第15話
ふぅ。私ってやっぱり武将なんて向いてないただの女子高生なんだよね。
あの会議室から肩を落としながら出てきた私は、大きなため息をつく。
本当なら、今頃私は軍神じゃなくて女子高生として、楽しい学校生活を送ってだはずだもん。
こんな乱世で生き抜く技術も知識もないし、いつまで白剛さんのフリをしてても、きっと誰かに嘘がバレるに決まってるし。
私、これからどうすればいいんだろう?
途方に暮れながら宮殿内を歩いていると、見覚えのない中庭に出てしまった。
えっ? ここ何処? 今日の私、ついてなさ過ぎっ! きっと、今日の運勢、筋肉座は最下位だよー。
「でも、何かいい匂いがする」
何だろう? 花の匂いかな?
私は匂いに導かれるように、フラフラと小道に入り、色とりどりな花のアーチの暗闇を進んだ。
一体、これ、何処に繋がってるの?
しばらく歩き通せば、これまた大きな花が咲き誇る場所に。
中央にあるのは、噴水?
「やだ。綺麗……。SNS映えしそう!」
思わずきゃっとはしゃぎたくなったけど、今は携帯なんて持ってないし。
残念。このお髭をお花アートで飾ってアップしたかったのに。
その時だ。
「誰ですか?」
凛とした声が響く。
「えっ?」
誰かいるの?
目を凝らすと、噴水の中に人影が見える。その人は……は、裸!?
「きゃっ! ごめんなさいっ!」
私は思わず後ろを向いて目を両手で覆った。まさかこんな場所で水浴びをしてる女の人なんているなんて思ってなかったんだもん!
「……貴方は、軍神白剛?」
「ごめんなさいっ! 私、花の匂いに誘われて迷って入ってきちゃって……! お邪魔するつもりはなくて……」
やだ、恥ずかしいっ! もう高校生なのに迷子になって人の家に入ってきちゃったとか、言い訳にすらならないよぉっ!
思わず走り出そうとすると、先程よりも大きな声が私の足を止めた。
「……お待ちなさいっ!」
「ふぇっ!」
「貴女、女の子ね?」
「えっ……?」
な、何でバレちゃったの!?
「少し待っていて。布を羽織るから」
「は、はい……」
嘘。何で、私が女の子だなんて……。今、私は白剛さんで、猛将の体な筈なのに……。
「良いですよ。振り向きなさい」
「は、はいっ。あ、あのっ! 何で私が女の子だって分かったんですか!?」
振り向くと、そこにはすごく美人な女の人が綺麗な白い布を羽織って立っていた。
わぁ……。女優さんみたい。
「それは貴女がここにいるからです」
そう言って、女の人は私の肩に優しく手を置いて微笑んだ。
「え?」
「ここは、神聖なる聖樹の泉。乙女しか入る事を許されない、聖女の場」
「せい、じょ?」
「ええ。私は泉の聖女。貴女は?」
「私は……、私は女子高生のっ!」
あれ?
「如何されたの?」
驚いてる私に、聖女さんは首を傾げた。
「私、普通に喋れてる!」
ずっと、事故の後遺症で上手く話せなかったのにっ! ここに入ってから私普通に喋れてるよね!?
「……貴女、何か訳が有る方なのね。姿は軍神白剛の様だけど、少し魂の形が違うわ」
「魂の、形?」
「ええ。人はそれぞれ、魂に形があるの。貴女の魂は、軍神白剛の魂の形ではない。一体、貴女は?」
「わ、私っ! トラックに引かれて白剛さんになっちゃったんですっ!」
私は身振り手振りで必死に聖女さんに自分自身に起きた事を伝えてみた。
聖女さんは何も言わずに、頷いたり、考えたり。
「つまり、貴女は異世界から魂だけがこちらに来てしまい、軍神白剛の中に入ったという事でしょうか?」
「はい……。でも、そんな事って、あり得るのかなぁ? なんか、漫画みたいで実感もあまりなくて……」
そもそも、異世界って本当にあるの?
確かに、そう考えると心が楽になるからそう考えてたけど、ちゃんと考えたらトラックに跳ねられた衝撃で異国に飛ばされちゃったとか、その衝撃でちょっと体つきが変わってお髭が生えちゃって、セーラー服がやる気を出して鎧になったとか、現実的に考えるとこっちの方がしっくり来るかも。
たまたま似ていた白剛さんに、見間違えちゃってこんな事になっちゃってる、とか。
「やだ、私混乱してきちゃった……」
「ええ、それだけの事があれば誰でも混乱して当然でしょうに。今迄良くここまで生きてこられたましたね」
「聖女さん……」
そう言って、聖女さんは優しく私を抱きしめてくれた。
あったかい。安心するなぁ……。
懐かしい、この感じ。
「何か、お母さんみたい」
「母君、ですか?」
「あっ! ごめんなさい。聖女さんとお母さん似てないのに、私ったら……」
泣いていた皇帝さんに感化されちゃったのかな。
こんな見ず知らずの場所に来て、少しホームシックになってるのかも。
まだ三日ぐらいしか経ってないのに。私ったらまだまだ子供だなんだから!
「母君、ですか。貴女の母君はどんな方なんです?」
「お母さん? 料理が上手くて、テキパキ何でもしちゃうんだけど、少しドジで、ちょっと怒りっぽいけど、私の自慢のお母さんなの。名前はトメコって……」
「トメコ?」
「うん。それがお母さんの名前だけど……?」
「ふふふ。私と名前が似ていますね。私の名前は、トメーコ。もしかしたら、魂の形も似ているのかもしれません」
「トメーコさん……」
お母さんに似てる、人……。
「もし、ここが貴女のいた世界と異なるのであれば、貴女は何かに呼ばれたのかもしれませんね」
「それって、召喚されたって事?」
「召喚、かもしれません。この世界には古からの言い伝えがあるのです。世界が乱世の渦に呑まれる時、乱世を救う乙女戦士がこの地に舞い降りると」
「お、乙女戦士っ!?」
セーラー服着てたけど、美少女な戦士に私が!?
