第4話

「双彗将様! 何故、それを!」


 私の後ろに控えていた偉奏さんが大声を上げる。

 私、驚き過ぎて言葉も出なかったのに……。

 偉奏さんがいてくれてよかった。思わずはらいそうになった拳をぎゅっと握り締める。

 一人だったら、冷静さを欠いて一人でここを間違いなく跡形もなく吹き飛ばしてた。

 それにしても、この人ってまさか魔法使い?

 なんでそんなことを知ってるの?


「控えろ、偉奏。こいつは俺で、俺はこいつと言っても良いぐらい、こいつのことは俺が良く知っている。なあ、白剛」


 ニヤリと笑いながら白い煙を吐き出す双彗さんは、私に笑いかけてきた。

 その笑顔に、私は違和感を覚える。これは、見ず知らずの異世界から来た女子高生に微笑んだ笑顔じゃない。この人の昔からの友達である白剛さんに向けての笑顔だ!

 この人……、何か違う。

 魔法使いじゃ、ないっ!

 だって、この人私の事、分かってないもんだもん。この身体の私じゃない。普通の女子高生の、私の事を。

 私が白剛っておじさんだと思ってる。つまり、私がただの女子高生である事を気付いてない。


 では、何故知っているの?


 私はこの世界に来て、話したことがあるのは偉奏さんだけ。そして、私が記憶がないと思っているのも、偉奏さんだけだよ。

 話が、噛み合っていない。

 双彗さんと、女子高生の私との。ても、偉奏さんと双彗さんの話は同じ。

 それって、つまり……。


「密偵を潜ませておったな?」


 この人は、私と偉奏さんの会話を知っている。聞いていた、だけなのだ。

 だから、私のことを知らないし、偉奏さんと同じ勘違いをしているんだ。

 これは、不思議な魔法でも、なんでもない。

 簡単なトリックを、魔法のように言ってるだけ。


「そう、怖い顔をするなよ、白剛。頭は打っても鋭さは変わらないな」

「あ、兄者、どう言うことだ?」

「なに、不思議な話ではない。双彗殿の耳が、我が兵力の中に入り込んでおっただけさ。我らの会話を聞くための耳がな」


 私は双彗さんを睨みつける。

 これは白剛さんの信用問題にも関わる事じゃないの?

 まるで、白剛さんの事信じてないみたい……。

 友達なのに?

 友達にそんなことするなんて、酷いっ!


「双彗将様! 何故その様な事を! 兄者とは……」

「私が信用出来ぬと言う事か」


 私は偉奏さんの言葉を遮り、双彗さんを見る。

 信用ができないから、こんな事をしたんだよね?

 スパイ、だよね? こんな事。友達同士でしちゃ、ダメな事だよね?


「だから、顔が怖いぞ。白剛。お前を信用していないのであれば、俺が今ここでお前のその首を斬り落として居る。いつものお前なら分かっているはずだ。記憶がなくなった軍神が何を出来ると思うのだ? 足手まといも良いところだろ」

「双彗将様! いくら兄者の兄弟子と言っても、言葉が、余りにも過ぎますぞ!!」

「……偉奏。お前は下がっておれ」

「しかし、兄者。このままでは!」

「これは戦では無い。落ち着かぬか。冷静さを欠けば、この男の思う壺だぞ」


 そう。それは私にも言える事だ。

 怒りに身を任せちゃ駄目。

 手当たり次第暴れた所で、私にもこの人にも利点はないんだから。


 確かに、私は味方の拠点に来て、少し気を抜いてた。

 実家だったら、いつお母さんや弟に背中を取られてもおかしくない事、してた。幾らでも、隙があって、何をされても文句は言えないぐらい、私は気が抜けていたのは事実だもん。

 でも、この人はしなかった。

 何でだろう?

 私を敵だとは思ってないから? それとも、記憶がなくなって弱ってると思われてるから?

 うんん。そんな相手をこの人の手の内と言ってもいい、自室に呼ぶわけがない。

 この人は少なくとも、今も私の事を対等だと思ってくれてるからこそ……。

 あれ? ちょっと待って?

 これって、少し、おかしくない?


「……双彗殿」


 そうだ、そうだったんだ。

 なんだ。やっぱり、双彗さんは、白剛さんの事を親友だと思ってるんだ。


「なんだ? まだ文句があるのか?」

「いや、そうではない。挨拶が遅れてしまった事をここで深く詫びよう。申し訳なかった。お初にお目にかかる。私は、白剛。そして、ただの女子高生だ。これから、多々、無知に故に貴殿に迷惑を掛けることもあろうが、ご指導の程、宜しくお願い申し上げる」

「……ほぅ」


 私が頭を下げると、双彗さんは満足した様に目を細めてくれた。


「兄者! 非があるのはあちらであろうに! 何故、兄者が頭を下げる必要があるのだ!!」

「偉奏。お前はまだ気付かぬのか? 何故、我らはここに通されたのかを」


 私が偉奏さんを見ると、偉奏さんはキョンとした顔をこちらに向けた。

 もう、偉奏さんったら。

 でも、私も気付かなかったから同じだよね。これは、よく考えたらわかる事だったんだ。


「すまねぇ、兄者。おれは兄者と違って学がねぇんだ。兄者が何を言いたいか、俺には皆目見当も付かぬ。情けない話だが……」

「ここは、まだ、双彗殿の部屋ではない。我らはまだ、味方でも敵でもない。今、双彗殿は見定めているのだ、我々を。そう、今、まさに」


 そう。ここは、自室じゃない。

 彼はここに私たちを通した時、自室だとは一言も言ってない。

 我が城へようこそ。

 それだけ。

 双彗さんは今まさに、私達を味方か敵か、決めようとしている。自室に招き入れてもいい仲間かどうかを。

 何故、こんな事をしたのか。

 理由だって、そこまで分かれば簡単! 女子高生にだって解けちゃうんだから!


