第7話

 狐って……。塾で習った事があるっ!


「我が国に内通者が?」


 いるって意味だよね?

 よく、お母さんも使う隠語だから知ってるけど、本当にいるなんて……。大人の世界って、なんて怖いんだろう。


「別に驚く話ではないだろう。これだけ人が多けりゃ、不満は湧く。一律の仕組みには満足してる奴、してない奴それぞれ居る。全員の願い事を叶える何て不可能だ。不満は裏切りの友だと言うだろ? 全くもってその通り。獣はいい餌がもらえる方に顔を向けるし、クソだと思う方にはどれだけ恩があろうが尻しか向けないものさ」

「では、我々の動きは全て雲魏琅や玄歐国に?」

「今を見る限りは、筒抜けだろうよ。……白剛。難しい話は大きく省くが、お前の知りたがってた今回の策と、始めを教えてやろう。前知識のないお前が何処まで理解出来るか分からぬが、最後まで付いてきたら褒美をやるぞ?」


 そう言って、双彗さんはポンっと吸っていた煙管の灰を叩いて落とした。

 その灰に、なるのなかならないのか。私の頭にかかってる事?

 うぅ。国語は自信ないけど、大丈夫かな?


「この戦は、とある人物から俺に直接の密告があり始まったものだ。最初は話半分。現実味がない雲魏琅が兵を用意してこの国境から攻めいて来ると言ったもの。俺は笑い話にもならないと思って一蹴りしてやったわ」

「この雲魏国、他の国に比べて随分と小さい。それ故、我が大国に牙を向けるとは思うはずがないと?」


 地図を見れば、雲魏琅国は一番ちっちゃい国。わざわざ一番大きな代江国を狙うはずがない。狙った所で、数で負けちゃうもん。

 こう言う国は、徐々に力を付けるしかないから、弱い所から狙うのが定石だよって、お婆ちゃんによく怒られたっけ。


「そうだ。しかし、あり得ない話ではないと言うのが、今回の肝だな。雲魏琅はここ百年の間に出来た小国」

「百年ですと?」


 国で言ったら、赤ちゃんぐらいの歳ってこと?

 赤ちゃんだから何も知らないから、こんな事が出来るとか? でも、余りにも無謀すぎるよ……。

 侵略戦争が遊びでは出来ない事だって、女子高生でも知ってるよ!


「では、玄歐が?」


 玄歐国は、代江国の次に大きな国。

 何も知らない赤ちゃんを騙して、戦う様に仕向けたなら、あり得ない話じゃなくなるもんね。

 でも……、それにしてはちょっとおかしいよね?


「誑かしたとしても、話としては不思議はない。然し乍ら、今回の肝はそこじゃない。雲魏琅は元々、我ら代江の国だったんだ。しかも、誰かの支配下に下ったわけじゃない。代江の王族の一人が、旗を上げたのさ」

「内紛での分離ですと? 重ねて、王族が?」

「そう。今回の肝は、そこだ」


 百年ばかりの国が、内紛での分離。


「では、今の雲魏琅の王は……」

「うちの王族の血筋だ。まだ、話はこれだけじゃない。代江の王はつい三月ほど前に前皇帝が亡くなり、第五皇子であった現皇帝が即位されたばかり」


 第五? つまり、5番目の王子様って事だよね?


「……納得出来ぬ者も多くいる、と」

「その通り。しかし、なんたって、我が国には軍神殿と、その添え物である俺もいる訳だ。その俺達は現皇帝に仕えている。思う事は多くても、前皇帝が決められたのだ。彼の方に意志に叛く我ら双極ではない」


 あれ? この言い方。もしかすると、双彗さんも今の王様を受け入れてないのかな?


「だが、それは俺達二人だけの話だ。他の奴らの腹はわらかん。貴族も含め、その不満故寝返っても可笑しくはない。王族は王族。血は変わらぬからな。だからこそ、ある事件が起こったんだ。その事件を切っ掛けに、俺はこの与太話に耳を傾ける様になった。そして、事を進めるにあたり、真実が段々と紐解かれて行く。そこで俺達は、とある貴族が雲魏琅と管を繋げている事がわかったが、六人の貴族から絞る事が出来なかった。だから、お前とこの馬鹿げた狐狩りを始める事に決めた。そして、俺は先にこの戦場に旅立ち、お前を呼ぶ。お前は遠回りして、ここに来た」

「六人の中で、誰がを知る為に、ですかな」

「そういう事だ。さて、漏洩は何処で起こったのだろうな?」


 私は、最後の3日目でここに来たから、前日の2日間の事は分からない。

 知ってるのは、白剛さんだけ。

 なーんて、高校受験の前は思ってたかも知れないけど、高校受験でばっちり予習した私には分かっちゃうんだから!


