第13話

 あんな小さな子に、毒殺なんて信じられないっ! 許せない!

 犯人を探し出して懲らしめないと、私の気がすまないんだからねっ!

 本当の暗殺って、どう言うものか教えてあげるんだからっ!


「白剛様、お待ちを」

「如何した?」

「白剛様のお優しさは我々もよく知っておりますが、今姿も分からぬ暗殺者に心を痛めている場合では御座いませぬ。三ヶ月も立った今でも毒の種類も分からぬ、出所も分からぬでございます。どうかお考えを改めて頂けませぬか?」

「しかしっ!」

「白剛様。今一度、ご検討をば。白剛様は、今何をやらねばならぬのかを、良くお考え下さいませ」


 と、言われても。

 白瑛さんの迫力に押されて、ついつい椅子に座りなおしちゃっけど、今何を私はやるべきなのかと言われても。

 白剛さんの仕事なんて分からないし、まず何をすべきなのかすら検討がつかないんだけど……。

 漫画とかだと、偉い人は難しい書類にサインするとかの仕事してるけど、白剛さんの机の上には書類なんてないし、白剛さんのサインなんて私が書けるわけもないし。

 椅子に座った私を見るなり、お茶を入れて参りますって、白瑛さんは退室しちゃうし。

 かと言って、戻ってきた白瑛さんに、何したら良いですか? って聞く度胸もないし。

 はぁ。私何やってるんだろ。


「全く……」


 それにしても、この部屋って物がないなぁ。

 白剛さんって、趣味断捨離とか? 壁にはこの島の地図が飾ってあるだけ。机の上には硯と筆が三本。その他には椅子と、槍が二本。

 軍神の部屋って言うより、刑務所の部屋見たい。

 槍だって、いつも使ってるあの槍の方が、飾るには似合ってるってぐらい、部屋にある槍は飾りっ気が一つもない。

 趣味なのかな? 槍集めとか。

 手持ち無沙汰で、何となく握ってみる。


「ふむ」


 すっごく軽い槍だなぁ。

 昔、小学校の頃にお婆ちゃんに買ってもらった子供用の槍より軽いかも。

 泣いて買ってもらったのに、あの槍結局使わずに倉庫に入ってるけど、こんな事になるぐらいなら少しぐらい槍の練習してれば良かったなぁ。

 槍なんて、学校で習ったぐらいしか使えないし、素人同然なんだよね。私。

 もっと、しっかり勉強してればなぁ。

 そう思うと、ため息が出てきちゃう。

 槍なんて、今時モテないってクラスのイケてる女の子の言葉を気にしちゃって、本当私って流されやすい系女子だよ。

 そう言えば、お母さんは槍使うの上手かったな。槍一本で戦闘機落としたりしてたし、私にもお母さんに似た所が一つでもあれば良かったのに。

 でも残念だけど、似た所一つもないんだよね……。

 

「白剛様、お待たせ致しました」

「あ、あぁ。忝い」

「槍の練習で御座いますか?」

「これか? いや、随分と古びた槍だと思ってな。何故このような槍がここにあるか、知っておるか?」

「はい。その槍は、白剛様が最初に使われた槍だと双彗将から伺っております」

「最初の、槍?」


 白剛さんが使った、最初の槍?

 だから、記念に取ってあるとか? あれだよね。赤ちゃんのへその緒とか大切に取ってあるみたいな感じなのかも。


「ふむ。では、とても大切な槍なのだな」

「はい。白剛様、先程は私の差し出がましい言葉を聞き入れて頂き有難うございます。しかし、今ここで、白剛様が皆の前で権を振るわれることは、白剛様の身が暴露る危険性があります故、どうかお判り下さい」

「うむ。わかっておる。こちらも止めて頂き、忝い。感謝を言うのは、私の方だ」

「勿体無いお言葉です」

「白瑛。私は自分が分からぬのだ。立場がある事はわかる。承知の上で、何処までが私の許される事なのかが」

「その為の、私で御座います。白剛様はまず、この国を知るべきだと、私は思います」

「代江国をか」

「はい。この国を知って、貴方様を知るべきかと。簡単ではありますが、私からご説明させて頂きます。それを踏まえた上で、文献を読み進め、双彗将の命を待つべきかと」

「成る程。では、白瑛。私にこの国を教えてみよ」

「では、僭越ながら……」




「ふむ。難儀な事だ」


 白瑛さんの説明、全然分からなかった……。

 私は、文献が置かれた部屋、つまり図書館みたいな所に向かいながら長いため息を吐く。

 あの後、白瑛さんの口から出たのは長い長いお経みたいな話だった。

 そんな言葉が頭に入るわけもなくて、右から左へ流れるように入っては出ちゃって。かと言って、分かんないですと手をあげることも出来なくて、流されるまま図書館に行く事になっちゃったわけだけど、図書館にある本の内容もわかるかちょっと怪しいんだけど、私。

 頭は確かに良い方じゃないだけに、戦よりも苦行かもー!

 ずるずると気が乗らないまま、図書館に入り、白瑛さんに言われた巻物を取って広げてようとした時、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。


「何奴!?」


 え? ゆ、幽霊!?

 だって、私が入ってくるまで、灯りもついてなかったんだよ!?

 私、幽霊とか、すっごく苦手!

 だって怖いんだもん!

 

「……誰か、居るのか?」


 居るなら、ゾンビとか、触れるモノにしてー! 触れるなら、千切れるし、折れるし、何とかなるけど、幽霊は触れないし、何とも出来ないから、本当に無理なのっ!

