第16話

「ふむ……」


 ここに来て、昨日一日で色々なことがあり過ぎて、十時間ぐらいしか睡眠が出来なかったよ……。

 はぁ。睡眠不足はお肌の大敵なのに。

 まずは、何からすれば良いのか。


「皆目見当もつかぬわ」


 取り敢えず、海を越えれば何処か知ってる国につければ、家に帰れるってのは分かったけど、どうやって海を越えるかだよね。

 水泳は得意じゃなくて、四万キロぐらいしか泳げないし、ちょっと現実味はないし。

 とか言って、船でもここにある船は海の向こう側に行っちゃいけないし。きっと、遠出が出来る用にも作られてないんだろうなぁ。自分で船を作るにしても、戦艦は作れても木から普通の船なんて作った事ある女子高生なんて何処にも居ないよぉ。

 どうやって、海を渡ればいいんだろう。

 私がウジウジ悩んでいると、扉のを叩く音がする。

 こんな朝早く誰だろう?


「白剛様、失礼致します」

「うむ」


 扉を開けると、白瑛さんが朝ごはんを持って廊下に立っていた。

 

「本日の朝餉で御座います」

「うむ、ご苦労」

「本日のご予定ですが、双彗将から白剛様は自軍に稽古を付ける日だと仰っておられました。如何致しますか?」


 如何するって、それが仕事なんだよね?


「まだ不慣れであれば、文献に目を通されたり自己の発展に力を入れられても良いかと、私は思いますが」

「否、問題ない。気遣い痛み入る。本来ならば軍神としての日々の役割があるのだろう。私が不甲斐ないばかりに、こなす事が出来ず、双彗殿には多大なる迷惑を掛けておる。稽古事ぐらいは全うせねばな」

「……了解致しました。ただ、私は双彗将付きの為、白剛様の稽古場には足を踏み入れる事が出来ませぬ」


 へぇ。他の隊所属だと、そんな所にも制限があるんだ。

 大きな国だもんね。きっと、武将単位の隊も大きいもん。機密とか色々あるし、大人って難しいなぁ!


「ああ、そうなのだな」

「……あの、白剛様」

「うむ? 何か?」

「あの、……いえ、申し訳ございません。何でもないです」

「そうか」


 何だろう?

 白瑛さんから私に用事以外で話しかけられる事なんてなかったし、何か伝え忘れた用事でもあったのかな?


「では、朝餉が終わり次第、稽古場に案内させて頂きます」

「うむ。宜しく頼む」


 わぁ! 今日はお粥と鶏肉の煮付けなんて豪華だなぁ!

 こういう大所帯にいると、どうしてもご飯って質素になっちゃうから、朝からお肉が食べれて嬉しいかもっ!

 やっぱり、朝からちゃんと食べないと元気出ないよね。

 いただきまーすっ! んーっ! 美味しいーっ。

 朝ご飯もしっかりあるし、野営の時のご飯も美味しかったし、この国って本当に豊かだよね。私が体験した野営なんて、お昼ご飯蠍だったんだよね。

 もう、本当にあれはビックリしたなぁ。蠍を行成食べろって渡された時、思わず叫んじゃったもん。

 塩もつけずに食べるのですかっ!? って。誰だって、あんな状態になればそう叫ぶと思うんだけど、思い出すだけで、すっごく恥ずかしい……。

 あの時、助っ人に入った国は貧しくて、だから戦争をしなきゃいけなかったんだけど、この代江はそうじゃないよね。

 こんなにも豊かな国なのに、戦をしなきゃいけないなんて、ちょっとだけ悲しい事だよね……。

 そんな事を考えていると、目の前にあった丼をペロリと平らげていた。

 ご馳走様でしたぁー!


「白瑛、待たせて申し訳ない」

「いえ、問題ありませぬ。では、参りましょうか」


 私は槍を抱えて白瑛さんの後を追った。




「兄者ーっ!」


 白瑛さんと別れて外に出ると、偉奏が私に駆け寄りながら手を振ってくれている。

 そっか。偉奏さんは私と同じ隊だもんね。ここからは白瑛さんじゃなくて、偉奏さんのお世話になるんだ。

 ちょっと失礼だけど、ホッとするからも。白瑛さん、綺麗だけど表情出ないし、ちょっと怖かったんだよね。


「偉奏、今日はよろしく頼む。貴殿も稽古に励んでおるか?」

「あったり前よっ! へへへっ。俺は嬉しいぜ、兄者っ!」


 そう言って、偉奏さんがニコニコと笑っていた。

 本当にすっごく嬉しそう!


「如何したのだ?」

「いや、兄者が今、大変なのは知ってるんだ。まだ記憶が戻られてないのだろうに。それなのに、俺たち配下の奴らを気に掛けて、こんな場所に顔を出して下さるって事が、俺は本当に嬉しいんだよ」

「……偉奏にも、迷惑を」

「やめてくれ、兄者っ! 俺は軍神白剛の一の家臣、偉奏なのだ。俺が兄者を支えれるぐらいの力がなきゃ、こんな名乗りは出来ねぇ。兄者、大いに俺を頼ってくれ!」

「ああ、世話になる」

「任されたっ!」


 ああ、偉奏さんに癒されるぅー!