「貴殿の耳は、元々この白剛が掌握した上で我が配下にいたのだろう。でなければ、この様な猿芝居など見せて頂けなかったであろう?」

「猿芝居とは、随分と失礼な事を言うな。お前は。貴殿も殿も辞めてくれ。やっぱり、お前はいつもの俺の白剛だよ」


 ふ、ふぇっ! 俺のなんて……! 私には、好きな人がもういるのに……。

 そんなにも優しそうに笑いかけられたら、男の人に免疫がない私の心がきゅってなっちゃう!


「さて、こちらも非を詫びよう。お前は記憶がなくも全を見通し、義を通し、今を見極め、格を保った。文句なしの合格だ。軍を持つ者として、国を守る者として、必要なものは何一つなくなってはいない。流石だよ、白剛。試す様な真似をして悪かったな。お前がもし、足手まといなんて無様な真似をしそうであれば、ここで叩き斬るつもりだった。理由はどうであれ、兄弟子として、軍神白剛の名を汚させはさせん。しかし、どれもこれも、俺の取り越し苦労だったがな」


 そう。彼の最初の言葉が無ければ、私は気付かなかったと思う。

 全ては、軍事ごとの全てが詰まっている座に、私達を招いていいかのテストだったんだ。

 双彗さんは、白剛さんが記憶を無くしたと聞いても、まだ白剛さんが自分と一緒に戦えるって信じてた。でも、軍を率いる者として、相応しくない人を自分と同じ隣に座らせる訳にはいかない。本来ならばそんな不安要素は問答無用で叩き斬るべきなのに。

 そんな、幼馴染と転校生との間で揺れる少女漫画みたいな心を、この部屋で確かめたんだね。チャンスを、どうしても白剛さんに、渡したかったんだね。

 わかるよ。私も、少女漫画みたいな恋をしちゃう、普通の女子高生の一人だから。


 気付かなければ、きっと彼の座る椅子の下に隠してある青龍刀で私の首を刎ねるつもりだったんだんでしょ?

 軍を率いる大将の自室にしては、物がなさすぎるし、目につくところに武器もない。作戦を立てる地図もない。武器に関しては私から警戒を逸らすため敢えて置いてなかったんだ。

 違和感ばかりのこの部屋で、何も考えずにニコニコしてたら、きっと私は……。

 思わず自分の首を触りながら溜息が出ちゃう。

 普通の私だったら、青龍刀ぐらい首の筋肉でへし折れるけど、これは大切な白剛さんの体だもん。少しでも傷つけたら偉奏さんが悲しんじゃう。

 守れて、良かった。


 もう、すぐにうっかり気を抜いちゃうのが、私の駄目なところなんだから!

 でも……。


「しかしながら、私には記憶がない。足手まといにならぬ保証はなかろうに。国のためならば、刎ねるべきではなかろうか」


 大円満にするにはまだまだここでは終わらないの、私知ってるよ。


「兄者! 急になんて事を言いなさるんだ!」

「こればかりは、偉奏と同意見だ。自分を卑下するな。自分の実力を見誤るは、軍師の恥だと我ら血の兄弟は身体で教え込まれた筈だが?」


 うんん。私は見誤ってなんてない。

 でも、このままじゃ、駄目なのは知ってるの。


「……見誤っておられるのは、双彗殿。貴方だ」


 私はハラリと服を脱ぐ。

 男の人の前で恥ずかしいけど……。


 皆んなから、息を呑む音が聞こえる。


 やだ……。

 余り、綺麗な身体じゃないからそんなに見ないで欲しいな……。

 胸だって、そんなに大きくないけど……。

 けど、今の私を見て欲しいの。女子高生が裸を見せる覚悟を、その目で。


「お前、その肩は……」

「不甲斐ない弟弟子を恥じてくれぬか」

「方向からして、背後からか。抜かったな」

「双彗将様! それは、この偉奏が……」

「偉奏。言い訳は無用だ。無様な身体だと思われるならば、ここで貴方は青龍刀を取るべきである」

「……お前も大概だな。無様は無様だが、それはお前を試した俺も同様。お前の義、しかと受け取った。お前は俺の罪とお前のその傷で、今回の件を水に流したと言いたいのであろう? アホだな。俺はお前を試したとて、お前に首なんて差し出さんよ」


 そう言って、双彗さんは美しい顔をくしゃりと歪める。

 そうだね。双彗さんは、首を差し出すわけないよね。これからこの大軍を率いて戦をしなければならないのに、指揮者がこんな所で台を降りるなんて、この人は絶対にしないと思う。

 でも……。


「貴方ほどの使い手が右腕一本になるのは惜しかろうに」


 この人は、私を疑った償いを左腕一本で償おうとしてるのぐらい、女子高生にだってわかるよ。


「……お前、本当に記憶ないのか?」


 呆れた様に、双彗さんが言うけど、本当なんだってばぁ!

 もう! なんでみんな信じてくれないかなぁ?

 普通の女子高生と軍神が一緒なわけないのにぃ!

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