第9話
私の考えた計画はとっても単純。
敵は強くて、私は怪我をしてる。戦うにしても、あの黒い兵士さん達が来たらきっと勝てない。
じゃあ、勝つ為にはどうする? と、考えると黒い兵士さん達と戦わなくても良くすること。
黒い兵士さんと一緒にお洒落なカフェでパフェを食べながらお話しして納得して貰えれば最高なんだけど、それは絶対無理な事ぐらい、女子高生でも分かるもん。
だから、明日の戦場に黒い兵士さん達を呼ばせないのが一番簡単で、安全。
雲魏琅と黒い兵士さん達は裏で手を組んでいるとしたら、大国代江の軍神を倒した手柄は二国で分割できるものじゃない。だとすると、まだ歴史の浅い雲魏琅は手柄が欲しいはず。
その軍神か今、翼の折れた小鳥の様に怪我を負った子ウサギみたいな女子高生だと知ったら、雲魏琅の人たちはこのチャンスを黒い兵士さん達に渡すなんて事は、絶対に出来ない。
その気持ちを利用して、私はわざと自分の怪我を大きな声でばらして、敵さんをわざと逃し、情報を持ち帰らせた。
全ては、明日の戦いで黒い兵士さん達が来ない為に。
ふぅ。夏期講習で習った事が役に立って良かったぁ……。
「傷は大丈夫の様だな。まったく、無茶も大概にしろよ、この筋肉馬鹿め」
「ぬっ」
また無理やり脱がされたと思ったら、双彗さんはそう笑って私のおデコを軽く指で弾いた。
ふぇ! 痛ーい……。
「心配をかけさせおって。力技過ぎるだろ、何もかも。まあ、そこがお前らしいと言えばお前らしいがな」
「うむ、申し訳ない」
「しかし、今回はその策に助けられた。お前のお陰で、玄歐の介入はないだろうな。お陰で、我が国の悪しき鬼心どもを燻り出せると言うものだ」
「ふむ。それが双彗殿の狙いであろうか?」
「言っただろ? 俺たちの敵は、目の前にいる奴らじゃない。素知らぬ顔で先代の作り上げた代江と言う名の大国を無かった事にしようとする、鬼心を持つ奴らだ」
私は、双彗さんの顔に思わず息を飲む。
それは、月の光に照らされた双彗さんの顔こそ、鬼が棲まう顔をしていたから。
そして、これがこの人の本気の、殺気。
いつもヘラリと優しく笑ってる双彗さんからは想像出来ないぐらいの、殺気。地獄の底まで追い詰める覚悟を持った事のある人しかできない程の。
「だから、俺は一つの策を投じるよ。白剛、今回の相手はどれぐらいだと思う?」
「……少なくとも、三千。五千は用意をしておるだろうと、読めますな」
私が出てきた事を知っていて、此方よりも弱い兵力なのは有り得ない。
かと言って、建国して日も浅い向こうに強い人が沢山いるとも考え難い。だからきっと、こっちよりも多い数の兵士で勝負を仕掛けてくるはず。
「良い読みだ。俺も奴らは四千余りにの兵を率いて来ると思う。白剛、お前は強いか?」
強い? ただの女子高生の私が?
私は思わず顔を横に振りそうになった。
だって、私はただの女子高生。双彗さんの様にこんな戦ばかりの世界で育ってない、普通に学校に行って、勉強して、部活して、休みの日には友達と遊んで、パフェで喜んだり、たまにお母さんのお手伝いをしてお小遣い貰ったり、ミサイルを受け止めたり、好きなアイドルのコンサートに行ったり。戦いのない有り触れた日常を過ごしてきた普通の、女の子だもん。
そんな私が強いわけなんてない。
「わからぬ……」
ただの女の子の私が、軍神になっただけで強いかなんて、答えられない。
これがこの時の、私の精一杯の答え。
「記憶もなく、怪我を負ったただの女子高生である私が、強いかなど……」
「兄者は、強いっ!!」
その時だ。
私の後ろで、大きな声がする。
「偉奏?」
振り返れば、偉奏さんが私の槍を持って立っていた。
「何故、ここに?」
「俺は、あんたの一番の家臣だっ! 軍神、白剛の一番の家臣だっ! あんたは、強いんだよ! 兄者!!」
「偉奏……。しかし、私は」
「龍が居ようが、虎がいようが、この槍一本で駆け抜ける、背中一つ向けぬあんたが弱いわけがないっ!!」
「偉奏……」
でも、私は……。
「俺はなぁ、あんたの為に家も家族も捨てたんだっ! 白剛と言う名の、強さに憧れて! そのあんたが、弱いだなんて言うな! あんたはいつでも、強いだろうがっ! 兄者が弱いはずが無いんだよっ!!」
「白剛と言う男はな、わからないと腑抜けた言葉を使う奴じゃない」
それは、私じゃないから……。
本当に強い、白剛さんだから……。
下を向こうとする私の両頬に、パチンと乾いた音がする。
目の前には、双彗さん。双彗さんが、私の頬に手を当てたんだ。
「今一度問おう。お前は強いか?」
私は、普通の女子高生。
普通に生きてきて、普通に育って。何も特技もなくて、地味で目立たない女の子。
「……今の私は、弱い」
私は白剛さんじゃないから。
何処にでもいる女の子だから。
「そうか。では、白剛。その弱さを俺に証明してくれ」
双彗さんが、私の顔を持ち上げる。
弱さを証明?
