第22話

「今から遠征で、ございますか?」

「ああ。また俺とお前でと来たもんだ。まったく、代江国一の双極も安く値が付いたものだな」


 そう言って、私の部屋で奏彗さんが紙を一枚捨てる。


「ふむ。しかし、内乱とは物騒ですな」


 拾った紙は、内乱を治めて欲しい旨が書かれていた。

 平和な国なのに、内乱ってあるんだ。


「なーに。二百年ぐらい続く毎年の恒例行事さ」


 え? 二百年?


「祭りですかな?」

「祭りねぇ、そんなもんかな。ここを治める貴族は、貴族の中でも一番でかい土地を持って、権力を持ってる貴族なんだ。色々と優秀な一族だが、その分性格はひん曲がってやがる。年に一度、自分が治める土地の民達と対立し喧嘩しやがるんだ」

「民に、双極を?」


 えっ? それって、性格がひん曲がってるどころの話じゃなくない?

 すっごくひどいじゃん!


「見世物だよ。民だって本気で自分の所の領主とやり合うつもりはないさ。寧ろ、祭りだと言っただろ? 本当にその通りなんだよ。俺たちは、茶番をそこの民達とやり合うだけ。これは、ほかの貴族への権力の誇示だ。どの貴族にも許されない国一番の武将を自分達は呼べるのだと。こんなくだらない事にと、な」

「戦を司る我らの役割ではないと思うのだが?」

「そうは言っても、国一番の貴族だ。国に与える恩恵も国一番。誇示であって、誇張じゃねぇんだよ、これが。だから俺たちに行かない選択肢はない」


 つまり、私たちはそんな茶番だと誰もが知ってる内乱戦に行かなきゃならないって事?


「と、言いたい所だがな、白剛。お前は留守番だ」

「私が? 構いませぬが、何故?」

「その貴族との関係は実に密だ。決まり切ったこの茶番で、お前が記憶がない事がバレてもおかしくない」

「説明して頂ければ、問題ないのでは?」


 それって、私は覚えられないって事?

 ちょっと失礼だよね! ちゃんと言われたことぐらい出来るのに。


「お決まり通りになるわけねぇだろ。何事も常に例外が纏わりつく。その対応を何か一つでも欠ければ、直ぐに気付かれるぞ」


 うっ。そっか。私自身、白剛さんを見たことは無いわけだし、演技をしようにも無理はあるよね。

 はぁ。私がハリウッド女優だったらなぁ。顔ボコにして人相から変えれるのに。

 そもそも、本当に今の私の顔が白剛さんなのかな? それすらちょっと怪しいよね。


「だが、お前の兵は借りて行くからな。数がなきゃ、派手さがなくて話にならん。俺が居ない間、宮殿は任せるぞ」

「ああ、承知した」

「良き、土産でも買ってきてやろう」

「はっはっは。それは有難い」

「楽しみにしてろよ。あそこは酒が美味いのだ。まあ、お前は呑めぬがつまみもあるさ」


 そう言って笑うと、双彗さんは私の背中を大きく叩く。

 なんだかんだ言って、双彗さんはこの遠征が楽しみらしい。見た目ではわからないけど、そんなにお酒が好きなのかな?


「良き休日になると良いですな」

「休日じゃ無い。公務だ公務。まあ、表向きだがな。お前も良い機会だ。ここで羽を伸ばし休めば良い。どうせ攻めてくる相手などおらぬだろうかな」

「何を仰る。先程ここを任されたばかりだと言うのに」

「それこそ、表向きと言う奴だ。真面目ばかりが取り柄では無いだろ?」

「それ如何かな?」


 と言うか、ここにきて私ほぼほぼ毎日お休みみたいな感じなんだけどっ!

 だって、やれる仕事もないし、稽古だって見てるだけだし、毎日毎日やってる事と言えば、年下の子供遊んだり、ご本読んだり、近所の美人なお姉さんと噴水の前で話したし!

 毎日が夏休みな私にこれ以上どうやすめと言うの……っ!?

 と、言いたいとこだけど、それは何も出来ない私に対して奏彗さんなりの配慮からだし文句なんて言えないけどね。

 はぁ、地面を砕く系の仕事があれば、役に立てるんだけどなぁ。それぐらい女子高生でも出来るんだから。


「さて。そろそろ兵の準備も終わった頃か。では、二日目に戻るが、馬をかけて戻れば半日もかからん場所よ。何か困ったことが出来たら伝書を出せ。良いな」

「ええ。では、双彗殿、お気を付けよ」

「ああ、行って参る」


 双彗さんの背中を見送った後、私は図書館に借りた本を戻しに向かった。

 双彗さんが出かけると言うことは、きっと白瑛さんも付いて行くだろうし、自分の兵隊さん達も誰も居ないし、本格的に私はやる事ないんだろうなぁ。

 今日はどうしよう?


「兄者!」


 あれ? その声は?


