第8話

「軍神は、右手が使えぬ! 皆、奴の右を狙うのだ!!」


 そう、料理長が叫ぶ。

 やっぱり! 双彗さんと話してる時に、忍者の足音さえも聞き逃さなかった私の耳に人の足音が聞こえてきたの。

 私の兵は、偉奏さんが声を掛けて外出しないように伝えてある。そしてその言葉を知ってる様に、聞こえてきた足音は、誰にも気付かれない様に抜き足差し足してた微かな音だった。

 風に紛れる程の音だけど、私にはばっちり聞こえたんだもん。

 私、いつも聴覚のボタンを壊しちゃうぐらい、耳はいいんだから!

 だから、私は罠を張ったの。私の怪我は本当は左肩。

 それを知ってるのは、偉奏さんと、双彗さん、それに双彗さんのお付きの2人だけ。もし、その4人から漏れたら、この人達は私の左肩を狙うはず。

 本当に右腕だと思ってるのは、双彗さんのテントで盗み聞きをしてた人以外、いないんだよ!


「ふんっ!」


 私は襲ってくる男の人達を少し痛む左腕を使って投げ飛ばす。

 こんな痛み、高校受験に比べればへっちゃらなんだから!


「例え腕一本無かろうと、義の無い者には負けぬっ!」


 えいっ! と、力を入れて男の人を掴んで振り回せば、皆んなが私に近寄れず距離を計り始める。

 敵陣相手に武器なしで闘うなんて初めての経験で、不安で胸がドキドキしちゃう。

 こんな暗い夜に、女子高生が一人で出歩いて、男の人達に囲まれるなんて、心細くて、怖いよ……。

 でも、これは私なりのけじめのつけ方。女子高生なりに沢山考えた、責任の取り方だもん。

 暗闇なんかに、負けないんだから!


「くっ、流石軍神殿であるな。隙が見当たらぬ」

「お褒め頂き光栄だが、情け容赦はせぬぞ。貴殿達は此処で捕らえさせて頂く」

「おお、それは怖い怖い。しかし、よいのですかな?」

「何を……、ぬんっ!?」


 きゃあっ!

 剣を持った男の人が私に向かって切りかかって来た。

 ギリギリの所で避けたけど、危なかった……。


「余所見をしている暇など、御座いませぬぞ?」

「貴様っ! 仲間を……っ!」


 少し反応が遅れてたら、私の掴んだ男の人にその剣は当たってた。

 信じられないっ! 私ごと、この人を切る気だったんだ!


「兵一人の命で軍神が討てれば安いものよ!」

「何とっ! 馬鹿げた事をっ!」


 なんの迷いもなく、仲間に当たる事さえ構わない攻撃方法に、私は思わず手に持っていた男の人を投げつけてしまう。

 だって、命に高いも安いもないんだって、そんな当たり前な事をこの人達は知ろうとしないんだもん。

 もし、私が友達にそんな事を言われたら……。私一人の命で、軍神が倒せるならって考えるだけで悲しくなっちゃうのに……。

 許せないっ!


