第21話

 皇子さんのあの言葉、香奏さんと似た何かを感じる。

 何か凄く良く無い予感がする。

 何か上手く言えないけど、よく無いことが、起こる気がするの。

 一体何が……?


「白剛将軍!」

「ん?」


 不安に溺れそうになってる私に、皇帝さんが手を振って走り寄ってきてくれた。


「これは、皇帝陛下。如何したかな?」

「うん。あのね、これから剣の稽古をするんだ。また一緒にやろうよ」

「はっはっは。それは良き心掛けだ。しかし、いつもの様におじさんとは呼ばないのですかな?」

「あ、うん。爺ちゃんに、おじさんって言うのはよく無いって言われて……」

「爺? ここに、祖父が?」

「あ、違うんだ。えっと、老統師の事だよ。部屋では、爺ちゃんって呼んで良いって言ってくれて、二人の時は爺ちゃんって呼んでるんだ。本当の爺ちゃんは、僕が赤ん坊の時に死んじゃったってお母さん言ってた」


 老統師さん……。


「そうか。皇帝陛下は老統師殿が好きか?」

「んー。よく怒られるから怖いけど、爺ちゃんの作ったご飯は美味しいし、好きだよ! お母さんの次にだけどね!」


 ご飯?

 まさか、老統師さんはまた毒を仕込まれないように、一人で皇帝さんのお世話をしているの?

 そんな事、一言も言わなかったのに。

 そっか……。


「素晴らしき、御仁であるな……」


 老統師さん。その優しさちゃんと皇帝さんに届いているよ。


「それより、早く稽古しようよっ。僕、ちゃんと毎日一人で稽古してたんだよ!」

「それは心強い。いつしか、この軍神白剛も陛下に一本取られるかもしれませぬな」

「うん! 僕、強くなって白剛将軍や爺ちゃんを守れるぐらい強くなるよ! 爺ちゃんも、僕の稽古見て強くなったと泣いてたんだ」


 少しずつ、この子か前を向いてくれている。

 少しずつ、この子が変わってくれている。

 私は、変えれたのかな? この子の決意を。


「それは、楽しみだ。しかし、稽古となると稽古場は今他の隊の者が使っております故、私は入る事が出来ませぬ。何処か他の場所を探さねば……」

「大丈夫だよ。邪魔しないならいいよってお兄ちゃんに言われたら!」


 そうだよね。皇帝さんが頼めば大抵のことは融通効かせるよね、大人って……。

 まあ、それでも全然いいんだけど。

 でも、今日の稽古場って誰が使ってるんだろ?

 お兄ちゃんって言ってたし若い人かな。まあ、双彗さんじゃ無いのは確かだよね。若く無いし。


「早く行こう」


 そう言って、皇帝さんは私の手を引き歩き出した。

 わぁ! もう、元気なんだからぁ。

 そのまま引っ張られてた稽古場に入ると、弓矢の音が所狭しと聞こえてくる。

 今日の稽古場は六将の香奏さんの隊みたい。

 あう、何かタイミングが悪い気がする……。

 今は、ちょっと顔合わせづらいよね。でも、あの意味って何なのかいい機会だと思った方がいいのかな?

 んー。でもなぁ……。

 私の悪い癖でウジウジと悩んでいると、後ろから声を掛けられる。


「おや、白剛将様」


 きゃあっ!


「ぬぉっ!」


 で、出たぁー!


「白剛将様とあろう者が、気配すらお読めにならないのですかな?」

「香奏……」


 ううっ。この人本当に偉奏さんの弟さんなの? 似てなさ過ぎだよぉ。

 何でこうも、私を目の敵にするかなぁ……。

 うんん、原因はわかってるんだけどね。あのガトリング投石器だよね。

 ふぅ。賛成できなものはできないし、していいものでも無いし。


「悪いが、陛下との稽古の場としてお借りする」

「ええ、どうぞ。他ならぬ陛下の頼みでございますから」


 あれ? 何か意外。もっと嫌味でも言ってくるのかと思ってたけど、あっさり塩味。

 コンソメこってり派な私は何か、モヤモヤしちゃう。でも、ここは大人な対応だよね。


「私からも礼を言おう」

「いえ、白剛将。貴方が礼を言うのはまだ早すぎる」

「香奏?」


 私の礼が?

 え? どう言う事?


「いずれ分かる事でございます。凝り固まった自らの頭で、若さ故だと笑った事を後悔する時が」


 やっぱり、随分と根に持ってるぅー!

 偉奏さんなら寝たら忘れるぐらいの話なのにー! いや、忘れてもらっちゃ困るし、ちゃんと反省して欲しいんだけどね?

 

「はっはっは、心に留めておこう」

「どうぞ、後悔のなさぬように。まあ、全て遅いのですがね」


 そう言って、香奏さんは私たちに背を向ける。

 皇子さんといい、香奏さんといい、何か感じ悪いよね。

 ああいう大人にはならないんだからっ。


「白剛将軍、早く早くっ!」

「ええ、陛下。では、参りましょうぞ」


 私は皇帝さんにせがませながらも、チラリと香奏さんの背中を見る。

 何か凄い違和感がするんだけど。

 いつもの嫌味、だよね? 私が皇帝さんについてるから、嫌味なんだよね?

 でも、香奏さんは今の皇帝に楯突いても、皇子さんについても、何も変わらないはず。

 だって、戦と政は完全に分離してるんだもん。

 なのに、何でこんなに強気なの?

 若さ故?

 でも、私も高校生だよ? 若さ故にこんな捨て台詞吐くかな?

 何か、凄い勢いで何かが始まっている気がする。

 私、こんな事してていいのかな?

