第3話
「兄者、彼奴らいつ仕掛けて来るのだろうな?」
何とか本軍に合流できた私達は、兵達の歓迎を受け、隊の後方でお馬さんに揺られてる。
もう夕刻だと言うのに、敵さんの姿は見当たらない。
「うむ。私達が追い付いたことは、敵も知っておる。深追いする程の数は居らぬのだろうよ」
わざわざ私達2人を引き離す作戦を組んでたぐらいだもん。
敵さんの計算では、十分に戦力が削れてからの私たちの合流。私達が合流したその時に撤退すらも視野に入れててもおかしくない。
彼らの目的はどう考えても、私達を完璧に倒す事じゃなくて、私達の戦力を確実にリスクを少なく削る事。
そう。確実性が逸れた時点でこの計画は意味を無くす。採算の取れない戦ほど、無駄な事はないんだから!
指揮を取るものとしては正しい選択だよね。
それぐらい、女子高生でも知ってるよ!
「では、紙の上通り、宵の口には双彗の兄者と合流が出来るな」
「双彗……」
一体、誰だろ?
おじさんのお友達かな? でも、兄者って……。そうなると、おじさんのもう一人のお兄ちゃん?
そう言えば、私まだおじさんに、おじさんのお兄ちゃんじゃない事、言えないんだよね。
ドタバタしてたから、タイミングを逃しちゃって……。二人きりの時に言わなきゃいけなかったのに、今ではこんなにも沢山人が居て、余計言いにくい状態になってる。
でも、それはおじさんに言わなくていい言い訳にはならないよね。頑張って、私が普通の女子高生だって事、おじさんに伝えなきゃ……。
ふぅー。よしっ!
「……貴殿に伝えておく事がある」
ズルズル引き伸ばしてもいい事がないって、私、高校受験でよく分かったもん。
私のためにも、おじさんの為にも。
うんっ! ここで言うぞっ!
「どうした、兄者。改まって」
頑張って! 私!
勇気を持って、私の言葉で、ちゃんとおじさんに伝えるんだ!
「出来る事なら、不甲斐ない長だと思ってやらないで欲しい」
そして、私が体を借りているこの長い髭のおじさんを、どうか責めないで欲しい。何らかの、負の感情を抱かないであげて欲しい。
勝手にこの体に入ってしまった私が言うべじゃないかもしれないけど。このおじさんか慕ってくれてる気持ちを、私のせいで無くさないで欲しいの。
だから、私はこんな言葉を出したのに。
「兄者が不甲斐ないのならば、この大陸の男達は全員、腰抜け間抜け底抜けだろうよ」
そう言って、おじさんはかっかと大きく笑った。
私はこんな優しいおじさんの気持ちを裏切って騙していたんだ。
ごめんなさい。
「実は、私はここが何処が、自分が何者なのかも分からぬのだ……。気付いたのは、貴殿の腕で抱きかかえられていた、あの時」
「いくら兄者でも、その冗談は面白くないぞ。これから戦さ場だと言うのに」
「すまぬ。これは、迷い事でもないのだ」
「兄者……、それは真なのか?」
私はこくりと頷く。
ごめんなさい。私は、お兄ちゃんじゃないんだよ。何処にでもいる普通の、女子高生なの……。
「……流石は兄者だ」
え?
「今、何と?」
「聞いた事がある。兄者は今、記憶喪失と言うものになっているのだ。やはり、あの落馬で打ち所が悪かったのだな。しかし、記憶がないと言うのに、この士気、選択、判断力。軍神さたるや、舌を巻く。流石は兄者だ。不甲斐ないなど、とんでもない! 俺は益々兄者に付いていくと心に誓ったぞ!!」
ええっ!? 記憶喪失!?
女子高生の私の記憶はあるのに!
「何を申すか。私は貴殿の名すら……」
「我は大陸一の軍神、白剛将一の家臣、偉奏よ!」
偉奏、さん……?
「名さえ知れば十分だろう。時短くとも、背は預け闘った仲だ。これ以上どうお互いを知れと言うのか」
「偉奏……」
全然いっぱい知り合う事があると思うけどなぁ!
でも、偉奏さんの無邪気な笑顔を見ると、これ以上は野暮かな? っていう気になっちゃう。
確かに、このおじさんとしの記憶はないから、これも一種の記憶喪失? かも? って、やっぱり、違うと思うんだけど。
でも、これ以上私には上手く説明出来ないもんなぁ。ここは、おじさんの優しさに乗ってもいいかも。
今はおじさんの好きなお兄さんじゃない。それさえ、おじさんがわかってくれるのなら……。
「しかし、その話では、兄者は今、ここが何処だとも分からぬという事か?」
「うむ。わからぬ」
そうなの。右も左も分からない、子ウサギの様な心細くて震えちゃう心境なんだよね。
いきなり、襲われて、闘って、投げた剣なんて叩き落とされちゃって、よくわかんないに決まってるよ!
「然し乍ら、取り乱す様子も見受けられん。その話が冗談だと今言われたら、そちらの言葉を真としてしまいそうだ。全くもって、万能も度がすぎると些か問題であるな。しかし、俺な馬鹿の言葉では全を伝えたところで兄者の頭を満足はさせれまい」
え!? 逆に難しい言葉の方が私には無理だよ?
