第12話
「白剛、お前は何も喋らず、頭を下げていろ。いいな、余分なことを言うなよ? お前の記憶がないと分かれば、混乱どころの騒ぎではない。この国にはお前をどんな手を使っても引き摺り下ろし、取って喰らいたくて仕方がない悪鬼がごまんとおるのだ。喰われたくなかったら、俺の言うことを聞け。いいな?」
「心得た」
ここは、煌びやかな宮殿の一室。
王座にはまだ人の影がなく、私と双彗さんが誰もいない玉座で頭を下げならが、双彗さんが小声で私に向かって囁く。
結局あの後も私はトラックに轢かれる程の衝撃を得る事もなく、今回の遠征報告を皇帝にしなきゃならなくなったわけだけど……。
「……」
この部屋の空気が、未だ嘗て経験した事ないぐらい重いんだけど……っ!
普通の女子高生な私はこんな所も報告も初めてで、双彗さんに言われなくても一言も喋れる訳がないよぉ!
職場体験の報告だって、モールス信号を送っただけだし、大人って大変!
今回もモールス信号だったら良かったのに……。
暫く二人で頭を下げていると、ぞろぞろと沢山の大人が赤い絨毯の脇に立ち、私達と同じ様に誰もいない玉座に頭を下げ始めた。
朝の朝礼みたいな感じなんだね。
喋ってる人誰一人いないけどさ。
そんな静まり返った宮殿に鈴の音が響く。なんの音?
「皇帝だ」
ピクリと動いた私の耳に気付いたのか、双彗さんが鈴の音に紛れて教えてくれた。
え? この鈴の音が皇帝さんの音色?
シャンシャンと鳴ってる音は、何処か悲しげに聞こえてくるのは気のせいなのかな?
鈴の音は、私達を横切り玉座に向かう。
「皆の者、顔を上げよ」
え?
この声、誰の声?
私は、その言葉が終わる前に顔を上げてしまったんだけど、思わず目に飛び込んできた情景に言葉を失った。
いつの間に入ったのか、玉座の後ろには眩いばかりの美女が沢山!
玉座の両隣には、おじいさんとおじさん。
そして、玉座には……。
「双彗、白剛。この度の遠征誠にご苦労であったな。朕自ら、遠征の話を聞かせて頂く」
玉座には、小学生ぐらいの男の子が一人。
ポツンと座っていたのだ。
「皇帝陛下の御前にお許しを頂いたこと、誠に光栄でござまする。この遠征で指揮を執ったこの双彗から、ご報告をさせて頂きます」
「……許可する」
「至極光栄。お許しを感謝致します」
皇帝っていうぐらいだから、とんなおじさんかと思ったらまだ子供?
私、びっくり!
「では、ご報告を。この度の遠征は、皇帝陛下が治められるこの代江国に、隣国雲魏琅国からの侵略が企てられているとの知らせが入り、我ら双極の二人が馳せ参じた次第でございます。しかしながら、陛下。雲魏琅国の侵略は確認できずに御座いました」
右後方斜め。四列目の右側。
その後ろ、二列目左側。
左後方斜め六列目、右側。
その後ろ、四列目、右側。
そして、皇帝さんの右隣にいるおじさん。
計五人が、双彗さんの報告でピクリと肩を震わせたり眉を動かす筋肉の音が聞こえた。
少なくとも、双彗さんの報告にこの五人は何らかの疑問を持ってる。
膿を出すと、双彗さんは言ってたけど、これだけじゃ双彗さんの睨んだ裏切り者だと決めつけるにはちょっと弱いよね。
「戦は?」
「御座いません。その結果、負傷者は誰一人として出ておりません」
「そう、か……」
あれ?
今、皇帝さん何か違和感があったような?
「じゃあ……」
「皇帝陛下」
皇帝さんが何かを言いかけると、左隣にいるお髭も白いおじいさんが、ピシャリと皇帝さんの言葉を止めてしまった。
「あ……」
「皇帝陛下、私から双極に質問のご許可を」
「あ、えっと、は……」
「皇帝陛下っ!」
また、皇帝さんの言葉を止めるおじいさん。今度はもっと強い口調で、思わず私はびっくりしちゃったんだけど、周りの人たちの顔色は何一つ変わってない。
えー? 皇帝さんって、一番偉いんじゃないの? その皇帝さんに、そんな強気って良いのかなぁ?
「許可を、頂けますかな?」
「きょ、許可する……」
おじいさんは、はぁと呆れたため息を一つ。
えっ? えぇっ? それ、失礼じゃないの?
誰も止めなくていいの?
「双極将たち、この度はご苦労であった。しかし、企てがなかったとは一体どう言った事であるか?」
「虚の知らせだったという事でございます」
「虚の知らせを、一体何のために?」
「私の見立てで御座いますが、我ら双極を駆り立て、この都の警備を薄くするのが狙いであったのでしょう。しなしながら、この都は我らが居らずとも我ら配下の六将が守っております故、敵国も手足も出ずに尻尾を巻いて逃げ帰ったものと」
「成る程。さて、では双極将。貴殿らにその虚を垂らし込んだ者は誰だ?」
このおじいさん、一体何者?
言葉一つ一つに、凄いプレッシャーを感じちゃう。
もし、双彗さんが情報提供者の名前を出したら、この場で首を刎ねてしまいそうなぐらい。
でも、本当は戦もあったし、この報告自体が嘘。情報提供者さんは正しい事をしてくれたのに?
双彗さん、どうするの!?
「双極将。答えよ」
「老統師様、申し訳ございません。それはお答えしかねます」
「何故だ。私の問いは、皇帝陛下の問いと同等である。貴様は、皇帝陛下に隠し事をするのか? ならば、その首。要らぬものか?」
「そうではございませぬ。私は答えられぬのは、皇帝陛下の御耳に入れられぬ名でございます」
「え、僕の……?」
僕?