「奇襲は三日目のみ。我が兵に戦をした痕は無かった」


 怪我をしている兵士さんも、汚れた兵士さん達も居なかった。何処かで奇襲がこれば白剛さんの兵士さん達は戦う事になる。

 戦が起きれば、誰も彼もが無傷で、切り抜くなんて有り得ないもん!


「そこまで判れば話は早い。白剛が集めた三千もの兵は、六人の貴族からお借りした兵達だ。お前は六人の貴族の兵に、其々異なる旅路を教えた。正しい路は何れも違うが、確実に通る箇所は何処でも含まれている」

「つまり、三日目、あの場所を伝えた貴族の兵が狐と? ならば、双彗殿。何故、即刻その兵を捕まえならぬのですか?」

「そうだな。狐の食べた餌はわかったのだ。食べた狐の首を捕まえてやればいい。当然の理だ。しかし、不測の事態が起こってしまってな。どの狐がその餌を食ったのかが、わからんのさ」

「なんと」


 えっ! 何で!?

 そこまでわかってるなら、中学生の私でも犯人を捕まえる事が出来るのに?


「餌を配った男は白剛、お前しか居らぬからな」


 双彗さんの言葉に、私は、はっと顔を上げた。

 不測の事態って……。


「……私の記憶か」


 今回の作戦の失敗は、私のせいなんだ……。


「何処で情報が漏れるか分からぬ現状、事は慎重に、且つ内密に進めればならん。それ故に、俺達二人の間でも話す場では最低限の情報しか交換し合わなかった。どちらが答えを知っていれば、狐を狩終わった後での答え合わせで十分だからな。それがこんな形で裏目に出るとは、これこそ笑いも出来ぬ話よな。まさかこんな事になるだなんて、誰も露ほども思わんよ」


 白剛さんなら知っていた事を、私が白剛さんになっちゃったせいで……。


「私が不甲斐ないばかりに、貴殿の策が……」

「ほざくな。策が破られぬ智将なぞ、おらん。何のための智将だ。何のための俺だ。お前だけが万能だと、その自惚れも大概にしておけよ」


 そう言って、双彗さんは笑いながら私の肩を叩く。


「策など、尽きぬ訳がない。頭を絞れば、千も万もの策が出てきてこその智将なんだ」


 それは、まるで自分に言い聞かせるような言葉。

 見れば、机の上には巻物やら書物やらで溢れてる。きっと、双彗さんは次の策を今、必死で考えてるんだ。

 敵国には、私達の動きが筒抜けだもん。きっと、生半可な策じゃ裏だって簡単にかかれちゃう!

 全部、私のせいなのに……。

 私は、泣きたい気持ちを止めるように、自分の両腕を抱きしめる。ボキバキって、思わず力を入れ過ぎて防具が壊れる音がしちゃったけど、不安だから、止められない。

 私は……。


「痛っ」


 いっけなーい。肩に弓矢が刺さった傷、そう言えばまだ治ってなかったんだった。

 うっかり忘れちゃってた。もう、本当ドジなんだから!


「おいおい、お前は何をやってるんだ。ほら、見せてみろ」

「ぬっ」


 えっ!

 双彗さんはそう言うと、私の服を脱がしはじめる。

 きゃっ!


「ぐぬぉぉっ!」

「そんなに痛むのか? ほら、早く後ろを向いて傷口を見せてみろ」


 傷は痛くないけど、恥ずかしくて、思わず悲鳴が出ちゃった……。

 だって、私、彼氏もできた事ないし、まだお父さん以外の男の人に、肌を見せる事も、膝に土をつけた事も無かったんだもん!

 また、高校生なんだし、彼氏だって、こらから作る予定だったんだもん……。

 恥ずかしくて、体全体から火が出そう!


