルじゃ嫌だし。これじゃ、私だけ覚悟が足りないじゃない?」
「そんな事は…」
「だから…私も覚悟する。隆君を傷つけた奴は許さない。隆君の敵は私が倒す。どんな手を使っても…たとえ私がどうなろうとも…」
それ…絶対に覚悟って言わねえだろ…自暴自棄みたいな感じがするが…ちょっと違うと思うけど…
「春日ちゃんは強くなった。私は別の方向で強くなるから!!」
俺を見つめる瞳…そこには狂気があるように思えた…
怖え…正直言って怖い。
朋美と別ベクトルの狂気が直ぐそこにある…
俺は唾を飲みこんで言う。
「俺の敵は俺自身だよ。俺も倒してくれるか?」
「…自殺の手伝いをしろって事?それは出来ないよ」
「だったらその考えを引込めてくれ」
「隆君のその拳はどうなの?手段は違えど、私の考えに近いと思うんだけど?」
その通りだった。俺は頭が末期だから暴力しか使えなかっただけで、槙原さんは腕力が無いから頭を使う。その違いでしかない。だが俺は更生(?)したんだ。した筈だ。少なくとも、腕力に頼るのはやめようと思っている。
「はいはい。物騒な話はそこまでにして、遥香、歌いなよ?折角カラオケに来たんだからさ」
楠木さんが割って入って、マイクを強引に槙原さんに渡した。
槙原さんは苦笑いし、ステージに立つ。
「遥香も追い込まれてんねー…」
楠木さんが疲れたように呟く。
「追い込まれているって…?」
「春日ちゃんが隆君を諦めた事よ」
俺が振られた、呆れられた事で、何で追い込められる?
俺の疑問を感じたか、楠木さんは続けて話した
「春日ちゃんはホントに隆君の事好きだったんだよ。今も好き。だけど諦めた。二番目が嫌だからってのも本当だけど、勝てない相手が居るからってのも本当だけど、自分が傍に居れば隆君が苦しむから、離れたんだって」
俺が苦しむ?なんで?
意味不明な真実を告げられて、俺の頭が付いていけない!!
考え込んでいると、楠木さんは意味深に笑う。答えを知っているのか?
答えを期待していた俺に、楠木さんの口からは意外な言葉が!!
「ぶっちゃけ私も何で!?とは思ったんだけど」
解らないのかよ!!
「でも、何となくは解るかな?」
どっちだよ!!だけど何となくでも解るのなら…
「じゃあどういう意味なんだ?」
「何となくしか解らないから答えられません!!」
ドン!!と胸を張って宣言した!!
「なんだよそれ…」
「いやー。塾に通っていても、解らない問題多いよね?」
「いや、知らないけどさ…」
塾に通って人の心が解るなら俺も通うわ。是非通わさせて戴くわ。
「まあ、私としては、ライバルが減った事は単純に喜ばしい事ではあるし、春日ちゃんとこれからも仲良く付き合えるんなら万々歳だし」
そう言う捉え方も当然あるよな…当事者の俺が言うのも何だけど。
「だけど、遥香の方は考えを変えたかも」
「槙原さんが?」
「うん。春日ちゃん離脱は遥香的に衝撃だったらしくてさ。その前までは日向さんは故人で、自分に関係ないと思っていたようだけど、春日ちゃんはその日向さんに負けたようなものだから…」
ちょっと凄味のある表情を作る。
「…遥香って完璧主義な所あるじゃない?一番に座るなら…日向さんも倒さなきゃ、って」
背筋が寒くなった。
楠木さんの凄味のある顔…それは怒っている顔。
何で怒っているのか解らない。解らないが、怒っている相手は解った。
楠木さんは槙原さんに怒っているんだ。
視線の先の、歌っている槙原さんに…
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