第18話 公開処刑を癒してくれるエンジェル(2)

 欲しがっている。もっとほしい、と。

 ゆうちゃんはほっぺにどろっと白い粘液をつけ、それを拭うこともせずに。渡ママは口の中に頬張りすぎて涙目になりながらもさらに求めて一心不乱に。

 ごっくんと飲み込めば、寂しくなった口の中に再び二本の棒をいっさいの躊躇ためらいもなく突っ込んで、時折はしたなく音を立ててむしゃぶりつく。溢れ出る唾液は口内にとどめておくことができずに唇の端から垂れ流しに。

 熟練された美魔女とあどけない非合法ロリによる夢のこらぼれぃしょん!!


「渡、お前上手なんだな」

「あったりめえよ。こちとら毎日やってんだからな」

「……うま、紘ちゃん結婚しよう」


 素直に感想を言うのが恥ずかしかったので、結婚しようと冗談を織り交ぜてみた。

 俯いて身体をプルプルしている渡。怒り心頭、ぶち切れて俺に殴りかかってくる様が目に浮かぶ。が、予想に反していっこうに動きがない。

 暴言でも暴力でもツッコミもらわないと、ボケをかました俺が大ヤケドしちゃうんですけど。少しでも恥ずかしさを紛らわすために、俺は親子丼をがむしゃらに口に運び続けた。


 それから間もなく、無駄な会話が交わされることなく食事が終了した。


 渡ママは口の周りをぐちゃぐちゃにしているゆうちゃんを綺麗に拭いてあげている。もちろんほっぺについていたマヨネーズも。ゆうちゃんの扱い方がまるで幼稚園児だ。

 渡の作ってくれた料理は想像を絶する美味しさだった。

 一介の高校生が作る料理のレベルを遥かに凌駕している。だって俺の母上より料理うまかったんだもん。ちなみに俺だけ即席メニューだったらしいがそれでも十分に美味かった。俺の大好き、親子丼。


「おにぃちゃーん……よっと」

「ひぎっ!?」


 ゆうちゃんわざと俺の天国ヘブンの上に乗ってないか!? とりあえず平常心を保て。

 俺の隣でハンバーグを平らげて満足げなゆうちゃんが、またしても俺の上に腰を落ち着かせた。どうやら特等席になってしまったらしく、体を前後に揺らして興に乗じている。それを微笑ましそうに見つめる渡ママはご満悦で、それを肴にして日本酒を煽っている。

 俺の手を自分の頭の上に運ぶゆうちゃん。どうやら頭を撫でろとのことらしい。いいでしょう、ナデナデしてあげましょう。ボサボサ頭の姉とは正反対なサラサラな黒髪をくように撫でてあげる。


「おいロリ田ァ、食い終わったなら頭なでてないで机拭け」

「はい、わかりました、渡様」


 渡が食器を上げた先から俺が台拭きで机を拭いてく。ゆうちゃんを抱えながらでなかなかの重労働。でも夕食という労働対価は十分にもらっているので、これくらいはしないと渡に申し訳がつかない。


「ほれ、お茶」

「あ、ありがとう」


 台拭きがちょうど終わるタイミングで差し出された温かいお茶。

 ずずずっと啜ってはぁーとひと息。

 なにこれ、これが幸せって気持ちなのかなぁ。俺もう死んじゃうのかなぁ。

 確かに今日学校にいる時は死にたいと血涙流しながら願っていた俺だけど、もう少しこのままでいたいような。でもまあ、もう死んでも後悔はないかな。このまま安らかに天国に行くのもいいかもしれない。どうせ来週から学校行ったって針のむしろグサグサ串刺し地獄パラダイスだし。

 きっと今膝の上に座っている天使さんが俺を天国まで連れていってくれるんだろうなぁ。心が洗われていく。さあ、連れていっておくれ。


「で、坊や、食べるものも食べたんだし、風呂でも入って行きなよ」

「いやいやそこまでさせてもらうのは、さすがに申し訳ないですって」

「今ならもれなく紘のボディウォッシュ付きだぞ」

「バスタオルどこですか、バスタオルもらってもいいですか……あっ」


 欲望に忠実な俺は渡ママの言葉に少し食い気味に答えてしまった。

 恐る恐る渡の顔を覗いてみる。顔を赤面させて恥ずかしがってはいなかった。が、鋭い眼光で俺を睨んできた。顔の横で握る拳は幾百の凶器よりも殺気を孕み、引き攣った笑顔はどんな悪魔も逃げ惑う。