「やはり、まだ熱があるな。そう簡単には治らぬもの。今は、偉奏と俺達しか知らぬこの怪我、他の者には悟らせるなよ。それこそ、我が国を狙う鷹達の格好の餌になってしまうからな」


 そっと、細い手を双彗さんは私の傷口に触れさせる。

 私と違って、細くて大きな手。


「お前は無茶をする事を美徳だと思う節があるからな、今は抑える時だと言うのを分かってくれ。これは俺達二人の結果だ。決して策が崩れたのは己の責だと思ってくれなるなよ」


 冷んやりした、双彗さんの手はとても優しかった。まるで、私の不安を吸い取ってくれる様に。

 

「お前は、俺の大切な弟であり、この国に居なくてはならない男だ。今、失う訳にはいかんのだ」


 双彗さん……。


「否っ! この策を妨げたのは私であるっ! 貴殿の責など露ほどにもないっ! どうか、この不甲斐ない弟弟子の首を、この責任を、取らせてはくれまいかっ!」

「白剛っ」

「こんな子猫の様なか弱き軍神など、聞いたことがないっ! ああ、不甲斐ない、不甲斐ないっ!! この小さきひ弱な子うさぎの様な手で何が守れましょうぞっ!! 双彗殿が切らぬと言うのならば、己から腹を掻き切り、腑を引き摺り出すまでっ!」


 私は傷をおった方の腕で青龍刀を掴み上げる。


「白剛っ! やめろっ!」

「ああ! 嗚呼っ!! このまま生きていても恥を上塗るだけだと、何故情けで私を殺すのでごさいましょうかっ! 弱き軍神など……痛っ!!」


 カランと音を立てて、私の手からは青龍刀が転げ落ちた。


「白剛っ! 無茶をするなっ! まだ傷が治っておらぬと言ったばかりであろうがっ! ……まったく、お前は。気持ちは痛い程わかる。俺も武人の端くれだからな。だが、今ここで騒いでも意味など……」

「こんな、恥ずかしくも怪我のせいで片腕も満足に動かぬ軍神など、何の役に立つと申すのかっ!! 青龍刀すら、満足に握れぬ、この右腕でっ!!」


 私の声は、再びテントの布をはためかせる。


「……白剛。もう、いい。お前は、休め。今は、ただ、休め。お前の気持ちは痛い程わかる。わかるからこそ、今お前の責を問う事が如何に無意味かを、お前は今一度考えろ。罪への罰は死だけではない。常に道は、一つではないのだ。今はただ眠り、明日に備えろ。お前が今できることは、明日の戦いで償う事だ」


 そう言って、双彗さんは私の肩を叩きそっとテントの外へと促した。

 双彗さん。

 意味は、あるんだよ?




 草木が寝静まり、月が真上に登る頃。

 暗闇に紛れて揺らめく影が、一つ。

 草木が擦れる音よりも小さな音を立てながら、まるで風の様に。


「さて、智将殿の次なる手は如何なるものか?」


 風が止まった先には、草木に染まる様な緑の色をした鎧着た男達が。その長たる男が、影に向かってニヤリと口元を釣り上げる。

 影を揺らした男は代江の黄の鎧だと言うのに。違う色の鎧と言う事は、男達は他国の兵だと言うことに他ならない。


「それが、まだ策は」

「ほう。明朝には戦だと言うのに。神の知恵を持つ智将と謳われたあの男が、漸く万策尽きたと言った所か。ご苦労。数の撃ち合いに縺れ込ませれる手筈は整った。玄歐に加勢を……」

「それが、ご報告はこれには留まりませぬ。軍神、白剛は右腕に傷を負っており、奴の右腕は動かせぬ状態でございます」

「なぬっ!? それは誠かっ! あの、軍神が!?」


 そう、男は大声を上げた。

 ふぅ。やっぱりね!


「貴殿だったか、料理長殿」

「何奴!?」


 私は、緑色のおじさんたちと、美味しい料理を作ってくれた料理長を見下ろしながら崖の上に立つ。

 残念だよ。もう、あの美味しい料理を食べれないなんて。

 でも、あのテントで盗み聞きをして、敵に情報を流すだなんて、許せないっ。


「ふんぬっ!」


 私は崖から飛び降りて、男の人たちの間に着地をする。


「軍神!?」

「白剛っ!!」

「否、私は軍神でも白剛でもない。ただの正義の女子高生であるっ! 月に変わって、貴殿達を成敗いたすっ!!」


 ね? 双彗さん。意味はあったでしょ?

 ちょっと初めての演技だから緊張したけど、上手くいって良かった!

 狐の炙り出し、受験前に通った塾でやったことがあるもの!

 やってて良かった! 受験対策、冬季講習っ!

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