第18話
剣なんて、私の国では殆ど使う人が今はいないからなぁ。素振りって初めてやったかも。
剣を振ってるだけかと思ったら、結構難しいんだね。
気を抜いたら、力加減間違えて剣をへし折っちゃいそうで、ドキドキしながら皇帝さんと一緒に練習してたけど、三本ダメにしちゃった……。
本当、私ってドジなんだから。
気を付けないと。
あの後、結局お母さんのとこは聞けずに過ごしたけど、所々に皇帝さんの素顔が見えてきた。
本当に、びっくりするぐらい普通の子で、私の弟と違いがあるようにも見えなかったんだよね。
確かに、皇帝って言うぐらいならあの第一皇子さんの方が随分と皇帝に向いてると思うけど、何で前の皇帝さんは今の皇帝さんを選んだんだろ?
特殊な技が使えるとか? とか、異世界みたいなこと思ったけど、ここは現実で、ただ日本じゃないだけだし、そんなメルヘンな事情なんてなさそうだけどなぁ。
じゃあ、何で……?
「白剛」
稽古も終わって廊下を歩いていると、名前を呼ばれて振り返る。
「双彗殿」
「お疲れさん。稽古は終わったか?」
「ええ。しかし、色々とありまして……」
「聞いたよ。第一皇子を負かしたそうじゃないか」
あぅっ。
その通りなんだけど、噂が届くの早すぎじゃない?
このままだと、私が双彗さんにお転婆だと思われちゃうよぉ。
「良いお耳をお持ちですな。この度は双彗殿の顔に泥を塗ってしまい……」
「そう構えるなよ。何も俺は怒りに来たわけじゃないのだ。寧ろ、良くやったよ。お前は」
「と、言いますと?」
「お前には何も説明してこなかったからな。今日は回答日だ。色々聞きたいこともあるだろう。俺の部屋に来いよ」
ええっ!? もう、夜なのに男の人の部屋に行くなんてっ!
と、言いたいところだけど……。
今の抱えてる疑問を解決しない限りは、ぐっすり十時間以上寝れないもんね。
「参りましょうぞ」
案内された双彗さんの部屋は白剛さんの何もない部屋とは対照的に、壁一面が巻物や本や何やらで埋まっていた。
「汚い所で悪いな」
「とんでもない」
汚いとは別のベクトルで散らかってる部屋だとは思うけど、どれもこれも新品のようなものは無い。きっと、これらの文献を双彗さんは死ぬ程読み込んでいるんだろうな。
この国のために。
今更ながら、双彗さんや白剛さんの職の重さを肌で感じてしまう。
「適当に座ってくれ。酒は……、お前は呑まぬのだったな。悪いが一人呑ませてもらうぞ」
「ああ、構いませぬ。それで……」
「まずは、俺からだ」
双彗さんは私の言葉を遮るように、竹で作られたコップにお酒を注いで一口含む。
「白剛、皇帝陛下を見て何と思った」
「若過ぎると、それの一言でございます」
余りにも、若過ぎる。
「では、第一皇子の方はどうだった?」
「振る舞い、強さしかみておりませぬが、あれだけの家臣を引き連れる実力を思えば、どれを取っても王族として申し分ないかと」
「では、どちらが皇帝に相応しいと思う?」
双彗さんは、私を見る。
どちらが? 今の皇帝さんと、皇子さんの二人で?
んー……。
「何方もまだ未熟でございます故、答えることは出来ませぬ」
私だったらと聞かれたら、どっちも選べないかな。
「はっ。お前らしい。先代の皇帝陛下は、鬼の様な方であったよ」
「鬼、ですか?」
「ああ。鬼の様に強く、閻魔の様に全てを裁き、神の様に迷いなく決断をなさる。そんな方だった」
「随分と、先代の皇帝陛下を信仰なさっておりますな」
「ああ。俺たち二人は彼の方に拾い上げて頂いた身だ。彼の方が、政と戦を分けてお考えになり、戦は俺たちが指揮を取れる様にと、双極と言う最高位の役職を作り、与えて下さったのだ。全ては、この国の為に」
双彗さんは、コトリとコップを床に置く。
「彼の方の考えに間違いはない。一番身近で見てきた俺たちだ。彼の方の考えは星の数よりも多く、雷よりも正確に物事の決断を下される。だがな、白剛。俺にはわからんのだよ。何故、今の皇帝を彼の方が選ばれたのか、わからんのだよ……」
そう言えば、双彗さんも今の皇帝に不満を持っている一人だった。
「お前は記憶をなくす前に、自分には分かると俺に言った。しかし、俺にはわからん。ただの弱い農民の子供にしか、見えん。先代の想いを継ぐ器が、俺には見えんのだ」
「農民、ですと?」
その例えばどうなんだろ? 不敬罪にならないのかな?
