第11話
「ほぅ!」
偉奏さんに手当てをしてもらい、テントから出てくると、辺り一面いい匂いが立ち込める。
「帰り支度が始まったようだな。兄者、中で話した通り、この戦は無かった事になっておる。全く、兄者のあの勇ましい姿を世に広めるとはなんと勿体無い事だ」
「良い、偉奏。双彗殿のお考えあってのことよ。この白剛、少しばかり国の役に立てれば本望。名誉など、伝説など、私には似合わんさ」
「謙遜が過ぎるぞ、兄者。本来ならば、この帰り支度の宴は、兄者の物となったと言うのに」
「はっはっはっ。其れこそ、過ぎた物よ。偉奏、皆の顔を見るが良い。大きな争がなく無事帰れる事を心の底から喜んでおるのだ。皆が良い顔だ。良い国ではないか」
これが、白剛さんが守りたかった代江国なんだ。
私がした事が無駄じゃないんだって、教えてくれる。
それに、軍神や猛将なんて、私にはやっぱり重過ぎるよ。私は軍神でも、猛将でもない。ただの女子高生。
ただの女子高生でもいいって、双彗さんや偉奏さんがあの戦いで認めてくれたからこそ、私は今ここにいれるんだから。
ハッピーエンドだよね?
あれ? それだと、私、この後どうすればいいんだろう?
「兄者、俺は宴の準備を手伝ってくる。兄者は、あれだけの激しい戦いをしたのだ。暫し休まれよ」
「あ、ああ。忝い」
「何言ってんだ! 俺は兄者の伝説を見ていた男よ。兄者を讃え労うのは今の俺の特権よっ!」
「はっはっはっ。褒め過ぎるな。少しばかり、図に乗ってしまうではないか」
「ああ、ああっ! 大いに乗ってくれ!」
かっかっかっと大きな声で偉奏さんが笑うと、皆んなの所へ走り出した。
そうだ。すっかり忘れてた!
私、入学式行かなきゃいけないんだった!
「私とした事が、忘れておったわ……っ!」
そもそも、どうしてこんな事になったんだろ?
「確か私は、あの時猫を庇い、鉄の馬車に轢かれたのであったな」
あの時の黒猫ちゃん、大丈夫かな?
私が大丈夫だったから、大丈夫だよね?
んー。
もし、帰れないとなると、大変!
勿論、入学式もだけど……。
「女子高生たる私が、この乱世で生きていけるわけがなかろうに」
私がこの世界で生きていけるはずがないよぉ!
言葉だって、あの事故の後遺症で上手く話せれないままなのに。
昨日今日はそれ程大ごともなく少しこいざこざはあったけど、これから代江国に帰るって事になると、そうはいかないよね?
周りには白剛さんの事を知る人ばかりだし、白剛さんは国の偉い人。仕事もあるよね。女子高生が勤まるとは思わないよぉ……。
かと言って、帰る方法なんて分かるはずもないしなぁ。
どうしたらいいんだろ?
「ふむ……」
本当の記憶喪失だったら、同じ衝撃を受けると治るらしいけど……。
もしかしたら、私も?
また猛スピードのトラックに轢かれたら、もしかしたら……っ!
「良しっ」
この世界にトラックはないかもしれないけど、近い物はあるかもしれないよね?
よしっ! 探してみよう!
私はそうと決まると、こっそりとテントを抜け出し、昨日の夜見つけた森へと入っていく。
ふふ。中々都会ではこんなにも自然豊かな場所なんてないから、歩くだけで緑に癒されちゃうなぁ。
あっ。小鳥さんだ!
「小鳥殿、良い日照りですな」
チュンチュンだって。ふふ。小鳥さんとお喋りしちゃった。
「ふぬ。リス殿も、良い木のみをお持ちで」
リスさんはスルスルと木に登って行っちゃった。
恥ずかしがり屋さんなのかな?
動物さん達と木漏れ日に濡れる森を一人で歩いてると、こんなステキな森を独り占めしてる気分。
でも、こんな静かな森に、トラックみたいなものなんてないのかなぁ?
困ったなぁ。
私がキョロキョロしながら森を暫く歩いていると、鳥さん達が一斉に飛び立つ音と同時に地響きが聞こえてきた。
一体どうしたんだろ?
気になって、音の方に歩いていくと、そこには熊さんが!
わぁ!
「なんとも愛らしい熊殿ではないか」
私がいたところでは見た事もないぐらいの可愛い熊さんが!
大きさは、私の5倍はあるかな?