「人一人の命を、何たるものと思っておるのだ!  仲間すら守れぬ長が、何が守れると言うのか!」

「我らは国人よ、国が守れれば、それで良いのだっ」


 人がいるから、国なのに……っ。


「人を人と見ぬ国が、何を持って国と申すのかっ!!」

「何を甘えた事を。人の血の上に座るのが、人と言うものであろう? 血の上に座る人の上に立つのが、国と言うものだ。軍神様、貴方様もそのお一人だろうに」

「私が、人を人だと、見ぬと申すのか?」

「その問い掛けは己の血濡れた手を見てから、申されよ。貴方様の血は、幾千もの敵兵の血で濡れてらっしゃる。その上に築いた最高の地位の名が、『軍神』でありましょう?」


 まるで、白剛さんが自分と同類だと、同じだと言いたげな言葉を、この男の人は口にした。

 違うのに。

 まだ、私は白剛さんの身体に入ってそれ程時間は経って無いけど、白剛さんの身体から出る熱量で、彼の人となりは分かっちゃうんだよ。

 こんな筋肉のつけ方、こんな筋の痛め方、こんな傷のつけ方……。全部、白剛さんは自分の為じゃない。誰かの為に、うんん。誰かを守る為だけに、戦い抜いた証拠だよ。

 目の前にいる男の人たちとは違う。

 人を愛し、人を信じて生きてきた白剛さんに、そんな言葉を投げるだなんて……。


「私は、貴様等と同じだと?」

「何処が違うと仰るのか、是非ともお聞きたしいものだ。今日とて、貴方様は家臣を盾にしたとお聞きした。是非その使い方、見習わせて頂きたいものですな」


 白剛さんが偉奏さんを盾に……?

 偉奏さん、白剛さんが怪我を負ってあんなにも悲しんでいたのに? 白剛さんの背中を守る事を誇りとしていた、偉奏さんを盾だと、この人達は思っているの?


「しかし、今やここには貴方様お一人だ。盾にできる家臣もおられぬ。今、貴方様に我々を刺す武器も、我々から身を守る道具も何一つ持って居られぬ。この意味がわかりますかな?」


 白剛さんだけじゃなく、偉奏さんまで馬鹿にするだなんてっ!!


「膝をつかれよ。せめてもの情けでその首、綺麗に削ぎ落として差し上げましょうぞ!」

「何を申すか。貴殿達と戦うのに、私に武器も防具も必要ない」


 絶対に許さないんだからっ!


「貴様等など、この木一つで十分よっ!」


 私は近くに立っていた樹齢五百年ぐらいの木を手刀で切り倒して片手で掴む。

 ちょっと、重いけど……。怒ってる私には、それぐらい関係ないんだからっ!


「あの大木を……っ!? 代江の軍神は化け物かっ!」


 女子高生だからと思って、甘く見ないで。子供だからって、何を言ってもいいと思ってたら間違いなんだからね。

 女子高生だって本気で怒ると、怖いんだから!


「怯むなっ! あれだけの大木、持ち上げるだけでの……」

「ふんっ!」


 私は思いっきり大木を大きく振り回す。

 私、本気で怒ってるんだから!


「盾でも何でも持ってこれば良い。私はそれごと貴様をなぎ倒す迄だ」


 キッと、私は男の人たちを睨みつける。


「ふ、振り回した、だと……? 大木だぞ!?」

「そ、そんな、有り得ないっ」

「ば、化け物、化け物だっ!」

「馬鹿野郎! 立って逃げろっ! 殺されるぞっ!」


 誰かの声で震え上がってた男の人たちが、はっと我に返って暗い夜の森へと逃げていく。

 ちょっと! 私は、まだ許してないんだからっ!


「逃さぬっ!」


 私は持っている大木をまた大きく振り回して、木を何本もなぎ倒した。もう、これで十分だと思うぐらい辺り一面視界が開けていく。

 でも、まだ、足りないっ! 怒りが、収まらないのっ!

 私は怒りに任せて何度も何度も大木を振り回し、何度も何度も怒りに声を上げた。

 漸く、少しだけ早い呼吸になってきた所で私は一度周りを見渡してみる。

 倒れてる人影は何処にもない。

 ……もー!

 でも、これで少しは怖い思いをしてくれたかな?


「……まったく、同じ武人として悲しき事よ。これで少しは心を入れ替えてくれれば良いのだが……」


 一人ため息を吐き、大木をそっと優しく地面に置く。ごめんね、大木さん。

 私ったら、また怒りに我を忘れそうになっちゃった。


「然し乍ら、少しやり過ぎてしまったな」


 辺りを見渡せば立っていた木と言う木はなぎ倒され、森の中だと言うのにここだけ開けた場所になっちゃった。

 夜に木で休んでいた小鳥さん達にも、きっと私は迷惑をかけちゃったんだろうな。心の底から、ごめんなさいって謝りたい。

 少し落ち込んで一人で反省してると、後ろから私の頭を小さくコツリと叩かれた。

 私は驚いて後ろを振り向くと、そこには……。


「そ、双彗殿!?」

「少しではないだろう。これは明らかにやり過ぎだ、馬鹿者」


 え!? 何で双彗さんが!?

