第6話

 中学校の卒業アルバムもこの笑顔なの失敗かも? 勇気を出して、友達のピンク色のリップ借りたのに……。

 そんな心配が頭を過るけど、今はちょっとだけ忘れなきゃ!


「この戦事についてに、お話が一つ。常の軌道から逸脱したこの戦、貴殿程の智将に、私の取るに足らない智など、必要は無いと仰りたい気持ちは、痛いほどわかる。しかし……」


 私はドンッ! と、拳で地面を揺らした。

 たとえ役立たずの女子高生だって、か弱い足手纏いの女子高生だって、これぐらいの事は出来るんだよ!


「記憶がなくても、私は三千の兵を率いる将! 策から私を外す事が兄弟子である貴殿の優しさと言うのならば、その優しは愚策の奈落へと落ちる一旦の小石になる事でございましょうぞっ!!」


 そう。話は、終わってなかったんだ。あの部屋のカラクリを解いても、双彗さんの信頼を勝ち取ったとしても、それは、弟弟子である白剛さん。

 今、この私、女子高生である私が軍神として相応しいかの合格は貰ってないっ!

 分かってるの。全ては、私のせい。

 この世界に来て、子猫の様に心細く弱々しい無力な私のっ。


「……白汪、白瑛。外に出ていろ」

「双彗将、危険でございますっ!」

「今、白剛将様はとても正気では無いっ! 怒りに我を忘れて、双彗将の首をも喰らう気迫でいらっしゃる!」


 白汪、白瑛と呼ばれた美少年二人は、剣に手をかけ、私を睨む。

 正気じゃないって、そんなわけないのに。

 確かに、私は凄く怒ってる。でも、それは双彗さんにじゃない。弱くて甘ったれた自分に。

 異世界に飛ばされたくらいで、おじさんになっちゃったぐらいで、戸惑ってた私にっ!


「白汪、白瑛。剣を納めろ。その男は我が国の英雄、白剛将軍神だぞ」

「然し乍らっ!」

「我らの主人は双彗将ただお一人で御座います故に!」

「主人を守らぬして、何を守れと仰るのかっ!」


 白汪さんと、白瑛さんは必死に私に向かって剣を向ける。

 きっと、二人にとっては、双彗さんは大切な人なんだよね。大切な人を守りたいって気持ち、とてもわかるな。

 私が読んでた少女漫画の主人公も、好きな人を守る為に変身して戦ってた。

 でもね。


「甘いぞ、白汪。白瑛。」


 私は二人の剣先を指先で止める。


「なっ!?」

「う、動かないっ!」


 その人を守りたいのなら、守るものは沢山あるんだよ。


「主人を守る心意気、自分達よりも格上の相手に対しても、恐れぬ忠誠心。どれも誠の眼差し、この軍神など恐るに足らずの武信を宿す心意気よ。感服するぞ。しかし、二人共、忘れてはおらぬか?」


 私は指に少しの力を入れる。


「ふんっ!」


 小気味好い音が辺りに響いた。

 それは勿論、剣先が折れる音。


「嘘、だろ……?」

「素手で、鉄剣を……?」


 魔法少女だったら、魔法で折れたのかもだけど、私は魔法少女じゃないから、魔法は使えないし、きっと地球も救えないかもしれない。

 でも、魔法を使えなくったて、普通の女の子だって、剣は折れるんだよ! 人を想う心で、指先一つで剣は折れちゃうんだよ……っ!


「主人に命令を託される事の重さを、忘れてはおらぬか?」


 こんなにも、双彗さんを想ういい人達だもん。こんな勿体ない事、しちゃだめだよ。

 だって、命に変える物が命だけだとは限らないもん。


「白剛将様……」

「貴殿たちはまだ若く、勇ましい。この白剛にも立ち向かう程の勇敢さを持つ。武人として、また双彗殿の腕としては見事な程の正しさだ。しかし、使い何処が間違えてはおらぬか? 貴殿たちの主人は、どの御仁だ?」

「代江一の智将、双彗様ございますっ!」

「その家臣が、智将の策を潰してどうするかっ!!」


 私の声はテントの布をはためかせる。


「智将が、無意味に令を出すはずがない! それが例え、この国の軍神であれど、昔馴染みの弟弟子であろうと、軍師として、変わらぬはずだっ! 貴殿たちは、その命令の重さを、意味を、刻む事が出来ねば主人の命を、いや、主人の命よりも重い物を、全てを落とす事になるのだぞっ!!」


 大切な人を守ると言うことは、その人だけを守っても何も残らないと同じ。

 大切な人の大切なものを、同じ様に守らなきゃ意味がないんだよ。


「……白剛の言うお通りだ。白汪、白瑛。もう一度言う。外に出ていろ。軍神殿は怒りに狂っても我を忘れぬ様な事は出来ぬ程の、精神的強さを持っておられるからな。二人になった所で、野犬に噛み殺される様なことはない。わかったら、命を聞け。これ以上主人の面を汚すきか?」