こんな大きな熊のぬいぐるみ、子供の頃欲しかったんだよね。
勿論、お母さんにはダメだって怒られちゃったけど。
「グァァァァァァァッ!!」
わぁ! 大きなお声で挨拶してくれてるっ!
可愛いー!
「はっはっは、威勢が良いな。良き目をしておるわ」
「グァァァッ!!」
「ふむ、言葉を交わしたいとはなるたる心意気よ」
あっ! そっか!
ここは異世界なら、魔法とかだよね? もしかして、この熊さん魔法の動物なのかも!
だからこんなに大きいんだ!
お散歩してた私とお話ししたいのかな?
えへへ。ちっちゃい頃、動物と話せれるお姫様とか憧れてたもん。トラック探さなきゃいけないけど、少しぐらいお姫様気分もいいかも?
「どぉれ、少し私と遊ぼうではないか」
異世界に来たらお姫様だったとか、少し憧れちゃうなぁ。
普通の私には、やっぱり無縁だったけどね。
「グォォォッ!」
熊さんは私に向かって大きなお手てを広げて抱きついてきた。
「ふんっ」
私はすかさず、熊さんの手を両腕で止めて優しいく話しかける。
「爪が、出ておるぞ?」
熊さんったら悪戯っ子なんだから!
もう、これ以上服が破れたら私困っちゃうよ。
「グォォ……」
私の目を見て、熊さんはハッとして少し後ろに下がっちゃった。
ふふ。言葉が通じるってやっぱり凄い!
そんなに爪の事、気にしなくていいよ。反省してるのかな?
「なぁに、気にするでない。次はこちらから参ろう」
親戚の家に、すっごく大きな犬のミケって名前の子が居るんだけど、中々私に懐いてくれなくて、いつも逃げらちゃうの。
本当は、フリスビーとかして遊びたいんだけど、大きな庭で飼われてるから、野生が抜けないのかな? ミケも人間の言葉が分かれば、この熊さんみたいに遊んでくれるんだろうなぁ。
よーし! 普段動物との触れ合いがないから、ここでいっぱい癒されちゃうぞ!
「では、参る」
私はテレビでやっていた動物の触れ合い方を思い出しながら体の姿勢を低くした。
高い視線は、警戒されちゃうんだもん。これぐらい女子高生でも知ってるよ!
私は次の瞬間地面を蹴った。
周りの小石や落ち技を巻き込みながら、熊さんに一直線に向かって駆け出す。
「なぬっ」
えっ?
私の突進、熊さんが避けちゃった!?
きゃあ! 止まれないよぉ!
「ぐぬぬっ!」
ズドーンと、大木が折れた音が辺り一面響き渡る。
いったーい!
熊さんが避けるから、大木に当たっちゃった!
もう、私ったら本当にドジなんだから。こんなドジな女の子が、こんな乱世で生きていけるわけがないって、言われてるみたい。
「これは、一本取られたな」
ちょっと照れ隠しで笑っていたら、今度は熊さんがその巨体からは想像もつかない速さで手を私に向かって、ポカポカしてくる。
ふふ、じゃれてるのかな?
「すまぬな、熊と戯れた事がない無知な私には、その戯れの方法が分からぬ」
私は熊さんの手を避けて、後ろに飛んで距離を取った。
猫喫茶みたいなことを考えてたけど、よくよく考えたら、熊さんとの遊び方ってどんなのだろ?
んー。と、余り良くない頭で考えていると……。
「グォォォォォォッ!!」
熊さんが興奮しすぎてタックル!
「ふんっ!」
ぼぉっとしてた私が悪いんだけど、タックルされた瞬間思わず右手が熊さんの首を掴んじゃった!
そのまま、流れるように、いつも学校でやるみたいに地面に頭を叩きつけて……。
嘘……。
私、なんて事をしてしまったの!?