国語とか、あの分厚い教科書を電話帳みたいに2つ破れるぐらいしか得意な事なかったもん。
そっか。この髭の長いおじさん、頭いいんだぁ。
「余り私を過信してくれるな」
「いくら兄者を過信しても余りはなかろうに!」
「全く……」
これだと早々に、偉奏さんをがっかりさせちゃいそう。
「今、我らは双彗将率いる軍の援軍の任に就いている。双彗将は兄者と同じ地位におられるお方でな、兄者と2人で皇子の双極を立派に勤めていらっしゃる。兄者同様、文事にも武事にも精通されておられる方だ。また、双彗将様は兄者との縁も深い方故、一度双彗将様からお言葉を頂戴するなのがいいだろう」
へー。双彗さんって凄い人なんだね。
でも、そんな人に説明して貰って、理解できる自信が全然ないよ。
それに、そんなにも偉い人なら、ドジな私が何か失礼な事をして、偉奏さんに益々迷惑を掛けちゃいそう。
今から会うのに、緊張しちゃう!
「それに、彼の方ならあの叡智の底を持って、記憶の呼び戻し方をご存知かもしれぬしな」
「……ふむ」
偉奏さんが、こんなにも信頼してる人なんだ。
これは益々、失礼がない様に気を付けなきゃ。
それから、私達は峠を越え、日が沈んだ頃には広く開けた場所に出られた。
あれから、あの人達の追撃はない。多分、撤退してくれたとも思うけど、あれだけ先回りされていたんだもん。注意はまだまだ怠らない様にしないと!
「兄者、彼処に見えるが双彗将の陣営だ」
偉奏さんが指をさした場所には、灯と、沢山のテントが見える。
景色は、私がテレビで知っている昔の中国だけど……。
まさか、私、三国の志が熱い時代にタイムスリップしちゃった!?
どうしよう……。私、大きな扇子を持って空とか飛べないよぉ。
偉奏さんは、私に馬から降りない様に言うと、自分は馬から降り、テントに向かって声を張り上げる。
「軍神、白剛将が援軍に馳せ参じた! 双彗将様はおられぬか!」
本当なら、こちらから挨拶に伺うものだけど、私の場合は同じ地位にいるものだから、協力を要請した方が出向くのが礼儀というものになるらしの。
社会に出た事がない私は、大人しく偉奏さんの言う事に素直に従うしかない。
偉奏さんの声を聞くと、テントの向こう側でざわめきが起き、暫くして1人のおじさんが出てきた。
わっ! イケメンさんだっ!
このおじさん、私達と違って、顎髭を少しだけだし、身体だって随分と華奢。多分、私の半分ぐらいかも!
顔も整ってて、なんかとってもかっこいい。まるで、テレビに出てる俳優さんみたい!
驚いていると、偉奏さんが私に目で合図をしてくれる。
えっ? もしかして、この人が双彗さんっ!?
「おお、軍神殿。遥々よく参られた。この度は、私如きの救援に耳を傾けて頂き、感謝を申し上げる。どうか、兵の者もここでひと時の休息を取ってくれ。ささ、軍神殿。お疲れでしょうに。私の部屋に案内しよう」
うわぁー! 声までかっこいいけど、本当に私と仲良しなのかな?
なんか、すっごく他人行儀と言うか、なんと言うか?
「うむ、伺わせて頂こうか」
私はそう言って偉奏さんと共に双彗さんの後について、彼のテントの中に入った。
テントは意外に広くて、そしてちょっと暖かい。
中には双彗さんのお付きの人なのか、アイドルの様な少年が2人、彼の横に傅いているの。突然踊り出しても、何も不思議じゃないぐらいの雰囲気で、ソワソワドキドキしちゃう。
「ようこそ、我が城へ。狭いがゆっくりと寛いでくれよな」
そう言って、彼はニンマリと笑う。
あっ! いっけなーい!!
私ったら、人様の家に物理的に土足で上がり込んでいるのに、お邪魔しますの一言も言ってないじゃない!
こんな事、お母さんに知られたら4針でも済まないよ。
「双彗殿、この度は……」
「お前は、そう言う奴だよな」
え? 感謝の言葉を呆れた声で遮られて、私は顔を上げる。
「相変わらず、顔だけは死神も裸足で逃げ出しそうな顔をしておると言うのに。不器用と言うか、真面目と言うか」
え? ええっ? 私、何か失礼な事をしちゃったの?
あ! 挨拶も無しだから?
「申し訳ない、この度は……」
「違う違う、違う」
双彗さんは、1人の男の子に貰ったキセルを吸い上げながらため息をつく。
「お前は、三十五年前から変わらん男だな。人に会ったら、まず?」
「申し訳ない、貴殿が何を言われているか、私には」
「な? 貴殿なんて呼ぶぐらい、名前も知らん奴に会ったら、まずは初めましてだろ? 白剛」
……えっ? この人まさか……。
「初めまして、俺の名は双彗。代江で双極をしている、まあまあ偉い奴だ。で、白剛、お前の一番の友でもある。以後、お見知り置きを」
この人、なんで私がこのおじさんじゃない事を、知っているの!?
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