 俺は慌てて取り繕う。

 ゆうちゃんが邪魔で……こほん、ゆうちゃんを置いて逃げることはできない。


「あれですよね、あれ。ボディウォッシュって、渡が普段使ってる身体を洗う液体石鹸のことですよね、お母さん」

「違うよ? 紘のヤツ着やせするタイプで、実は意外と……」

「お、お母さんッ!?」


 俺が助けを求めているとわかっていながらこの態度。自分の胸の前でジェスチャーして渡の胸の大きさを俺に伝えてくれ……ってそんなに大きいんですか!?

 渡の胸を確認。いったん渡ママのジェスチャーを見直して、いざもう一度確認。

 ……いやありえないだろ。どう考えてもその服の下に二つのメロンパンが隠れているとは思えない。控えめに言って、鞄の中に入れっぱなしにして置いたせいで教科書に潰されてしまったぺちゃパン。


「てめえ、どこ見て何思ってやがる。俺の気のせいじゃなかったら一回ぶん殴ってもいいくらいだよな」

「何も見てないよ!? だって何もないもん……んン!?」

「……くっくっく、いいだろう。よし、決まりだッ。表に出ろ。家を汚したくはないからなァッ!!」

「それって俺が吐いちまうほどボコボコにするってことでよろしいのでしょうか。血とかさっき食べた料理とか吐いちゃうくらい腹パンされるってことでよろしいのでしょうか」

「ボディウォッシュの意味がわかってなかったお前にしちゃあ、ものわかりがよくて助かるぜ」

「……ふふ。……え、でさ、ボディウォッシュって本当はどんな意味なの? 石鹸とか体洗う用の洗剤って意味じゃないとすると……。え、なんて意味なのかな、教えてほしいなぁ」


 さて反撃開始といこうか。精神攻撃は戦闘における常套じょうとう手段。


「な、なにとぼけてやがる。さっきクソババアが説明してたじゃねえか」

「それは渡のおっぱいの大きさについてだろ、なあ、ちっぱい姉ちゃん」

「なッ!?」


 俺は渡の母親がいる前でなんてことを口走ってんだ。


「悪かったって。お前は巨乳だ。ナイ乳じゃないウシ乳だ。着やせするタイプなんだろ? でさ、ボディウォッシュってどういう意味なのかなぁ?」


 もう止まらない、止められない。

 語尾が自分でもわかるくらい下衆みを帯びている。それどころか言葉の端々から下衆みが滲み出ている。その言葉を投げながら渡の胸をいやらしくジーッと舐めるように注視し、視姦に興じる。

 責め苦を浴びる渡は湯気が吹き出しそうなくらい顔を紅潮させ、ナイ乳を両腕で自分を抱き締めるように隠した。それで隠しきれるのだから俺は同情を隠し得ない。なんかごめんな。


「……じゃ、じゃあ、実際にやってやろうか……?」

「いや、その胸で背中洗われると、あばら骨があたって痛いだろ」


 ……あっ。

 今、何かがブチッと切れる音が聞こえてきた。 


「ねえねえ、おにぃちゃん、遊もおふろにはいってもいい?」

「よし、お姉ちゃんと入ってきなさい。俺はこれで帰るから。すみません、ごちそうさまでした」


 俺はゆうちゃんの脇の下に手を入れて、降ろして逃げようとするも作戦失敗。立ち上がろうとしたところ、ゆうちゃんが振り向きざまに俺にギューッと抱きついてきたせいで立ち上がることができなかった。


「すっかり坊やに懐いちゃってるね。姉妹そろって」

「それってどういう――」


 俺の言葉を遮るようにポケットから着信音が鳴った。


「出なくていいの?」

「電話じゃなくてメッセージだと思うんで。それに渡が俺に殴りかかろうとしているので、携帯取り出す余裕ないです、これっぽっちも!!」


 頭上から鉄槌が落っこちてきそうで……ってフライパンッ!? どこから出してきやがった!? 妙にピカピカなのは洗い立てだからですか!? 包丁じゃないだけまだマシだけども。

