第21話 お勉強会~レッツエンジョイえっちり~

 まさか再び渡の部屋に帰ってくることになろうとは。

 部屋の中央にある小さな丸机を三人で囲み、黙々と勉強をする――というわけにはいかず、全員机の中心を見つめたままピクリとも動かない。安城寺の言うことに従ったせいで最初の一手を盛大に間違えてしまった。

 そこに置いてあるのは一冊の参考書。なぜこれを鞄からカケラの躊躇ためらいもなく取り出してしまったのか。

 

「ボーイッシュなイケメン彼女と――」

「正統派女生徒会長の――」

「禁断の愛」


 ようやく口を開いたかと思えば、二人とも息のあった自己紹介を始めた。それに続いて俺は『禁断の愛』というかたちで締めくくった。けっして俺の思いつきによる発言ではない。

 ボーイッシュなイケメン彼女と正統派女生徒会長の禁断の愛。

 強いていうならば保健体育の参考書。今回のエロ本グリモワールはエロ漫画。表紙中央には淫らに肌をさらけ出した巨乳の女子高生が悦に浸った表情を飾っていた。しかしそれには目もくれず、俺たち三人が一目散に目を向けたのは、表紙の左下に細々と書かれていたタイトル。まさしく俺たちがリレーして口ずさんだ、いかにもヤバ気なタイトルだった。


「森田くんはさ、これを見てどう思ったの?」

「え、いや、その、まだ読んだことなくて……ホントだよ?」

「このモッコリスケベが。恥を知れ」

「……え、もしかして二人とも、登場人物に自分重ねてんの? 自覚あんの? 興味あんの? このボーイッシュなイケメン彼女と正統派女生徒会長がイチャラブえっちなことしてるとこ」


 と、今さらながらとぼけて反撃してみると、渡は吹けもしない口笛を吹いて何かをごまかし始め、安城寺はまさにその通りと言わんばかりの勢いでエロ漫画を手に取った。

 安城寺がエロ漫画を手に取り、ページを次々にめくっていく。最初は勢いよくめくっていた安城寺だったが、めくる手のスピードが少しずつ落ち、最終的には指先でページの端を一枚一枚汚物でも掴むかのようにつまんで進めていく様は、エロ漫画を忌避する心の表れだった。だから表情もイキイキとしていない。

 二次元は苦手なようだな、安城寺。俺は机の上からエロ漫画を回収し、乱暴に鞄の中に突っ込んだ。


「はーい回収でーす」

「ちょっと、まだ読んでないんですけど。私と渡さんが出てきそうなやつ」

「やめとけって。こういうの苦手なら吐き気するかもしれないからな」

「へ、へぇー。まあ、それでも私なら大丈夫だと思うけど、森田くんがそういうなら今回はやめておくわ」

「安城寺にそこまで言わせるとは、森田てめぇ、さすがはエロ本マイスターだな」

「……勉強すっぞ。まずは何からやろうか」


 腹立たしい気持ちは抑えろ。本題に入れなくなる。お世話になった渡ママに一宿一飯の恩義を今ここで返さなければ。


「地理か生物で」


 渡が即答してきた。ふむふむ、こいつの魂胆くらい容易に読み取れる。


「ごめんね、渡さん。私たち生物は専攻していないから、それだけは教えてあげられないの」


 ということだ。どうしても勉強したくないらしい。生物の他に地理と言ったのは、単なる暗記科目で特に考える必要もなく、ただただ暗記にいそしめばいいから、テキトーにノートを書き写せばすむからだ。さらにダラダラ勉強してもやっている気分になれる科目。まさに今みたいな勉強したくない時にはうってつけ。