 ジリジリと言葉にできない焦りだけが込み上げてくる。

 でも、誰になんと言うのだろうか?

 なんとなく、悪い事が起きそうって、双彗さんに言うの? 老統師さんに言うの?

 それこそ、私が異世界から来た乙女で不思議な力で何か悪い事が起きる事を予知したぐらじゃないと、その言葉に説得力がないよね。

 私はただの女子高生で予知能力なんてないんだから。

 そう、自分の気持ちを抑えながら皇帝さんと剣を振るう。

 ダメダメ。気が乱れてる。集中しなきゃ、この稽古場吹き飛ばしちゃうよっ!


「陛下、随分と上達されましたな。私から一本を取る日も早い事でしょう」

「本当!?」

「ええ」


 稽古も終わり、剣を片付けながら皇帝さんに笑いかけると、彼も笑顔で返事を返してくれる。

 本当に嬉しそう。

 剣も自分なりに考えながら頑張っていたみたいで、さまざまな型を私に見せてくれた。

 どれもこれも、古い書物の型で、きっと老統師さんが本を頼りに皇帝さんに教えていたんだろうなぁ。

 本当に、あの人の優しさは分かりにくいけど、すごく深いんだから……。


「僕、皇帝なんて辞めて大人になったら白剛将軍みたいな将軍になりたいな……」


 そう言って、皇帝さんは下を向く。


「おやおや。それは随分と。皇帝はお嫌いですかな?」


 ちょっとだけ、寂しそうな顔をしている皇帝さん。きっと、そんなことは無理だと自分でもわかっているんだろうね。


「うん。皇帝は覚える事がいっぱいで、すぐに間違えると怒られて……。でも、剣なら僕は白剛将軍や爺ちゃんを守れるんだよ! 皇帝よりも、将軍の方が強いじゃん! 僕、誰も守れない皇帝より、爺ちゃん達を守れる将軍になりたいんだっ!」


 皇帝さんは力強く剣を握った。

 そっか。


「ええ。確かに剣は強い」


 誰かを守れるぐらいに、強さを与えてくれる。


「然し乍ら陛下。皇帝はもっと強いのですよ」

「えー? 皇帝が? 全然強くないよ。朕って言わなきゃいけないし、喋り方も難しいし、ずっと椅子に座ってなきゃいけないもん。そんなんじゃ、爺ちゃんも白剛将軍も守れないよ」


 皇帝は、口を尖らせて私の意見に物申す。

 確かに、そうだね。

 子供だもんね、私達。見えない優しさも分からないなら、見えない強さも分からないよね。


「まさか。皇帝は、既に我等を守っているのです」

「え? 僕が?」

「はい。貴殿の変えないと言う皇帝としての決断が、全ての民を救っているのです」


 だって、皇帝さんが例え悪戯でこれはダメ、あれは要らないと言ったとしても、この国のルールは簡単に変わってしまう。

 それが王政制度でしょ?

 もし、本当に自分が我儘を通せば目の前にある世界は簡単に変わると言うのに、皇帝さんは自分がどれだけ嫌な思いをしてようが変えることはなかった。

 それは、近くで支える老統師さんの事を思ってだし、きっと、老統師さんを守る意味でも皇帝さんは今の自分より、今日迄の積み上げてきたルールを厳守してくれてる。

 ルールが変わった後の国は何れも波乱ばかり。波乱を乗り越えれば良き国に変わるかもしれないけど、きっと今の皇帝さんにはその波。乗り切れるだけの力はないもんね。

 波に飲み込まれるのは何も王だけじゃない。他ならぬ市民たちだって波は関係なく飲み込んじゃう。飲み込まれた人は、二度と帰ってこない。

 だからこそ、今の皇帝さんの決断は誰一人傷付かないように皆んなを守ってるのも一緒って事!

 それぐらい女子高生でもわかるよ!


「んー。ちょっと分かんないけど、もう僕は白剛将軍達を守ってるって事?」

「ふふふ、そうですね。そう言う事でございます」

「そっかぁ。じゃあ、皇帝も悪くないね」


 にかりと太陽のように笑う皇帝さんを見て、私も笑う。


 この時、もし、私が全てに気付いていれば……。

 あの違和感を信じていれば。

 もっと、周りを見ていれば。

 香奏さんの話に耳を傾けていれば。

 ちゃんと話し合いをしていれば。

 皇子になんと言われようと食い下がっていれば。

 いれば、いれば、いれば、いればっ!!

 後悔ばかりが旨を這う。

 ああ、どうか神様。

 この島の神様、クロネコのタキュービン様っ!!

 どうか……っ!

 私を代わりにお使い下さいっ! 私なら……、私なら……っ!



 赤い赤い絨毯の上で、皇帝さんは一人泣くことはなかったのに。


「爺ちゃんっ、爺ちゃんっ!!」

「陛下っ、老統師から離れて下さいませっ!」

「まだ、敵がっ!」

「爺ちゃんっ! 嫌だよっ! 置いてかないでよっ! 爺ちゃんっ! 爺ちゃんっ!!」


 もう、その声が届かなくなる事なんて無かったのに。

 私が、私が……っ!

 私が代われば良かったのにっ!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 どうして、皆んな戦うの?

 奪い合うの?

 どうして、こんな酷い事をするの?


「兄者、まだ外はっ!」

「偉奏下がっておれっ!」


 私の槍は、裂けぬものはない。

 例え、岩だろうが、火だろうがっ。


「……兄者。あんた、今修羅の顔をしてやがる……」

「修羅ではない。私は、殺意の波動に目覚めた女子高生だ」


 許さない。

 こんな事になった全ての者をは私は許さないっ!!


「女子高生、いざ参るっ!!」


 私は今、修羅になる……っ!


 

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