第26話 俺、涙目不可避


「マジでなんなのあいつ、信じらんねぇんだけど、ぶっ殺してやろうかな。俺のことなんだと思ってるわけ。いつも側にいるだけの人形? お飾り? 抱き枕? てゆうか彼女のイメチェンに気づかないってどうゆうことよ。どうせ普段はガサツで男っぽいですよ。一人称俺って言っちゃってるし、すぐ手ェ出ちゃうし。でもマジでなんなのアイツ、信じらんねぇんだけど、ぶっ殺してやろうかな。俺のことなんだと思ってるわけ。マジで抱き枕としか思ってないんじゃねぇのか。てめぇのイチモツちょんぎってやろうか、クソッタレ。そもそも——」


 わたりの発言内ですでに二度殺す宣言をされた風紀委員長の成宮。同情はこれっぽっちもしない。なんなら、あと数度は殺す宣言を言い渡されればいい。というか殺す発言よりイチモツちょんぎる発言の方がリアリティがある。さすがにここまでくると、同じ男として身震いを禁じ得ない。

 このまくし立てるような怒涛の暴言は終わりのないループに突入している。

 さすがの安城寺も困り顔でなすすべなし、といったところだ。保健室内に渡の暴言が充満して俺たちが窒息死してしまわないうちに、打開策を講じなければ。


「渡さ、抱き枕って表現はちょっとここではやめてほしいかな。ここ保健室だし、変な方に思考が偏ってしまうから」

「んだと? テメェはアイツのかたを持つってのか? はん、男ってもんはどいつもこいつも。どうせモッコリ田テメェも俺のこと抱き枕くらいにしか思ってないんだろうが」

「ち、ち、ちがうわッ!? ……あのー安城寺さん、誤解だから。軽蔑しないでくれませんか」


 ははは、火に油。出火先の渡から安城寺にまで火の手が広がってしまった。

 ゴミを見る目と言えばゴミに失礼だと言わんばかりの視線を俺に浴びせてくる安城寺は、次に口を開いた。


「誤解? 軽蔑? 人の体散々もてあそんどいて何を言っているのかしら。寝言にしては目が開きすぎているような気がするのだけれど」

「このヘンタイ。ケダモノ。ドエロ魔人。妹大好きロリコン。モッコリ田ロリィ田ムッツリ田。森田イニシャルのMはマゾのM。マジでキモイ……キモぉ」

「キモリ田くん、ね。新たな称号をもらうことができてよかったね」


 矛先が風紀委員長のから俺にシフトチェンジしてないか。このままだとヤケドですまなさそうなんだけど。死んじゃいそうなんだけど。

 俺、涙目不可避。

 その後、俺への罵倒はさらに拍車がかかり、沈下するまで十五分を要した。それだけ時間があれば人は簡単に死んでしまう。俺は灰も残らないくらいカラッカラに干された。

 だからこそあえて強がってみる。俺はまだ戦えると見栄を張る。

 

「ど、どうだ、スッキリはしたか」


 改めて、俺、涙目不可避。

 強がってはみたもの、二人には容易に見抜かれてしまったらしく、それぞれ手を俺の肩にポンポンと同情と慈悲の念を込めてくれた。


「スッキリなんてするわけねぇだろうが。成宮アイツのことボコして俺のことどう思ってんのかはっきりさせてやる」

「……そうか」


 やめておいた方がいい、と言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。

 傷つくのはお前だ、と言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。

 成宮という男は渡のことを自らを彩る大事な装飾品程度として思っていない。もし、より素晴らしい女性が手に入るのであれば、容易に渡を手放す。自らのステータスを努力してあげることなく、ヒトという装飾品で補うという愚の骨頂。

 俺は渡という女を知っている。

 だから、そんな俺ができるアドバイスはひとつだけ。


「あのさ、渡、お前、あの野郎と別れたらどうだ」

「かわりに森田くんが渡さんと付き合ってくれるって」

「まあ、それも悪くない提案だな安城寺……安城寺イィィィィイイイイッ!?」

「ほら、渡さんもまんざらでもない顔してるじゃない。……あれ、もしかして渡さん、成宮くんと付き合ったのって妥協だったのかしら。それとも鈍感な男の子にヤキモチ妬かせるための打算だったのかしら」

「違うわッ!!!!」

「……だよな、驚かさないでくれよ、安城寺」

「私も今いろんなことに驚かされているわ」

 

 まったくどうして成宮アイツと別れることと俺と付き合うことが等価みたいになっているんだ。

 あきれてため息を漏らす安城寺と、ブツブツ小言を壁に漏らす渡。

 女心ってものはさっぱりわからない。そもそもどうして保健室に来たのかも忘れてしまってわからない。もう教室に戻ろうかな。


「おいゴラ」

「……え、もしかして俺のことですか」

「他に誰がいるんだよ、バカか、テメェは」


 もはや醜いあだ名ですらなくなってしまった。もう一度確認しておくけど、俺、何も悪いことしてないよね。俺の存在自体が悪いって言わないよね。


「今日中に成宮の本音、探ってこい。放課後テメェに聞くからな。わかりませんでしたはナシだ。わかったな」

「実質昼休みくらいしか時間ないような」

「返事」

「はい、よろこんで」


 安城寺に目配せして助けを求めようとするも、彼女は渡の味方だ。冷たい視線が俺の肌に突き刺さる。もしかして安城寺なりに俺を応援してくれているのか。……だけどな、お前と一緒にしないでもらいたい。ありとあらゆる視線を浴びて興奮するお前とな。そんなことで喜ぶヘンタイはお前くらいだ。

 ちくしょう、横暴だ。横暴だ。横暴だ。

 成宮と付き合う渡もどうかと思うけど、渡と付き合う成宮もどうかしていると感ぜずにはいられない。

 最後にもう一度、俺、涙目不可避。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エロイムエロッサイムから始まる森田俊平の高校生活 助六 @suke_roku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