 でもさすがに危機感を感じている。

 その証拠に気圧され背中に冷たい汗が流れるのがわかった。急いで制止させないと本気でフライパンを日本刀のごとく振り下ろし一刀両断されかねない、そんな覇気を渡はまとい放っている。

 ……ゆうちゃんすまんッ。

 俺はゆうちゃんにこちょこちょ攻撃を食らわせた。見事にゆうちゃんを俺からはがすことに成功し、立ち上がることができた。

 そして両手を前に突き出してファイティングポーズ――というわけにはいかず、


「待て渡ッ。お前俺のこと本気で叩こうとしてるだろ、死ぬぞ俺!?」


 前に出した両手のひらを渡にむけて牽制。いや、思いっきりへっぴり腰で命乞い。


「死ね死ね死ね死ね死ねえぇえええッ!! クソババア余計なこと言いやがって。てめえ森田ァッ、一発殴って今すぐ記憶消し飛ばしてやるッ」

「やめなさいよ。記憶じゃなく命消し飛ぶでしょうが!」

「そりゃ願ったり叶ったりだっつーの」

「じゃあせめて死ぬ前に童貞を。ううん、それどころかファーストキスさえまだなんだ。だからせめて、せめて俺に女の子の味を教えてください。もう生きられないのなら、女の子を知ってから死にたい」


 渡ママは他人ごとのように腹を抱えて笑ってやがる、こんちくしょう。


 あれ……? 今何が起きている……?


 腰あたりに手で押されたような感覚。俺と渡の顔の距離が縮まり、唇には何かが当たっている。ぷっくりぷりんとおっぱいみたいに柔らかい。そして湿りけのある生っぽい感触。甘い香りは鼻腔に届くからともかく、舌には何も触れていないのに味を知覚している。これは女の子の味。

 ――もしかして。

 次の瞬間、顔面に鈍痛が走る。激情する痛みに意識が持っていかれる。

 急速に意識が遠のき失せようとする瞬間、最後に見えたのは、真っ赤に頬を焦がす渡とピカピカのフライパンだった。

 今晩くらいはハプニングのないごくごく当たり前の日常だと思ってたのに――。


 * * * *


 窓から入ってくる朝日に照らされて、自然と目が覚めた。

 春の終わりを惜しむように、夏の訪れを喜ぶように、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。まだ完全には覚醒していない脳にほどよく響く彼らの声は、俺にもう一度寝てもいいよとささやいているようだ。

 それでは小鳥さんたちのお言葉に甘えて。


「……って、ちょっと待て。ここどこ!?」


 脳が一瞬にして覚醒した。鳥、うっさい、思考の邪魔。

 目が覚めたら知らない人の部屋。周囲をぐるりと見渡せば、女の子らしい部屋の色合い、化粧道具や可愛いぬいぐるみなどが目に入る。

 朝チュン……朝チュンか。……朝チュンンンンンンッ!?

 え、何ごと? 昨日のことまったく思い出せないんですけど。記憶なくなるくらいお酒飲んだっけ、って俺は未成年だし。記憶なくなるくらい殴られたっけ、ってそういえば殴られたわッ!

 思い出した、ということは、ここはもしかして渡の部屋……?

 じゃあ俺、渡のベッドで一晩すごしたってこと?


「んー森田起きたのか」

「わ、渡ッ!?」


 この状況は楽しめない。なぜかって? 俺が目覚めて起きたと同時に、も目を覚まして起きやがったからだ。

 どうしよう、やばい。朝からせわしなく筋トレしてやがる。腹筋? 背筋? どっちかわかんねえけど、ものすごい反り返ってやがる。カモフラージュのために立てた両膝とあわせて三点倒立できる勢いだぜ。

 渡の部屋で、渡がいる状況で、これをどう処理したものか。

 しばらく時間がたてば収まるが、それまで膝を立てっぱなしにするのも不自然だ。

 ……どう乗り切ればいい。

 小鳥さんたち教えてください。さっきはうっさいって思ってごめんなさい。こんな不肖者ではありますが、どうか、助けてください。

 小鳥さんたちの声は聞こえなくなりました、とさ。ホントどうしよ……。

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