「偉奏。貴殿、遠征はどうしたのだ?」


 遠征に出かけたはずの偉奏さんが私に手を振っていた。


「俺も留守番組よ。双彗将がな、お前は演技が下手だから兄者の世話でもしておれと言われてな」

「そうか」

「まったく、いい酒が呑めると思ったのに。残念よな」


 口では残念だと言いながらも、偉奏さんの顔から笑顔は絶えない。

 双彗さんったら、本当に心配性なんだから。

 一人で休んでも楽しくないから、偉奏さんを残してくれたのかも。これも大人の優しさだよね。


「兄者、今日は何をなさるおつもりだったのだ?」

「それがな、特にすることも無く途方に暮れておったのだ」

「ほう。そいつぁ、丁度いい。一度街に降りて見ぬか? 今旅商達が来ておると聞く。どうだ? 兄者は戻られて一度も宮殿から出ておらぬだろ?」


 旅商人かぁ……。ちょっと気になるかも。

 お買い物とか、ここに来て縁が無かったし、気晴らしにでもなるかな。


「良いな」

「兄者ならそう言うと思ってたぜ! では、昼餉の前にでも行くか。俺が案内致すぞ」

「うむ。では悪いがこの文献を返すのを手伝ってはくれぬか?」

「任されたっ!」


 どんな物を買おうかな?

 双彗さんやトメーコさん達にお土産でも買おうかな?

 久々の買い物にワクワクしながら偉奏さんと私は図書館に向かった。

 しかし、図書館に向かう時に私達の足は止まっちゃう事になってしまう。

 カンカンカンカンと、頭に響く鐘の音色。


「うぬ?」


 ほえ? なんの合図なんだろう?


「兄者、これは敵襲の報せの鐘だっ」

「なぬっ!?」

「兄者、外にっ! この回数、かなり近くまで来てるのか!?」

「うむっ! 偉奏、武器を持てっ! 急ぐぞっ!」


 双彗さんが居ない時にっ!?

 でも、この都は六将さん達が守ってるし、大丈夫だよね?

 大丈夫、だよね?



 外に飛び出した私達は、この宮殿の守備に当たっていた香奏さん達が敵と対峙してる光景を目にする事となる。

 あの敵さんの鎧、あれは雲魏琅さんっ!?


「どいておれっ!」


 私は一目散に階段から飛び降り、槍を振り回す。


「白剛様っ!」

「皆の者は下がって、弓をっ!」


 階段の下の下には、沢山の雲魏琅の兵士達の姿が。

 都のところどころには火が上がっている。

 これじゃあ、都の人達がっ!


「他の六将達に、都の人々の救助に回るよう伝えてくれっ!」


 宮殿に向かう道はこの階段だけ。

 壁さえ壊れさせなきゃ、他に登ってくる手立てもないし、ここを私が死守すれば……っ!


「兄者っ!」

「偉奏か」

「助太刀致すっ!」

「頼む。暫し、二人で持ち堪えるぞっ!」

「任されたっ!!」


 一度に上がってこれる兵の数なんて知れてるし、都の人達を逃がし終われば、下から六将さん達が加勢してくれるはず。

 ここをなんとか、持ち堪えればっ!

 何とかなるっ!!


「うぉぉぉぉっ!」


 次々と階段に上がってる兵士さん達を偉奏さんと二人で払い落としながら、徐々に下に下にと攻めて行く。

 名のある武将はいないみたい。


「ふんっ」


 これなら、多少時間はかかっても鎮圧は可能だよねっ!


「兄者っ! 上だっ!」


 その時だ。

 ゾクリと悪寒を孕んだ殺気を纏った剣が、上から降ってくる。

 この剣筋……。


「ぐぅっ!」


 何とか槍で防いだけど、なんて重いの!?

 私、この剣筋を知っている。


「防いだか……」


 上から降りてきた黒い影は、何の感情もない様な声で呟いた。


「貴様、玄歐のっ!」


 雲魏琅の兵に混じって、黒い鎧が見える。

 これ、雲魏琅だけの兵じゃない。これは、雲魏琅と玄歐の合同軍っ!!

 

「お初にお目にかかると思ったが、俺を知っているのか?」

「名は知らぬが、その剣筋。あの時、私の剣を落とした玄歐の兵だな」

「ほぅっ! 流石は軍神っ! 一度見た剣筋を忘れぬとはなっ!」


 剣筋ぐらい、一度見たら流行りに敏感な女子高生は忘れないものだよっ!


「兄者っ!」

「偉奏っ! この者の間合いに踏み入るなっ! 踏み入れたら最後、切られるぞ」

「くっ!」

「くっくっくっ。まだ手合わせをして居らぬと言うのに、俺の剣技を見破るとは、噂以上だな」

「女子高生は空気をと間合いを読み合う事に長けた猛者。貴様の間合いなど、遠の前に見抜いておるわっ!」


 そして、この人がとてつもなく強いってことも。

 きっと、私よりも……っ!


「では、こちらから迎え入れよう」

「何?」

「参る」


 早いっ!


「くっ!」

「避けたか」


 この人の踏み入る一歩が、普通の人よりも大きい。そして、相手の懐に入り込む正確な位置に足を置く。

 まさにその技術は見事の一言に尽きる。

 どんな死闘を何度繰り返したら、こんな技術が手に入ると言うの?


