第5話

「今日は色々あって疲れただろう。白剛、お前らも自室に戻り休むがいい。俺もお前が記憶が無いと聞いて、策を練り疲れた。明朝、また後の策については説明しよう。偉奏、勝手の分からぬこの弟弟子殿に、戦場の極意でも教えてやっくれ。今のこいつじゃ、自分の飯の場所も寝る場所さえも、分からぬ赤子だからな」

「はっ。双彗将様の命、この偉奏がしかと承りました。記憶がない兄者にとっては初陣。兄者に不自由が出来ぬ様、手足となりましょうぞ」

「うむ。頼んだぞ、偉奏。白剛」

「……はっ」

「だから、お前迄畏るな。気持ちが悪い」


 そう言って、双彗さんは笑った。

 これって、私達に帰れと言ってるんだよね? 夕飯時だし、御暇頂くなら確かに今だけど……。


「よくぞ、ここまで来てくれた。改めて礼を言おう」

「双彗殿……」

「お前がヘマをしたと聞いた時には肝が冷えたが、お前の隣に何年いたと思うのか。自分でも驚く程に呆れるよ。うちの白剛は、そんなヤワな男でも将でもないと言うのを俺が一番知ってるはずなのにな。今日は何も俺の事など心配せずに休めよ」


 そう笑って、双彗さんは私の肩を少し強く叩いた。

 もう! 全然痛くも痒くもないし振動もないけど、中身は普通の女子高生なのにっ!

 でも、きっと双彗さんにとって、白剛さんは普通の可愛い弟の様な存在なんだろうな。

 私もお姉ちゃんだもん。それぐらい分かるよ。

 でも、何か私、違和感を覚えてる。

 なんだろう。双彗さん、何か隠してる?


「双け……」

「さあさあ、戻った戻った。無駄話をしてる暇はない。飯を食いっぱぐれるぞ」

「おっと、それはいけねぇ! 兄者は今日沢山の血を流されたのだ。飯を食わねば治る傷も治らねぇ!」

「偉奏の言う通りよ。何時迄も、片腕も庇っては戦えないだろう。今日は少しでも精を付けろ」


 何か、私の言葉を遮られた様な?

 でも、確かにお腹ペコペコかも。朝ごはんも、食べずに飛び出してきちゃったし。

 いつも朝ごはんはイノシシの丸焼きをペロリと食べちゃうぐらい、朝ごはんはしっかり食べてる派なんだもん。あ、朝からお肉は太るって思うでしょ? 朝はしっかり食べた方がダイエットにもなるって、テレビでも言ってたから、体重がきになる女子高生には常識なんだから!


「そうだな、偉奏。では、双彗殿、これで失礼する」

「双彗将様、失礼致します」

「ああ。たんと食って明日に備えてくれ」


 私と偉奏さんは双彗さんに頭を下げ、テントを後にして食事場へ向かった。

 野営だし、食事場だって勿論外。

 キャンプファイヤーみたいに、沢山の兵士さん達が火の側でご飯を食べてる。

 こんな所を見ると、どこの世界だって野営は一緒なんだなって、思っちゃう。懐かしいなぁ。


「兄者、俺は飯を取ってくる。ここで暫し待っててくれないか?」

「ああ、すまんな」

「なぁに、配膳列に軍神が並んだ方がすまねぇ事になりなさるさ。これらは双彗将様の配慮の賜物、俺に礼より双彗将様に言ってくれや」


 双彗将様の配慮の賜物?