「ああ。そうだ。今の皇帝は、農民出だよ」
「それは?」
「記憶のないお前以外はみんな知ってることだ。農民から宮廷に召し上げられた女官の腹から、皇帝は産まれた。存在は知っておっても、母親は位も何もない。だからこそ、産まれてもここには住めず、母親の村で暮らしておった」
あっ。だから、剣なんて握ったことがないんだ。普通皇子様だったら、子供の頃から剣やら何やらと習い事も多かったはず。
あの子は、その期間ずっと、農民として暮らしてたんだ……。
「そんな中でな、先代が無くなる少し前に、何をお考えになったのか彼の方は母親共々ここに皇子として召し上げられたのだ。母親の方は身分がない為、皇妃にはなれず皇子の乳母として召し上げられる形となったのだが……」
「乳母? では、桃蕈婦と言うのは……っ!」
「皇帝陛下の実の母親だよ。皮肉なものだ。身分がない一農民の方が、この国を守ろうとするのはな……」
と言うことは、毒殺されたのは実の母親って事!?
あの図書館で、皇帝さんは母親に自分の瓜を食べさせたと言ってたけど……。
そ、そんな……。酷い。
「毒味係は何をしておったのだ……っ!」
「今の皇帝には、ここに味方なんて誰一人おらんよ。桃蕈婦以外はな」
「皇帝ですぞ!? 正気の沙汰とは思えぬっ!」
「だけど、お前も皇帝を皇帝に相応しいと思わなかったんだろ? 他のやつも一緒さ。それに、次期皇帝と呼ばれていた第一皇子に取り巻いてた奴なんて出世が断たれたと言っても良い。皆、第一皇子に尻尾を振り続けて他の奴らを蔑ろにしてたんだ。今は立場すら危うい奴だって少なくない」
そんな……っ!
「双彗殿は……っ、双彗殿は如何なのですっ!?」
「俺か? 俺はもっと害悪だ。俺は一瞬でも、現皇帝が身の危険を感じこのまま皇帝の座を手放せば良いと思ったからな。さすれば、もっとまともな皇帝陛下が選ばれるだろうと」
そんなっ! なんて酷い事をっ!
あんなにも小さな子供に、どれだけ背負わせる気なの!?
私は双彗さんの置いたコップを握りつぶし、双彗さんに掴みかかった。
許せないっ! それが、大人の……っ。
大人の……。
「どうした、白剛。俺を殴らぬか?」
「……殴るのは私の仕事ではない様だ。貴殿は、後悔をしておられる」
私が見た双彗さんの目は、悲しげな色をしていた。
この人は、きっと、そう考えた自分を、救えなかった自分に後悔をしているんだ。
「ははは。何でもお見通しだな、お前は。そうだ。俺は、後悔してるよ。桃蕈婦が必死に俺に誰かが雲魏琅と内通し、皇帝の命を狙っていると訴えていた。農民風情が、何の絵空事かと流していたが、事実暗殺は起こったんだ。桃蕈婦はきっと、自分の子どもの命を狙う奴らと必死に戦っていたのにな。本当に、大馬鹿野郎だよ……、俺はっ」
「双彗殿……」
「毒味なんて、誰もやりたがらない。そりゃそうだ。現皇帝の人徳なんか関係ない。誰もが現皇帝は殺されて当たり前だと思ってるからな。そんな馬鹿な話があるとかと笑った俺の方が馬鹿だったのだ。それでも、俺は、現皇帝よりも先代が作り上げたこの代江が崩れる方が恐れている。それが何よりも怖いのだ」
桃蕈婦さんは、皇帝さんを守りたかった。
双彗さんは、国を守りたかった。
国は、皇帝さん。皇帝さんは、国。守りたいものは二人とも同じ物なのに……。
「白剛、俺はわからぬ。彼の方が作り上げたモノを、何故あんなにも弱き方に渡すのか」
「双彗殿」
「俺は、何をすれば良かったのか……。誰が皇帝になれば、こんな事が起きなかったのか。俺にはわからぬのだよ」
「……双彗殿、一つお聞きしたいのだが、第一皇子は先代が皇帝を決められた時には何も仰られなかったのか?」
「第一皇子か? いや、皇子自身は何も言ってはおらぬが、取り巻きの筆頭である大臣は食ってかかっておったな。彼奴は随分と第一皇子の肩を持って担ぎ出した男だ。その内大臣の座は取られるであろうな」
「それは何故?」
「何故って……、ああ。お前は記憶がないのだものな。第一皇子の取り巻きは、第一皇子が絶対で他の皇子たちの扱いはぞんざいだったのだ。中でも平民での第五皇子への当たりは酷いもんさ。今は先代の喪に服して役職の変更は行われておらぬが、喪があけ次第、特に政に関しての取り巻きたちは皆身分を剥奪か下げられるのは必須よ」
「成る程、いつ喪はあけられるのだ?」
「半年ぐらいだな」
「……半年」
半年我慢すれば、今の皇帝さんは新しい大臣を選んだりするって事だよね?