「しかし、何処まで持つかな?」


 彼の言葉通り、ここは場所が限られた階段の上。

 広い戦場の様には立ち回る事は出来ない場所。これは、断然女子高生ピンチだよっ!

 でも……。


「こちらも、好都合よ。偉奏っ! 下に下り兵達をくい止めよっ!」

「兄者っ!」

「私は心配いらぬっ! これしきの剣が防げぬ軍神ではないっ!」

「何っ!? 貴様、槍を使って間合いを崩すなどっ!」

「行け、偉奏。軍神として、私を死んでくれるのならば、突き進めっ!」

「兄者……っ! 任されたっ!」


 本当は、そんな余裕ないけど。さっきのは、マグレだけど。

 ここで威勢張らなきゃ、女子高生じゃないよねっ!


「参るぞっ!」

「くっくっくっ。面白いっ!」


 何度も何度も剣と槍を交え、互いに死線をギリギリに交わし合う。

 何を取っても無駄のない動きばかり。

 ギリギリで躱すから、体力の消費は最小限に抑えられる。

 長引くのを見越して、これ程的確に……。

 あれ?

 でも、これぐらいの技術がある人が、何で長期戦を見越してるの?

 フルパワーで押した方が、この少ない足場で私の方が圧倒的に不利なのは相手も分かってるはず。

 敵陣の中で戦いを長引かせても、加勢が来る可能性の方が高いもん。相手にとっていい事なんて、何もないのに。

 何で?

 もしかして、何かを待ってる?

 何を? 加勢?


「どうしたっ! 軍神っ! 心配事かっ!? 先程から手元がおぼついておらぬぞっ!」

「ぐぬっ!」


 何か、何かあるの?

 その時だ。

 宮殿のある上から、何か重い物を引きずる音がする。

 何? 上から?

 見上げれば、香奏さんの姿が。

 そして、その後ろには……。


「ガトリング、投石器っ!?」


 購入を許さなかったガトリング投石器が、ずらりと並んでいる。

 嘘っ! 何で!?


「皆、用意。下に目掛け撃てっ!」


 まさかっ!

 私は黒い鎧さんを見ると、彼はニヤリと笑った。


「大国代江も、落ちたな」


 やっぱりっ!


「撃てっ! 撃てっ!」


 岩は空を飛び、敵兵達を次々に押し潰す。


「はっはっはっ! 白剛将見て居られますかっ!? これが新しい技術のちからなのですっ!」

「香奏っ! 引けっ! 引くのだっ!!」

「はっはっは! そこで貴方は一人指を咥え妬んでおられれば良いのですっ! これからは、私達新しき者達の時代なのだっ!!」


 駄目っ!


「香奏っ!! 引けっ! なぜ分からぬっ! 貴様は今、敵の突破口を作っておるのだっ!!」


 香奏さんっ! 私の声が届いてっ!

 だけど、そんな魔法は何処にもない。

 ガトリング投石器に向かって、一本の火矢が投げ込まれる。


「はっ! 投石器に火矢など……」

「香奏っ! 逃げろっ!! 爆発するぞっ!!」

「は? 何を仰る。投石器ですぞ?」


 駄目、もう間に合わないっ!

 私は黒い鎧さんの攻撃を背中で受けながら、香奏さんに向かって走り出す。

 痛いっ!

 体が切り裂かれた様に、痛いっ。

 でも、止められないっ! 香奏さんは偉奏さんの弟だもんっ! 何があっても、私が守らなきゃっ!!

 私はガトリング投石器から庇うように香奏を抱きしめた。


「えっ?」


 その瞬間、激しい爆発音と共に、ガトリング投石器が爆発する。

 普通の投石器なら火矢なんて問題ない。けど、これはガトリング投石器。中には油圧で制御されていて、火がつけば引火し爆発する。

 爆発すれば、宮殿を守っていた塀の壁が崩れる。崩れれば、この階段以外から、敵兵達が上がってくる!

 敵兵さん達はこれを狙ったいんだ!

 でも、何で持っていなかったガトリング投石器を……?

 まさか……っ!


「香奏、怪我はないか?」

「は、白剛将……っ、わ、私はっ」


 香奏さんは顔を蒼白にして、下に向けようとする。

 自分の失敗に、今心の底から気付いて後悔に怯える様に。


「香奏、顔を下げるなっ!」

「っ!」

「怯えるな、お前は強い。戦いは終わって居らぬのだ。今は、貴殿の隊の力がいる。力を貸してくれるな?」

「白剛将、様……。はっ!」

「体制を立て直し、宮殿内へ入れっ」

「承知っ!」

「……香奏、一つ聞くがあの投石器は誰が?」


 敵は、ガトリング投石器が来るのを分かっていた。

 だとすると……。


「第一皇子からの賜り物でございます」


 やっぱり。


「皆、中へっ!! 陛下の元へ急ぐのだっ!!」


 これは、仕組まれた戦いだったんだ!!

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