「……はっ」

「出過ぎた真似を申し訳ございません。白剛将様も……」


 私は、すっと片手を上げて、彼の言葉を止めた。


「お休みどころに無粋な真似をしたのはこちらだ。弟弟子の名に、兄に甘えてしまったが故。貴殿たちは私に頭を下げる必要はなかろう」


 謝り先は、双彗さんだけで十分! 私は、双彗さんともう一度話が出来ればそれでいいの。

 二人は戸惑った顔をして部屋から出て行く。

 さて、と。

 私は二人の背中を見届け終わり、双彗さんの方を向いた。


「俺のがとんだ無礼を掛けたな」

「こちらこそ、出過ぎた真似を……。非礼を詫びるのは、私の方だ。若いと言うのに、良き家臣でございますな」

「だろう? 幼子から拾い上げて、武と学を学ばせた。良き子らだ。俺の自慢の、な」


 双彗さんは頬杖をつきながら、小さく笑った。それは、決して冗談ではないと物語ってる。


「それで、話は昔話か? 何か思い出したか?」

「いえ、何も。ただ、一つ。気付いたことがございまして、昔馴染みである兄弟子殿を頼りにやって来た次第」

「それは何だ? 無礼ついでだ、聞いてやろう」

「この戦場が些か綺麗過ぎる事でございます」

「それはそうだ。まだ、始まってもいない戦だ。偉奏から明日だと聞いておらぬか?」

「否。だが、3日も前から貴殿の兵はここに居る。二百と言う少ない数の兵士を率いて、貴殿程の智将が。なにか策を作っているかと思えば、地面も兵士も綺麗なまま。策を講じていた姿もない」


 そう。ここの兵士さん達も地面も綺麗過ぎる。まるで、三日間、何もしていなぐらい。


「他の場所で、何かをしていかもしれぬだろ? 汚れぐらい、自国の軍神殿が来るのだ。失礼か無いように落としているかもしれぬ」

「そして、私は一日の道のりを三日間もかけてけここに参った」

「用があったのかもしれぬだろ?」


 確かに、双彗さんの上げる可能性は否定出来ない。


「しかし、ここは戦場。これだけで、それらの理由は全て没するっ!!」


 有り得ない話じゃない。でも、戦場で、明日死ぬかも知れない戦いに身を投げる人達がやるには、余りにもリスキーで、おかしい事。

 おじさんは、私の事を赤ちゃんだと思ってる。でも、違うの。

 私は、それぐらいの事が分かる年齢の、うんん。私は、もう女子高生なんだから!


「……それだけか?」

「否。戦は既に始まっておられるのだろう? 貴殿が私の兵に仕込ませた内通者。貴殿の兵よりも多くの兵を率いる編成。この私の遠征、遠路、どれもこれもが常を逸れている。これ則ち、この戦は常軌を逸れた戦であることを示す。それに気付かぬ私に策を任せられないと貴殿は思った。ここまで揃えば、この戦、ただ刀を振るえば良いだけの戦ではない事だけは何も分からぬ私でも分かりましょうぞ!」


 私の言葉に、双彗さんは頭かきながら大きなため息を吐いた。


「俺の優しさが奈落に落ちる布石になると吠えたが、それはお前もだ。俺を信じすぎだとは思わぬのか。正面を切って、それだけ吠えれば次こそ首が刎ねるのかもしれぬのに。何処まで行っても馬鹿正直な男だな」

「それが国の為ならば、喜んで差し出しましょうぞ」


 軍神ならば、軍師なら。お互いの立場なら、皆んなの住む国の為なら。

 きっと、私がそうなら、そうしてた。

 だから、自分の体の動くままに私は動いた。

 そしてきっと、双彗さんは一人で悩んで困ってるから。じゃなきゃ、策を明朝までに考えなきゃいけないことにはなってないと思うの。こんなにも頭のいい人だもの。

 きっと、双彗さんを近くで見続けていた白剛さんなら。自分よりも双彗さんを国を優先してたと思うから。


「お前には敵わんな。国の為にお前の首は胴と繋がっておかねばならんのだから。いいだろう、そこまで気付いたのならば、加担させぬ方がアホだ。これを見ろ」


 双彗さんは諦めたように、一つの巻物を私に渡す。

 古びた紙には、六個に分断され大きな島が描かれていた。


「これは?」

「大陸の地図だ」

「…大陸」


 あれ? 私が知ってるどの国の形とも違う。

 古代中国にミラクルラーかと思ってたんだけど、全く別の所?


「描かれている中で一際大きな大国、それが我が国。代江だ」


 双彗さんの行った通り、代江と描かれた国は、巻物に描かれた島で大部分のウエイトを占めている。

 わぁ! 凄い! 白剛さん達の国って、こんなに大きいの? 他の国の三倍ぐらいある!


「俺たちは今、代江とその隣の国、雲魏琅の国境にいる。明日、俺たちの敵はその雲魏琅の軍だ」


 え?


「雲魏琅? 戦の相手は、玄歐ではないのか?」


 私は眉を顰め、双彗さんに問い掛けた。

 だって、おかしいよ! 何も知らない女子高生を襲って来たのも、白剛さんの仲間達を襲ったのも、玄歐の兵だって、偉奏さんが……。


「俺も同じ事を思ったさ。ただし、俺はお前を襲ったのは、雲魏琅ではないのか、だがな」


 双彗さんの言葉に、私ははっとする。

 そうだよね。軍神の率いる、隊だもん。私が敵なら、そちらを先に潰しちゃうに決まってる。


「つまり、私の隊は囮と言ったわけか」

「ご名答。ただし、誘き寄せたのは雲魏琅のつもりだったがな。玄歐が出てくるとは、些か話が違いすぎる。これを偶然と取るべきか、将又、そうではないのか」

「双彗殿、今は冗談を言っておられる時ではなかろう。それは即ち、雲魏琅と玄歐が結びついておるという事」

「お前は少し遊びを覚えろ。真面目しか取り柄がないわけではなかろう? お前が言う通り、雲魏琅と玄歐が手を組んでいるとなると、今回の戦は些か話が変わってる。今回の戦の目的は何も雲魏琅の討伐でもなければ、侵略でもない」

「すると?」


 私が首を傾げると、双彗さんは意地悪く唇を吊り上げた。


「今回の俺の目的は一つ。狐狩りだ」

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