 私が首を傾げていると、偉奏は急ぎ足でご飯の配膳列に向かっていく。


 そっか。よく考えたら、この白剛さんはここの大将なんだよね。皆んなとご飯なんて食べれるわけ無いんだ。

 でも、双彗さんが勧めてくれたから、兵士さん達と一緒にご飯が食べれるって事だよね。大人の配慮って奴なんだろうなぁ。

 大将って、偉そうに奥に座ってるイメージだけど、現実は全然違ってて、ご飯の時だって、一般兵に聞かれない様に気を付けなきゃいけない会議やら報告とか気を抜く瞬間がないんだよね。

 私も、小学生迄は恥ずかしいけど、偉そうに座ってるイメージしかなくて大将さん嫌いだったなぁ。中学の職場体験で、一人で一軍壊滅させた時に、大将ってこんな事してるの? って、驚いたっけ。


「兄者、待たせたな!」


 そう言って、偉奏さんが私に夕餉の盆を差し出してくれた。


「おお、肉もあるのか」


 これだけ大型の野営だと、肉なんて珍しいのに!


「ああ。明日は戦だ。皆の士気を上げる為に村々で兄者が買い込んだのさ。お陰で3日もかけてつく事になったが、兵士達の顔を見ればやはり兄者は何事も真意を見出しての事。俺はまだまだ及び足りん」

「3日もかけて……」


 偉奏さんのこの言い方。それってつまり……。


「本来ならば、ここに着くには3日もかからぬと?」


 そう言う事、だよね?


「ああ。一本道でこれば、一日たらずと言ったところか。兄者、それかどうした?」

「……夕刻の話に戻るが、紙の上てはと言ったな。それはつまり、村々に寄る事を仮定した上での話であるか?」

「ああ。俺には、兄者が随分と遠回りをしてここに着く様に見えた。俺は、途中の村で肉は買えると言ったが、兄者には兄者の考えがあったのだろう。俺の意見を通さず頑なにこの路を選びなされた。今の兵士たちの顔を見て、その志向には意味があったように見える。まったく、俺には考え及ばぬよ」


 普段は口に出来ないお肉を食べて、確かに兵士さん達は嬉しそう。

 そうだよね。3日も遠征した末のご褒美だもん。

 でもね。


「……この遠征、裏が、あるな」


 それだけじゃない。兵士さん達が嬉しそうにお肉を食べてるのは、ただお肉を食べてるだけの結果だもの。

 一日で終わる遠征だよ? わざわざ3日もかけて遠征に? それがお肉を買うためだけに? そっちの方がお肉がおトクだったのかな?

 でも、そんなこと、大根が安いからブラジルに自転車を走らせたうちのお母さんでもしない事だよ!


「裏だって?」


 私の呟きに偉奏さんが声を上げる。


「ああ、この遠征で普段の私と何か違う所は無かったか?」

「いや、無かったと俺は思うが……」

「些細な事でもよい。偉奏は私の背を守る程の武人であろう。常に傍で見ていたお前は、何か違和感を抱いていたはずだ」

「記憶が無いからと、俺を買い被りすぎやしてねぇか? 兄者。俺はこの遠征の道のり以外は何もねぇ。いつもは遠征の路は、俺を含む兄者直下の武将達と決めるが、今回は双彗将様直々の救援要請。あのお方だ。普段なら大戦でも無い限りあり得ぬ事よ。それ故に、兄者も気が急いておったのかもしれぬな。文を握りしめ、小間使い達も入らぬ様、自室に籠もって頭を悩ませておったわ」

「……援軍」


 そうだ。この遠征、双彗さんの遠征って所から話が始まってる。

 でも、周りを見ると違和感しかない。


「偉奏。双彗殿の兵は随分と少ないな」


 周りを見たわせば、殆どが白剛さんが率いてきた兵士さん達。

 双彗さんの兵士さん達は殆どいない。

 もしかして、食べる場所か違うとか?


「ここの兵に聞いた所だと、双彗将様の軍は二百だとか。えらく少ないからこそ、援軍を頼まれたのだろうな。双彗将様の目算が外れるとは、今年の嵐は多そうだ」


 そう言って、偉奏さんはかかかと大きく笑った。

 確かに、そんなに少ないなら、助けてって言っちゃうよね。

 でも、可笑しいよ。これ。

 余りにも少な過ぎる双彗さんの編成。それに引き換え、多すぎる白剛さんの編成。1日で済む道程を、ご飯を買うためだけに3日に伸ばした理由。双彗さんが白剛さんの軍に忍ばせた密偵。綺麗すぎる景色に、明日から始まる戦……。


「……成る程な」


 つまりは、そう言う事なんだ!