 恐る恐る、灯りを持って奥に行くと其処には……。


「子供?」


 子供が一人、蹲って泣いていた。

 迷子かな?


「どうした。迷い込んでしまったか?」


 子供は蹲ったまま、体を震わせてる。

 どうしたんだろ? お腹でも痛いのかな? それとも、部屋が真っ暗で怖かったとか?

 私も暗視ゴーグルないと、夜の戦場とか未だに怖いもん。気持ち、わかっちゃう。


「良く、一人で耐え申した。私が来たからにはもう大丈夫だ」


 私は優しく子供の背中を撫ぜ、灯りを置く。


「貴殿は強い童であるな」

「僕、強い?」


 少し掠れた男の子の声。

 もしかして、お父さんやお母さんに叱られてここで泣いてたのかも。

 こんな乱世だもんね。きっと、男の子なら強くあれー! 的な事言われちゃって、落ち込んでたのかも。

 私も、女の子なら槍一つで戦車を貫きなさいって怒られた時、出来なくて泣いてたっけ。女の子ってらしいってなんなの? って、泣きながらお婆ちゃんに言ってたなぁ。


「うむ。貴殿は一人でこんな暗闇に勝っておったのだ。それが強さではなく、何と申す」


 子供って、自分を否定される事に敏感で、すぐに自信がなくなっちゃうんだよ。

 私もそんな子供だったから、彼の事よく分かる。大丈夫だよって、その一言で、強いよって認めてあげるその一言で、なんでも跳ね除ける勇気が出る時があるんだよね。


「僕、また、ダメな事しちゃった……」

「ふむ。それはどんな事か、私に教えて頂けるかな?」

「みんなの前で、きんちょうして、いっぱい間違えちゃった」


 人前って、緊張するのわかるなぁ。


「しかし、貴殿は皆の前に立ったのだろう?」


 これぐらい小さい子だもん。それだけで、凄くない? 本当にダメなら立つ事だって足がすくんで無理だし。


「それだけで、貴殿は勇ましい」

「……本当?」

「本当だとも。それに、誰だって失敗はするものである。どんな大人達だって、貴殿の頃には沢山の失敗を積み重ねてきた。失敗か失敗だとも分からぬ内からだ。貴殿は、自分が失敗だと既に分かっておるのだろう? 随分と賢く、素晴らしい事だと私は思う。落ち込む事など、何も無い。胸を張られよ」


 そう言って私が背中を軽く叩けば、少年が起き上がる音がする。

 ちょっと灯りを遠ざけて置いてしまって顔は見えないけど、少しは泣き止んでくれたかも。


「僕、弱いって、皆んなに言われるの」

「そうか」

「僕、馬鹿だから、難しい事、全然覚えられなくて、僕、弱いから剣も槍も上手く使えなくて、みんな僕見てため息吐いて……」

「……貴殿は、強いな」


 段々と、泣き声に変わっていく少年の頭に、私は手を置いた。


「弱さを聞き入れ、それでも奮い立つ。強く無い訳がなかろうに」

「違うっ!」


 急に少年が大きな声を出す者だから、私は思わず驚いて手を離しちゃった。

 離れた手は、少年の頬に触れ、流した涙の多さに言葉を失った。こんなにも、彼は辛いって泣いてるんだ……。


「違うの、僕はやりたく無いけど、やらなきゃ、ダメなの……。みんなが、やれっていうもん。やりたくないよぉ、帰りたいよぉ!」


 まるで、堰を切ったように少年は大きな声で泣き始めた。


「お母さん、お母さんっ!」


 もしかして、親元を離れてこの宮廷に来てる子なのかな?


「強き子よ」


 私は、ぎゅと母を恋しがる少年を抱き締める。あったかい。この子がどんな運命を背負ってるかは私は分からないけど、こんなにも辛い思いをして、やるべき事をやっているんだ。

 大好きなお母さんと離れて、一人で。


「母君は、貴殿を誇りだと思っておるのだろうな。貴殿は、立派だ。立派に使命を果たしておられる」

「……本当に?」

「本当だとも。この白剛。嘘はつかぬ」


 にこっと少年に笑いかければ、少年は私の顔に手を差し伸べた。

 触れる小さな手はとても温かい。


「おじさんっ! でも、僕はお母さんに会いたいっ」

「ああ。会えば良い」


 立派に使命を果たして、今まで会えなかった分を取り戻す様に、お母さんに会えばいいじゃない。

 でも、それは私がどんな事情なのか知らないから、普通の恵まれた女子高生だから言えた言葉だった。

 想像力のかけらもない、女子高生だから。


「……でも、もう会えないんだ」

「何故故に?」

「お母さん、死んじゃったんだ……」

「……」


 そうだ。この世界は乱世なんだもん。

 親がいない子なんて、きっと珍しくない。

 雲魏琅との戦を思い浮かべながら、私は少年を強く抱きしめた。


「お母さん、僕のせいで死んじゃったんだ……」

「何を申すかっ」

「本当だもん。僕があの時、あんな事しなければ母さんは死ななかったんだっ!」

「母君に一体何が……」

「僕があの時、母さんに瓜をあげなかったら、母さんは……」

「瓜……?」


 まさか……。

 私は少年を片手で抱きしめたまま、灯りを手繰り寄せた。もしかして、この少年は……。

 私は手繰り寄せた灯りで少年を照らし出す。


「お母さん、お母さんっ、お母さんに、会いたいっ」

「こ、皇帝陛下」


 私の腕の中には、亡き母を呼び続ける代江国の皇帝が泣きながら縋り付いていたのだった。

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