 宮殿内って、なんか畏まってて、双彗さん以外誰もフレンドリーじゃないんだもん。

 双彗さんは忙しそうだし、かと言って、他の誰かに話しかけても頭を下げられながら話すのも居心地悪いし。みんな偉奏さんみたいだったら良かったのになぁ。


「いつも、私はここでどんな稽古をつけていたのだ?」

「稽古を付けると言っても、実際に兄者はここで槍は持たぬ。ただ、皆を見守っておった」

「そうか……」


 そうだよね。何百何千もいる人たちの稽古を一人で付けるわけにはいかないし、これだけ大きいと、視察的感じになっちゃうのかも。

 きっと、白剛さんは他の仕事も忙しかったと思うし、仕方がないよね。

 偉奏さんの案内で、私は稽古場を見て回る。ふぅ。すっごく広いなぁ。


「ここでいつも稽古を?」

「いや、双彗将様や他の六将の兵達と入れ替わり立ち替わりさ。俺たちも戦ばかりなわけではないからな。休みもあれば、地方や都の警備も行なっている」

「今日は我らの稽古の日と言った所か。皆、真剣そのものだな」

「ああ。皆、犬死にだけはしたくないからな。戦場に出て、何も出来ずに無様に死に晒す真似だけは、俺たちは出来ねぇ。軍神の隊とは、誇りの隊よ。皆が皆、兄者に惚れてここに入ってきた奴らだ。軍神の名を汚す様な輩などこの隊にはおらぬよ」

「……そうか」


 ここでの練習が、生死を分ける事になるかもしれない。

 だからこそ、一刀一足気が抜けられないんだろうな。


「実戦さながらの組みもある。兄者、見ていくか?」

「うむ。そうだな……、ん?」


 なるべくは、この場にいて隊の人たちを見ていようかな。他の仕事だと、役にも立たないし、こらぐらいしか出来ないなら全力で取り組まなきゃ。

 そう思っていると、明らかに他の兵よりも、寧ろ軍神と呼ばれている白剛さんの装備よりも重装備な人が稽古場に入ってくる。

 うちの隊の人かな?


「兄者、どうかされたか?」

「あ、ああ。すまぬな。あの鎧甲冑の若者は、我が隊の?」

「あ? 稽古場で鎧甲冑だって? んな馬鹿な奴は……、おっと。兄者、人が悪ぜ。危うく首が飛ぶとこだった」

「ふむ。王族か」


 王族の悪口は大抵王権制度の国だと死刑になるって聞くし、偉奏さんの態度を見ると、彼もまた王族の一人なんだろう。

 それにしても、随分と念入りな防御だなぁ。いくら王族でも、あれじゃあ戦いに向いてないよ。


「流石兄者。その通りだ。あれは、前皇帝の第一皇子だな」

「第一とな?」


 だとすると、本当なら彼が皇帝になっていたって事だよね。

 双彗さんの話だと、今の皇帝さんは、第五皇子だし。でも、何で第一皇子を皇帝にしなかったんだろ? 年齢的にも、あの堂々した振る舞い方を見ても、第一皇子のほうが皇帝に向いてそうだけどな。

 稽古場だと言うのに、よく見たら後ろにはずらりと大臣や貴族っぽい人引き連れてるし。

 一人で誰もこない図書館の奥で泣いていた男の子よりも……。


「しかし、こりゃ面倒な事になったな」

「面倒?」

「ああ。たまに来ては相手をしろと仰るんだ。その度に稽古は止まっちまう。稽古場は使える時間が限られてるからな。まったく、今日は随分と厄日だな」


 フル装備を見る限りだと、きっと今日も相手をしてもらいに来てるのは明白だもんなぁ。

 大きなため息を吐いてる偉奏さんを見てると、とても放ってはおけないよね。

 よしっ! ちょっとお手伝いしよっ!


「偉奏。いつもは誰が相手を?」

「隊長級の奴をこちらで見繕って相手をさせてる。皆適当に気分良く帰って貰うために早めに負けるのだが、それでは気が収まらぬ日も多々あるのだ。今日は俺が見繕っておくから、兄者は何もしなくても……」

「そう言うな。皆の貴重な時間を割かせはせぬよ。それが今日の私の役割だ」

「あ、兄者!? 本気ですかいっ!? 相手は第一皇子ですぜ!」

「ああ。勿論だ」


 力不足かもしれないけど、これぐらいならっ!


「しかし兄者、それは無謀ってもんだ。もし、第一皇子に怪我なんてされた日にゃ、いくら双極の軍神とは言え……」

「軍神白剛」


 私を止める偉奏さんの手を、第一皇子さんの後ろにいた大臣っぽい人が止めちゃった。

 あれ? この人、朝礼の時に皇帝さんの隣にいた人だよね?


「うむ。何用でございましょうか?」

「次期皇帝陛下が、今日も手合わせを求めておる。いつもみたく、何人かを……」


 次期皇帝って、確かに今の皇帝さんが亡くなったら王位継承順ではこの人が皇帝かもしれないけど、この人より若い皇帝さんの方が長生きする確率の方が高いのにっ!

