第14話
「お母さん……」
「皇帝陛下……」
あれから、泣き疲れて皇帝さんは私の腕の中で寝てしまった。
灯りを向ければ、目は真っ赤。私が来る前からずっとずっと泣いていたのかな。
こんな小さな子が、皇帝なんて……。
するりと長い前髪を掻きあげれば、その顔は何処にでもいる普通の男の子。
普通に生きてきた私には分からないプレッシャーに、この子のは押し潰されそうになりながら頑張って生きてるんだ。
「何故故に……」
こんな小さな子供が、誰にも見つからないように暗闇に隠れて泣かなきゃいけないんだろう。
サラサラした桃の花の香りを含んだ髪を撫ぜながら、私は目を閉じる。この子は、こんな広い宮殿でずっと一人ぼっちなんだ。
「皇帝陛下っ! 皇帝陛下っ!」
その時だ。外から、この子を呼ぶ声が聞こえる。この声、今朝の朝礼で話してた老統師さん?
ここにいる事を知らせた方がいいのか、私が迷っていると、皇帝さんはすくっと立ち上がって目をこする。
「行かなきゃ……」
「皇帝陛下、まだ……」
「行かなきゃ、また怒られるから……。あの、おじさん」
「うむ?」
「有難う」
そう言うと、皇帝さんは自分を呼ぶ声の方に駆けて行ってしまった。
こんなにも人がいるのに。大人がいるのに。
あの子はずっと一人なんだ。
ずっと、自分を責めながら、一人で大人の顔色を伺って、ずっと一人ぼっちで……。
何も出来ない私は、ただ、彼の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「お戻りご苦労様でございます。白剛様」
「ああ」
「文献は何かしらの役に立ちましたでしょうか?」
「否……。それよりも、白瑛。皇帝陛下の乳母について聞きたいのだが、良いだろうか?」
「何なりと」
「皇帝陛下の代わりに亡くなったのは、乳母だけか?」
「はい。乳母にございます」
「皇帝陛下の母君は?」
「乳母だけに、ございます」
「ふぬ……」
何か可笑しいよね、これ。
皇帝陛下は、お母さんが亡くなったって泣いてたのに、毒殺されたのは乳母だけ。
皇帝陛下が、嘘をつく必要はないけど、それは白瑛さんだって同じだよね。
何か引っかかるなぁ。
そのとき、部屋の扉が開く音が聞こえた。
「白剛、いるか?」
「双彗殿」
ノックもなく現れたのは、双彗さん。
「少し悪いが、付き合ってくれ。白瑛も来い」
「喜んで」
「承知した。しかし、一体何用で?」
何処か、急いでいる双彗さんに問い掛けると、双彗さんは深いため息をついて頭をかく。
「我儘坊主の我儘を聞きにな」
「我儘、でございますか?」
一体なんなんだろう?
私が首を傾げていると、双彗さんは足早に付いて来いと足を進める。慌てて追いかければ、一つの扉の前。ここ、何処だろ?
「この中には、六将と呼ばれる俺たち双極の下に付く六人の武将がいる。お前は腕を組んで黙って座っててもいいし、怒ってもいい。」
六将って、朝礼で双彗さんが言ってた私たちが不在の時にここを守っていた人たちだよね?
一体どんな人達なんだろう?
やっぱり、武将だから怖い人達なのかな?
屈強な男達に六人も囲まれちゃったら、怖くて組んでる腕が段々縦に立っちゃうかも……。
「まあ、そう構えるな。六将は俺たちの下に付く奴らだし、俺も何かお前がやらかしたら適当に助けられるしな」
そう言って、双彗さんはケタケタと笑ってるけど、私は笑えないんだから!
適当って! もぅっ!
「それに、今回もどうせ下らん話だ。度が過ぎたらお前も怒れよ。おい、入るぞ」
下らない話って、どんな話なんだろ?
男子とあまり話した事ないし、男子って何話してるのかよく知らないんだよね。
んー。どうしよう! もしかして、ここで私が女の子ってバレちゃうかも!
女子の話って、大抵刈って来た首を取ってきたかとか、その光学迷彩服可愛いとか、火薬ピンクにしてみたとか、お洒落な話ばっかりだもん。
あ、でも、私地味だったし、刈った首を首飾りにとか、ちょっと攻めたお洒落できない子だったから、高度なお洒落な話はついて行けなかったし、ギリギリバレないかも……?
ドギマギしながら部屋に入ると、長い机には年齢が様々な六人の男の人たちが席についていた。
この人たちが、六将?
「待たせたな。白剛を連れて来たぞ」
私は小さくペコリと頭を下げると、六人の武将達は立ち上がり片足をついて頭を深く下げる。
「お戻りご苦労様でございます。白剛将」
「うむ。この度は何用か」
「はい。この度の遠征話を双彗将からお聞きしました。白剛将の腕に怯えた奴らの顔を拝めながったのは残念ですな」
「何を申すか。華は散らぬが美しかろうに。それで、本題は?」
「はっ。ここからは私から」
そう言って顔を上げたのは、六人の中でも一番綺麗で若そうな弓を背負った男の人。
「白剛様、六将弓部武将の香奏様からのお話でございます」
白瑛さんがさりげなく私にその男の人の正体を教えてくれた。
成る程。ここにいる六人は弓や槍なんかの部隊長って事?
「うむ、香奏。皆も面をあげ席に着いてくれ。話はそれからだ」
「はっ」
「それで、話とは?」
「はい。前々からお話しを進めさせていた、新たな飛び道具の導入についての検討を再度させて頂きたいと思いまして」
新しい武器?