「じゃあ、俺のノートを写せ。たぶん……いや、学校一のノートだよ」

「ほう、えらく自信あんじゃねぇか。それなら見せてみろ。生徒会長様のノートと比較して、俺が判定下してやるからよ」

「私のノート、ただ板書写してるだけだけど、すごく見やすいって評判だよ? 森田くん大丈夫? 私に勝てそう?」

「大丈夫。見やすいかどうかはわからないけど、面倒くさがりの人間にはもってこいの一冊になってるから」


 俺は机の上に自慢のノートを召喚した。

 たぶん俺は今、闇に染まりし不敵な微笑みをかましているに違いない。自信に満ちたドヤ顔をさらしているに違いない。


「まず、前回は問題演習の解答が主な板書だったんだけど――あれはダメ」

「はぁあ!? お前、板書見せてくれんじゃねぇのかよ」

「俺はひと言も板書なんて言ってないぞ。板書って言ったのは安城寺だ」

「じゃあ何書いてあるの?」


 安城寺がノートを奪って開いてみせた。


「前回は主に語呂合わせ、かな。解説はプリントに書いてあったから、ほとんど板書はとってないな」

「うわーでたよ。天才様は言うことが違うなぁ、うっぜぇ……マジうっぜぇ」

「数学とか物理とは違うんだから。科目ごとに勉強方法変えないと、無駄ばっか増えて勉強時間で雪ダルマできるぞ」

「……なるほど一理あるわね。ただの変態……ただの変態だと思ってたけど、少しだけ見直したわ、森田くんのこと」

「あーはいはい、どうして二回も変態って言ったのかな? どうして言い直しても変態のままだったのかな? ……まあいいや。とりあえず渡のリクエスト通り、地理の勉強始めよっか。名付けてエッチな地理――『エッチリ』だ」


 どうした、歓声が聞こえてこないよ。ここはおぉーとか言って盛り上がるところじゃないのかよ。これから始まるのは俺のオンステージだぜ? 拍手のひとつもなしですか。もう教えてあげないぞ。


「じゃあまずは、米の世界総生産量からな」


 米の世界総生産の順位がノートに殴り書きしてある。

 一位 中国

 二位 インド

 三位 インドネシア

 四位 バングラディシュ

 五位 ベトナム

 六位 タイ


 各国の頭数文字には丸をつけている。ちなみに上から順に『中、イン、イン、バン、ベト』で、タイには何もついていない。

 これだけを見せられている二人はポカーンと間抜けずら、いや、拍子抜けといった表情を隠し得ない。確かにこれだけですべてを理解しろというのは無茶無謀。これこそ解説が必要。そう、地理はただの暗記科目ではない。

 さあ、エッチリのスタートだッ!


「まず注目してほしいのは、文字数。中国からバングラディシュまで文字数が増えていくだろ? それはまるで、えっちなことに興奮していく男の――おっと失礼」


 女子相手に男の勲章を名称で言うのは、いささか品に欠けるよな。教える相手にたとえ安城寺がいたとしても。

 さて、二人の表情に変化はない。これは話を続けた方がよさそうだ。理解しようとしているのか、それともドン引きしているのか、俺にはまだ判別がつかない。


「次に注目してほしいのは、丸のついている部分。して、絶頂したらって放つ。それがっと。文字数サイズも絶頂時に最長、ひと仕事終えれば縮んで最終的に中国と同じ文字数サイズのタイになることが見たらわかるよな」

「……すごいね。森田くんのすんなり入ってきたよ」

「頭の中に、語呂合わせが、な。……何はともあれ、米ってのはベトベトしているし、白いし、この語呂合わせの相性は至高だろ?」


 教える相手がもし男だったら、シコシコ至高、さっそく問題演習ならぬ実践演習をしてみよう、と冗談まで言っていたところだ――が。さすがに言えない。

 とくに渡がいるから。

 話の途中で何の例えなのかを悟った渡は、ボッと顔を一瞬で赤くしたあと、放心状態からの機能停止に陥った。ぶっちゃけ初披露のこのネタ。どんな反応をされるのか気にしてたんだけど、渡の反応は予想外だったな。まさか受け入れ拒否とは。やっぱりエロ耐性がない渡にはきつかったか。


「じゃあ隣の小麦は……?」


 安城寺は案の定ノリノリだ。俺もこう食いつかれるとついつい答えたくなる。

 一位 中国

 二位 インド

 三位 アメリカ

 四位 ロシア


 米の世界総生産量の右隣に書いたのにはちゃんと理由がある。それは米が攻めで小麦が受けだからだ。丸がついているのは『中、インド、ア、ロ』だ。


「これは順位完全無視なんだけど、これは素直に語呂合わせで『あちゅいのを口に』で覚える」

「んーイマイチ。せめてアメリカが一位ならなぁ」

「それなら米の左に書いてあるトウモロコシはちゃんと『あちゅいブラある?』なんだけど」


 米の覚え方とくらべれば雑で安城寺は顔をしかめている。

 順位はアメリカ、中国、ブラジル、アルゼンチン。続いてメキシコ。トウモロコシのように大きなアルゼンをメキメキシコシコ、とまでは安城寺に言えれば納得してもらえたかもしれない。