 どうしてこんなことが言えるかな? ちょっと無神経で失礼だよね。


「その必要はございませぬ。皇子、今日の手合わせは私とさせてはいただけませぬかな?」

「軍神白剛っ!? 貴様、陛下の前でっ!」

「陛下は、現皇帝をお呼びになる時に使われる敬称でございましょうっ。大臣ともあろうお方が、お言葉を間違われるなど、如何なものかと」

「たかが、軍属の癖に……っ!」

「たかが軍属でございます故、国に尽くすのは至極当然でございましょうに。それとも、大臣は国ではなく人に尽くすのでございましょうか?」


 私がそう言うと、大臣さんはキッと怖い顔で睨みつけてきた。

 きゃっ! でも、ここで引くわけにはいかないもんっ!


「何か?」


 すっごい目力を使って、一重が二重になる感じで私も睨みつけ返しす。


「ひっ」

「……よい。お前は下がっていろ。軍神自ら相手になって頂けるなど、見に余る光栄だ。相手をしてやろう」


 そう言うと、皇子さんは稽古場に降りてくる。


「あ、兄者……」

「偉奏、そう心配はするな。わかっておる」


 女子高生だけど、大人な対応ちゃんと知ってるよ!

 皇子様相手だもん。わざと負ければいいんだよね?

 皇子さんが掲げているのは長刀。長刀使いってわけね。


「すまぬが、剣を借りるぞ」


 槍なんて持ってきてない私は、稽古場にある剣を一本借り、皇子さんの前に構え立った。

 んー。この人、本当に皇子なのかな? 構えに隙がない。護身用や王族の遊びて習った様な感じはどこにもない。


「行くぞ」

「来られよ」


 皇子さんが掛け声を合図に踏み込んで来る。スピードは特別早いわけじゃない。

 けど、当たりが正確。ブレも迷いもない。


「ふんっ!」


 確実に突ける急所を、正確に突く。基本の基本だけど、その基本を極めれば確実に強くなれる基本の動き。

 剣で皇子さんの長刀を弾きながら返すけど、どれも重い。

 あれだけのフル装備を背負ってここまで動けるのは、純粋に凄いし、今までどれだけの練習と死線をこなして来たのか。


「逃げてばかりでは、楽しくない。折角の、軍神自らの稽古なのだ。余に戦さ場を教えてみよ」


 好き勝手言ってくれちゃって!

 でも、正直これだけ基本を忠実に完璧に守られると隙が全く無い。下手に攻撃したら、きっと私が負けるに決まってる。

 手加減して負けてあげてるって偉奏さんは言ってたけど、多分みんな本気で負けてたんだと思うよ。

 それぐらい、実力のある人なんだ。

 

「……お見事にございますな。基礎を理解した上での、基礎を重ね、今の貴方には隙が無い」

「……世辞か?」

「まさか。この白剛、武道事においては嘘は申し上げませぬ。貴方は強い。ここにいる、私の兵達よりも」


 心の底から思った事。

 この人は強い。そこに皇子だからとか、何もない。

 ただ、ただ、強い。それだけしかない。

 だけど、私の言葉に皇子さんは見る見る顔を崩してくる。


「……白剛、貴様ここで終わらせぬつもりではないだろうな? 世辞を投げ、煙に巻いて、この手合わせを終わらせるつもりかっ!?」


 まったくもう。ここが皇子様だよね。

 そんな甘い考え、良くないよ。戦さ場でも皇子様気取りしてたら死んじゃうよ?


「まさか」


 私はニヤリと笑って、皇子さんに向かって走り出す。

 皇子さんも長刀を構え防御に入る。

 会話からの咄嗟の行動にしては早い。早いけど、それは悪手。私だったら腕一本取られる覚悟で相手の中に入るよ。

 私は隙間なく剣を振るい、皇子さんを壁側へと追い詰める。

 剣なんて触ったこともないけど、何とか何とかって、漫画読んでたしっ! 見様見真似でなんとかなるものだよねっ!


「くっ!」


 私の力任せの剣を受けるのも限界がそこまで来ている。あと少しで押し切れる。

 そう思った瞬間、皇子は私の剣を長刀では受けずに身を低くしてかわしてきた。

 

「なめるなぁぁぁぁっ!」


 これは正解。力任せの剣なんて受けてていい事なんて一つもないもん。

 でも、一つだけ不正解。

 力任せに剣の技術もない素人に下を取っても意味無いんだよ。

 つまり、剣にプライドも何もない私には、この剣で勝負する意味はどこにもないって事だから。


「がっ!?」


 私は剣を捨て、手で皇子の首を掴む。


「戦さ場は、剣だけではないのです」


 さて、悪いけど……。

 その時だ。

 後ろから声がしたのは。


「お、おじさんっ!」


 振り向くと、そこには驚いた顔の男の子が。

 えっ!? 皇帝さん!?

 思わず意識が、皇帝さんの方に向いてしまった。

 その瞬間、ぐらりと視界が揺れる感覚が……。

 し、しまった!

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