「しまったっ! 熊殿、無事であるかっ!?」
でも、もう熊さんに私の声は聞こえてないみたい……。
トラックにぶつかるはずだったのに、こんな可愛い熊さんのタックルなんか、効くはずもないのに……。
「戯れが過ぎてしまったな……。どうか、許されよ」
ごめんなさい、熊さん。
どうか安からかに……。
「あ、兄者!?」
「ああ、偉奏。いい所に来たな」
あんな寂しい所に冷たくなった熊さんを一人に出来なくて、トラックを探すのを諦めて、熊さんを担いでテントに戻って来たら、偉奏さんが走って迎えに来てくれたの。
「あ、兄者、その大熊は一体、どうしたと言うのか?」
「うむ。私が可哀想な事をしてまってな。知らぬ存ぜぬでは許されまい。どうか、皆で食べてやってはくれぬか?」
「それはいいが、こんな大熊を兄者一人で武器もなくか?」
「少々戯れが過ぎたようだ。まったくもって、不甲斐ないばかり」
「はぁ。軍神となれば、その身自身が武器という事か。俺も早く兄者のような猛将になりたいもんだ!」
「熊一つで仰げさな」
「そう思ってるのは兄者だけだと俺は思うがな。皆、兄者が大熊を討って来たぞ! 熊鍋の準備も追加だっ! 今日の勝利の宴は豪勢だぞっ!」
「おー! あんな大きな熊を!?」
「流石、軍神様! 人と言う枠をいとも簡単に抜け出される方だっ!」
ふふ。まったく。皆んなったら! 口が上手いんだからっ。
こうして、私達の宴の準備が進み、日が暮れる頃には辺り一面料理が並んで、皆んなが火を囲んでお酒を飲み交わす。
戦いの後の宴なんて、私初めて。皆んなが大きな焚き火を囲んで思い思いに飲んだり、踊ったり。楽器を手に音楽を奏でていたり。
まるで、キャンプファイヤーみたい。
「よう、今回の立役者白剛殿」
私が熊鍋に舌鼓を打っていると、パチンと背中を叩かれちゃった。
痛ったーい!
まったく誰?
後ろを振り向けば……。
「双彗殿!」
「はっはっはっ。背中がガラ空きだぜ? 楽しんでるか?」
「ええ。双彗殿は?」
「楽しんでるよ。明日の事を考えたくないぐらいにはな」
そう言って、私に持っていたお酒を見てせてくれる。
「よい、宴ですな。皆、良い顔をしている」
「お前のお陰だよ。お前のお陰で、誰一人欠ける事なく帰る事が出来る。軍神のご加護の力業だな」
「大袈裟な。それに、戦が無かったのでしょう? 今回の報告は虚報だったと」
「ああ、そうだな。お前のお陰でな」
「双彗殿、実は……」
「兄者ーっ!」
私が双彗さんに話を切り出そうとすると、今までみんなとお酒を飲みながら踊っていた偉奏さんが走ってくる。
何だろ?
「兄者、こんな外れにいたんですかい?」
「ああ、真に美味い熊鍋に舌鼓を打っていた所だ。何用か?」
「いや、英雄がこんな所にいちゃ、伝説も泣きますぞ。兄者も一緒に踊りましょうや!」
「踊り?」
ええーっ!? 私が?
無理無理無理! 私、ダンスなんてした事ないよ!
「そりゃいいな。白剛、踊って来いよ」
「双彗殿まで!」
「双彗将様のお墨付きを頂いたんだ! 行きましょう! 兄者!」
「しかし、私は踊りなど」
「なーに、音に合わせて体を動かせば良いのだ。難しい事など何一つないですぜ!」
そんな事言われてもぉ……。
あれよあれよと言う間に、私は大きな焚き火の前まで来ちゃって、皆んなが軍神の祝いの踊りだと退いて行っちゃう!
ええーっ!? 私一人で踊るのー!? そんなの、聞いてないよぉ!
「さあ、兄者!」
手を引いて来た偉奏は手拍子を始め、周りのみんなもそれに同調し始める。
よく見ると、双彗さんまで手拍子してるんだからっ!
もう、どうなっても知らないよ?
「致し方無い。無様な舞を皆で笑ってくれ」
唯一私が知ってる踊りを、踊るしか無いじゃない。
私は気を決して手を挙げ踊り始めた。
「おおっ!」
「何という舞か! 実に見事だっ!」
「美しいっ!」
お婆ちゃん直伝の、郡上踊り。
小さい頃に、習った唯一私が踊れる踊り。
「まるで、鶴が羽ばたく様だ」
「いや、違う。あれは、天女を表しておられるのだ」
「天女の、舞だ……っ!」
私は一心不乱に、郡上踊りをみんなの前で披露する。
「……双彗将様。俺は、幻を見ている様だ……」
「ああ、実に美しき舞だ。あいつ、いつの間にあんな舞を?」
「俺は、兄者が美しき天女様に見えるんだ……」
「ん? そうか、そうか。奇遇だな、偉奏。俺もそう見えるぞとか」
二人のそんな会話なんて私は知りもせず、宴は続いていくのだった。
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