「ふーん、なるほど。世界がこんなにも下ネタに溢れていたなんて。まるで私たち一般人がおかしいみたいね」

「あのな、お前は間違いなくこっちの人間だからな。一般人ってのは渡みたいな女の子のことを言うんだ」

「この『イッちゃいな、フェブラで』って語呂はけっこう好きね」

「これは俺もお気に入りなんだよ。これすごくないか? バナナのために存在してる語呂だろ? 奇跡的な順位だろ。やっぱりフェブラは男のロマンだからなぁ」


 インド、中国チャイナ、フィリピン、エクアドル、ブラジル。まるで示し合わせ。世界的に生産量を調整しているのではないかと八百長を疑われてもおかしくはない順位だ。


 さてここでコーヒーブレイク。ちょっとした語呂の復習をしてみよう。

 一つ目。ベトナムは『べとっ』という聞く人が聞けば卑猥な効果音になる。

 二つ目。ブラジルはほぼ確実に『ブラ』と下着になってしまうという。

 三つ目。中国には圧倒的な応用力がある。

 四つ目。エチオピアは『えっちなおっぴい』……。

 おまけ。パラグアイのアナグラムはに似てるよね。ちなみにアナグラムとは、単語の文字を並び替えることで、元々あった単語とは全く違った単語を作るという言葉遊びのことだ。

 で、そのアナグラムは『パイアグラ』ね。


「さて、渡の勉強会だし、そろそろ起こすか」

「えーまだ面白そうなの残ってそうなのに」


 と安城寺は文句をぶーたれつつも、渡の肩を揺すり、


「渡さん、地理はやめて他の科目の勉強しよ?」

「そ、そうだな。……す、すまねぇ、ちょっと俺には刺激が強すぎた。朝から……違うな。昨日の夜からいろいろありすぎて俺の頭ん中ァパンクしちまってた」

「昨日の夜から……ねぇ」


 安城寺からのキレイな流し目がサイコに怖ろしい。


「さ、さて今から数学でもやるか。あとは二人でやっててくれ」


 俺が勉強会に混ざるとエロ方面に引っ張るせいで、渡が勉強に集中できなくなってしまうから――という理由でリタイア。今度改めて違うかたちで一宿一飯の恩義を果たすこととしよう。

 どうやら安城寺も事を察してくれたらしく、二人でガールズトークを始めた。渡へのウォーミングアップをかねているのかもしれない。

 俺はマイペースにやらせてもらう。鞄から数学のノートを取り出して、机に広げた。前回の授業の終わりにメモってある問題に目を通す。なになに……?


 問一

 原点Oと点(7,2)を通る一次関数グラフが、『エ』を『セ』に変えたX軸と卑猥ひわい(Y)軸上を描くとき、直線の方程式を求めよ。また、適当な数を代入し、求めた方程式が正しいことを証明せよ。ただし、このとき、数ではなくオカズを代わりに用いないこと。

 

 これは、授業中に出された問題を早く解きすぎて暇してた時にノリで作った問題。

 難易度的には中学生の問題。きっと思春期の入り口に立つ男子には、間違いは間違いでも、大好評間違いない問題だ。あの年代は下ネタ大好きだからなぁ。

 ったく、数Cの授業中に何考えてんだか。ちゃんと授業に集中しろよ。

 ったく、吸うならCじゃなくてもっとデカいEくらいをチュウチュウしたいぜ。


「渡さん、髪整えたら可愛くなりそうだよね」

「俺が可愛く? バカ言うなよ、笑っちまうぜ。ぜってぇありえねえ。それに髪整えんの面倒なんだよ。だから短髪にしてんの。わかったか?」

「えー似合いそうなのになー。ねぇ、森田くん」

「ん、そだねー」

「そ、そうかなぁ。ふ、ふーん」


 作るならもっとまともな問題作れよな。

 せめて一次関数じゃなくて二次関数にしてグラフの反り立ち具合を曲線のカーブから見出せよ。原点Oと点(7,2)でモナピーを表現するのだって、もっと考えればまだまだ改善の余地があっただろうに。

 ……今時、πパイは古いし。

 ……そうだな。及第点とするなら、某X軸と卑猥(Y)軸。そして軸という名の棒が交わる原点O(0,0)という座標。この(0,0)という二つの穴に軸棒をぶちかます、ってのはまだあり。そこにトドメの絶頂(Z)軸をもって原点Oの中にエクスタシーをぶち込んだら数学としてでも肉体としてでも問題と成り得るだろう。

 ……ん? 何の問題かって? ……1+1=3になる問題さ。


 なんだかんだで二時間たった。


 わかったことは、渡の要領の良さ。途中から俺も渡に教えていたのだが、少し基本をさらえばサラッと次から次へと問題を解けるようになってしまう。仕舞には俺が悩んでいる時に横から茶々を入れてきたかと思うと、問題に対する的確なヒントで、あっという間に解けてしまった。

 俺は初めて天才を目の当たりにした。まさかこんな身近にいたとは。


「いやー助かった助かった。これで今度の中間テストも乗り切れそうだぜ。もしかしたらトップ獲れちまうかもな、ははは……は、は、も、森田……?」

「ぜってぇ負けねぇ」

「お、おう」


 大人げなかったですね。ごめんなさい。でもね、素直に謝りたくない。

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