「ふふふ。ただの言い伝えですよ。そんな魔法の様な事、本当にあるとは皆思っておりません」
「も、もう。びっくりしたぁ。トメーコさんったら、揶揄わないでくださいよぉ!」
「御免なさい。そんなスピリチュアルな話、今となってはお伽話ですもの」
「やっぱり、ここ、異世界じゃないのかなぁ。魔法とかないし……」
異世界って言ったら、魔法とか、魔獣とか、魔王とかだよね。
でも、ここにはどれも無いし。
やっぱり、日本から遠く離れた異国の島国なのかも。
まだ、発見されてない部族だっているって、テレビでやってたし。
「はぁ。本気で異世界に来ちゃったって、小学生みたいな妄想しちゃったなぁ。恥ずかぴぃー!」
「まぁ。それはそれで良い事ではなくて? 貴女は何処からいらしたの?」
「日本。トメーコさん、日本って知ってる?」
「日本? さぁ……。私には聞いたこともない国の名ですね」
「そっかぁ。私、日本に帰らなきゃ行けないんだけど、トメーコさんはどうすればいいと思う?」
「貴女はきっと、樹海から来たのね」
「樹海? あの自殺の?」
「自殺? それはよく分からないのだけど、この島の海の向こうは聖樹の木が伸び及べない樹海と呼ばれる場所が広がっていると言われていますの。きっと、貴女はそこからやって来たのね」
「樹海から……。この国の人達は、その樹海に行かないの?」
もし行くのであれば、船に乗せて行って貰えないかなって思って。
そう聞いてみると、トメーコさんは悲しげに首を横に振った。
「樹海へ向かうのは聖樹の誓いに反する事。許されない事なのです」
「えっ」
そ、そんなぁー!
「はぁ。どうしよう……」
「貴女を助けてあげたいのだけど、私にはどうする事も……」
「あ、うんん。そんなトメーコさんが悪いわけじゃないし、大丈夫だよ! それに、ちょっとトメーコさんと話せて気持ちが楽になったし」
「気持ちが、ですか?」
「うん。私、今白剛さんのフリをしてて、でも私は女子高生で軍神でも武将でもなくて、このちょっとだけ息苦しかったの。でも、トメーコさんが話を聞いてくれて、女子高生として接してくれて、ああ、私ってやっぱり普通の女の子なんだなって思えて、心が軽くなったんだ」
「そう……。少しでも、貴女のお役に立てて嬉しいです」
そう言って、トメーコさんは笑ってくれる。
でも、少しだけでも現状が分かって良かったし、何よりも言葉も元に戻ったのが嬉しい。
ふふ。うむとか、うぬとかちょっと女子高生らしくないもんね。
ふと、トメーコさんから視線を外すと、噴水の向こうからキラキラした光が目に飛び込んできた。
きゃっ! 眩しい!
「トメーコさん、向こうにあるあのキラキラしたのって、何?」
「キラキラ? ああ、あれはこの島の神。クロネコのタキュービンです」
「クロネコ?」
「ええ。冷気と速さを司る、我等の神です」
「へぇー。親猫が子猫をくわえてる。かっわいいー! そう言えば、私が助けたのもクロネコだったなぁ」
「ふふふ。貴女ったら。クロネコは伝説上の生き物なのに」
「え?」
今、トメーコさん、クロネコは伝説上の生き物だって?
「クロネコが居るわけないじゃない」
「嘘! 日本にはいっぱいいたよ?」
「まぁ。そんなはずはないわ。だって、クロネコは、地上の戦いに疲れ、天界のコタッツーに登って行ってしまったんだもの。地上に神であるクロネコがいるはずがないのよ」
「えー?」
何だろう? 確かに、この国でも猫は一匹も見た事ないけど、猫が伝説上の生き物って。
すっごく違和感しか覚えないんだけど……。
「でも、貴女が樹海の外から本当に来たのならば、樹海の外にはクロネコがまだ地上にいるのかもしれないですね」
「うーん。そういう事なのかなぁ」
ちょっとしっくり来ないんだよね。
でも、何かの偶然にしては少し出来すぎてるよね。
私が助けた、黒猫。
この島の神も、クロネコ。
私が抱き上げた黒猫に、存在しないクロネコ。
いや、でも、私の気にしすぎかなぁ。
女の子だから、ついつい運命とか占いとか信じちゃうし。
「取り敢えず、私は戻るね。トメーコさん、ありがとう。またここに来てもいいかな?」
「ええ。貴女がここに入れたと言うことは、聖樹が貴女を乙女と認めた事になりますから。いつでもおいでなさいな」
「うん。ありがとう」
家に帰る前に、一度また来よう。
それにしても、今日は本当に疲れちゃったなぁ。
まさか、トラックで跳ねられた衝撃で海を越えちゃうなんて思いもしなかったし、そのショックで髭や体つきが変わっちゃうなんて、人間って本当に不思議!
でも、ここが異世界じゃないのなら、全く帰れる方法がないわけじゃないし、諦めなくていいんだっ!
私は花のアーチを抜け、中庭を抜け、宮殿の中で小さく笑った。
「まったくもって、今日は良き日であるな」
あれ? 何で言葉が戻っちゃってるのー!?
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