「双彗将様!?」
「明日の明朝、お前は一人で雲魏琅の兵と戦え。なに、全員倒せとは言わぬ。この戦で指揮を執ってる猛将一人を討ち取れば良い。立ち塞がる者皆薙ぎ倒せ。お前は後ろを見ずに突き進めば良い。なに、案ずるな。その弱き首が刎ねられた後は俺が引き受ける」
「双彗将様っ! あんた、本当に兄者に死ねと言ってるようにしか聞こえねぇ! いくら兄者でも、国一つと戦うなんざ、正気じゃ……」
「弱い軍神など、この国にはいらぬ。ならば、白剛。最期は国の為に死ね。正気ではない? 当たり前だ。俺はこの戦いを、無かったことにする気なのだ。正気なんぞで鬼心相手に何の役に立つと言うのか」
双彗さんは本気だ。本気で私一人で……。
私が強いと言わなかったから? 白剛さんではないから?
「怯えておるのか? 白剛。だが、安心しろ。無駄死になぞさせん。これが俺に出来る、兄である最期のお前への餞だ」
「双彗殿……」
「双彗将様、今一度考え直してくれないかっ! 兄者は、兄者は……」
私は、白剛さんじゃない。
偉奏さんが庇う、兄者でもない。
「……承知仕った。偉奏、槍を」
「兄者っ! 無茶だ! いくら兄者と雖も敵は五千余りっ! 犬死も良いところだっ!」
「偉奏、白剛の命に応えよ。弱ければ死に、強ければ生きる。軍神だと言えど、理には逆らえん。この国に犬はいらぬ! いるのは神だけだっ! 白剛、俺にお前の弱さを見せてみろ。軍神は死んだと言う証を俺に刻み込めっ!!」
「双彗将殿! あんた、兄者の兄弟子じゃあなかったのか!? 自分の弟弟子が、犬だって!? 兄者がどれ程の国を救ったかあんたは忘れたのかっ!! 兄者が、兄者が……っ!」
「偉奏っ!!」
私は大きな声で偉奏さんの言葉を遮った。きっと、今の私には偉奏さんの言葉はどれも相応しくないなんて、わかってる。
私でもわかるぐらいだもん。双彗さんなんてきっと、私以上にわかってるはず。
「双彗殿、私は貴方の望む軍神ではない。ただの女子高生である」
「ああ。無い袖は振れん。無い才も同じよ。お前の軍神の才は死んだのだ」
私は、強くない。
軍神としての才も、きっとない。
でも……。
「双彗殿。しかし、こんな諺をご存知ないでしょうか?」
私は偉奏さんから受け取った槍を素早く構え、そして、双彗さんの目の前ギリギリで高速で振るった。
こんな事をしても、双彗さんは目を閉じもしない。
弱い私とは大違い。双彗さんは覚悟をしてる。
でもね、私は一人の女の子として、女子高生として、この槍を握るの。
私も覚悟を決めたんだよ。
「無い袖を高速で振るえば嵐が起きる、とっ!!」
弱いよ。白剛さんじゃないもん。軍神にもなれないもん。
きっと、すぐに負けちゃうかもしれない。すぐに泣いちゃうかもしれない。
でもっ! 私は私として戦うって覚悟を決めたのっ。
弱い女子高生でも、嵐は起こせるんだよっ!
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