「戦事に付いてる奴らは、俺たちが身分の管轄を担っている。政よりは、こちらは実力主義だ。取り巻きだったと言った理由だけで席は外せんし、俺は外す気は無い。お前もそうだろ?」
んー。ちょっと腹立たしいといえば腹立たしいけど、政治とちがって戦系は戦闘力重視だし、皇子さんの取り巻きだったからサボってましたって事じゃ良いのなら、双彗さんの意見に賛成かなぁ。
「うむ、異論はないが……」
そもそも、政と戦事を先代の皇帝さんが分けたのに、わざわざ戦事側にいる人が皇子さんに取り巻く必要ってあるのかな?
そんな人居ない……、あっ! いたっ!
「香奏……」
そうだ! 今日、あの取り巻きの中に香奏さんがいたんだった!
「ん? 香奏がどうした?」
「本日の皇子との稽古に、取り巻きとして香奏の姿があった。また、私に身の振り方を考えよと言われてな。あれは一体?」
「香奏が? そんな話、聞いたこともないぞ。皇子の取り巻きに居たとは、偶然ではないか?」
「ええ、私も真相のほどはわからぬまま」
「いや、待てよ? わざわざ白剛の稽古場に足を自ら運ぶとは思えぬ。お前の所には偉奏がいるからな」
え? 偉奏さん?
「何をそんなに驚いた顔をしておるのだ」
「偉奏と香奏に何か?」
「何だお前。偉奏から何も聞いておらぬか」
私はコクリと頭を縦に振ると、双彗さんは呆れたため息を吐く。
「あの馬鹿の意地は本物だな。まったく。いつかは暴露る事だろうよ。いいか、白剛。偉奏と香奏は兄弟だ。偉奏が兄で、香奏が弟。そして、偉奏と香奏は南方にある豪族の出だ。香奏は貴族として、ここにいる」
「い、偉奏がっ!?」
香奏さんと兄弟!?
えっ!? 香奏さん、すっごく綺麗な人だよ!? 偉奏さんはどちらかというと、こう、熊さんみたいな感じなのに!?
似てないにもほどがあるよっ!
あれ? でも、待ってよ?
香奏さんが貴族なら、その兄弟である偉奏さんも貴族じゃないの? だって、お兄ちゃんの方が跡取りだよね?
「偉奏は貴族としてではないのか?」
「家督を継ぐのは香奏の方だ」
え?
顔? この国は、家督を顔で決めるの? え?ひ、酷すぎない!?
偉奏さんはあんなにも優しいのにっ!
「偉奏は家を捨てた身だからな」
え?
「白剛、お前に憧れて偉奏は家を捨てここに入ったのだ。そのせいで、家督は香奏に。香奏は、自分の兄が貴族を捨てて平民上がりの兵士達に混じって戦っている事が一族の恥だと思って目の敵にしている。偉奏はそんな香奏が疎ましく思っている。啀み合いは続いているからな。そんな偉奏が居るところに、わざわざ自分から足を向けるとは誇り高くあろうとする香奏がするはずが無いだろう。矢張り、香奏も第一皇子側に付いたと考えるのが自然だな」
「……しかし、何故? 旨味など、なかろうに」
「何か、あるのかも知れぬな。俺たちが知らない、何かが」
それは一体何なのだろう。
今この国には、何が一体が渦巻いていると言うの……?
私、怖い……。毒なんて効かない体だけど、毒殺なんて狙われたらショックで寝込んじゃうよぉ。
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