 私がびっくりしてると、双彗さんが月明かりの下でにっこりと笑う。


「まったく、ここまで来ると呆れるよりも関心するものだな」

「な、何故双彗殿が、ここに?」

「ん? 分からぬか?」


 私は双彗さんの言葉にコクリと頭を振る。

 だって、足音もしなかったし、何より、私がここにいるだなんて、誰一人知らない筈だもん! 偉奏さんには双彗さんの所に行くと伝えて来たし、双彗さんはあの演技の後会ってもないし。


「そうか、分からぬか。お前もまだまだだな」


 そうかそうかと、双彗さんは笑うばかりで答えてくれない。


「答えになっておりませぬぞ、双彗殿」

「俺はな、物心付いた時からお前の兄だと思って生きてきた男だ。たった二人の兄弟弟子だ。弟に出来れば武だって負けたくなかったが、こんな大木を振り回すような弟に勝てる訳もなく、情けなくも武は諦めた男なんだ。だから、せてめ、頭ぐらいはお前に勝とうと大国の軍師迄上り詰めたのだ。つまり、俺はお前よりも頭が良いと言う事だよ」

「それは存じておりますが、この場に居られる答えではありませぬぞ」

「馬鹿正直に答えるなよ、まったく。もっと詰まる事を言うのならば、お前の行動は何でもお見通しってわけだよ。お前が、俺の前でわざと怪我を負っていない右腕を叫んだ時から、お前が何をしたいか、何を企んでるか手に取るように分かったんだ。白剛、良くやった。お前のこの頑張で、この戦は速やかに鎮火に向かうだろう。あいつらは、悪手を自ら掴みに行くのは間違いない」


 双彗さんの言葉に、私は思わず自分の手で口を塞ぐ。

 す、凄い! 双彗さん、私の立てた作戦、全部わかっちゃったんだ!


「その顔は、お前は俺すら騙しきってたつもりだったわけだな」

「いや、それは……」

「合いも変わらず嘘の下手な男だな。馬鹿にするなよ、白剛。神に例えられるのはお前だけじゃない。お前の隣に並ぶこの俺もだ。大方、俺達を疑ったと悟らせたくなくて一人で動いていたんだろ? 気の使い所を誤るな、この愚弟め」


 双彗さんにずばりと図星を突かれ、私はまた口籠っちゃった。

 だって、私の本当の怪我が左腕にあるって情報が出ない可能性はゼロじゃない。私は双彗さんの言うように、自分以外の全員疑ってたの。それが、すっごく失礼な事だって事勿論分かってて……。


「誰が敵だか分からぬ時に、無条件で容疑から外れる方が武人として失礼だとは思わんか? 正しい事をしたのだ。胸を張れ」

「……双彗殿」

「これで明日、俺達は幾分有利に駒が運べるな。さて、白剛。お前に褒美をやるぞ」


 え? ご褒美?


「俺の策をお前に教えてやろう」

「策、ですと? 然し乍ら、今し方私の策が」

「馬鹿め」


 笑いながら、双彗さんは私の肩を叩く。


「目の前の敵なんぞ、お前で十分。その上だ。俺たちの敵は」


 え? それって、どう言う事なの?


「双彗殿、それは……」

「詳しい話は後だ。白剛、お前ここで服を脱げ」


 え、ええーっ!? 女子高生が裸になる作戦なんて、ちょっと大人な作戦ってこと?

 私このまま、どうなっちゃうの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る