今、皇帝さん、僕って……。さっきまで、朕って言ってたのに?
「皇帝陛下っ!」
私が驚いていると、老統師と呼ばれたおじいちゃんは、今日一番の大声を出して皇帝さんを見る。
「許可を」
「え、あ、はい……。きょ、許可する……」
「双極将。申せ」
「はっ。では、この名を出す事をお許しを。私に虚を知らせ者の名は桃蕈婦でございます」
えー!? 双彗さん、名前なんて上げたらその人身が危ないんじゃいの?
そう思って、思わず老統師さんの顔を見れば、老統師さんはとっても驚いていた。
「桃、蕈婦だと……?」
桃蕈婦さんって、誰?
一人話についていけない私は周りを見ると、周りもザワザワと声が上がるぐらい驚いてる。
え? 何で皆そんなに驚いてるんだろ?
「桃蕈婦で御座います。彼女の……」
「双極将っ! もう良い、下がれ」
「はっ」
老統師さんの言葉に皆んなも私語をピタリとやめ、頭を下げた。
……どうしよう。
全然、私だけ意味わからないんだけどっ!
「ふむ。困ったものだ」
自室だと、双彗さんに連れて来られた部屋の椅子に座り、思わず私はため息を吐く。
結局、あの後混乱のまま報告は終わるし、双彗さんは詳しい説明もしてくれないし。
ちょっと寂しいなぁ。
偉奏さんは知ってるかな? でも、偉奏さんは職位が違うから宮殿入って来れないし、それに私も何でも、偉奏さんに頼り過ぎ?
でも、なぁ。双彗さん絶対教えてくれ無さそうだし、でもでもでもっ。
「はて、虚を埋める術は無きものか」
「何かお困りで?」
私一人だった部屋に、誰かの声がする。
私は顔を上げて扉を見ると、そこには……。
「白瑛殿っ!」
双彗さんの御付きの、白瑛さんが立っていたのだ。
や、やだー! 独り言聞かれちゃった!
独り言言う根暗な女の子って思われちゃったら恥ずかしいー!
「殿はおやめください、白剛様」
「何故ここに?」
「主の、双彗将の命で御座います。今、双彗将は敵の追い込みに時間を取られ、白剛様の助けが出来ぬ身。その為、白剛様の援助をこの私、白瑛に命じたのでございます」
「成る程。それは、有難い」
記憶がない事を知ってるのは、偉奏さんと双彗さんと、白瑛白汪さんの四人。偉奏さんは、宮殿内だと何かと離れて仕事をしなきゃいけないから、事情を知ってる白瑛さんがフォローに入ってくれるって事か。
これ、すっごく助かるー!
双彗さんごめんなさいっ! 少し冷たいとか思っちゃって……。
「何かご不明ご不便がありましたら、私に是非」
「うむ、有難く申し出よう。では、聞きごとを一つ。宜しいかな?」
「ええ。何なりと」
「桃蕈婦殿とは、誰であるか教えて頂きたい」
「桃蕈婦でございますか。……そうですね。白剛様はご記憶がないのでしたね。桃蕈婦とは、この国で皇帝陛下の乳母の事を指す言葉で御座います」
「乳母? 現皇帝陛下の乳母と?」
「ええ。正確に申し上げるのならば、乳母だった女、でございますね」
「だった?」
あ、でも、今の皇帝陛下は乳飲み子でもないし、乳母はもう廃業って事? 今は違う仕事をしてるのかも。
「はい。三ヶ月ほど前、亡くなりましたから」
「なぬ?」
え? 亡くなった……?
「桃蕈婦は、三ヶ月ほど前に毒を飲み亡くなったのでございます」
「毒を? 自ら毒を啜るとは、自殺であるか?」
「いえ、自殺ではございません。暗殺でございます」
「暗殺、とな?」
嘘……。皇帝さんとか、そのお母さんとかは良く聞くけど、乳母まで暗殺されるとか、ちょっと怖いよね。
しかも、毒殺って……。
暗殺するなら、闇討ちとかが主流なのにわざわざ毒殺って乳母にするには手掛かり過ぎてるし、私だったら選ばないけど、これが文化の違いって奴なのかな?
「はい」
「何とも、悲しき話よ。然し乍ら、その乳母が雲魏琅と何らかの接点があったとしたのならば、命を狙われて当然と言ったところか」
「……失礼でございますが、白剛様。貴方様は勘違いをしておられる」
「私が? それは申し訳ない。貴殿の説明を読み砕けておらぬかったようだ。ご指摘を願えるか?」
「……はい」
ん? ちょっと今、間があったよね? 気のせいじゃないよね? 私、白瑛さんに、やっぱりこの人バカなのかなって思われたとか!?
呆れられた?
私が息をするだけで、どんどん白剛さんの完璧ビジョンを壊しちゃってる気がするー!
白剛さん、本当にごめんなさい……っ!
「暗殺の対象は桃蕈婦ではございませぬ。桃蕈婦は、結果的に暗殺されただけにございます」
「それは、詰まる所?」
「桃蕈婦は、皇帝陛下のお食事を手違いで食べてしまわれまして。誰かが、皇帝陛下の食事に毒を盛り、それを彼女が食べた。結果的に暗殺されたのは、彼女という事で御座います」
「……それは、陛下との食事中に?」
「ええ。桃蕈婦は陛下の目の前で踠き狂い亡くなったと」
そんな……っ!
まだ、12歳ぐらいの男の子に、なんて事を……っ!
許せないっ!
「白剛様?」
「白瑛、すまぬが留守を任せる。私は、行くべきところが出来たようだ」
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