「ふむ。では、香奏。それを一から説明を」
「白剛将、喜んで」
そう言うと、香奏さんは机の中心に大きな紙を広げ出した。
そこに書かれていたのは、見覚えのある機械。
「ガトリング砲……?」
ガトリング砲って、あの女子高生の必需品の?
女子高生のカバンの中に入ってる、携帯、メイク、ガトリング砲の、ガトリング砲だよね?
多銃器と呼ばれる、回転しながら連続的に発射出来るアレ!
でも、これ、銃っぽくないなぁ……。
「何を砲と?」
私の呟きに首を捻った香奏さんを見て、私は慌てて声を上げる。
「いや、連続性に長けた長距離用武器であるなと」
「流石、白剛将。6つの国を駆ける猛者でございますなっ!」
「それは良い、話を」
あ、危なかった……。
思わず、私が女子ってバレるところだったよ。
ガトリング砲なんて、今持ってる男子なんて殆どいないし。
それに、この世界に銃なんてないもんね。私が戦った事があるのは、玄歐国の兵士さんと、雲魏琅国の兵士さんだけだけど、誰も銃なんて持ってなかった。
きっと、香奏さんが推してるこの武器も銃じゃないんだろうな。
「はい。この度の戦は避けれたとお聞きしましたが、雲魏琅は必ず近いうちに体制を整え攻めて来るものかと。雲魏琅との戦いが迫っているのならば、奴らは必ずこちらの地での戦に持ち込むはずでございます。その為に、この都を我らは守る義務がある」
そうだよね。雲魏琅さんは、元々ここ代江国を分けた国だわけだし、向こうはこちらの土地勘も高い。百年なんて、そんなに長い月日じゃないわけだし、こちらの弱いところは分かってるはず。
なんとしても、そこを突きたいとこちらに攻めいてくるのはわかるかな。
「ふむ。それは何故だ?」
「前回もお応え致した用に、この連続性に長けた武器があれば長距離にて彼らの足止めが容易でございます」
「どれ、少しばかりその紙を見せて頂こうか」
これが資料って事だよね?
んー。今で言うと、取説って感じかな。どうやらこの武器は、大きな石を遠くに飛ばす機械らしい。
流石に銃はないもんね。遠距離は投石が主体になっちゃってるのかも。
カラクリを使って、連続的に投石が可能になってる事が書かれた武器の説明を見て、私はんーと、声を出す。
昔小学校で、投石係って何処もあったと思うんだけど……。
投石係になった人はわかると思うんだけど、意外にに投石器を一回使うだけで大変で、次の攻撃は遅れちゃうんだよね。
それを連続的に可能にしたのが、この機械。
確かにあったら楽だとは思うけど……。
「近年の徴兵では、兵の数が足りないと嘆く事も少なくありません。しかし、これが数台あれば三百余りの兵士の削減につながります。また……」
香奏さんは勇み足にこのガトリング投石器について語ってくれるけど、私以外の人達はこの資料を読むことすらしないし、話にも興味はないみたい。
これって、私が出てこなくても結論ってもう付いてるって事だよね。
「香奏、もう良い。皆の見解をお聞きしたい。皆はどう思う?」
私は見ていた紙を置いて、皆んなの顔を見渡した。
「そうですな。要らぬです」
まず、最初に声を上げたのは香奏さんの横に座っていた白髪のおじいさん。
「馥伸将同様、儂も必要がないと思うぞ」
そう言ったのは、如何にも武将! って感じのおじさん。
「馥伸将、那訡将と同じく」
そう言ったのは、細身の眼鏡のお兄さん。
「馥伸将、那訡将、董廿将と僕も同じですね。游鄯将は如何ですか?」
そう、眼鏡のお兄さんの前に座っていたガタイの良い男の人が、斜め前に座っているこれまた清潔感あふれる爽やかなお兄さんに声をかけた。
「満場一致でしょうな。双極将は?」
「俺もない。しかし、武器の統括は軍神殿が最後の関門だからな。白剛が良いと言えばどんな扉でも開くしかない」
成る程。武器の購入とかは白剛さんが一任されてたんだ。
そんな他人事を思っていると、皆んなの視線が私に集まっている事に気付いてしまった。
はわぁっ! そうだった! 今は私が白剛さんだったんだ!
ガトリング砲なんて女子高生アイテム見せられるから、等身大の女子高生に戻っちゃったと勘違いしちゃったよ。
危ない、危ない。
「うむ。私もこの話は頷く事は出来ぬな」
「な、何故ですか!?」
私の言葉を聞き、香奏さんが勢いよく机を叩いて飛び上がる。
確かに、色々メリットはあるみたいだよね。うん。それは女子高生でもわかるよ。
でも、それだけで武器を買っちゃいけないのも女子高生の中では常識なんだからっ!
「何故かなど、その問い自体を己に問いかけよ。香奏。この武器の導入は認められぬ」
「理由を! 理由を申し上げて下さいませっ!」
理由って……。
「明白であろう? 貴殿は若過ぎる故だ」
「戦に若さなど関係あるものですかっ!」
「ある。今一度、己で考えてみよ。何故私がこうしたのかを」
私は持っていた取説を破り、机に捨てる。
やり過ぎだなぁとは思うけど、ここで理由を言ってしまうと多分、この軍は弱くなる。基盤が崩れちゃうんだ。
「……っ!」
「若さに色を付けぬ考えをしてみよ。さすれば自ずと道は引かれようぞ」
そう言って、私は席を立つ。
あー! 本当はちゃんと理由を言って、話して、パジャマパーティーしながら、このガトリング投石器についてマカロン食べながら説明したいっ! こんな事、可哀想過ぎるよ!
……軍神の仕事ってこんな感じばっかりなの? 私、絶対向いてないよぉ〜!
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