「兄者?」


 私は偉奏さんに返事を返す事をせず、目の前の食事を口の中にかきこんだ。いつもはもっとゆっくり食べるけど、今だけ!

 だって、こんなにもゆっくりできないもん!


「兄者、一体どうしたと言うのだ?」

「偉奏、我が兵達に飯が終われば明日の明朝までは一歩も出るなと伝えてくれ」

「ああ、任された。しかし、兄者、態々そんな事を言う必要があるのか? 明日は戦日だ。兵士達だって明日に備え皆休むだろうに」

「ああ。明日に備えるために、この軍神、白剛の命だと言う事を必ず伝えてくれ。それと、偉奏」

「今度はなんだ、兄者」

「この食事を作った者に、誠に美味かったと伝えてくれぬか。私はどうやら用が出来た様だ」





 私はそう偉奏さんに伝えると、足早に双彗さんのテントに向かう。

 大将のテントなんて何処の時代も一緒だもん!


「双彗殿、失礼する!」

「……随分と早いな、白剛。何か忘れ物でも?」


 テントの布を捲れば、双彗さんが地図を片手に私を睨む。

 今は御飯時。

 大将は、一般兵には聞かせれない策や情報の交換などを行う。職業体験で学んだ事を、私は一人繰り返し唱えた。


「軍神様、今双彗将はお休みされております故、どうかお外に」


 先程、同じテントで双彗さんの後ろに控えていた美しい少年二人が私の前に立つ。

 美少年だけど、カッコいいけど、今はダメなのっ!


「すまぬが、今は時間がない故、退いて頂こうか?」


 可愛くおねだりする様に、二人を上目遣いで見るけど、少年たちは少したじろぎ、顎から汗を流すだけで退いてくれない。

 ど、どうしよう?

 もっと、丁寧に言うべきなのかな?


「退かぬと言うのか? 退かぬと言うのならば、こちらにも考えがある」


 お、大人の社会だと、お願いする時に土下座するんだよね?

 ドラマとかで見た事あるもん。

 えっと、確か額をじめに擦り付けて火を起こした後、建物を真っ二つにわるんだっけ? そうすれば、誠意が読み取れ許してくれるし、お願い聞いてくれるって、お爺ちゃんが言ってた。ここだと、建物じゃないから地面だけど、2、3キロぐらい割ればいいのかな?

 中々土下座のタイミングが掴めず、二人を上目遣いで見続けていると、パチンと大きな音が部屋に響いた。


「双彗将……」


 二人は弱々しい声で音の主の名前を呼んだ。音の出所は、双彗さん。どうやら大きく手を叩いたらしい。


「白剛、その殺気を納めろ。それだけで弱い奴は死んでしまうぞ」


 えっ!? 殺気?

 ぬ、濡れ衣だよ! 私、上目遣いしかしてないのにぃ……。


「二人共、あと少し俺が止めるのが遅ければ気をやっていただろう。この男を止めるにはお前達には少々荷が重過ぎだ。白剛、用はなんだ?」

「双彗殿が仰った様に、忘れ物を取りに」

「ほう、何を忘れた? この双彗の首か?」

「まさか」


 私は出来る限りの笑顔を双彗さんに向ける。


「私の、軍神の座でございます」


 あと少しで、私はまた失敗するところだった。

 また、白剛さんの地位を落とすところだった。

 でも、そんな事させないっ!


「ふっ、本当に地獄の鬼が裸足で逃げ出す様な顔をしおって」


 嘘ぉ! 私、写真撮る時はいつもこの笑顔なのにっ!

 

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